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2014年7月13日 (日)

むかしを思い出し

019

草と言う字は草冠に早いと言う字でなりたっている。

その字の通り、この時期の草は育ちが早く、人通りの少ない道は、あっという間に草茫々となって雨の後などは歩くことが出来なくなってしまう。

畑の草むしりというか、根ごと草抜きは三日にあげず抜くしかない。

最近は除草剤を撒くのが手っ取り早いのだが、農薬同様それでは自家栽培をしている意味がなく、青虫つぶしを含めてすべて手作業でするのは、「安心して食べられる」と言う一点にかかっている。

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今年になって、久しぶりにNHKの朝ドラを見ている。「花子とアン」なのであるが、その前にやっている「カーネーション」もあわせるようにして見ている。

このドラマ、一番最初から見たわけではないが、見だしはじめは花子の少女時代を映した、子役の演技が上手だったのと可愛かったことにある。

最近の子役は本当に上手で、むかしのような台詞の棒読みもなく、演技も自然でである。

これは、選抜された子供が早くから演技指導を受けてきたことでもあろうが、むかしなら天才少女の名を欲しいものにしただろう。

同じく天才少女といわれた美空ひばりの演技を上回っていることは時代が違うとはいえ確かだ。

もうひとつ、このドラマに入り込んだのは、生まれ育った山梨の家の様子、と父親役の人が行商であちこちと歩き回っていたことにある。

家の様子とは、板の間に”へっとり”と言って藁のむしろ暑くした敷物と”箱膳”に懐かしさを感じた。

これらは、自分たちの小さいころ昭和30年代初めのころまで、飛騨の百姓屋では普通に見られた光景だし、自分の父親もそんなに遠くまではなかったが、”山の村”と言う集落を中心に行商をしていた時期があった。

しかし、ドラマのほうは、花子も成人し恋をする時期になり、深くは知らないが「白蓮事件」のほうに移ってからは興味が薄れてきて、、、、、、、

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コメント

よしこさま
戦国時代、山梨、長野、静岡県の大半は武田信玄領地だったので、言葉や風習などに共通点があるんでしょうね。
そんなことを考えていると、武田が天下を取っていたら、また、日本語も変わっていたのではないかと思ったりしています。
雑草のたくましさを人間にもと思いながら、実際に対峙すると、その激しさにおろおろと、、、、、、

投稿: オラケタル | 2014年7月17日 (木) 22時08分

ご無沙汰しています。
でも、いつも拝見していますよ。
ところで、朝ドラ、続けて私にも懐かしいものがでてくるので、見ています。
赤毛のアンもシリーズでずっと何度も読んだ物語ですし。山梨の方言が静岡にも信州にも似ているところがあって、とっても懐かしい響きです。もちろん、風景もやっぱり、信州に似ているし。
我が家の庭もついこの間お盆前にと頑張ったんですが、元の黙阿弥。まあ、植えた朝顔や夕顔も大きくはなってきたんですが、草はたくましく、今は日中汗だくになる訳にも行かず(初盆のお客さんが見えるので)順調に成長する草を見ながら、ため息です。

投稿: よしこ | 2014年7月15日 (火) 17時06分

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