« 絵になる風景 | トップページ | 桜にとまれ »

2014年3月24日 (月)

葉っぱは枯れても

011

猩猩とは、中国の空想上の動物であり、猿のような顔を持ち、毛は紅く大酒のみと言うことになっている。

014

その名を冠したショウジョウバカマの花が、昨日行ったダイラボウ山頂に咲いている。

このはなも春早く咲きだす花で、一見高山植物かとも思われるがそうではない。

ただ、湿り気の多い場所を好むため、少し高めの山地に自生しているために、そのように思われがちである。

葉っぱは相生葉の重なりで、地面から立ち上がることが無いので、ピンクの花を猩猩の顔に見立てた場合、下の緑を袴としたようだ。

ダイラボウのショウジョウバカマはもともとこの地にあったのか、誰かが持ってきたのか不明だが、昨日も書いたように、この付近に生えていた杉の木を伐採したため、その下草であったショウジョウバカマの葉っぱが、直接露天の場に出され、霜の影響で枯れてしまっていた。

それでも、役目を果たすべく花を咲かせている。

.

.

昨日の大相撲で鶴竜が優勝し、横綱に昇進することになった。

普段どおりの顔つきで、ワンチャンスを物にしたその度胸はたいしたものである。

「japanese onnry」とは言うつもりは一切無いが、大相撲はモンゴル出身力士が三人もと言うか、すべてが頂点に立つことになり国技と言うには日本人のふがいのなさが目に付く。

大関あたりで満足し、それから上にあがっても、、、、二番手 三番手が気楽な位置であるという社会情勢を反映しているのかもしれない。

先場所も、横綱に挑戦した力士が一転角番になるような大負けをしてしまったのは、この辺にあるのか、それとも、オリンピックのときのように余計な重圧を与える「贔屓の引き倒し」とでも言うことなのか。

しかし、精神面が弱い人が横綱になってもその後が大変であることを考えるとならないほうが良いのかもしれない。

とにかく、スポーツでのど根性はハングリー精神にあると言うが、日本人は裕福になり過ぎたのか?

|

« 絵になる風景 | トップページ | 桜にとまれ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/59348838

この記事へのトラックバック一覧です: 葉っぱは枯れても:

« 絵になる風景 | トップページ | 桜にとまれ »