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2014年2月28日 (金)

遠刈田温泉は遠かった

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今回の旅で東北の古い家を見たいと思っていたが、バスの窓からは見ることができなかった。

百年二百年とまではいかなくても、昭和30年代のものと思っても見ることができなかった。

このあたりは、地震の被害も少なく津波も来ていないのだが、どう見ても最近の”何とかホーム”見たいなものが多かった。

唯一見られたのが、上ノ山三万石の城の近くにある武家屋敷というものが四軒ほど並んでいるとこしかない。

052領地が三万石では上級武士の屋敷といっても質素な暮らしをしていたらしく、外から見た目では百五十坪ほどの屋敷に40坪ほどの平屋で、東北地方の代表的建てかたと聞いている曲がり家造りであった。

しかし、曲がり家の一方は、馬小屋でなく中間部屋だと説明看板に書いてあるところを見ると、ひょっとして、馬も飼っていなかったのか、、、、、?

と、思うと少し離れたところにある、上山城は小さいながらも立派過ぎるような気がしてしまう。

戦後の城ブームの中で、史実に基づいて建てられたものなのだろうかと疑問に思ってしまった。

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さて、この日は、最上川の船くだり。

乗船場まで、あちこちとバスが進んで、いまどこにいるか分からないまま一時間余走って、到着した。

お客は、ほかに見当たらず船会社所属の売店でしばらく時間をつぶした後、添乗員を含めて40人すべてが乗れるコタツ舟に乗船した。

083最上川、さすが山形の大河、これだけ大きい船が水量の少ないこの時期に運航できるというのはたいしたものである。

船頭はふたりであるが、船を操る船頭は一人。もう一人は船の中でお客を楽しませる口上船頭であり、その話しぶりが面白く、最後に唄った最上川舟歌も絶品であった。

ただ、大きいとはいえ40人が横一列に座るには少々窮屈で、昼食用に出された弁当も、肩摺り寄せて、、、、、、、これが恋人同士だと良いのだが、、、、、古女房では(チョット口が滑りすぎたのは天ぷらの所為?)。

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食事を済ませて、またバスの中、うわさに聞く銀山温泉を散策して、宮城県の蔵王登山口にある遠刈田温泉の宿に入る。

長時間のバス移動は、足腰に負担がかかり、距離以上に遠く感じて舞う。

連れ合いの駄洒落。「遠刈田は遠かった」と

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2014年2月27日 (木)

蔵王の樹氷を見に行く

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寒い寒いと脅かされて向かった「蔵王の樹氷と最上川の船くだり」二泊三日の旅行は暑くてたまらない旅であった。

そのわけは、脅かされていたため厚着をしていったことと、バスなどあらゆるところで暖房がきつ過ぎたことだった。

これほど暑くてたまらないのは自分だけかと思って我慢していたが、結果的にはかなりの人も我慢していた様子で、最終日になって同様の感想を持っていた人が何人もいた。

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019第一日目は、山形県上山市からロープウエイを乗り継ぎ山頂に向かったのだが、今年は雪が少なかったとかで、山頂駅の周りでしか写真で見たような樹氷を見ることができなかった。

「へぇ、山梨や東京で記録的な雪が降ったというのにね~、、、、」

しかも、ゴンドラを降りて散策できるのは駅の周りほんの50mにも満たないところだけで後はロープで立ち入りが禁止され監視の係員が見守っているという状況でがっかりしてしまった。

もうすこし、樹氷の間を散策するコースを、2~300mほど作ってくれても良いんじゃないかと、、、、、、、

035おまけに、夕方になってイルミネーションを銘打った観光だったのに普通の投光機で照らしただけ、滞在20分ほどで降ってきたがなんだか消化不良のの気持ちが消えない樹氷である。

自然観察の観光だから、「猛吹雪でなんにも見えなくても仕様がないのだから、、、、」と話し合いながらの麓の旅館入りとなった。

旅館は、この地で創業300年という古い老舗だった。

ただ、40年ほどまえ、組合の会合でこの地へ来たことがあったのだが、すべて記憶から消えてしまっていて、旅館どころか何も思い出せなかった。

これも老化現象の、、、、、、、

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2014年2月26日 (水)

人のサガ?

