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2015年3月 1日 (日)

歴史の彼方に

Img_0121
400年の歴史を証言する野面積み(ノズラヅミ)の石垣

Img_0118駐車場に車を止めてなだらかな坂を上りきると、突然広場が現れた、二俣城址の本丸跡である。

そして、その片隅にちいさな野面積みの石垣が残っているが、案内には天守台と書いてあるが、徳川 武田軍が戦った当時は、物見やぐら程度の建物だった違い。

なにしろ、石垣の幅はおよそ10m四角ほどしかない。

連れ合いは、がさがさに積まれた石垣を見て、「地震が来たらすぐ壊れそう」といったが、「このがさがさが野面積みの特徴で、地震の揺れを逃がすため、結構強いんだ。現に400年以上は壊れずに残っているんだから、、、」

この城は、家康の長男が信長の命によって切腹させられた城としても有名だったが、徳川政権が安定期に入って廃城になって、今では奇麗さっぱりあっけらかんとなっている。

徳川 武田の戦いで亡くなった武士や徳川信康の無念もすべて歴史の彼方に消え去ってしまった。

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早いもので今年も二ヶ月が終わってしまった。

そして、またしても食品を中心に諸物価が値上がりした。安倍内閣は物価上昇率が2%に満たないと言うが、庶民の一番基礎になる食品は軒並み上昇し、実生活としては2%どころではないと感じている。

そろそろ、確定申告を書類を広げてみれば、年金はここ数年次第に下がり、今年は昨年より二万余も下がっている。

まさに踏んだりけったりの状況である。

これでは、総中流化社会と言われた日本も早晩、韓国並みに富は財閥系富裕層に流れ、庶民は次第に貧困化していくしかないのか。

いま猛威を振るっているイスラム過激派に希望をなくした若者が集まっているそうだが、資本主義の行き着く先は富める者と貧しいものの戦いに決着するまでになるのではないかと思うのだが、、、、、、、、、、

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