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2014年4月30日 (水)

あめあめ降れ降れ

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予報どおり雨は終日激しく降り続き、午後九時時点で静岡市の降雨量は163mmだったといい、明日の朝までさらに降るそうなので200mmオーバーになる可能性がある。

こんな日は、家の中で閉じこもっていても気鬱になるで、床屋へ行ってくることにした。

入ってすぐにやって貰えたが、座ってまもなく続々と人が入ってきた、もう三十分遅れたらかなり待たされただろうし、床屋談義も午前中一杯続きかねないところであった。

入ってくる人は、一様に「家の中に居てもすることがないんで、、、」という。

床屋のほうでは、休日の昨日はちっとも客が来なかったのに、、、、、という。

人間誰しも思うことは同じようで、と、、、、、、

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013 その行き返りの道端に咲く、アヤメの花。

この花も雨が似合う花であり、花びらに水滴をつけた姿はなまめかしい。

そのなまめかしさに悩殺されたのか、こんな降りの中、小さな羽虫が花芯の傍に来ていた。

花言葉の中に、”うれしい便り”というのがあるが、案外花から虫のほうへ「来てくだしゃんさい」なんて付文が届いていたのだろうか。

そんなことを思いながらレンズを向けていたら、頭が軽くなったせいもあってか、帰り道は「あめあめ降れ降れ」と鼻歌まで出てきた。

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2014年4月29日 (火)

行儀良く並んで

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ナルコユリの花。等間隔に二つづつ並んで茎からぶら下がって咲いている。

折から降り出した小雨はも葉っぱの下に行儀良く隠れている花を濡らすことなく虫を待っている。

ナルコユリは、その咲き方から獣や忍者が侵入したとき、カタカタと音を立てて知らせる鳴子を連想させるところから名づけられたのが良くわかる。

この花は青白い筒状の花は、大きく裂けて広がることはない。

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一般の人にとっては、ゴールデンウイークの真ん中に水をさされたような雨であったことだろうが、ごくわずかでも畑を耕しているプチ百姓の自分らにとっては久方ぶりのお湿りである。

ただ、天気予報では明日も一日中降り続いて200mmのもなるのではないかと言うが、何事も過ぎたるは、、、、、、、

きょうは、この雨に期待して、裏の川の雑草の根切りをしたが、すべてを水に流すべく、川の中央に放置したが下流には迷惑だったかしら。

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2014年4月28日 (月)

芯が空っぽ

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ウツギとは、漢字で書くと空木と書き、木の中央が空洞だったり、コルク状の柔らかい芯が詰まっている木の総称を言う。

童謡”夏は来ぬ”でも歌われているように、五~六月に花を咲かせる木が多く、初夏の代表的な木といってもよいだろう。

一番大きな花を咲かせる梅花空木から一番小さな花の小米空木まで何種類もある中で、ただウツギとしか呼ばれない木の花が、写真の花である。

この花の直径は五mmほどしかないが、密集して咲かせるため、遠くからでも目立つ花で低い木が多い道端などで今を盛りと咲いている。

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もう10年以上前になるが、静岡市の最北端になる井川の奥で仕事をしていて、宿に戻ったとき、同報無線から、「市内○○に住む××さん。80幾歳の人が朝から行方不明になっています。服装は、、、、」と聞こえてきた。

あそこからここまで数十キロあるのだが、同じ市内でもここいらまでは来ていないだろうな、と思っていた。

こんな放送は、それ以降何度も聴いている。最初のころは、それでも「見つかりました。ありがとうございました」と言っていたが、最近では見つかったと言う放送は聞かなくなったように思う。

これは、すべてが見つからなかったのではないようにおもうが、何か個人情報の関係でもあったのだろうか。

先日、認知症の老人が駅の構内に迷い込みホームから転落して死亡した事故で、JR東海が補償を求めていた裁判が一審が700万円だった判決を高裁が300万円余をその妻に払うよう変更したそうだ。

何でもチョット眼を放した隙に、家を出て徘徊した末の事故だそうだが、この判決には素直に納得しかねる面がある。

刑事裁判では、心身喪失のものが起こした殺人など凶悪犯でも無罪にすることが多いため、弁護側は何とか心神喪失にするため鑑定をしようとしている。

その伝からいうと、認知症は当てはまるのだが、民事裁判は違うのでこんな判決になったようだ。

しかし、JRのほうも事故を防止するための設備が出来ていなかったことの過失はどうなっているのだろうか。

よく踏切事故でも問題になるのは、開かずの踏み切りなどで、車椅子が渡りきれずに惨事になったことなどを聞くと、どうして高架に出来なかったのかと思ってしまう。

費用がかかるからできない。と言うのは、なんだか韓国のフェリー事故と同じように、「儲けのためなら人の命は、、、、、、」という論法のように聞こえてしまう。

これからさらに老人人口が増えれば当然ボケ老人も身体障害者も増える。

そんななか、こうした裁判結果が出るようでは、うかうかとボケて入られないし、逆に連れ合いがボケてしまった場合、四六時中目が離せないことになるのだが、老々介護の場合手のほどこしようがなくなる。