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013「沈香も焚かず 屁もひらず」という言葉は毒にも薬にもならない人を例えたものだが、屁はかいだことがしょっちゅうあるが、いまだ、沈香がどんな匂いかは知らない。

ただ、この沈香に似た匂いのする花、ということで沈丁花と名づけられた花がこのところの温かさで花を開かせ始めた。

密集して咲くためもあって、かなり強い香りを当たりに漂わせている。

蕾のうちは、濃い紫色しているこの花も花びらを開かせると、内側の真っ白な部分が目立ち、中心部が濃い紫入りしたボンボンのような花に変わる。

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「働かざるもの食うべからず」この言葉で、社会主義が好きになった時代があった。

石川啄木の歌のように」働けど働けど 尚暮らし楽ならざり じっと手を見る」のように資本主義は、労働者を搾取して一部の人が優雅な暮らしをしているのが赦せなかった。

先祖や親が残した遺産でなんの不自由もなくのうのうと暮らしていける人が憎かった。

しかし、その社会主義を達成した国の指導者が、搾取階級になって汚職や蓄財に励んでいる姿を見るにつけ、幻滅を感じてきた。

今回政権を追放された、ウクライナのヤヌコビッチ大統領も広大な屋敷で豪奢な生活をしていたそうだが、革命軍に殺されたルーマニアのチャウシェスク大統領しかり、北朝鮮の金正恩も親子孫と三代にわたって、一般国民とかけ離れた生活をし、中国でも汚職追放が遅々として進まないなど、指導者が資本家に代わって国民を搾取し続けている様子が見て取れる。

また社会主義国ではなかったがフイリッピンのマルコス大統領もそうだった。

こうなると、政治体制いかんにかかわらず、人間は権力を持つと国民のことなど考えずなんでも抱え込んで贅沢三昧に走るというサガを持っている動物なのだろうか。

ライオンなどは腹が満腹するとそれ以上に狩はしないと聞いたことがあるが、、、、、

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2014年2月24日 (月)

しゃなりしゃなりと

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水路工事を終えて間もなくのコンクリートにもみじの葉っぱのような模様が一列に続いている。

どうやら、昨夜あたりダイサギが歩いてつけた足跡らしいが、その歩き方は等間隔で一直線。

鷺のやつ、モデルにでもなったような気持ちで周りを見ることなく、新しいコンクリートを舞台代わりにしてしゃなりしゃなりと歩いていったようだ。

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2014年2月23日 (日)

花の匂いに

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池ヶ谷の山まで、ハッサクを採りに行ったかえり、近所の小学校の脇を通った。

木に登ってリュックいっぱいにつめ、散歩を兼ねて歩いたため、汗ばむほど熱く感じられたが、これは運動のためばかりでなく、気温もかなり高かったためであろう。

一気に春が来た。先日までも寒さは嘘だろって言わんばかりに、、、、、、、

学校の周りに植えてあった菜の花は満開を迎えており、その花にミツバチが沢山集まっている。

冬篭りからあけたばかりのミツバチは、満開の菜の花を見てびっくりしたかのように、花から花へと巡り歩いている。

その忙しさは、尋常でないように見えた。

多分、長い間忘れていた花の匂いに酔っ払っているのだろうか。

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2014年2月22日 (土)

すみれの花の咲くころ

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春すみれ咲き 春を告げる

 春 何ゆえに 人は汝を待つ、、、

宝塚のテーマソング、「すみれの花」陽の歌いだしだが、作詞者は旧春野町出身の白井鉄蔵だそうだ。

春野町は、浜松のほうから入っても、森町のほうから入ってもずいぶんと山奥という感じのする町である。

明治33年の生まれとあるから、自分の親父とほとんど同世代だが、すごいギャップを感じてしまう。

ただあのころの詩人にはかなりロマンチストがいたのだから、親父も内面では、、、と思ってみたが、、、、、とてもとてもという気がしてならない。

麻機の山の陽だまりの一角にスミレの花が咲いていた。

数日前まではかなり寒い日も続き霜も降りていたのだが、咲く時期を知ってぽつんぽつんとながら咲き出していた。

スミレタンポポ春の花。

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先日歯医者に行ったとき、担当の女医さんが、「できるものなら若い20代に戻りたいものだ」といった。

歯医者の学校は六年間だからその間がかなり楽しかったようだ。

この医院は、歯医者が3人いて自分のように重篤でない患者は、こちらが担当するようで、なんとなくうまが合うのか治療前になんだかんだと話しがはずむ。

そして、その続きが自分に振られてきたのだが、根が素直でない患者の自分は「わたしは、あまり戻りたいと思ったことが無いよ」という。

「とにかく、二十代のころの自分は、すでに一家の大黒柱を背負わされていて、高校生は別にして、中学生、小学生の3人の弟妹と定年退職した両親と小さな社宅で同居していたからね」と続けた。

