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2015年3月31日 (火)

そして、同級会が始まった

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尾張と美濃の国境を流れる木曽川。

同級会は、尾張藩の目付け家老成瀬氏が代々受け継いできた国宝犬山城をはさんだ対岸あり、美濃の国にありながら犬山温泉を名乗る宿で行なわれた。

そこから見る犬山城は、すこし川下にある堰のため水を満々と溜めて湖のようになった川べりから切り立った崖を持つ小山の上に見える。

幹事なので朝早めに宿の到着したが、早すぎたので、この近所に住む高校の同級生の家にお邪魔した。

ただ、ここで、初めてつけたカーナビに頼って向かったのだが、カーナビの使い方が分からず、訪問先の住所が入力できない。

名鉄新鵜沼駅のところから西に延びている”にんじん街道”という道路の脇に立っているからすぐ分かると言う電話を聞いて向かったものの、気がつかす通り過ぎ、引き返して目的地近くに着いたもののカーナビは「この辺りです」といったきり、ほん細かいところまでは教えてくれない。結局、10分ほどで行けるところを小一時間かかってしまった。

彼との話の中で、近いうちに今の家を処分して、マンション住まいを始めるための準備をしているとか、、、、そのため、まずは不用品の処分とマンションの改造計画を、業者と話しているとのことだったが、その労力は大変なものであることが言葉の端々から聞こえてくる。

自分なんかの場合、東海地震が来て家が破壊され、生き延びていたならプレハブのちいさな家を建てるくらいで、それまではいまの家に住んでいようと思っているし、もし、寿命が尽きれば、残ったものに家のものを処分してもらおうと思っているので、断捨離は一切考えないことにしている。

ただ、そうは言っても、子供たちに迷惑をかけないで逝こうという気持ちはおなじであり、自分たちの親の世代と一番考え方の違う点だと思っている。

そんなこんなと話をしているうちに、集合時間の40分くらい前になったので宿のほうに向かい、着いてみると、「気ぜわしいは老人の常」というか、もう三人が着いていて、宿の外で立ち話をしている。

「やあやあ、幹事のほうが遅れて来るとは何事だ」    手続きを済ませて部屋に入るなりあれこれと話が弾む。

そして、同級会がはじまった。

結局、食事が始まるまえに幹事のあいさつは、三時から六時までのあいだにほとんど話し済みのため省略、、、、、、

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食事が済んで腹がいっぱいになり苦しくなったので、今日満開を迎えた夜桜見物に出かけることにした。

対岸に桜並木があり、歩いて10分ほどだと言うので、みんな打ちそろって歩き出す。

気温もかなり高いようで、川面を吹き抜ける風も冷たくはない。

「これまで何回も、夜桜見物に出かけたがこんなにあったかかったことはない」「そうそう、花見のビールを飲みだすと寒くなってしまったものだが、、、」と口々に言い合う。

四日後が桜祭り、と言うことで夜間照明もするそうだが、急激に咲いただけに、ほの暗いぼんぼりがあるだけで準備不足の感はまぬがれない。

そして、急に咲いた花は長持ちしないとか聞いたような気がするので、他人事ながら、その日まで持ちこたえられるのかと心配になる。

どうも刹那主義の桜ではないが、旅人の自分たちさえ良ければ、それでもよいか。

しかし、城だけは照明に白く浮かび上がって、城の別名である白帝城(中国三国志に出てくる劉備の城)をそのまま表現したような幻想的な夜景をかもし出していた。

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2015年3月29日 (日)

芳しいものには毒がある

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常緑樹のシキミに花が咲いていた。

花びらが裂けていたりして、花びらの数がいくつなのか分かりつらい、また、薄緑の花びらは、濃い緑の葉っぱの中にあってはなかなか目立たなくて、傍に近寄って初めて分かる。

強い芳香性を持つ葉は、仏壇に飾ったりする香花として使われているが、樹全体に強い毒をもっていて、人を死に至らせることもあるという。

まさに、「美しいもの、芳しいものには毒がある」と教えているようである。

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あしたは同級会

明日は、久しぶりに小中学校の同級会を犬山城の対岸で行なう。

早いもので中学校を卒業して六十年、御歳七十五歳ともなると、みんなあちこちに不具合が出てきて、集まれるのは四分の一に成ってしまった。

われわれの学校は、鉱山に勤めたものの子供ばかりであり、卒業と同時に各地に散らばったうえ、鉱山が閉山したこともあって地元に残っているものは一人としていない。

そのため、同級会は散らばったものたちが一番集まりやすい場所と言うことで選定していくしかなく、なつかしの山を見ての同級会は卒業したてのころに二~三度行なわれただけである。

なので、同級会は元気なもの、集まることが出来るもの同士が無事を確認し慰めあう場に成りかねない。

でも集まれば、どこの同級会でもおなじことだが子供のころに戻ってしまうのが不思議である。

明日の夜は、白帝城を望みながら、、、、、桜を愛でて、、、、、

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2015年3月28日 (土)