養護老人ホームは一杯だし、入れるだけの余裕も無いとすると、無理心中も選択肢に入りかねないのだが、、、、、、、、韓国並みに「こんな国に生きてごめんね」と言わざるをえないのか。

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2014年4月26日 (土)

目には青葉

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目には青葉 山ほととぎす 初鰹

気温も25度を越える夏日が混じる今日この頃、山の草木も一斉に芽吹きの季節を迎え、おなじ緑でもこんなに種類があったかと思うほど、極彩色になってきた。

自然のパレットは、柿や栗の葉の黄緑から年中変わらない杉などの暗緑色まで浅葱色、鴬色、浅緑、黄檗色、苗色など日本人は何十種類となく細かな色分けをしてきたが、これも自然豊かな土地柄と感情豊かな気質がそうさせたのではないだろうか。

緑の山を眺めるだけで気が落ち着き、目にも良い効果が期待できるとか。

教から始まったゴールデンウイークは、これらの効果を意識するしないを別にして、普段緑に接していない人々が栄養を求めるようにして、各地に散っていくのではないだろうか。

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2014年4月25日 (金)

おだをまく

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オダマキの花が咲き出した。

我が家のものは薄い紫であり、その透き通ったような色合いは、一見、絹の裳すそを思わす滑らかな感じがして好きである。

そのむかし、静御前が鎌倉に捉えられて連れてこられたとき、頼朝の前で謡った今様は

しずやしず しずのおだまきくりかえし むかしをいまになすもよしかな

と、吉野山まで別れた義経をしのぶ歌を謡ったそうだが、当方、毎日のように些細なことでおだをまいている。

正確には管をまくというらしいが、苧環と管とはどう違うのか、、、、

そういえば、静岡言葉で「おだっくい」と言うのがあって、これは”ひょうきん者”と解釈しているので、言われても嬉しくない。

子供のころ、自分の祖母に当たる人が機織をしているところを見たことがあるが、どれがどういう名前かは知ることもなしに過ごしてきた。

たぶん、苧環は四本の外枠を持った糸を巻く道具ではなかったかと今思っているが、、、、、あやふや

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いま不思議に思っていることのひとつに、「血圧が147以下であれば、高血圧とは言わない。」と人間ドック協会が基準を緩めたそうだ。

六十五歳のとき、立ちくらみのような症状で家の中で倒れたとき連れ合いや、看護婦をしている娘からやいのやいのと言われて、医者に行ったのが運の尽き。

それ以来、高血圧の薬をずっと処方されている。

おかげで現在は、128~65mmくらいで安定しているが、一番最初でも140程度しかなかった。

そのときは、「130以上あれば立派な高血圧です」といわれ、「様子を見ましょう」なんて言葉も無く、有無を言わさずに薬を投与されたのだが、、、、、

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2014年4月24日 (木)

風呂敷のように

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開花を間近に控えたハナミズキ。

大事なものを風呂敷で包み込んだように、花びらが蘂を囲っている。

そういえば、最近風呂敷きの出番がなくなってしまった。

家のも、冠婚葬祭で貰ってきたものが沢山あるが、捨てるに捨てられずどんどんとたまっているが、これも近いうちに”ダンシャリ”なんだろうね。

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2014年4月23日 (水)

他山の石

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船の碇の形に花が似ていることからイカリソウと名づけれたそうだ。

四枚の花びらが後ろに反り返って、なんにでも引っかりそうなところから、花言葉も「あなたを離さない」という。

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今日も、韓国のフェリー沈没事故でワイドショーは賑わっていたが、そのなかで、日本からの救援を断ったことに関して、日本の海難救助が如何に優秀であるかを述べている番組があった。

日本の救援隊が行っていればもっと助けられたのに、と言う。

確かに聞いていれば、船会社や乗組員の義務意識の無さ、無責任さはあきれるばかりであるが、それは日本の基準であり、責任転嫁は海外で仕事したことのある人はどこでも一度や二度経験している世界常識である。

しかし、転覆してまもなく沈んだ船に対して日本の「海猿」が出かけて行ったとしてどれほどの効果があったのだろうか。

世界各地の災害救援に派遣された日本隊同様、状況の把握、準備などを考えれば、やみくもに海に飛び込むことも出来ないし、むつかしかったと思う。

何を持って日本のほうが優れていると言うかは知らないが、その昔、ロスアンジェルスの地震の際、道路橋が落下したとき日本の識者といわれる人が、日本は耐震構造がしっかりしているからこんな事故は絶対無いといっていた。

しかし、その翌年だったか、神戸の地震の際には高速道路の高架橋が横倒しになってしまったとき、根拠の無い自信だったと思って記憶がある。

そのほかにも、マレーシアの津波を見ていながら、東北地震による津波にはなんの処置も出来ていなかった。

同様に、今回の事件は他山の石として、再度点検するくらいの謙虚さが無ければ、根拠の無い大言のしっぺ返しのように同じような事件が起こりかねない。

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2014年4月21日 (月)

だらだらと過ごす

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今日一日中降り続いた雨は、季節を一ヶ月以上逆戻りさせたようで、ひさしぶりにストーブの火を点けさせた。