実際は、高校生の弟、中学生の妹はすぐに卒業して、四人暮らしの生活で、自分もそれなりに青春を楽しんでいたのだし、二十六歳でほかの人並みに結婚したのだから、、、、、、

しかし、そんな風に振られると、つい逆のことを言ってしまう。このねじべぇ根性は死ぬまで直らないだろう。

とにかく、人生を季節にたとえると青春期は春であり、”すみれの花の咲くころ”であろうか、そして、後期高齢者が間近に迫っている今の花は、、、、、、、、、

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2014年2月20日 (木)

首をすくめて

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昨日の雨水は天気予報のはずれもあって、雨が降らなかった。

降れば、暦どおりの記事になったのだが、、、、、、

しかし、”雨水”とは、雪降りもやんで雨に変わるころで昔は農作業を始める目安でもあったので、畑のひと畝にジャガイモを植えてみた。

マルチシートをかぶせては来たが、異常気象が続く昨今、果たしてどうなるものやら、、、、、、、、、

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午後になって、床屋へ行ってきた。

当然床屋談義が始まる。

「それにしても、俺たち良い時代にめぐり合ったものだね。いまの政府はよほど昔が良かったと見えて、中国や韓国と戦争を始めたくて仕様が無いように見えるんだが、、、」

「うん、こないだも、いざ戦争になったら日本の兵器のほうが中国よりすぐれているんだって言ってたもの」

「だけんど、兵隊の数は中国の一割ほどしかいないんだろ」「そうなりゃ、また徴兵制度の復活だろうね」

「いまの若い人っちには軍隊みたいなところで扱かないと、、、」

「よくいうよ、俺らはその軍隊みたいなところに、行かないで済んだんだぜ。そんなものに軍隊でしごけって言う資格は無いよ、、、」

そんなことを言い合ううちに、一丁出来上がり、次に譲る。

外の寒い風に、首筋がスースー    思わず襟を高くして頭をすくめて帰る。

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2014年2月18日 (火)

勝ってくるぞと勇ましく

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昨日ほどでもなかったが今日も結構暖かさを感じた一日だった。

麻機沼の土手には、この温かさに誘われたように、タンポポの花が咲き出している。

先日来の雪の影響で、新東名は二日ほど通行止めになり、あちこちで動けなかったトラックの影響して、食料品などが市場に入らなかったと言うが、雪に見舞われなかった麻機の沼はこのタンポポひと群れが世間離れをした春を演出しているようで面白く感じて写してみた。

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NHKでオリンピックのジャンプ団体戦を見ていたとき、不意に昔の軍歌を思い出した。

#勝ってくるぞと勇ましく 誓って国を出たからは 手柄立てずにいらりょうか、、、

と言う歌詞が、頭を駆け巡った。

ほんのちょっとしたことで、運命の女神が微笑んだ人、見放された人などさまざまなドラマが繰り広げられたことと思うが、、、、、、、、

こうしたなか、今回はメダルに噛み付く人が見かけないと思っていると、どうやら、JOCの会長がしないようにと注意していることが分かった。

前々から、みっともない行動であり、なぜするのか不思議だったが、どうやらマスコミが絵になるとのことでやらせていたらしい。

このほかに、負けた選手が笑いながら「楽しみました」と言うのもしないように、と言う話しもあったそうだが、実力が無くて派遣された選手からしてみてみれば、そう言うしか逃げ場が無いのだから、、、、、、そこまで言うのは酷では無いかと思ってしまう。 

とにかくあと何日あるんだっけ、、、、、、もうそろそろいいんじゃないかい。

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2014年2月16日 (日)

大浜海岸から

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007海の向こうは伊豆半島 雪の積もった達磨山

すっきりと晴れ上がった空の下、ジャガイモの種でも買おうかと言うことになり、種屋に行ったが最近になって日曜祝日は休むようになったようで、降ろしたシャッターに張り紙がしてあった。

ここまで来て、直帰でもあるまいと、そこから500mほど離れた大浜海岸に向かってみた。

ここは、静岡に来て間もないころから子供たちのプールに付き合ってよく来た海岸だったが、その当時は、海岸の堤防のすぐそばまで海が来ていて、砂浜と言えるようなところが無かった。

しかしそれから三十数年、テトラポットなどを設置した結果、現在では100m近くまで砂浜ができており、バブル時期まで安倍川で行った砂利採取がいかにひどいものであったのかを証明しているように見えた。