雪崩考

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大津山から見た漆山岳狭い谷筋が雪崩の常襲地帯

北海道ではこの季節にしては記録的な暖かさになったそうだ。

生まれ故郷の飛騨では急に気温が高くなるこの時期、各所で雪崩が発生する。

この時期の雪崩は”ジコスリ”といい、漢字で書くと地擦りとなるが、水気の含んだ重い雪が下の土や岩もろとも谷筋をくだってくるもので、毎年起きる場所では、岩盤がむき出しになっているところもある。

雪崩には、大きく分けて真冬に雪が積もりすぎたり、固くしまった雪の上に積もった雪が崩壊して滑るアワ(泡雪崩)とジコスリがあるが、どちらも強烈な破壊力を持っている。

飛騨の神岡を南東から北西に流れる高原川沿いを流れる国道41号線沿いはむかしから雪崩に苦しめられ、冬場は交通途絶がしょっちゅうあった。

自分の知る限りでもトラックが雪崩で吹き飛ばされ亡くなった人もいたし、そのすこし上流に”割石”という小さな集落があるが、ここの対岸を”障子破り”と言う、木の少ない急斜面があった。

そのむかし、ここで発生した雪崩が下を流れる高原川を越え、対岸の集落の障子を破ったことから名づけられたと聞く。

ことほど、大きな雪崩ではなかったが、自分も二度雪崩の原因者になったことがある。

一度は中学生のとき、学校の授業が始まる前学校の上にいき、尻に笹の葉を敷いて滑って降るのが日課のようになっていたが、あるとき雪だるまを作ろうとして雪のかたまりを斜面に沿って転がしていたら、突然雪の斜面に亀裂が走り50センチくらいの厚さの雪が滑り出した。

音もなくゆっくりとだが滑っていくあとから追いかけてみたがどうしようもない。

その雪が斜面を横切るようにして建つ社宅の屋根に乗り上げたところで止まったものの、社宅が大きく揺れたとかで、みんな飛び出してびっくりしていた。

その後どうなったのかは記憶に無い。

そして、もう一度は高等学校に入ってから、むかし採掘場あったとかで木がほとんど無かった大富というところへスキーツアーで出かけたのだが、斜面の一番上を歩いていたとき、自分のスキーの先端から亀裂が入って滑り出した。

このときは結構早く流れだし、大きな声で呼んだが、下を滑っていた同級生二人が避けきれず雪に埋もれながら巻き込まれていった。

幸い傾斜のゆるい斜面だったので、埋まってしまうと言うことが無く、自力で出てきて笑い話で済んだが、一時は呆然と見るしかなかった。

いすれも泡のちいさなもので、これが急斜面でだった場合どんな惨事になっていたか分からなかったと後で冷や汗をかいたものだった。

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2015年3月27日 (金)

日の光を浴びて

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ちいさな昆虫の目から花の色はどういう風に写るのかは分からないが、春先は黄色い花が多い。

そんな中で、花大根の青紫の花は、明るい日の光りを浴びて、ひときわ目立っている。

この大根は、諸葛菜とも呼ばれ、三国時代、中国 蜀の郡市で有名な諸葛孔明が食料として植えさせたと伝えられているが、根っこの大根は細く固いので、葉っぱを野菜として食べるようにしたのだろうか。

そうなると、あまり腹の足しになるものではないし、花大根と日本で呼ばれているのは、花の形が大根に似ているからだとすると、花が目的で日本に入ってきたもののようだ。

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aスペインから飛び立ったドイツ行きの飛行機が、フランス南部の山に激突し原型をなくすほど粉々になっている様子がテレビに映し出されていた。

回収されたボイスレコーダーから、副操縦士が一人になったときを利用して突っ込んで行ったような推測がされているが、どうしてこんな状態になったのだろうか。

自殺を目的に行なったとしたら、高度を下げ始めてから八分という間、なんの逡巡も無かったのだろうか。

自分の勝手な行動に百数十人命まで道連れにすることをどう考えていたのだろうか。

とにかく、人間の心の闇は計り知れないものがあり、暗いニュースばかりの多い昨今、また見たくない事故を見てしまった。

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2015年3月25日 (水)

木の芽どき

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シデコブシの花びらが小さな風をとらえてゆっくりとゆれている。

薄い桃色の花びらは、いかにも園芸品種と見て取れるが、野生のシデコブシは絶滅危惧種になっていると聞く、、、そんな花かと思えば、ひらひらと風にゆすらるのさえ、いとおしいような気さえしてくる。

漢字で書けば”四手辛夷”となるが、初めて聞いたときには”死出辛夷”とうけとりなんと不吉な名前と思ったものだった。

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木の芽時には精神が高ぶって、、、、、というそうだが、何だか忘れ物をしているような気がしたり、理由も無くいらいらっとしてくるのはこの季節のせいなのだろうか。