庭のナルコユリの葉の上に水晶のような水玉を載せたのは、小粒の雨が降り続けた証しである。

こんな日は何もすることがなく、テレビを見ながらカウチポテトならぬ、寝転びせんべいで過ごそうかと思っていたが、どこを入れても韓国のフェリー事故ばかり。

そのくどさに飽きてテレビを切ったが、厚い雲と時雨模様の雨、部屋の暖房はまぶたを重くする。

仕事の疲れがすぐさま出ないのは歳を取った証拠だと言うが、今日の怠惰な気分は雨のせいばかりでなく、長野で慣れぬ機械を力任せに動かしたつけが、今頃になって出てきたようである。

腰がだる痛いのに加えて、二の腕と言うより、その上の方に近い部分が痛い。腕は自由に動くので七十肩ではないが、こんなところが痛むのははじめてである。

明日も天気は良く無いそうで、もう一日だらだらと養生すれば疲れが取れる?

待たれるのは、空の青さだろうな、、、、、、

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2014年4月20日 (日)

天佑神助か

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七重八重 花は咲けども 山吹の、、、、、、。

山吹の花が咲き出した北国信州。今年の冬は普段ほとんど積もらない長野東部地方でも積雪が一メートルにもなって、植物にかなりの影響が出たようで、物によってはこのところの暑さとあいまって、芽吹きが早くなったもの、遅くなったものとまちまちになっていると言う。

それでも、季節は揺れながら着々と進んでいく、、、、

昨日雨を降らせた空は、まだ雲が片隅に暑く残っており、テレビの天気予報が届かない山吹には半信半疑の空模様なのだが、咲いてしまったものは仕方がない。という、表情に見えてしまった。

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きのうは畑の近く、春日温泉の国民宿舎に宿とって入ったところ、義弟から電話が入り、こちらはいま大降りになっているという。

それで半分あきらめ、今朝になって明るくなった空の下、畑まで戻ってみた。

義弟は、畝掘りができないとして、よそに出かけていたがあきらめの悪い自分はそれでもとばかり、鍬を持って一振り畑を掘ってみた。

なんと、”天佑神助”とはこのことか、しばらくの晴天続きは、土のなかをほっこりとさせていてくれた。「おおい、出きるぞ」と大きな声で弟夫婦に告げ、畝たて機を畑にもって行き、残ったものに種芋と肥料を買いに走らせた。

なにしろ、夕方には豊田市に戻って会議があると言うので、午前中に出来るだけやって帰ろうと、15メートルほどの畝を10本ほど作って植え付けをすませた。

本当は、もっと植えることができたのだが、種芋を売っているとこで在庫がなくなったというのでこうなったしだい。

それでも、今年植えることが出来なかったら、もう来年から長野まで来てこんな遊びをするのを止めようと思っていただけに、また来年もしなければならないのかという思いが駆け巡り、なんだか複雑な思いをしながら、午後一番で帰途についた。

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2014年4月18日 (金)

雨で上田城のさくらを

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朝目がさめると妙にしっとりとした感じがした。

嫌な予感がして、窓の外を見ると松の葉に雫がついていて、コケがしっとりと濡れている。

天気予報どおり、雨が降っていたのだ。

「ひょっとして、北アルプスに近い安曇野だけが降っているのかもしれない」と言う淡い期待の中、宿の食事を早くしてもらい、早々に仕度をして、松本から三才山トンネルを抜け鹿教湯から立科町に入るが、その間ずっと小雨が続き、自動車のワイパーを動かし続けた。

当然、畑には入られない。しかし、この調子では明日も駄目かもしれないとしたら、今年のジャガイモの作付けはあきらめるしかなくなるのだが、、、、、

ここ10年ほど、お天気男であり念力で雨を停めてきたのだが、「この辺で止めなさい」と神様が言っているのだろうか。とにかく、長野に行ってから種ジャガと肥料を買ってなんて言っていたが、今日買うのは止めようということになる。

そして、ここにじっとしていても仕様が無いので、今日が祭りの最終日だと言う上田城に行くことにした。

上田までは、車で三十分ほどだが着いてみると、小雨模様の中駐車場はいずれも満杯で誘導員はバッテンを作って拒否する。

仕方ないので、「まず腹ごしらえをして上の臨時駐車場に行ってみよう。それで駄目ならほかの桜にしよう」と近いところの蕎麦屋さんに入る。

長野の人は健啖家が多いのか、普通の蕎麦を頼んだのに、その量の多さはかなりなもので自分はようやく食べきったが、連れ合いたちは半分近く残してしまった。

そんななか、大森を注文して食べる人がいたので、こちらの席ではみんなが目をまぁるくして、、、、、、、、、、

さて、腹がいっぱいになるとおかしなもので、気持ちもゆったり、駐車場も一時間ほどのことで余裕が出ていた。

052_2 さて、堀を渡って城内に入るとにぎやかな声が聞こえてきた。

雨が止んではいたが、すべての人がそぞろ歩くなか、かなり高齢の男女が七~八人車座になって(中に足が悪くて座れないのか椅子に腰掛けて婦人ふたりを含めて)酒盛りの最中。

そのまま、ぐるりと堀を一時間近くかけて一周して戻ってきたが、さらに宴会は盛り上がってむかしの歌を高歌放吟       あれだけ騒ぐにはかなりのエネルギーが必要なんだけどあの高齢者はいつ降るかわからない雨を前にしてたいしたものだ、、、、と言うのが感想。