とにかく、ここから見る富士山は、松原越しにより白くかがやき、太陽の光を乱反射している海の向こうには伊豆半島が普段よりすっきりと確認できた。

のどかな海を見つめてしばらく海岸を散策、肺の中に海の香りをいっぱい吸い込んで帰ってきた。

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テレビのコマーシャルを見ていたら「うさぎ おいし かのやま、、」と歌ったところで子役の子が「兎が美味しい?」と聞くシーンがあった。

何年前だったか、同級会でカラオケをやっていたがそのとき替え歌で同じような歌を歌ったことがある。

#兎 美味しい あの山 岩魚釣りし かの川、、、と

実際自分たちの子供のころの食糧難はいまの人に話しても分からないが、小学生のころから、今の時期は兎が美味しい時期なので、山に行って兎の通り道にわなを仕掛けて捕ってきては食べ、、山ひとつ越えた先の川で岩魚を釣ってきては食べたので、こんなざれ歌でも、共感を持って囃された。

最近のように飽食に時代では、野兎を食べたことのある人はほとんどいないだろうし、魚を釣っても”キャッチアンドリリース”釣った魚をまた川に返してるようだ。

しかし、そんなことしてもほとんどの魚は傷ついて死んでしまっているのだから、せっかくの獲物を無駄死にさせて捨てていることになる。

これと同様なことが、日本中に起きており、食料自給率が40%に満たないと騒いでいる一方で、かなりの量の食べ物が完食されずに捨てられれているそうだが、、、、、、、、、もったいない もったいない

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2014年2月15日 (土)

コートを脱がす日の光

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昨日一日降り続いた雨は、朝の八時過ぎになってようやくあがった。

その明け際にポツポツと残り香のように水面に波紋ができるのに、陽が差してきたのでこれはどこかで虹が懸かっていると思い外に出てみると、北西の麻機の上の山にそれこそ薄く、平たく出ていた。

朝夕に懸かる低い位置からの太陽だと、もう少しくっきり、そして、まあるく懸かるのだが、、、、、、、、

その虹を写さんと出かけた散歩では、太陽の光も暖かく、上着を途中で一枚脱がなければならないほど、汗ばんでしまった。

さしづめ、外国の童話にあった、旅人のコートを脱がす話しによく似ていると思いつつ、、、、、、、

とにかく、一月までの乾燥しきった空気もここ二度の雪を伴った雨が降って地面も潤い春が近いことを知らせてきているようだ。

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最近は、朝といわず、午後と言わず、テレビのワイドショーを見ないことにしている。

原因は、人情話を絡めたソチでおこなわれている、冬季オリンピックのためである。

どうして日本のテレビはどの局も似たり寄ったりの構成しかしないのだろうか。

したがって、今日もやっていた日本チームが出ていない女子距離のスキーやアルペンの滑降競技などが一番気楽に見られて面白かった。

ここに、日本人が一人でも入ると、解説者ともども舞い上がってしまい、民法と変わらない放送になってしまう。

とにかく偏屈じいさんは御しがたいものである。

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2014年2月14日 (金)

確定申告提出

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天気予報はいつもと違って、北海道と沖縄以外の全国に雪だるまの印がついていた。

どうも低気圧が日本の南側を通ることにより、北の寒波を引き込む形になって、全国的に雪が降るそうだ。

あいにくと、静岡の中部に位置する我が家の近辺はこの雪から免れ、朝から雨模様。

終日家に篭っていたが、これ幸いと確定申告を仕上げ、そのまま税務署に持っていった。

もちろん、昨年七十歳を迎え特別控除の対象者がいる我が家では、所得税の対象外となり、天引きされていた税金をすべて返すよう申告した。

年金生活だけが収入のなので、申告書の書き方もいたって簡単であり、小半日の仕事で小遣い程度の収入を得ることになり、「いつ戻ってくるか分からないが、期日なしのバレンタインといったところか」と、、、、、、

ともあれ、毎年のように年金の支給額が減り、社会保険の金額が上がり、実質支給額が減っていく。

さらに四月からの消費税は、、、、、、、、久しぶりの電卓作業で嫌な仕事も終え肩の荷がおりたというのに、ホッとした心地がする反面、先行きのこと思うと今日の空模様同様に気が滅入る。

外の雨は、午後になってさらに強くなり、路地に植えてあるクリスマスローズもその雨の重さを感じて、花びらをみんなうつむき加減にして耐えている。

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2014年2月12日 (水)

