« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »

2015年7月30日 (木)

オクラの花

009


野菜の花の中で一番奇麗だといわれるオクラの花が涼しげに咲いていた

淡い黄緑色というのが当たっているかどうか、、、、、透き通った感じがなんともいえない清潔感を持っている。

つい最近までオクラと言う字にどんな漢字が当てはまるのかと思っていたが、どうも、外国で呼ばれている名前がそのまま入ってきたようで、カタカナ表記だけで漢字はないそうだ。

ともあれ、直径5~8センチくらいの大形の花が咲く、花はともかく五角形に育つこの実はねばねばとした食感と幾分青臭い臭いで好きになれず、これまで食卓に出されても食べることは無かった。

しかし、今年は、畑に植えるものが見当たらず、一袋の種を買ってき、その一部の六本を植えたところ最近どんどんと採れだした。

自分が植えたものだから、「食べなさい」と言われると食べないわけには行かず、苦虫を噛み潰す思いで口にしだした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月29日 (水)

草木もしおれる


003


熱帯夜を過ごした夜明けは、よく寝たつもりだったが身体がだるい。

多分心底眠っていなかったのだろうか。

日中になると曇り空ながら気温はどんどんと上がり、午前中に家の温度計は三十五度になる。

そのむかし、幽霊映画の解説に「草木も眠る丑三つ時、、、」なんて言葉が入ったが、いまでは、"草木もしおれる未(ミ)満つ時"となる。

うっかり水遣りを忘れると、元も子もなくなりそう。

.

.

首相の側近を自認する磯崎補佐官が参院で審議を始めた安保法案で「法的安定性は関係ない」と述べたと言う。

この伝で言うと、憲法をはじめ政府の独走を禁じる法律は無く、時の政権がこれだと思ったら、どこかへ暴走を始めてしまうということになり、暴言もはなはだしい。

先日来、側近と言われる人たちのこの種の発言が新聞に報じられているが、首相の気持ちを先取りして、、、というより、首相自体がこういうことを小出しに言わせて世間の反応を見ているのではなかろうか。

ここまではいいか。ここまではいいか。と瀬踏みしながら初威厳させているのではないだろうか。

戦争を知らない世代が、国会議員になって戦争映画を「カッコイイ」なんて感覚でものを言っているようにしか見えないが、、、、、、

そのむかし、殿上人は国民のことを”民草”とよんだが、近い将来民草が再び枯れるような道に進んでいくのではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月27日 (月)

まったく暑い

006


まったく暑い、くそ暑い!

世間に比べれば、まだ気温の高いところもあるので我慢しなきゃならないのかもしれないが、暑さに弱い身にはこのうだるような暑さは身体にこたえる。

おかげで、ここ毎日、自分自身に「暑中お見舞い申し上げます」と言って聞かせている。

田んぼの土手に植えられている鬼百合の花。

赤黒い花びらは、背景の稲とは対照的に暑さを更に増しているのではないかと思わせる。

この暑さいつまで続くのやら、、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月25日 (土)

プルーンが熟して

006


プルーンの実がたわわに実り、枝をしおらせている。

日本に入ってきてまだ間もないのかあまり知られていないようで、先日も知り合いに渡したら、「まぁ 葡萄なの」と言ったので「こんなにバラバラな葡萄を人にあげるものなんかいないよ」

たしかに、いま出回っているプルーンは小粒で熟すると白い粉を吹いたようなり、粒も小粒である。

しかし、この種類が一番甘くなるので、評判がよい。

ジャガイモの茎が枯れてきたと言うのは少し前から聞いていたのだが、このプルーンが実るのを待って長野へ出かけてきた。

今年は、野菜が天候不順で出来が悪く、値段が高いと言われる中、自分たちの植え付けたジャガイモは昨年同様粒も大きくて、豊作であったが、なにせ自動車が小さくなっているため、25kg入りのコンテナーが二つしか乗せられない。

自分に割り当てらたジャガイモはまだ2コンテナーはあり、「残りは、涼しいところに置いといて」と言っては見たものも、果たして取りにこられるのかどうか、、、、、、、、

このほかに、トウモロコシ二箱、プルーンが二箱と来れば自動車の中は荷物でいっぱい。

自動車は、仰向けにのけぞって走るので、「これでは、うかつにライトをつけることもできないぞ」と言いながら早々に帰宅することにした。

帰ってくれば、気温は35度越え蒸し暑さで、気分が一気になえてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月22日 (水)

