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2014年10月 4日 (土)

生をつなごうとしてか

010

庭のイチイの木に初めて実がついた。

真っ赤な色の小さな実はプユプユとして、指でつまめば簡単につぶれてしまう。味はねっとりとした独特の味で、果物好きの自分でもあまり好きになれない味である。

そして、何よりもの難点は、中の黒い種にはアルカロイド系の毒があるので飲み込まないように注意しなければならないことであろう。

この木は、自分の父親が五十数年前、脇目から取った先端を挿し木して増やしたもので、静岡に引っ越してきたとき一本だけもって来たものである。

樹齢五十数年の木と言えば杉の木など抱えきれないほどの太さになるのだが、この木は成長が遅く、まだ、根元で直径六㎝ほどしかない。

それでも、生命力は至極強く、切っても切ってもそのたびに無数のわき目を出して空に向かっていた。

飛騨では、高山の南に位山という山があって原生林があるが、そのほかでは成長の遅さからか植林に向かず、ほとんどが庭木としてしかない状態である。

この木の名前の由来は、そのむかし宮中で杓として献上した結果イチイの位を授けられたと言う話しがある(多分嘘だろうけれど、、、)ほか、”あららぎ”と言う別名もある。

杓は、どのようにして用いられたか知らないが、聖徳太子が大事そうに持っている絵がお札に印刷されている。

この木の中心部は赤銅色をしたあざやかな色合いから、昭和のころから一位一刀彫細工として、高山の名産物になっているが、原木がないことから、北海道あたりから取り寄せの木であるとも聞いている。

そして、我が家のイチイの木であるが、どうしたわけか、最近になって葉を落とし目の囲いにするほど茂っていたのが透けて見えるようになってしまった。

もともと、この木は寒いところに適している木であるが、静岡でも三十数年茂っていたのだから、、、、今年の夏がいつもより厳しかったとは思えない。また。カイガラムシなどの寄生虫も見当たらないので原因が分からずにいる。

この調子ではかなり弱っているようにも見える。

そんな木に実がついたというのは、自分が枯れても種で次代に生をつなごうといるかのように見えて仕様がないのだが、、、、。

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