長針と短針を見間違えて

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麻機沼の一角にいつも春早く咲くコブシの木がある・

いつもなら、この時期咲き出しているはずなのだがと出かけてみると、今年は少し遅いようで、ようやく硬い殻が開き、中から白い花びらが見えかけているところであった。

”春は名のみの 風の寒さよ、、、、”をそのまま絵にしたような気配で、脱ごうか脱がまいかと外の気配を測っているかのようである。

人間のコートとちがって、一度脱いだら再び着なおすことはできない。

子供のころ聞いた話では、この花の名前の由来は、握りこぶしのグーに似ていることから付けられたが、白い花びらがこぼれだしたころをチョキ、満開がパーになるじゃんけん花である。という。

すると、写真の花はさしづめチョキを出そうか、どうしようかと迷っているみたいだが、次に出す手が決まっているとすれば確実に負けであるが、ひょっとして一気にパーを出して裏をかくつもりかもしれない、、、、、、、、

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今朝のこと、枕もとの目覚まし時計を見たら、六時十分を少し過ぎた時間であった。

いつもだいたいこの時間に起きるので、台所に行って神棚と仏壇に水をあげ、薬缶に水を入れて湯を沸かしだした。

起きたとき、隣の家の電気が点いており、いつも朝の遅い家にしては珍しいこともあるものだとは心の中で思っていた。

さて、お湯も沸いたので、ポットにいれお茶を作っていると、連れ合いが起きてきて、「こんな時間に、なにかあったの?」と聞く。

「どうして?」と時計を見ると、時計の針はほぼ水平に、、、、、、

あれっ、二時四十五分、、、、、、、、、、

つまり、目覚まし時計の長針と短針を見間違えたのだ。

いつまでも夜が明けないはずだ。曇り空なのでいつまでも空が暗いのだと自分なりに疑ってもいなかった。

まるで狐に化かされたときは、こんな気分なのだろうか。

とにかく、へっへっへっと笑ってごまかすしかない。

それから二度寝に入ったが、目が覚めたのは七時を過ぎて外が明るくなってからのこと。

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2014年2月11日 (火)

けなげに蓮華草

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家のすぐ裏手、国道一号のバイパスを挟んだ北側の田んぼでは早くも蓮華の花が咲き出していた。

毎年、年末には咲きだしているのだが、一年でもっとも寒い”寒”に入ったころから霜にやられて暖かな陽気が戻るまで花は絶えているはずなのだが、今年はこの時期にもう咲き出している。

最盛期の、空に向かって仰ぐように花びらを広げる。と言うところまでは行かないが、それでもところどころに四~五本固まって咲いていた。

このあたりも、住宅が建ち始め、周りをコンクリートの壁に囲まれているため、北風が当たらないためか、それとも、日中暖められたコンクリートの放熱のためかは分からないが、霜にやられること無く花を咲かせているのは健気に見えて頼もしい。

先日、雪を降らせた寒気の前の暖かさを身体が覚えているためもあって、それ以降の寒さが身に沁みると人はいうが、、、、、、、、、、

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今日は、池ヶ谷の山に登りハッサクをリュックいっぱい採ってきた。

持ち主の知り合いがどれだけでも持って行け。と言う言葉に甘えたのだが、箱の積めて送るようにした残りで、マーマレードを作る。

このハッサクは、日当たりの良い斜面に植えられており、文字通りほったらかしの無農薬果樹なのだが、不思議と虫もつかなくてきれいな顔をしているので、皮を使うマーマレードには最適な果物である。

夕方から皮をむき、中袋を開いて実だけを取り出して、少々あくを抜いた皮と実と砂糖、水あめに少しの塩を入れて30センチの鍋いっぱいにしたものを煮詰めて完成。

明日からの朝食のお供ができた。

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2014年2月 9日 (日)

取り残された大雪騒動

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今回の大雪騒動も静岡市街地を取り残したようで、朝の散歩道から見た竜爪山も1,000mを超える高山でありながら、麓からではやや白くなった程度しか積もっていないようだ。

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昨日のこと、「多分後ろから追っかけてくると思うよ」と話しながら車を運転していたら、案の定回転等をまわしてパトカーが追っかけてきた。