カサブランカ考

002


百合の花の女王ともいわれているカサブランカもようやく花期を終えようとしている。

真っ白だった花びらも花粉が付いて少々汚れが目立つ。咲き出したのは、一週間も前だった。

カサブランカは、山百合と鹿の子百合のハイブリットとかで作り出されたのが日本だそうだ。

そのためか、花の白さと香りが日本人にはことにほか愛されているようだが、花粉が衣類に付くとなかなか落ちないので、扱いに気をつけねばならない。

カサブランカ、この名前はどこから来たのだろうか。

子供のころ、この題名で上映されたハンフリーボガードとイングリットバーグマンの映画があったが、筋書きは別にして題名はよく覚えている。

後になって、テレビの再放送で見たが戦時中に作られた一種のポロパガンダー的な趣きを持つ映画だったことに気づく。

カサブランカとは、スペイン語で白い家を表すことだが、モロッコはアラビア人の国であり、スペインからアラビア人が撤退したときにでも、言葉が持ち込まれたのだろうか、、、、、、

妄想は果てしなくあちこちに飛び火し、脈絡はどこかへ行ってしまうのはこれ暑さのせい、、、、、、

.

.

義弟から、プルーンが食べごろになったし、ジャガイモの蔓が枯れてきたというので、明日出かけて収穫しようということになった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月21日 (火)

梅雨明け十日

072


074梅雨明け十日は昔から暑いものと決まっているが、それにしても暑い、、。

日中は、家の戸を開け放ち風通しを良くし、パンツ一丁ですごしている。

今年の梅雨明けは、九州南部まで開けたあと中国近畿、関東甲信越、そして、東海と、、、。

そして、昨日は北陸ときたが、九州北部と四国はまだだそうだ。

また、梅雨明けしたはずの九州南部から奄美諸島はまた雨雲に囲まれてしまっている。

今日も気温は35度越え、せみの鳴き声を聞いたというが家の中では分からない。

山では、シデシャジンの紫色の花が咲いている。

細い紫の花びらの中心からめしべを置き去りにしたように雄しべが突き出しているが、どんな虫がこの花の花粉を雄しべに運ぶのだろうか。

なんでも、花びらのひらひらとした裂けかたが、注連縄などにつける紙製の四手に似ているところから名づけられたとも言われているが、、、、、どうなんだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月20日 (月)

ブチッと弾ける

075

先日来キキョウが濃い青紫の花を咲かせている。

目立つ花なので、秋の七草のひとつに数えられているが、真夏に入る前から花を咲かせているのはなんとしたことか。

082花を咲かせる前に、花びらの縁がくっついたまま大きくなるので、外国ではこちらのほうが目だったようで”バルーンフラワー”と呼ばれているそうだ。

見ていると、今にもはじけそうなのでつまんでみたかったが、なんだかかわいそうな気がしてやめた。

なんでも中に水が溜まっているとも聞くので、確かめてみたい気もし、指先がむずむずしたが思いとどまった。

この花を紋所にした武将に明智光秀がいたが、信長を本能寺で討ち果たすなど、最後にブチッと弾けたのはこの蕾みのせいか。

.

先日批判した、国立競技場の建設を今度はいきなり白紙状態に戻した。

巨額の費用が、膨らんだり縮んだりしたあげく、有識者といわれる人の合意で承認されたすぐ後に安倍総理の一存で風船が弾けるように潰された。。

多分この裏には、安保法制の改悪を引き続き批判されるのを恐れて、矛先をかわすため打ち出した方針だろうけれど、マスコミはまんまと引っかかって、安保法制のアの字も言わなくなった。

それにしても、これだけの工事が白紙に戻したのに誰も責任者がいないそうで、先日、この案の建設委員会の委員長であった安藤忠雄さんには驚いてしまった。

「私は、デザインがよいかを検討しただけで費用がいくらかかるか知りません」とのこと、自分ら素人には分からないが、当事者ならこのもののおおよその額を見ただけで分かるのではないだろうか。

1,300億円でできるものかどうか、そしてそれが最終的に3,000億円を超え、維持費を含めればそれこそドンダケ~になるかぐらいは分かるのが専門家ではないだろうか。

また諮問を受けた有識者なる人たちもこんなに簡単に反故にされて、、、、、

ねぇ~あきれてしまう。

とにかく、安保法制の目くらましには惑わされないこと

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年7月19日 (日)