ただ歳がそうさせるのか、今まで見てきた花見の宴席のように嫌な感じがしなかったのはなぜなんだろう。

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ああ、名にしおう上田城の桜。

確かに綺麗はきれいだがあまり印象に残らなかったのは、ほとんどがソメイヨシノであり、樹齢から言って戦後植えられたものではなかろうかと言う気がしてしまった。

これが、400年以上もあったりすると、関が原の戦いを前にして三万の徳川軍をひきつけ落城しなかった名城、名将真田親子を偲ばせるのだが、、、、

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2014年4月17日 (木)

なんにでもワサビ

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ぽかぽか陽気は野辺山を越え信州に入っても続いていた。

ともすれば眠気に誘われながら、佐久平に入ると気温は26度、「これじゃ静岡より暑いね」と言いながら、義弟の家に到着する。

「このあたりは盆地の地形になるもんでね」と迎えてくれた。

ジャガイモを植える畠は苦土石灰を入れて耕されているので、あとは、畝を掘り肥料をまいて土掛けし種を撒くのだが、今年初めての信州入りなのであちこちに立ち寄った後、安曇野の宿に向かうので、農作業は明日にする。と決めたがこれが後ほどになって悩みの種になった。

午後二時、三才山トンネルを越えて松本に入り、そこから県道147号線沿いに穂高町まで北上する。

ここには、大王わさび農場が大きな山葵田を造り、観光農園として開放しているところなので、まだ少し時間も早いと言うことを理由にして立ち寄ることにした。

大王わさび農場は梓川、穂高川、高瀬川などが合流する地点にあり、湧水の多い扇状地に造られていて、同じわさび田とは言いながら、静岡の段々畑状のわさび田とはちがって、河川敷を均して作った大きな農場である。

ちょうどこの季節は、桜の花も咲き、わさびの花は終わりに近づいてトウが立っていたが、日の光も強くないときなので、日よけの寒冷紗も取り外されて、緑のわさび畑を見ることが出来る。

021 ぐるり一周して、売店に戻ると売っている物すべてにわさびが入っている。

ワサビおやき、ワサビビール、本ワサビジュース、ワサビソフトなどなど、その中でワサビビール?どんな味がするか味わってみたいものだ、、、、でもまだ車の運転があるし、

結局、久しぶりにソフトクリームが食べることにした。

暑いくらいの気温の中、普通のソフトクリームに比べればさわやかな感じが口中に広がり、おいしかった。

しかし、ソフトクリーム好きの連れ合いは「伊豆浄蓮の滝のソフトのほうが、、、」と言っていた。

これは、郷土愛が言わしめた言葉だったのか、それとも何か物足りなかったのか、伊豆のソフトを食べたことの無い自分にはわからないこと、、、、、

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2014年4月16日 (水)

桜と競り合って

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春の山野を紅に染めて咲く三つ葉つつじ、山桜と競争しながら山を駆け上っていく。

今日はどの辺まで登って行ったことやら、、、、、、

三つ葉つつじは、本州の低地から低い山にかけて咲く自生の木であり、枝の先端に三枚のとがった若芽を出すところから名づけられたのだが、その葉っぱに先駆けて、まず紅い花をびっしりと咲かせる。

桜に比べて、木の高さと大きさが違うので上った高さはわからないが、竜爪山の中腹より上七~八百メートル付近で桜が咲き出しているところを見ると、今はあの近所で競り合っているのだろうか。

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あしたから、弟たちと長野県立科町までジャガイモ植えに行く、、、、、

今年は、例年より十日くらい早いので、あの近所の桜を見ることが出来るのだろうか。

天気予報は、あまりよくないが明日の夜泊まる安曇野の宿の予約を早くからしていた、、、、、つまり、この日しか空いていなかったのだ。

まぁ、いままでこの催しは、自称晴れ男(?)晴れ女(?)の効果が抜群に効いているので、今回も何とか切り抜けることを祈っている。

空には、霞んだ十六夜の月が、普段の何倍もの大きさに膨らんでいるようにして懸かっているが、これって心配ないよな、、、、

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2014年4月15日 (火)

涼しげに胡蝶花

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シャガの花が咲いていた。

白い花びらの中央に黄色と青の色を入れて涼しげに咲いている。

当て字として、”胡蝶花”とも書くそうだが、いかにも特徴を捉えている気がする。

気温が24度にもなって、暖かさと言うより暑いとさえ感じる中で、木陰に咲くこの花は清涼剤といってよかろう。

若芽を吹き出した木の間から漏れてきたスポットのような日に当たれば、光の反射率が高いのか、写真はハーレーションを起こして、真っ白になってしまうので、写す位置をあちこちと変えてみる。

この花は、三倍体とかで実をつけることがないため、人為的に動くしかないそうだ。

そのため、山奥や森の中に咲いていれば、その場所はかって人が住んでいた場所だと言う。

もともとは中国に自生していたこの草がどういう理由で日本に持ち込まれたのか、、、、、薬草でも無し、米などにくっ付いてきた訳でもないとすれば、この草がどういう理由で日本に来たのだろうか。