しばらく後を等間隔でついてきていたが、停止を求められたので道片に寄せたら、お廻りが降りてきて、「さっきすれ違いざまに警笛を鳴らしたでしょう?」という。

「そうです。だって、あなたの車が内側に寄ってきたので、危ないと思い鳴らしたんだよ。鳴らしてからパトカーだと気がついたのだけどね」

「中央に寄ったのはあなたの車で、カーブなのにスピードを落とさなかったでしょう」と警察官は言う。さらに「警笛を鳴らしておいて、そのまま走り去ると言うのはおかしい。私は朝五時から落石や危険が無いかと走り回っていたので、警笛を鳴らされたら、何か道路にでも異変があるのではないかとおもってしまう」という。

「それはおかしい。警笛を鳴らすたびに停車する車がどれだけいますか?。トラックなんかも知り合いの車を見れば警笛の鳴らしあいをするし、狭いカーブでも鳴らすでしょう。そのたびにとまりますか?」

さらに、「後ろ座席に座っていた二人も、パトカーとは分からなかったが、対向車の運転に危ないって!声を上げたんだけど」と言うと後ろにいた連れ合いとその友達もこもごもに声を上げだした。

そのとき、警察官の顔がある種剣呑な顔つきになるのを感じたので、後ろのふたりを制して「とにかくこんな雪の中、事故を起こしても仕様が無いから、気をつけて行くことにしましょう」と引き取って分かれた。

結局のところ、こちらは自動車から降りることも無く、免許証を見せることも無くすごしたが、警察官のほうはみぞれ状の雪に打たれながら、口達者な年寄り男女を相手にうんざりしたのか、それとも、警察官の言うことに素直に聞かない相手に気持ちが高ぶってきたのではないだろうか。

しかし、短い警笛を鳴らされたくらいで、Uターンし、しばらく後を付いてきたところを見ると、何か違反を見つけて切符でも切って憂さ晴らしをしたかったのではと勘ぐってしまったのは、こちらの下司感情?

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2014年2月 8日 (土)

ひえ飯を食べる

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ようやく咲き出した蝋梅と激しく降り注ぐ水っぽい雪(有東木にて)

今日は東海関東地方が大雪に見舞われて各地で交通関係がオオに乱れたようである。

静岡でも標高100mあまりの日本平までは白くなったようであるが、我が家の周りは終日雨が降り、雪の気配はまったく無かった。

015赤水の滝近辺の白くなった道路

先日来注文のあった法事用の蓮根を届けに安倍川を遡ってみたが、路肩近辺に雪を見たのが家から30kmほど上流であり、路上が白くなったのは梅が島の近辺、赤水の滝近くになってからだった。

その雪も、水分が多く、シャーベット状の雪とは名ばかりのもであった。

それでも、この雪を見にここまで車を走らせたのは、自分らも静岡人らしくなったのかなと思わんでもない。

前日に蓮根を届けに安倍川中流まで行くといったところ、有東木のそばを食べたいから連れて行ってという近所の人ともに、”うつろぎ”と言う地区の主婦がやっている店に行ったところ、この雪を予想してか定休日でもないのに「営業終了いたしました」と言う看板があり、それではと向かったのが梅が島だったが、ここでも空振り、結局、蓮根を届けた家の近くの「見月茶屋」に入って昼食を取った。

この店では、ふたりが暖かい蕎麦を注文し、自分はひえ飯を頼んだ。

ひえ飯とは、冷たいご飯でなく、後刻のひとつ稗が入ったご飯で、自分の父親の家では子供のころ米に混ぜて炊いていたものを食べたことがある。

泡よりさらに粒の小さい稗は、荒地や高地でも収穫が可能で、飛騨の高い高原に住む伯父の家では戦後の食糧難の時代まで作り続けてきた雑穀である。

この稗飯、暖かいうちは香ばしくて美味しいのだが、一旦冷えるとパラッパラになり、嚙んでも嚙んでも口の中で飛び跳ねて結局は味噌汁やお茶で流し込んで飲み込むと言うような代物。

当然消化のよいものではなかった。

しかし、最後に食べたのは中学生のころであり、それ以来口にしたことが無かったので注文してみたのだ。

出てきて物を見て驚いた、どこに稗があるのか分からないくらい少なく、、、、少し塩味で炊き上げてあった。

一口食べて「これでは、塩ご飯と変わらない」と言ったところ、「最近、稗が高くて入れられないのでは、、、」と一緒にいった人が言う。

「しかし、稗は作ろうと思えばどんなところでも栽培できるもんだぜ」と昔稗の畑を知っている自分はいう。

結局店の人に聞くことも無く、出てきたが、果たしてどうなんだろう。

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2014年2月 7日 (金)

スズメのなる木

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午後のひと時、スズメも田んぼに降りて餌をとり、腹がくちくなったのか脇の木に止まってしばしの休息をとっていた。