真っ赤な橋

057
神岡大橋と神岡鉱山亜鉛精錬工場を望む、川面に川霧立ち涼風あり


七月十六日、前夜遅くまでお通夜をしていたが、さすがに運転疲れもあり十二時を超えたところでダウンして眠った。

しかし、年寄りは深い眠りに入れなく、夜明けとともに起きだしてしまい、ほかの人の迷惑にならないよう外歩きに出てしまった。

真っ赤な神岡大橋の近くだったため、対岸に渡り、八幡神社下の遊歩道からこれまた真っ赤な藤波橋を渡って戻ってくるというコース。

神岡大橋からは遠方に神岡鉱山の亜鉛電解工場が見え、その煙突から煙(水蒸気?)が上がっている様子が見て取れる。

往時は何百人もの人が三交代で勤めており、就業時間が終わると門の前から一斉に飛び出してくるのが名物であったが、今ではどのくらいの規模にまで減少しているのだろうか。

坑内から鉱石が出なくなったいまでも、高い煙突から昇る煙が、上空に漂っている霧に吸い込まれ一体となり、まるで、最盛期の工場のように見えるが、、、、、、、

高原川の左岸、八幡神社の脇を通る道は、そのむかし、八幡地獄とも呼ばれ、何人もの人が転落するなど恐れられてきたが、その雰囲気は茂った木でほの暗く、いまでもおもかげはある。

064ここを降って藤波橋にでれば、また真っ赤な橋が架かっているが、この橋は江戸時代には藤の蔓を編んで作った索に駕篭かけ、中に人が入って渡ったという話があり、そのころは”藤橋”であった。

この写真から見える川の上流は、藤波八丁と言い、このあたりの名所になっているが、その先ず~っと2km位は深い渓谷をなし、高校から青年期にかけての川遊びの場所であった。

下流側から見た藤波橋、両岸の濃い緑に真っ赤なアーチが映える

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月18日 (土)

台風疎開?

002


七月四日、病気見舞いに行った道を十一日後再び車を走らせることになった。

折から勢力の強い台風12号が四国に上陸し、南に面した海岸を中心に強い雨風が吹き出した。

静岡から山梨を抜け長野県の諏訪サービスエリアまでワイパーを精一杯振らなければ視界がさえぎられるような悪天候であったが、諏訪サービスエリアで道路状況を尋ねると、信州から飛騨に抜ける道路には制限がかかっていないとのことだった。

この一帯は、雨が降るとたびたび道路が通行止めになるため、ここが規制されると上越市から富山周りになるのではないかと心配していただけに、何とか規制のかかる前に通過できれば幸いと松本に向かった。

ところが、雨は塩嶺トンネルを越えると次第にすくなくなり、松本ではワイパーを動かさなくてもよいくらいの天気になった。

いまに降るのではないかという心配も安房トンネルを抜けて飛騨に入ると、標高2,800m余の笠が岳さえ見えてきて台風はどこへやらという状態になった。

本当に運がよかった。と安心するやら気が抜けるやら。

そのまま、目的地について最後のお別れにも間に合った。

お通夜の夜。そして、翌日の葬儀と雨は時折ぱらつくものの、傘を広げるほどのことも無く、テレビで報じる情景と静岡からの電話はまるで他所事のような気持ちで聞いてしまった。

なんだか、戦争中にアメリカ軍の攻撃を避けるため、学童疎開というのがあったが、今回はさしづめ”台風疎開”の印象すらある。

東側に北アルプスの壁が湿った空気の侵入をさえぎり、西側に流れる川が山々を押し広げているためこういう現象を作っているのであろう。

この地形が、逆に冬になると豪雪地帯となるのであるが、、、、、、、、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年7月15日 (水)

暑さをいや増す

013


真夏のように暑い日も今日で一区切りというが、真っ赤な鬼百合の花はその暑さを更に増しているように感じさせてしまう。

めしべの先に花粉が入った蘂をプランプランと風になびかせているのさえ、暑さにうだっている頭には応える。

午後になって、明日は台風で雨が激しく降るという予報のもと畑を均してキュウリの二番苗を植えてきた。

先日、ポットに種をまき10センチ以上に延びていたのだが、あまりの天気にこの日を待っていた。

しかし、畑から帰ってきてまっていたのは、先日見舞いに行ってきた従兄弟の連れあいの訃報。

「先日は元気そうだったのに、、、」といったら、「人には痛いとか苦しいとかは言わない人だったので、、」とのこと、   なら、行って来てよかった。

我慢強い八十四歳、、、、、明日はなるべく早く台風の影響が少ないうちに行こうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月14日 (火)