遠い昔、ひょっとしたら遣隋船みたいな船に乗ってたどり着いたとしたら、異国の地で連綿と生き永らえ、それでも三倍体のため自らの子孫を作り出せず人の手を借りて増える、、、、切ない花だと思うとまた見方が違ってくる。

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2014年4月14日 (月)

君子蘭の赤

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鍛冶屋など火を扱う職人は、焼けた鉄の色を見て、鍛える温度を知ると言う。

赤い色から、黄色くなり青い火に変わるほど、温度が高くなることは自分もガス溶接のときなどで知っているが、その色が何度なのかは知らない。

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十六年前に亡くなった母親が残していった君子蘭が今年も真っ赤な花を咲かせはじめた。

花の咲く時期になると日当たりのよい場所に移動しているのだが、寝そべってはなお見ていると、濃い緑の葉っぱの隙間から太陽の光を受けて、金赤色から黄色まで真っ赤に焼けた鉄を思わせる色に染まった花が垣間見える。

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昭和30年ころまで大人はもちろん子供も飢えていた。

馬鹿な戦争の後遺症は「もはや戦後ではない!」と経済白書は大記したが、1ドル360円、テレビ、電気洗濯機などは高嶺の花であり、いまの人にはどう説明してもわからない世界であった。

そのころ、大人は「腹が減った」とは口に出せなかったが、子供は正直、しょっちゅう口にした。

それに対して、当時の肝っ玉母さんは「気のせいじゃろ」「夢のせいじゃ」とけむに巻いていた。

また、よそから来た学校の先生は、生徒の文集の後記にこんなことを書いていたのを思い出した。

「この学校の生徒は遠足に行ったときなど、疲れたと言う言葉の代わりに”腹が減った”」という。

軍国少年は、脚絆の巻き方は知っていたが、足の疲れはなかった。ただ ただ腹が減っていた。

鉄は熱いうちに打てとか、少年時代腹が減ってたまらなかった記憶は、今でも残り、腹いっぱいものを食べないと収まりがつかない。

今日も、身の回りに何かしら食べ物を置いて、手を伸ばして叱られている。

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2014年4月13日 (日)

迷惑な話し

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久堅の ひかりのどけき 春の日に

       しず心なく  花の散るらむ   紀友則

そら一面に雲がかかっているとはいえ、いかにも春らしいのどかな日和で、先月末に開花した桜も散り終わり、わずかに残っている花びらが、風も無いのにちらほらと空を漂っている。

その花びらの行方を見ると地面に降り敷いているものがほとんどだが、いくつかは途中下の低木に糸を張り、獲物を待ち構えている蜘蛛の巣にひっかかっている。

蜘蛛にしてみれば、迷惑な話しだろうが、見ているこちらにしてみれば風流を絵に描いたような景色。

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消費税が8%になってからスーパーに連れ合いのお供をしてついていったときの話し。

耐久消費財の場合、消費税値上げにささやかな抵抗としていかない選択も取れるが、毎日の食材となるとそうは我慢できない。

まだ二つのスーパーしか見ていないので、ほかの店ではどうしているのか、まだ変わった方法をとっているところもあるかもしれないが、、、、。

まず、最初の店で不思議に思ったのは、表示価格末尾が1円単位で印されているものと、10円単位で記されているものとが混在していた。

そして、末尾が0円になっているのは、便乗値上げ?それとも店の努力?3月末の値段が分からないので、、、、、、

どの店も、外税方式をとっていたが、表示に大きく書いてあったのは税抜き価格で課税額は小さく書かれていたため、買い物を済ませた人は「予想より高かった」とぼやいていた。

もうひとつの店も同様であったが、よく見たら定価に8%を掛けた値段が表示してあり、小数点二桁まで書いてあったので、いまでは一般社会では使われなくなった一銭単位の買い物をすることになるのだが、、、、、「お釣りはどうなるのだろうか」と気になった

これも、店側のわずかな抵抗なのだったのだろうか、それとも洒落(?)と笑ってしまった。

いずれにしても迷惑な話しだろうが、「店内での写真撮影はお断りします」なので、この面白い価格表は写真には出来なかった。

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それにしても、スーパーなどの小売店では、何とか売り上げが落ちないよう気をくっばっているさまが感じられるが、公共料金のほうはそんなことの頓着なく、取り上げていく。

年金支給は下がっているのに税金は上がる。弱いものいじめの政府の支持率が下がらないのはなぜ、、、、、、、?

