おだをまく
オダマキの花が咲き出した。
我が家のものは薄い紫であり、その透き通ったような色合いは、一見、絹の裳すそを思わす滑らかな感じがして好きである。
そのむかし、静御前が鎌倉に捉えられて連れてこられたとき、頼朝の前で謡った今様は
しずやしず しずのおだまきくりかえし むかしをいまになすもよしかな
と、吉野山まで別れた義経をしのぶ歌を謡ったそうだが、当方、毎日のように些細なことでおだをまいている。
正確には管をまくというらしいが、苧環と管とはどう違うのか、、、、
そういえば、静岡言葉で「おだっくい」と言うのがあって、これは”ひょうきん者”と解釈しているので、言われても嬉しくない。
子供のころ、自分の祖母に当たる人が機織をしているところを見たことがあるが、どれがどういう名前かは知ることもなしに過ごしてきた。
たぶん、苧環は四本の外枠を持った糸を巻く道具ではなかったかと今思っているが、、、、、あやふや
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いま不思議に思っていることのひとつに、「血圧が147以下であれば、高血圧とは言わない。」と人間ドック協会が基準を緩めたそうだ。
六十五歳のとき、立ちくらみのような症状で家の中で倒れたとき連れ合いや、看護婦をしている娘からやいのやいのと言われて、医者に行ったのが運の尽き。
それ以来、高血圧の薬をずっと処方されている。
おかげで現在は、128~65mmくらいで安定しているが、一番最初でも140程度しかなかった。
そのときは、「130以上あれば立派な高血圧です」といわれ、「様子を見ましょう」なんて言葉も無く、有無を言わさずに薬を投与されたのだが、、、、、
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