こんなとき、玄関のチャイムを鳴らして訪問してきたセールスマンはとんだとばっちりを受けることになる。

チャイムの押しボタンの脇には「セールス 押し売り 宗教の勧誘は一切お断り」というシールを貼っているのに、仕事のため断られることは覚悟の上でボタンを押したのだろうが、やさしい静岡の人は、こっぴどく怒鳴られることまでは想像していなかっただろう。

とにかく、30数年前、静岡に来たとき言われた社長の言葉には「関西系の訛りがある貴方の言葉は、うちの社員にはきつく響くので、、、」といわれていた。

しかし、訛りは”お国言葉”といわれるようにいつまでたっても身に染み付いていて、気分が高ぶってくるといまだにでてしまい、ベルを押した人は早々に身をかがめて去っていく。

「こんな時代なんだから無碍に断ると、刃物で刺されるかもしれないから、、、、」と、言われるがなかなか止められない。

春は怖いよ

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2015年3月24日 (火)

シンプル イズ ベスト

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麻機の山のあちこちでアケビの花を見かけるようになってきた。

濃い紫の花と白っぽい花があるが、写真の濃い紫の花はミツバアケビであり白っぽいのをただ単にアケビと呼ぶ場合が多い。

写真のアケビをミツバアケビと呼ぶのは、アケビの蔓が茎から出たところで三枚なのに対して、単にアケビと呼ぶほうは葉が五枚になっている。

しかし、このアケビ、分かれてから間もないと見えて自然交配をしたものがあり、その両方の特徴をもっている。

つまり、葉が五枚なのに花が濃い紫をしている。そして、その名もゴヨウアケビと呼ばれている。

子供のころ、いまのようにアケビの実が沢山無かったような気がする。

とにかくこの実を見つけるとうれしくて誰にも取られないように、ひた隠しに隠して実が割れるのを心待ちにしたものである。

その実の味は、やわらかく、半透明の実は水菓子のように上品という言葉は知らなかったが、ほんわかとした気分にさせてくれた。

しかし、最近の子供たちはこの実に種が多く入っていることから面倒くさいといって食べたがらない。

いわしに小骨が多いから食べにくいと言うのと同じように、面倒なことは嫌う傾向にある。

マグロやカツオ、そして、肉が好まれるのはそんなことの裏返しなのである。

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昨日からトイレの尻を洗う水が冷たくなって、飛び上がるほどびっくりしてしまった。

早速買った水道やさんに電話したところ、来て見てくれたのは良いが、メーカーで無いと直せませんとのことで、昼になってメーカー専属の修理の人が来た。

このトイレ3年前にトートーの一番最新式と言うことでかなり高価だったが、近所の水道やさんの進めもあり、思い切って買ったものだった。

しかし、この3年に三度も故障した。そして、そのたび部品の交換をしていったのだが、便器をはぐった所を見るとなかは複雑な電気配線の束があちこちに走り回っており、とても、近所の水道やさんの手に負える代物でないことが分かる。

今日も、修理に小一時間かかり、その説明では、「この部品を他社のものと変えましたので、いままでのものより信頼できるとおもいます」とのこと、そのときこの台詞前にも聞いたことあるな?とおもった。

三年間に三度の修理。場所は違っているが同じような台詞で部品を交換するということは売り出したころの製品は欠陥商品だったということになるのだろうな。

自動車でも、新モデルの自動車は故障が多いと聞いたことがあるし、電気系統の故障は町の自動車工場では修理できないブラックボックス化していると聞いている。

いま、トイレまでもが同じような状態になり、5年保障を選んでいるため無料の修理になっているが、これだけ故障が多くては、前の簡単な水洗トイレが20年余故障なしに来ていただけに、不信感がつのってくる。

やはり、いつの世でも「シンプル イズ ベスト」変わらないもののようである。

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2015年3月23日 (月)

ノスタルジー

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Img_0354甘夏畑のその上の雑木林の中に一本の山桜がほとんど満開を迎えていた。

霞か雲か、、、と言うが淡い桃色ながら、緑の山、青い空を背景にきわだっている。

おとといは、鶯の初音を聞き、今日はツバメが長い旅路の疲れも見せず高い空を飛び交っている。

季節はソメイヨシノの開花宣言もあって、初春から春本番に突入したことになる。

久しぶりに賎機山へあがってみたが、今日の陽気に行きかう人たちは、それぞれに汗ばんでおり、風除けのウインドヤッケを脱げば、テーシャツの布目を通して吹き抜ける風が心地よい。

帰ってくれば、汗ばんだ下着が臭いから早々に脱いで洗濯機に放り込めという。

むかし汗の匂いは、男臭いと言われ、働くものの象徴であり、決して嫌われた臭いではなかったと思うが、歳を取ってくると加齢臭いわれ、タバコ同様肩身の狭い存在になってきた。