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2014年4月12日 (土)

忘れな草

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忘れな草の花が咲き出した。

一昨年、近くのお寺の潅仏会で貰ってきた種だったが、わずかばかり咲いた後、種を取ることも無く消えたとばかり思っていたが、かなり広範囲に種を飛ばしていたと見え、狭い庭ながらあちこちから芽をふき、最近になって花を咲かせ出した。

直径5mmに満たない小さな花で、地表から5㎝くらいの高さにしかならないが、その花の色は、アジサイほどには変化しなくても、濃い藍色から赤紫に近い色まで変化させ、きれいな花である。

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002_2 いま、家には何十年になるか分からない古いアルマイト製の鍋がある。

たしか、静岡に来る前からあるはずなので、40年以上はたっている。

この鍋に蓋にローマ字で「RIKEN}」と書かれている。

その当時、RIKENといえば、弁当などにも記されていてアルマイト製品の会社だとばかり思っていたものである。

そして、静岡に来てから島田市の東はずれにリケンと書いた看板を持つ会社があり、これとアルマイトの製造所とは関係があるのではないかぐらいにしか思っていなかった。

そして、最近になって初めて理化学研究所という立派な名前の組織とRIKENが子会社かもしれないが同じあることを知った。

また、理事長に野依良治というノーベル化学賞を受賞した大物がいるほか、歴代そうそうたる人物が関わっている物凄い組織であることも知った。

その理事長が、STAP細胞の問題で憎憎しげに「若い未熟な研究者が、、、」と記者会見でのたまわって以来、この組織はどんな組織なんだろうと思ってしまった。

科学のことはよく分からないが、理研は小保方研究員をユニットリーダーにしてこの研究を進めさせていた段階で、どんな研究か知っていたはずであり、彼女が勝手に助成も無く研究していたのではない。

そして、研究発表に当たっては何人もの科学者が助言し、理研も承認したものではなかったのだろうか。

それがいざ、研究に不備があると判ると若い科学者一人に罪をかぶせてみんな引いてしまった。

若い科学者は暴走するかもしれない。しかし、若さゆえに固定観念にとらわれない自由な発想、奇想天外な着眼をするものであり、それを育ててこそ新しい発見があるのではないだろうか。

しかし、理研の会見に現れた幹部たちの表情には、なんだか若造に追い越され、意気消沈していたものを、失敗の烙印をおして消し去ることに喜びを感じているように見えて仕様が無かった。

願わくば、ガリレオの「それでも地球は回っている」ではないが、いずれ後ほどこの研究発表の方法は拙かったが、STAP細胞はあった。と言う日が来ればなぁ、と思っているのだが。

若い研究者の将来はどうなるのかは分からないが、「どうか私を忘れないで」と忘れな草をもって川を流れさせることが無いように願いたい。

これも、若い研究者が、かわいい女性であることと関係しているのかな?

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2014年4月10日 (木)

だいこんの花

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春の暖かさはもとより初夏も通り越して夏日になった。

静岡気象台は全国一の26,5度を記録したと発表したが、体感温度はそれ以上にあり、久しぶりに洗った洗車の水も心地よく感じてしまった。

この暑さに幾分ばて気味になったのは大根の花。

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薄紫がなんともいえない味わいを出しているが、その花びらは油っ気が無い紙のようでいかにも侘しげである。

雄しべ雌しべも花びらの中央にほんの少し出しているさまは、同じ野菜とはいえ、菜の花の黄色く太陽の光を跳ね返してきらきらと輝くさまとは大きく違う。

そういえば、バブル直前だったころに、テレビで「だいこんの花」と言うドラマがあった。

妻を娶るなら「素朴で控えめなひと」がよいと森繁久弥扮するところのもと艦長が息子に言う言葉であった。

いかにも、昭和初期までの人が言いそうな言葉であり、戦後解放されて菜の花のように光り輝く女性がもてはやされる時代には、望むべきもない。

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2014年4月 9日 (水)

りんごの花ほころび

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ラスツベィタリ ヤブロニィグリシュ

、、、、、、

ヴイハジーラ ナベリーグ カチューシャ

ナービ ソーキ ヴェリグ ナークルトイ

004 呪文の文句のようだが、ロシア民謡「カチューシャ」をロシア語読みにした歌詞である。

1,970年代にそのころはまだソ連だったが、労働組合の交流で歓迎会に歌った歌だった。

紙にカタカナで書いてもらった歌詞を、レコードにあわせて急遽覚えたのに、今でも原語(?)で歌える数少ない歌である。

もっとも、歌詞の意味はおろか、ロシア語になっているのかどうか分からないが、向こうから来た大柄なお客さんは、一緒になって合唱してくれたし、”オーチンハラショ”といって強烈な力で抱きしめられたものだった

日本語では、”りんごの花ほころび 川面に霞たち 君なき里にも 春は忍び寄りぬ”であり、その当時はやっていた歌声運動の代表的な歌のひとつでもあった。

庭の姫りんごの花が、桜に少し遅れて、赤いつぼみを膨らませ今朝がたからうす桃色の花を八分咲きに咲かせている。

どんな花でもそうだが、満開の花よりこのくらい咲き方が一番きれいに思う。

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いまウクライナでは、ロシア版国取り物語が繰り広げられている。

ソ連時代、大量のウクライナ人をシベリヤに送り、その跡地にロシア人を入れていたのが功を奏したようで、ウクライナ東部の人口に占めるロシア系住民は過半数を超えると言う。

その人口を持って、住民投票でウクライナの東半分をロシアに編入させようとしている。

何百年も前、帝政ロシアのころからクリミヤ半島はロシア海軍の重要拠点として押さえてきていたが、その思いはいまも変わらないようだ。

そのための施策を、一段と強めたのは今よう”斉藤道三”ならぬプーチン大統領であり、そのことに反対する西欧諸国は反発している。

しかし、各国それぞれに温度差があり、一番強硬なアメリカからロシア資本がかなり入って、はっきりした態度を取れないイギリスまでさまざまである。

そのむかし、ナチスドイツが膨張政策を取り出したころの各国の態度に似ていて、事が大きくなってフランスが占領されてからようやく連合軍としてアメリカが参戦したようなことを繰り返していくのではないかと思う。

