« 氷が張って | トップページ | 間違えた? »

2014年12月20日 (土)

貫きとめる

004


雨が降る前にすこし蓮根を掘ってこようと朝八時になるのを待ってでかけた。

昨日までの晴れ日和と打って変わって空一面に雲が垂れ込め、陰鬱な感じではあったが放射冷却がないため、気温的には暖かい。

掘り出して一時間ほどしたとき、頬に何だか当たったような気がして、水溜りを見るとポツポツと波紋が広がり始めてきた。

天気予報が九時ころからと言っていたので、「なんとまあ、正確なことで、、、」とおもったが、そのころ、レンコンの密集した部分にあたっていたので、この辺りを掘りあげて帰ろうと、作業を続けてることにした。

幸い雨は、ポツポツの状態が続き予定数量を彫り上げて帰ってきたが、午後になって一時激しくなってきた。

今日の雨は風もなく、葦の穂にしずくが連なっていた。

しらつゆに 風の吹きしく 秋の野は 

    貫きとめぬ 玉ぞ散りける  文屋朝康

.

.

昨日のテレビでもやっていたが、所沢で葬儀場が男女の遺体を取り違えて引き渡し、一方が火葬を済ませたあと、もう一方の遺族が取り違えに気がついたいう。

ことが葬儀だけに、笑うに笑えない不始末に、両遺族は困惑しているに違いない。

葬儀は、土地により風習が違うものだが、先に火葬した遺族はなぜ気がつかなかったのだろうか。

自分が知る範囲では、火葬にする前に最後のお別れと称して、顔を見るのが普通と思っていたのだが、それがなかったのだろうか。

もちろん、遺体を間違えて引き渡した葬儀社が一番悪いのだが、遺体は年寄りとはいえ男性と女性と言う明らかな違いがあった。

しかし、このあと先に火葬にされた男性の遺族は遺骨の受け取りを拒否していると新聞に書いてあったが、この辺もよく分からない。

どんな腹立たしい事情があったとしても、遺骨は身内のものではないのだろうか。

また、もう一度火葬に立ち会わなければならない、女性の遺族は、、、、これまた複雑な心境であろう。

とにかくひとつのうっかりミスがなんとも取り返しの付かない事態になってしまった。

|

« 氷が張って | トップページ | 間違えた? »

コメント

岡崎在住様
インドや、タイ、ビルマから見ると日本の仏教は、「異質なもので仏教とは言えない」と聞いたことがあります。
南アメリカのキリスト教も現地の宗教と混淆し、カトリックとはいえない。と聞いたことがありますので、同様なのでしょうね。
日本も、平安時代まで葬式に関わらないようでしたが、親鸞や日蓮が出た平安末期から鎌倉時代になって葬儀をするようになり、次第にその方が本業になってしまったようです。
輪廻転生論、死んだら何もなくなってしまう。と言うことに不安を感じた結果作り出した思想でしょうね。

投稿: オラケタル | 2014年12月24日 (水) 21時58分

確か前にも意見したかもしれんけど、インドはヒンズー教徒が90%で「輪廻転生」の教えで仏壇や墓は一切無し。インド仏教徒は確か2%くらいで、やはり「輪廻転生」やけど、葬式にお坊さんは出れんらしい。どうも、お釈迦様の指導で「お坊さんの葬式参加は謹慎、修行を全うせよ」らしい。インドの結婚式は4回、出た事があるんやが、葬式の案内は全くなく、どうも関係者のみでやるらしいな。川辺で焼却しそれを全部川にを流し、全く残さんの世界や。だから法事もきっと無いんやな。法事があってとしても、ヒンズー教徒は酒を飲まんし、チャイ(ミルクティー)で、朝までおしゃべりやさ。よお喋るヤツばっかやで(^_^)

投稿: 岡崎在住 | 2014年12月23日 (火) 21時46分

岡崎在住様
自分は日本の葬式そのものが亡くなった人のためでなく、遺族のしがらみや見栄なのだと思っています。
それに付けこんで「面倒なことを引き受けます」と、坊主と葬儀社がたかっているのではないでしょうか。
お経は、生きている人がどうやって過ごしたらよいのかの指針であり、亡くなった人への供養ではありません。
ただ、自分が世間並みに両親の葬式をしたのは、しがらみもありますが、以後の法事のたびに親戚や兄弟のつながりを確認し、なくなった親の面影をしのんで語り合う場になればと思ったためです。
仏教の本元、インドでは灰にして川に流すと聞いていますが、今のインドは仏教の勢力はごくわずかだとも聞いています。
あちらの葬式に対する考えはどうなんでしょうね。

投稿: オラケタル | 2014年12月21日 (日) 22時01分

オリは常日頃、お経は死んだ人の供養ではなく、自分の恐れ(死ぬ事の)を取り除くものと思っておる。お経もそうやけど、葬式がビジネス化しており、商談(値段交渉)、売買が伴ない、こういうこと(拒否)が起きるんやと思う。昔はこんな事はありえんかったな。近頃の法事もホント酒飲みの会やな。

投稿: 岡崎在住 | 2014年12月21日 (日) 17時03分

岡崎在住様
そうでしたか、そんな試験があったのですね。
私どもの家では、昭和20年代の正月の娯楽は百人一首でした。
普段むっつりしている親父も、子供たちに負けまいと励んだものでした。それぞれに得意札を決めてそれを取られまいと、、、、、、
家の中で、といっても兄弟5人ですから6人以上、いや、よそから人が来るとその人も巻き込んでのゲームです。
みんな、百人一首くらいはできましたね。
一人ひとりがスマホを覗き込んでいるいまと違って、何にも無いほうが一家団欒にはうってつけですね。

投稿: オラケタル | 2014年12月21日 (日) 16時24分

百人一首 エエね。鉱山高校(神岡工高)での試験で、100点取ったの思い出すな。正月に勉強したんやさ(笑) 次の風情もエエかもね。(^-^)
秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

投稿: 岡崎在住 | 2014年12月20日 (土) 22時11分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/60840116

この記事へのトラックバック一覧です: 貫きとめる:

« 氷が張って | トップページ | 間違えた? »