先日も五十代の娘婿と話したことだが、今の子供は一度袖を通した着物は即座に洗濯機に入れることが当たり前になってきたと嘆く。

この婿の時代ころまで、子供は年がら年中黒の学生服ですごし、ほとんど着たきり雀が身についており、時折「そんなに洗うと着るものの生地が駄目になってしまう」といっては、家内のヒンシュクを買っているが、自分もその先輩として同様な仕打ちを受けている。

考えてみれば、子沢山で洗濯物を手で洗う時代には、そんなに洗っていたら手も疲れるだろうし、水汲みが大変だったろうしできなかったことだったね。

しかし、   しかしね、この風潮はき行きすぎじゃないかと思うのは、バンカラが学生の美だと思っていた男たちのノスタルジーだけなんだろうか。

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2015年3月22日 (日)

往生際の悪さ

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蝶々 蝶々 菜の花にとまれ 

菜の花に飽いたら 桜にとまれ、、、、、

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Img_0321昨年だったと思っているが、「菜の花にとまる蝶はよく見るが、桜の花にとまる蝶は見たことが無い。」と書いたことがある。

しかし、今日梶原山で見た、蝶はモンシロチョウではなかったが、緋寒桜の花にしっかりとつかまっていた。

蜜を吸っているかどうかは、すこし離れているため、確認することが出来なかったものの、確実につかまっていた。

ただ、童謡の歌詞は、菜の花に飽きたかどうか、そして、この桜と蝶だったのかどうかとなると疑問が湧く、、、、、、と往生際の悪いこと   

この悪さは、自分の非をを認めたがらない、男のほうに多いと連れ合いは言う。

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2015年3月21日 (土)

地獄の釜の蓋

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甘夏を採りに登る斜面にはプラスチック製の階段が約250段続く。

その、階段の一部にキランソウの花が咲いていた。

キランソウ、漢字で書くと金瘡小草と書き、民間薬に用いられるが、別名を”地獄の釜の蓋”と言う恐ろしい名前を持っている。

それを意味するのは、彼岸のころ咲き出してほかの草がないようなところで地面覆うようにして葉を広げ、決して立ち上がることがないためである。

特に墓の周りなどを好むところから、この草を引っぺがすと、その下には地獄が覗けるのでは、、、、、なんて考えても無理は無い。

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今日は彼岸の中日。

「暑さ寒さも彼岸まで」と言うが春の彼岸は秋の彼岸より一般的には気温が低いが、寒さ慣れした身体には十五度でも暖かく感じるものであり、まして、二十五度以上の夏日にでもなろうものなら暑くてたまらない。

そんな意味で言えば、今日の気温は時折小粒の雨が落ちるものの、十五度を越えてきたので快適な天気であった。

先日掘った蓮根も、ここ三日間の雨模様の中ようやく乾いてきたので、土落としをし長野に発送しようとしていたが、すこし荷物が中途半端な感じだったので、前々から「好きなようにしていいよ」と言われていた甘夏を10kg余を摘みにいった。

「好きにしていいよ」って言われたときに、そばの木に蜜柑摘み用の鋏がつるしてあるので、持ち主がいないときでも摘んでくること出来ありがたい。

10kg余の甘夏といっても、摘み取るにはものの10分とはかからない。

しかし、自転車の前籠に入れるとまことに運転しにくい状態になり、手押しで帰ったが、これが一番の難題であった。

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2015年3月19日 (木)

氷菓子のように

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Img_0289ここ二~三日のぬくとい陽気に誘われて庭の桜桃が植えのほうから開花をはじめた。

その矢先、今朝の雨に打たれたものの、ここまでくると引返すことも出来ないようで、雨を花びら全体で受け止め、一部では花びらを散らしているものまであった。

その風情が哀れで、カメラを向けて写してみると、以外や以外、雨に濡れた花びらは、なんだか透き通った感じがして、氷細工を思わせる雰囲気になっていた。

さらに、花びらについた水滴に周りの景色を写しこみ、最初に感じた哀れさよりも瑞々しい優雅さのほうが先にたってしまう。

しかし、花本来の目的である花粉の仲介は、仲人役の昆虫は動きが取れないでいるのだから、明日以降に望みをかけていくしかない。

なにしろ、孫たちが長年”じいじっちのさくらんぼ”と名づけて楽しみにしていたものだから、、、、、、、、、今年も来ないのだろうけれど

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aチュニジアで観光客が銃撃され、日本人も何人かがその巻き添えで亡くなったようだ。

観光客が銃撃され亡くなった事件は、たしか、エジプトでも起きているが、渡航注意などもなかったようだし、危険性は予期できなかっただけに、さぞかし、戸惑ったことと思う。

先日も書いたが、どこにいてもこのような事件に巻き込まれる可能性がある最近の情勢をみると、人は何故に人を殺害したくなるのだろうか。

殺害そのものを楽しんでいるごくわずかな人以外は、社会の仕組みに対する怒りがそうさせていると思うが、、、、、、、

いろんなものを発明し、生活を豊かにしてきた人間の英知は、心の病に対しては次第に無力化していくようである。

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2015年3月18日 (水)

