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2014年8月 9日 (土)

葉っぱの上の睨みあい

015

013”蝸牛角上の闘い”という言葉がある。小さなもの同士がつまらないことで争っているさまを言ったものだが、今朝方採りに行ったキュウリの葉っぱの上でカマキリが争っていた。

この時期なので、まだどちらも幼生。成虫になりきっていない二匹だが、その大きさに少し差があるところから、兄弟ではないような気がするが、餌の取り具合で成長が違うのでなんともいえない。

カマキリは、他の昆虫を捕まえて食べる虫であり、成虫になるまでには共食いまですることがあり、その闘争心は強烈なものがある。

どこで生まれたのか、どちらもまだ飛んで歩けるにはまだ間があるのだから、そんなには遠くない場所だったに違いない。

葉っぱの上の両雄は、早くも闘争心に火がついたようで、間合いを計って真剣に見つめあっている。

闘えば、多分どちらかが命をなくすことになるので、この場を離れればよさそうなものだが、その目つきは一歩も譲る気配はない。

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今日九日は、長崎に原爆が落ちて大量の死者が出た日である。

伝え聞くところによると、福岡に落とす予定だったが福岡の上空が雲に覆われていたため長崎に変更されたとのことである。

なぜ、これらの都市が目標になったのかというと、どちらも軍需都市だったからである。

一応原爆を投下したアメリカの言い分であるが、実際のところは原爆の実験をしただけのことで、同じ原爆でも広島と長崎では型がちがっており、その成果を見たかっただけのような気がする。

しかし、それで殺された人々はたまったものではない。

広島に比べて、長崎の大会決議文では、集団的自衛権について安倍首相を前にして再考を迫っていたが、天候の都合でとばっちりを食った市民としては当然のことであろう。

地球の大きさからみれば、人間なんて微生物に劣る存在であり、それらの争いは蟷螂にも劣る。

まして、アメリカの戦争に加わって若い人を殺し合いに参加させ、自分たち政治家は後ろで「すすめ~すすめ~」だけを叫び、あとで、甘い果実を食べようとする姿勢が見え見えの集団的自衛権は、憲法の審査を国民に計ってからのことにしてもらいたい。

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コメント

おばさま
ことし七十五歳になるわたしも、上空を飛んだB-29やグラマン戦闘機を見ていますが実際の戦争は知りません。そして、戦争を語り継ぐ人がほとんどいなくなったいま、またしても戦争を美化し、正当化して若者に銃を取らせようとしています。
そんな時代になってからではどうあがいても国民の声は圧殺されるだけです。
若者は、もっと当事者意識を持って欲しいと思っていますが、、、、、、

投稿: オラケタル | 2014年8月10日 (日) 17時01分

私を含め戦争を知らない人が多くなっている今
その恐ろしさ・悲惨さを語り継ぐことは、大切だと思いますが、安倍さん自身も知らない一人
だから集団的自衛権なんてものを、考えるのでしょうね
69年間戦争もなくそれなりに静かで穏やかな生活が守られてきたのにと思うと悔しいです

投稿: おばさん | 2014年8月10日 (日) 14時34分

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