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最もさらにむかしに及んでみると、ジンギスカンの分派がモンゴルから来てこの国を立ち上げたのであり、宇宙から見ると、地図に書かれたような国の境界線はないのだが、、、、、、、

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2014年4月 7日 (月)

逸早く

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今年もイチハツの花を見かける季節になった。

アヤメの仲間で「逸早く咲く」と言う意味合いから一初と書かれるようになったそうだが、いっそのこと一八ではどうだったのだろうか。

ともあれ、感想に強い植物なのでむかしは茅葺屋根の上に植えられ魔よけの願いも込められていたらしい。

そうすると、軒先に菖蒲の葉を飾っておくのはこういう意味もあったのだろうか。しかし、イチハツは江戸時代に入ってきた中国の植物だと聞くと、どちらが先だったのか、、、、、、、、、、

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みんなの党の渡辺代表が8億円もの大金を貰った問題で、身内の党員から代表の座を引きずりおろされた。

前にも書いたが、なんとも納得の出来ない説明だけに、「お前もか!」と言うのが実際だが、このお金、渡したほうは「選挙資金だった」と言う話しが説得力のある時期だけに、辞任を迫った国会議員には、「あなたは選挙のときこのうちから百万単位で、ひょっとすると一千万円単位で受け取ってはいませんでしたか?」と聞きたい。

状況が悪くなると、生贄に代表一人を差し出して、次の選挙に備えようとしているとしか考えられない行為である。

ちょうど、STAP細胞の問題で小保方研究員一人に責任を押し付けて決着を図ろうとするリケンの幹部みたいに見えて仕方が無い。

”清濁合わせて飲む”とか、言うのが古来大人物の証である。といわれてきた。これは、政治家と言われるお人ばかりではないだろうが「お金に色はついていないから、、、」と無頓着に受け取る時代は過ぎているのだが、、、、、

それにしても、「弱り目に祟り目」と言う言葉があるが、今年の渡辺代議士はどうなっていくのだろうか。

そして、「二度あることは三度ある」となると三度目がチョット怖いね。

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2014年4月 6日 (日)

朝日に匂う

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いまは富士宮市の一部になってしまったが、その昔芝川町だったころ、仕事の行き帰りに使った稲瀬川沿いの桜がきれいだったことを思い出して、人ごみの日曜だったが出かけてみた。

途中で見かけた山桜、赤い新芽も吹き出して鮮やかに見えるのは、朝日を透かして逆光で見るためばかりではないだろうか。

「大和心は朝日ににおう山桜」と詠った歌が戦前の右翼に利用されて、戦意高揚の材料に使われ、特攻隊の名前にまで使用されたことからこの歌は嫌いであるが、山桜そのものには何の罪は無い。

山あいの清らかな谷の風を受けて、さやさやと揺れ動くさまは、背景の日が当たらぬ黒い山から浮かび上がってそれは幻想的と言ってもよかった。

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稲瀬川を下って内房集落に入ると急に人出が多くなった。

リュックを担いだ人が集団で歩いている。「歩け歩け運動」でも開催されているのかと思ったら、どうもそればかりでは無いようで、テントを張って餅つきまでやっていた。

それで、土手の一角に縦列駐車をし、見て周ったが途中の元小学校?の校庭に長蛇の列、、、、、、ざっと見には二百人を超えていそうな人が順番を待っていた。

道路から見下ろすと、その先端に白いレジ袋が並べられていて、上の張り紙には「たけのこ2kg 1,500円」と書いてあった。

この行列に、渡すだけの”たけのこ”    さぞかし掘るのに大変だったろうなと言うのが正直な感想。

どんな野菜でも自信が無ければ売れないものだが、このあたりの人に言わせると、あくが無くて柔らかいここのたけのこは「日本一だ」という。

自分が掘った麻機蓮根もそう言う人がいたっけなぁ

桜並木とまでは行かないが、土手のあちこちに植えられている満開の桜を眺めながら春を満喫した。

そして、ここまで来たのなら、狩宿の頼朝伝説で有名な下馬桜も見ようと言うことになり向かっていった。

富士山は、清水辺りからは、雲に包まれるようにだが見えていたが、近くによるとまったく見えない状態になり、下馬桜越しの富士山は今日も見られないと覚悟はして行った。

ところが、駐車場についてみると、観光バスが一台いたものの、乗用車は十台とはいなかった。

「こりゃ 両方ともはずれだ」と行って見るとソメイヨシノと菜の花は咲いていたが、下馬桜はまだつぼみは固しと言う状況。

仕方なく、傍の出店によって桜餅を買い、花ではなく葉っぱの香りを楽しんで帰る。

新装成った白糸の滝は帰ってきてから「そういえば見てきてもよかった」と後の祭り。

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2014年4月 5日 (土)

生物から静物に

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今日も暖かな日和で春もいよいよ本番と言ったところ、かと思って長野の義弟に電話し、今年もジャガイモを植えるため下準備を頼んだところ、今晩あたりまた雪が降る予報が出ているとか、、、、、