どっこい生きている

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今日も気温は25度と夏日になってしまった。

庭には去年咲いたままほったらかしにしておいたチューリップにちいさな葉っぱの間から茎を伸ばしてみすぼらしい花を咲かせていた。

なんでも、翌年きれいな花を咲かせるには、花の散らないうちに花を摘み取り、球根を大きくしないと大きな花をつけないとは聞いていたが、肥料もやらず葉が枯れても掘り上げもしないでほったらかしに忘れていた。

そのため、むかし、図鑑で見たチューリップの原種みたいな花になってしまった。

人間で言えば、ほったらかしにされてすっかりいじけてしまった人とも取れるが、花を咲かせたところをみると「どっこい、俺だって生きているんだ」と主張しているようにも見えて、頼もしくも感じてしまう。

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2015年3月17日 (火)

馬酔木

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馬酔木と書いてアセビと読む。

子供のころは、アシビと聞いていたのは、足が萎えるという意味からきたとのことだった。

つつじの仲間では春一番早く咲く花であり、静岡でも安倍川沿いに連なる山の山頂付近に群生して咲いている。

この木は、名前から見て分かるように毒があり、馬が間違って食べると酔っ払ったようにふらついて歩くところから名づけられたと言うが、草食動物はこの木の葉を食べない。

そのため、近年この木が増えているのは、ほかの木や草が鹿などに荒らされて少なくなっている証拠だと言う話もあるくらいである。

本来原種は白い花であり、写真の花は薄桃色をしているが、これは、園芸品種でアケボノアセビというらしい。

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”人の噂も七十五日”と言うが、昨今の凶悪殺人事件をはじめ、スキャンダルも七十五日とは持たずに脳裏の外に消えていく。

和歌山で小学生が殺され、逮捕された男がほっぺたを両手でつついていた事件も、その後、川崎の小学生殺人事件、そして、淡路島の五人殺傷事件、福井で大学の準教授が大学院生を殺すなどと立て続けに新しい事件が出てくると、もう前の事件は片がついたような気分にさせられてしまう。

しかし、いずれもまだ裁判さえ始まっていないのに、、、、である。

まえに、テレビのドラマで「○○殺人事件」などが放送されていたとき、「そんなにしょっちゅう殺人事件があるわけ無いだろう」なんて言ったことがあったが、訂正しなければならなくなった。

なんとも物騒な世の中になったものだが、どの事件を見ても長年の恨みなんて凝ったものではなく、衝動的で理由の分からない事件が多すぎる。

この調子でいくと、いつ自分が被害者になるかもしれないし、加害者になる(?)ことは無いと思うが、、、、、、、思いたい。

とにかく、一寸先は闇は政界だけではなさそうだ。

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2015年3月16日 (月)

もって生まれた性質

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日本水仙に遅れること二ヶ月ほどしてラッパ水仙がさきだした。

日本水仙の元は中国から来たそうだが、ラッパ水仙はイギリスが発祥地だと言う。

日本水仙は白に黄色い副花冠しかなく、変り種と言われるものを見たことが無いが、ラッパ水仙は色、形ともさまざまなのは彼の国で品種改良を散々し尽くしたためであろうか。

ともあれ、写真の黄色いラッパ水仙の柔らかな色合いと姿は、いかにも西洋の貴婦人のように見えてきたから不思議。

ちなみに、半言葉は「もって生まれた性質」なんてくると、こりゃたまらん。

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2015年3月14日 (土)

カンアオイの花

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寒葵の花をようやく見つけ出すことが出来た。

東海地方を中心に暖かいところでしか繁殖しないと聞く寒葵の花は、なかなかお目にかかれることが少ない。

三年ぶりだったろうか?、それとも、もっと見ていなかったのだろうか。

虫の少ない季節に開くため、ほかの花のように多数の虫のアッピールしようと派手な色彩を持たず、周りの落ち葉と変わらない暗い紫色をして、落ち葉に同化したかのように埋もれて咲いていた。

この花を見つけるのは、まず、冬でも枯れないでいる寒葵の葉っぱを見つけることから始まる。

今日は、岡部町の十輪寺のコブシが切れに咲き揃っているという報道を見かけて出かけてみたのだが、朝早くからの来客があり、出かけたのが10時を過ぎてからと言う時間帯になっていたため、十輪寺の周りの駐車場はいずれも満杯だったため、立ち寄るのをあきらめて、朝比奈川の上流に向けて車を走らせた。

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今日はホワイトデーとか、、、、、肝心のバレンタインデーに全ての女性から無視されていた自分にとって、何の意味もない日である。