昨今スズメが少なくなったと言う話しを聞いたことがあるが、原因は何なんだろうか。

人間の身近にすむ鳥として、昔話にも出てくるし、鳥の名前を知らない人でもスズメは姿かたち色合いを間違える人は少ない。

その鳥が減ってきていると言うことは、、、、、、、いまに絶滅危惧種なんていわれることのないことを祈っている。

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またしても我が家の話し。

ふたりとも、順調に回復したのは良かったのだけれど、直った途端に早速はじめたのは喧嘩である。

最も手を上げるような大喧嘩ではないが、おたがいの仕草や言動が気に入らないと言ってごちゃごちゃともめる。

夫婦喧嘩は犬も食わないと言うが、良くこれだけ頻繁に喧嘩が続けられるものだ。

歳を取れば人間まある~くなって、高砂の老夫婦のように微笑みあって生きていけると思っていたが、そんな気配はどこにも感じられず、互いに偏屈爺! 口出し婆!とののしっている。

多分この調子では、どちらかが棺おけに収まるまで続くものと思うしかない。

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2014年2月 6日 (木)

弱音は吐いたほうが

タガラシの花。早くも受粉が済んだのか花びらを落とし中央がま~るく膨らんでいるものあった。

今日の寒さの中でも霜にやられて萎れることなく、すっくと立っている。

さすが雑草。見上げた根性である。

抜いても抜いても、どこからか種が入ってくると見えて、絶えることは無い。

名前の由来は、手入れの悪い田んぼでは稲を打ち負かすような勢いで増えることから名づけられたそうだが、こんなに繁殖力が旺盛な草でも何かに怯えているらしく、全草に毒があるという。

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またしても、昨日の病気の続き、

食欲も出てきて、食べるごとに体力気力が充実してきたような気がする。

ただ、自分より遅くかかった連れ合いが、今日かかりつけの医者に行ってきてから急に元気になり九分どおり回復、選択掃除をしている。

自分より遅くかかり、昨日まで切ないだの、背中をさすってくれだのと言っていたのが嘘みたいに動いている。

自分は、下痢をしたり嘔吐をしているとき「苦しいだの切ないなど、これっぽちも言ったことがなかったよな」と言ったが、そんなこと聞く耳も持たない。

男として弱音を吐くな!と言われてきたのが頭にあってのことだが、案外、苦痛を訴えたほうが直りが早いのだろうか。

それとも医者の顔を見て、診察結果で安堵したのfだろうか。

ちなみに、ふたりのかかりつけの医者は同じ内科の医院だが別である。

連れ合いに言わせると、自分のかかりつけ医は大雑把でいい加減だと言うが、あまり神経質できっちりしている人は、自分には向かないと思っているので、これはこれで満足している。

そして、自分の目から見た連れ合いのかかりつけ医は、いかにも優秀な先生と言った感じ、    連れ合いは、この医者の言ったことには素直に受け入れている。

その効果で、行くときは車で送らせたのに帰りは「少しくらい歩かないと」なんていって買い物までついでにして帰ってきた。

できれば、その半分くらい、自分のいうことを受け入れてくれればよいのに

 

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引き返す

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昨日来強い寒波が入ってきたとかで、関東東海の各地方でも雪が降ったとか積もったとか、路面が凍ったとかとテレビははしゃぎたてている。

そんななか、前々から注文を受けていた蓮根を今日明日のうちに掘らなければ間に合わないので、まだ少し下り便をする中、田んぼに出かけてみた。

陽が差すのを待って出かけてみると、水溜りには薄い氷が張っているものの、静岡のシンボル的な山である竜爪山(1,062m)にも雪の降った気配は無く、澄み切った空には飛行機雲が幅広くかかっていた。

途中で見た蕗には昨日までの陽気に誘われたか、フキノトウが顔を出し、ごくごく小さなものだったが、”摘んで帰り春を味わいたい”と誘惑してくる。

しかし、やっと収まりかけた腹の具合を考えれば、またこの次までと自制することにした。

さて、畑に入ったものの、なかなか手が出ない。

しかし、子供のころ父親から聞かされた「約束はした以上必ず守れ、こちらの都合より相手の迷惑を気考えれば、、、、」を思い出し、アニマル浜口ではないが「気合だ!気合だ!気合だ!」とばかり、、、、、、に