約200km直線にすればもっと近いところなのに

この暖かさにつられて、今日も蓮根畑に入り荒起こしを兼ねて所々高くなったところを平坦にする作業おこなった。

蓮根畑は、手掘りながら場所によっては深く掘っているため土が軟らかく、40~60センチと長靴いっぱいに沈み込むところもあり作業ははかどらない。

それでもここ三回にわたってどうにか片をつけ、後は苦土石灰の散布までこぎつけた。

耕運機も沈み込む畑で、スコップと鍬という昔ながら作業をしていると、土から何か獲物が無いかとカラスや白セキレイがすぐ近くに寄ってくる。

普段に人間には警戒の念を消せない生き物も、農作業をしていると言うだけで安心感を持つらしく二メートルくらい傍まで来て、スコップの土を放り投げても身をかわすだけで逃げない。

それにあやかってか、土手に咲くタンポポの花に来たベニシジミも、カメラのレンズを五センチ程度まで近づけても、飛び立とうともしない。

ひょっとして、身体に付いた泥が人間くささ消し、生物から静物に転換しているのだろうか。

今日から街中は静岡祭りの人出で賑わっていることだろうが、人ごみ嫌いの自分には縁遠い場所である。

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2014年4月 3日 (木)

ぱっと咲いてぱっと散る

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まったくせっかちと言うか、こらえ性がないというか、、、、、

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朝から雨もよいの空の下ながら、小粒ながら降っていた雨が止んでしばらく降らずにいたので、二十日会祭が始まっていた、浅間神社まで行ってみた。

015 行く途中の城北公園もそうだったが、桜はすでに散り始めて地面は白い花びらが敷き詰められていた。

今年の桜は、ぱっと咲いてぱっと散る短期決戦形になるかのようである。

浅間神社の境内に行ってみれば、出かけてしまったのか中止になったのかは分からなかったが、稚児行列に参加する幼子たちをみることもなく、本殿正面では、剣舞のようなものをしていたが、関係者以外ほとんどの参詣者なくさびしい限りである。

屋台のほうに回ってみたが、こちらも閑散としている。まさか消費税が関係しているとも思えぬが、、、、、、、、、、

と、思っていたとき、池の水面に丸い輪ができ始めたと思ったら、雨が降り出した。

「これは急いで帰らなきゃ」とばかり自転車にまたがって帰りを急ぐ、、、

雨は一時的に激しく降り出したが、家に帰り着く少し手前から小降りになってやんだ。

向こうのほうはどうなのか分からなかったが、雨宿りをしてやり過ごせたのかもしれないと思ったら、冒頭の「せっかちか、こらえ性がもう少しあれば、濡れずに済んだのに、、、、、」

散り急ぐ桜の傍で、真っ赤な花桃が悠然と咲いている。

日本人は、こよなく桜を愛しその咲き方を愛でるが、せめて、桃や梅の程度にじたばたと花を長引かせて見なければなないのだが、、、

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2014年4月 1日 (火)

いつもの場所で

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このところしばらく続いた気温が高い日の影響で、桜の花が開花宣言のあと、間をおかずに満開になってしまった。

今日も今日とて、毎年長めに来ている自分なりの桜の名所。

菜の花、大根の花などこき混ぜて、、、、、ここは、人に知られていないので、誰にも邪魔されず、ゆっくりと眺めることが出来るとこである。

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最近スーパーなど人が出歩く場所で、桜の花粉ではないようだが、あちこちでマスクを掛け眼鏡をつけた重武装の若い女の人(と言っても自分の目から見た40代以下の人なのだが、、、)を良く見かけるようになった。

そんなに花粉症の人が増えたのだろうかと思っていたら、今朝のワイドショーを見て、そのわけがわかった。

なんでも、このマスクの大半(?)が伊達マスクだと言うのだ。

その理由として口元を隠すことによって顔が小さく見えるとか、仮面をかぶった人のように他人は見えるが他人から自分を見えないようにすることで、安心感を得る。と言ったような気持ちになれるそうだ。

たしかに、サングラスにマスクを掛けられると、相手がどんな人なのか分かりにくいが、「うるさかないかい?」って聞いてみたくなる。

またこのまま、どこかに入って刃物を出せばすぐにでも強盗になれそうな怪しげな雰囲気が漂う。

それにしても女の人は、良くこれだけ我慢強いものとあきれてしまう。

これからの季節、どんなに暑くても日焼けを避けるため、日焼け止めのクリームを塗ったり、長い袖の服はもちろん、肩までくるような長い手袋をしてみたり、美容のためならどんなことでもする。

「つくづく男に生まれてよかった」と感じるのはこんなときである。

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今日四月一日はエィプリールフール。

日本名”四月馬鹿”だが、日本ではあまり定着することが無かった。

多分そのわけは、日本人の生真面目さとウイットにとんだ話しが言うほうもにも聞くほうにも育っていなかったことにあるのではないかと思う。

日本では政治化とか、実業界など大物と言われる人以外に大きな嘘をつける人が少ない。

当然自分なんかには、、、小さな嘘はいっぱいついていきてきのだけれど

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