そういえば、最近では義理チョコの送呈もかなり減っているようで、何時も集まるご同輩の中に貰ったと言う人はいなかった。

昨年まで「おらぁ、耶蘇ではない」と強がりを言っていた人も、ほかに貰った者がいないと知ると     へッへッへッ

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2015年3月13日 (金)

春の小川は

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春の小川は さらさら行くよ 、、、、

麻機沼の脇を流れるちいさな川、その岸辺に咲く芥子菜の花。

岸辺に沿って延々とつづく。

菜の花の仲間の芥子菜は練りワサビの原料として栽培されていたが、この辺りではすっかり野生化し、ほかの雑草に負けじと繁殖している。

久しぶりに風も収まり、暖かな日差しが戻ってきた。

午前中は自動車の一ヶ月点検を行なったが、午後することが無かったので蓮根掘りに精を出した。

後わずかで蓮根も芽を出すようなので、それまで何度掘ることが出来るやら、、、

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2015年3月11日 (水)

風に吹かれて

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昨日今日と二日連続して強い風が吹き、電線が低くうなっていた。

テレビでは、北海道などで猛烈な風と雪が降っているそうだし、ふるさとや北陸地方などでも戻り寒波で冬に逆戻りをしていると報じていた。

それに比べれば、静岡の風と寒さは屁でもないほどだが、麻機沼のしだれ柳は、その細い枝先を水平になびかせ、北から渡ってきて、寒さや風に強いはずのツグミも土手下の陽だまりに逃げ込んでいた。

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今日三月十一日は東北地方を襲った地震から四年目になる日であり、テレビは終日この関係の話題を取り上げていた。

しかし、いつものことながら各局とも報道協定を敷いているかのようにお涙頂戴式の話題ばかり、これでは、日本にいくつも放送局がいらないのではと言う感想さえでてくる。

もちろん災害の記憶や教訓は大事である。しかし、こういう話題を取り上げておけば視聴率が上がるだろう。と、国民をなめきっているように見えて仕方が無い。

もっと原発の技術的なことなども取り上げておかなければならないが、政府自民党が電力業界をおもんばかって再稼動の方向を出していることにマスコミは異論を唱える気が無いらしい。

そんななか、わずかに小泉元総理が、「日本の基準が世界地厳しいと言うなら、フランスアメリカの基準よりどう厳しいのかの比較した説明が必要だ」「首相が原発を止めるといえばいまの自民党で反対する人はいない」「自然エネルギーなどに回帰すればそれだけ技術が進歩する」などといっていたが、震災から四年東京電力はいまだに汚染水などの事故隠しに奔走し信頼はますます失墜していく。

風に吹かれてその場その場の雰囲気任せ、報道の自由とやらも風前のともし火という気がして、、、、、、、何だかお先真っ暗

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2015年3月10日 (火)

人はどれだけ

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真っ赤なボケの花が咲いていた。

年寄りのボケと言葉が似ているが、もともとに名前は秋になると黄色いカリンのような実をつけるところから、”木瓜”と書いたそうだが、この読みがモックァオと読んだのがボッケとなりボケになったそうだ。

将棋の雪隠詰めがセンチ詰めと認められたように、いつの世でも言葉はカロ木に流れていくものである。

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高校の英語の教科書にトルストイの「人はどれだけ土地が必要か」と言うのがあった。

前後を端折るが、一人の貧しい農民が朝から日没の間までに土地に書いた線の内側を与えられると言う村に行った。

少しでも多くの土地が欲しかった男は「ようやく自分にも運が向いてきた」と喜んだ。

翌日、日の出と共に棒を持って歩き出し、欲をかいてもっともっと遠くまでと歩いたが、気がつくと日はかなり傾き日没が近くなっていたので、一生懸命もとの地点に向かって走り出した。

日没すこし前になって、ようやく帰り着き、村長から「この土地は貴方のものです」と言う言葉を聞いた途端、あまりの過労のため、その場で倒れ亡くなってしまった。

結局は、その男を埋葬するため2m×1mの土地がその男ために必要な土地でだった。、、、、、とさ。

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先日世界の長者番付が報道されていた。最高がアメリカのビルゲイツ氏で、およそ一兆円程の資産があり、それ以下10億ドル(1200億円)以上の資産を持つ人が世界には1826人もいた。

そして、貧富の格差が問題視されている中で、来年はもっと拡大するに違いないだろう。

さて、これらの資産家がどのようにしてこんなに大金持ちになったのか、それぞれの理由があったに違いないが、人間いつまでも生きていられるわけにはいかない。

一生かかっても使い切れないだけの資産を持った大金持ちは、亡くなったあとどうなるのだろうか。

これだけ多くなくても相続争いで、家族が醜い争いを起こしている例はよく聞く。

”子孫のために美田は残さず”とは誰が言ったか、、、、

まぁ、自分には関係の無いことだが、ユニセフの広告には「貴方のちいさな寄付で幼い子の命がたすかる」と言うのを見ると、これらの人々の耳には届いていないのだなと感じてしまう。