それでもしばらく考えた末に、いくら出荷前に太陽光線にさらし、食べる前に熱するとはいえ、もし蓮根に何かが着いたとしたら、、、、、引き返す。

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午後は、三時少し前まで暴睡する。

醒めてみれば、昼に少し食べただけのためか食欲も出てきたので、まだダウン中の連れ合いに欲しいものは、必要なものは無いかと聞いて、スーパーに出かける。

病は気からというが、歳を考えれば、、、、、、、、、、、、

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2014年2月 4日 (火)

隔離宣言をする

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アロエの花が咲き出した。

夕日を通して筒状の花が輝いて見える。

アロエと言えば、万病に効くという触れ込みで、あちこちに植えられているが、花を咲かせるのは暖地だけで静岡に来て始めてみた花のひとつである。

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いま我が家は隔離状態に入っている。と言っても爺婆の二人だけなんだけれど、、

二日夜も更けだしたころ少し熱っぽいかなと言う感じで体温を測ってみたところ37.5度だった。

風邪でも引いたのかなと思っていたら、真夜中になって便意を催し便所に行ったら下痢をしていた。

それからが大変、朝まで立て続けにトイレに通い、パンツと三度は着替えそのたびに風呂で尻を洗った。

風呂で尻を洗った所為か、悪寒がし、熱も38度まで上がる。

三日は、かかりつけの医者に行き、流感かノロウイルスでないかとマスクをかけて出かけてみたが、「そのどちらでもないようだから様子を見ましょう」と、胃腸の薬を処方されて帰ってきた。

ただ、流感のウイルスを検出するためにと鼻汁が出ないかといわれたが、このときは通りがよく、「仕方ないですね」と鼻の奥に細い採取棒を通すのことになったが、これがまた痛い。

テレビで、赤ん坊がこの棒を差し込まれて泣いている映像を見たが、泣き出し子供の気持ちが良く分かった。

長さ10センチはあろうかというこの棒を入れるとき若い看護婦さん(自分にとっては五十代でも若い人だが、、、、)が横からヘッドロックのように小脇で頭を挟んでやってくれたのが妙に気持ちよくて、久しぶりに良い経験をさせてもらった。

結果的には、下痢はまだ続いているものの体調は戻ったのかなと思っていたら、今度は連れ合いが、嘔吐を始めた。

少し症状は違うが、自分の傍にいて感染したのではないかと思う。

早速孫たちのところに電話して、爺ん家にはしばらく来ないようにと隔離宣言をした。

昨日一日、食事を取らず、下痢でお腹を空っぽにしたはずなのに体重計はなんの変化も無かったのは、これまた不思議の一言。

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2014年2月 1日 (土)

下り坂は好調?

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006麻機沼の一角、少し浅瀬になった場所に鷺や鵜、鴨が沢山群がっていた。

今日も暖かい日差しが降り注いでいるこの場所は、水も温んでいるようで、中には見張り役をほかの種類の鳥たちに任せ、翼の中に深々と頭を押し込んで眠りこけているのは、マガモなどの鴨の仲間に多い。

多分この陽気では、北に帰る準備のため夜なべをし、近所の畑で餌を探しをしているため眠いのかもしれない、と見たがどうなんだろう。

春になれば海を渡って北国に帰るため、体力を作っておかねばならない。

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全国を自転車で回っているタレントが下り坂を走りながら「人生下り坂は楽に行けて好調」と言っていた。

歳を取って、することも無くまっしぐらに終焉に向かって走っていくようになると、ペダルもふまず過ごせる生き方はきわめて望ましいことである。

しかし、それも年金があってのことで、この春から消費税が上がり、年金が下がり、物価が上がってくるとなるとその生活も脅かさされることになりかねない。

世の中景気が良くなっていると言うが、それは大企業に勤めるごく一部の人であり、大半はその恩恵を受けることが無い。

円安になれば、企業が潤い儲けが出てきて還元される。と言うのが安部内閣の言い分だったが、先日の新聞では円安の結果石油や天然ガスの価格が上がり、貿易立国だった日本の輸出入差益が11兆円余のマイナスになったそうだ。

自分のように経済の分からないものでも、円安だけでは景気が良くならない。貧富の格差が拡大すると思っていたが、円安を指示した経済ジャーナリストたちはこの辺をどう説明するのだろうか。

彼らの視点には、弱者に対する見方ははじめから無いのだろう。

折りも折、経団連の次期会長は「事業税を減らせ!」と言い、総理大臣もそれにこたえようとしている。

それでも、、、、、、、この先をいうと次第に腹が立ってくるので、、、、、、

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