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2015年3月 9日 (月)

立錐の余地も無い

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立錐の余地もないとはこのことか。

土筆が小川の土手に密集して生えそろっている。

”土筆誰の子スギナの子”と言うが、親のスギナはまだ土筆の半分の背丈も無い。

以前ならこんなに生えていると、子供が寄ってきて摘んだ。

簡単に摘めるところから、山菜摘みの初体験をしたような気でいる。

さっそく、母親にねだって佃煮のようにして食べたものだが、その親はそんなこと忘れたのか、道端の草は汚れていると思うのか最近はトンと見かけなくなった。

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2015年3月 8日 (日)

芳香を撒き散らして

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見上げると白木蓮の花が辺りの芳香を撒き散らしている。

わずか三日前に通ったときには気がつかなかった花だが、ふっくらとした半開きの花は、手の中に匂い袋を入れた女性のように見えて奥ゆかしい。

辛夷の花と早さを競うかのようにして花を咲かせるが、辛夷のようにあけっぴろげに花びらを開かせることはない。

木蓮の仲間は地球上で一番早く花を持った植物と言われ、恐竜も食べたのではないかと言われている。

それにしても、咲き出した当初は杉やシダ類のように花粉を撒き散らす植物の中で、この香りを放ったのは画期的なことだっただろうが、花粉を運ぶ虫たちはこのころから嗅覚が存在していたのかな?

ともあれ、”美人薄命”と言う言葉があるように、この花の仲間は傷つきやすく、すこしの傷でも、そこから茶色くなって痛んでくる。

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Img_0237今日は神戸の同級生から、奥さんが作ったと言う”釘煮”を沢山送ってもらった。

釘煮とは、イカナゴを醤油や砂糖などで佃煮のように仕立てて作るそうだが、細長いイカナゴが釘のように折れ曲がり、醤油などで茶色に色がつくところから名づけられたとのことで、淡路島から神戸辺りの特産品だそうだ。

それにしても、これだけ大量に作るのは並大抵ではなかったと思う。

ただ、いままで食べたことがなかった。

着いた早々の味見では、その甘辛い塩加減も良くご飯のお供にと思って連れ合いに言っておいたが、晩酌を始めたらビールのお供になってしまった。  

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2015年3月 7日 (土)

やはり野におけ

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「手にとらで やはり野におけ 蓮華草」遊女を身請けしようとした知人をいさめて作った俳句として有名だが、本来それにふさわしい場所で栄えるものを、別な場所に写せば、素の美しさが消えると言う意味であろうか。

マメ科の春の花、すこし前までは水平に寂しく花を咲かせていたが、最近になって、花びらを立てて美しさを誇示するようになってきた。

しかし、蓮華の花は蔓状になった草の先端で花を咲かせているため、根っこまでの距離が遠く、花としては短く切って束ねるには良いが、庭にすこしくらい種をまいても花が少なく見栄えがよくない。

やはり田んぼのようなところで、大量に咲いているのが良い。

その蓮華草も、以前のように補助金がなくなると、撒く人も少なくなり以前のようにピンクの絨毯は見られなくなった。

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a最近になって、補助金を受けた企業からの献金を受け取った国会議員がわんさと出始めている。その中には、首相をはじめ静岡県選出の二人の大臣や民主党の岡田代表までいるという。

今日は啓蟄、巣篭もりしていた虫が地上に出てくるころと言うが、政治献金疑惑と言う虫が国会周辺に出てきたのかな、、、、、

この調子で行くと、大臣以外の国会議員の中に多分与野党あわせると目の向くほどいそうな気がしてしまう。

政治家がどんなにお金のかかる職業かは知らないが、違法な献金を受けていながら、「違法企業だったとは知らなかった」で済ませられる職業だったとは知らなかった。

一般の人が違法行為をしたとき、「知らなかった」で済まそうとしたらなんと言われるか、、、、、、「知らないで済めば警察は要らない」と言われること確実であろう。

そして、不思議なのは献金できないはずの企業が献金しても、罪に問われたとは聞いたことが無いのだが、この辺はどうなっているのだろうか。

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2015年3月 5日 (木)

桃割れの初々しさ

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三月三日は桃の節句。桃色とはこんな色だと言わんばかりの花が咲き出していた。

とはいえ、今年は例年より寒さが厳しかったのか、花の開花がすこし遅れ気味であり、花のほうも枝先にから少しづつ咲き出しているといった状態で、全体から見れば、二分咲きと言ったところか、、、、、

それでも蕾が膨らんで、桃割れの初々しさは人間も花も同じと言ったところ。

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ここ三日間、連れ合いが心臓カテーテルをすることになり、その付き添いで病院に行っていった。

病院は完全看護ではあるが、看護師のほうも忙しいようで、内心喜ばれているような様子が見られた。と言うのは思い過ごしだったろうか。

とにかく、足からカテーテルを入れたあと、ベットに帰ってきてから六時間は足を動かさないで仰向けになっていてくれと。と言うので、その世話のため、水や食事にせわのため、ベッド横の腰掛に座っていたのだが、これが退屈でたまらなかった。

外は、ピーカンに晴れ上がり散歩日和、そして、病院内は暖房が焚かれているようで23℃を越えているため暑くてかなわない。

上着を脱いだがズボンまでは脱げない。とにかく昼寝をする習慣があるため、午後はついうとうととしてしまうが、熟睡と言うわけには行かない。

この調子で、何日かいるとこっちが病人になってしまいそうだと思ってしまった。

さいわい心臓のほうにはほとんど異常がないという診立てで、翌日退院と言うことになったが、この歳になれば、近い将来くるであろう病院で付き添いと言う事態になればどんな風に出来るのか、考えさせられる一幕だったような気がする。

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2015年3月 3日 (火)

ちりめん細工って?

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Img_0135急な階段を登りきると目の前につるし雛が暖簾のように下がっていた。

先日、旧天竜市に行ったかえり、磐田市の”花咲きの庄”に立ち寄り、食事をした後その二階で催されている展示会を見てきたのだが、この建物は江戸時代の造り酒屋で庄屋だった建物だそうで、県の重要文化財に指定されているとか、、、

そんな、関係で二階にあがるには傾斜が70度くらいある急勾配の階段を登らなければならない。

展示物は三月のひな祭りにちなんでか、つるし雛や鞠、雛人形、そして、初めて見るちりめん細工とさまざまな飾り物が所狭しと置いてあり、まさに、旧家の納屋を開いたと言うような感じさえした。

花咲きの庄での食事、、、、、?

人にはそれぞれに好みがあり、一概には言えないが砂糖や味醂で甘くした味を好まないわれわれにはチョットと言う感じで、一般の評価よりは厳しい採点をした。

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2015年3月 2日 (月)

春に三日の晴れ間なし

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薄れ行く朝霧の中を行く人

ちかごろ空模様が可也不安定になってきた。

一昨日は晴れ上がっていた天気も、昨日は一日雨が降り、今日の晴天は一日限りで、明日 明後日と間茶雨が降るという予報が出ている。

ことわざにも”春に三日の晴れ間なし”と言うのがあるが、今はそういう時期なのだろう。

それにしても、この変化を経て野山に花咲く春がやってくる。

今朝方まで降っていた雨も、日の出前には急速に回復していたようで、静岡では珍しく濃霧の中の日の出を迎えた。

ただ一面真っ白な霧ながら、日の出と共に急速に薄れ、空には薄いながらも虹の架かる夜明けを迎えた。

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太陽にせかされて立ち上る湯気

そして、太陽が15度ほどの角度まで昇ったところで指物の有無も消えていったが、今度は顔を出した太陽に励まされるかのように、畑の土から霧がもやもやと沸き立ってきた。

この、一連のストーリーもおよそ30分で終了。これを見る事ができたのは、ごく一部の人であり、見物料は三文の徳

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2015年3月 1日 (日)

歴史の彼方に

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400年の歴史を証言する野面積み(ノズラヅミ)の石垣

Img_0118駐車場に車を止めてなだらかな坂を上りきると、突然広場が現れた、二俣城址の本丸跡である。

そして、その片隅にちいさな野面積みの石垣が残っているが、案内には天守台と書いてあるが、徳川 武田軍が戦った当時は、物見やぐら程度の建物だった違い。

なにしろ、石垣の幅はおよそ10m四角ほどしかない。

連れ合いは、がさがさに積まれた石垣を見て、「地震が来たらすぐ壊れそう」といったが、「このがさがさが野面積みの特徴で、地震の揺れを逃がすため、結構強いんだ。現に400年以上は壊れずに残っているんだから、、、」

この城は、家康の長男が信長の命によって切腹させられた城としても有名だったが、徳川政権が安定期に入って廃城になって、今では奇麗さっぱりあっけらかんとなっている。

徳川 武田の戦いで亡くなった武士や徳川信康の無念もすべて歴史の彼方に消え去ってしまった。

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早いもので今年も二ヶ月が終わってしまった。

そして、またしても食品を中心に諸物価が値上がりした。安倍内閣は物価上昇率が2%に満たないと言うが、庶民の一番基礎になる食品は軒並み上昇し、実生活としては2%どころではないと感じている。

そろそろ、確定申告を書類を広げてみれば、年金はここ数年次第に下がり、今年は昨年より二万余も下がっている。

まさに踏んだりけったりの状況である。

これでは、総中流化社会と言われた日本も早晩、韓国並みに富は財閥系富裕層に流れ、庶民は次第に貧困化していくしかないのか。

いま猛威を振るっているイスラム過激派に希望をなくした若者が集まっているそうだが、資本主義の行き着く先は富める者と貧しいものの戦いに決着するまでになるのではないかと思うのだが、、、、、、、、、、

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