夕陽を受けて更に

012

今日も暑い一日となり、熱中症で何人かの人が倒れてしまったと聞く。

そのため、昨日同様日中は家に閉じこもっていたが、夕方、日が翳ってからの散歩になった。

夕日が赤く染めてから、散歩の道すがら安東川の土手を歩くことになったが、いまこの川の周りはトンボでおおわれている。

シオカラトンボ、キンヤンマ、チョウトンボ、ショウジョウトンボ、アキアカネ、そして、イトトンボなど十種をこすトンボが入り乱れてが飛び交っている。

他の種にはあまり関心が無いものの、同種だとそれぞれの縄張りをめぐって追いつ追われるの乱闘に明け暮れている。

その中で、いま一番目立つのはショウジョウトンボとメタルカラーのチョウトンボであろう。

そのひとつ、ショウジョウトンボは、羽根以外全身真っ赤な色合いが名前の由来であり、想像上の動物猩猩から来ているといわれている。

この赤さは、オスだけのもので、メスはまだ赤くなっていないアキアカネを少し小さくしたようで、一見しただけでは分からない。

しかし、一匹のメスが入ってくると、周りのオスもすばやく反応し、それこそ、戦国時代末期に勇名をとどろかせた武田や井伊の赤い甲冑を身にまとった”赤備え”の武士を思わせる雰囲気がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月13日 (月)

ついに初クーラー

035_2


ヒオウギスイセンの真っ赤な花が燃えているように見えた午後、暑さを更にいや増した。

昨日になって急に蒸し暑さが募ってきて、ついに寝る前に冷房を入れてしまった。

今までは、窓の戸を開け、網戸から風が入るようにしてきたのだが、外気の湿った空気で横になっているだけで汗をかいて、普段なら10分とはたたず眠りに入るのに30分たっても眠れない。

ついに、今年の初クーラー、、、、、、、

北国生まれにとって、これからしばらくすごしにくい生活が始まることになる。

まさかこのまま酷暑の夏になるとは思えないが、台風十一号の進み方によっては、高気圧を引きずり込み梅雨明けにもなりかねないと聞くと「ちょっと たんま」って言いたくなる。

今日も、静岡の気温は35度には達し無くて暑さ番付から外されたようで、テレビでは放送されなかったが、車載の温度計はそれどころではなかった。

「年寄りに熱中症が多いのでこまめに水を取りましょう」という言葉を肝に銘じて、用事は昼前に済まし、午後からは家に閉じこもっていたが、体が慣れていないためか、テレビを見ているといつの間にかまぶたが重くなる。

世は太平なんだからと言いつつも国会中継はきな臭くなってきている。

夕方になって、迎え火を焚こうと思ったら、生暖かい風が強く吹き出し、火がつけられない。

ひょっとして、両親の霊が帰るのを嫌がっているんではとかんぐってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月12日 (日)

暑い暑いの一日

005


今日も暑い暑い一日であった。

湿気が強くて風の無いのがその原因であり、湿気さえなければ、、、、とつい愚痴ってしまう。

そんななか、日が傾くのを待って川べりを歩いてみたが、ハグロトンボがイタドリの葉つかまって、団扇を仰ぐかのようにパタリパタリと黒い羽を動かしていた。

ハグロトンボ、とは、羽が黒いところから命名されたようだが、別名を神様蜻蛉と呼ばれている。

なんでも、お盆のころに黒い羽とメタルカラーの胴がいかにも神秘的に見えることから、亡くなった人がこのトンボに連れてこられると感じたのかもしれない。

しかし、亡くなれば仏式の葬儀で送り出された人が多い日本で、なぜ、神様のトンボが亡くなった人を連れてくると考えたのだろうか。

ともあれ、仏壇に飾る花をもとめて、静岡農協が経営する「じまん市」に近所の人も一緒に行ってみたが、開店前から店の前には長蛇の列ができており、その凄まじさに圧倒され、車の運転だけに付き合った自分は、店の前でうろうろするばかりであった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月11日 (土)

強きを助け 弱きをくじく

024


ひまわりの花の写真集などを見るとみんな画面のほうに向いているものばかり。

ひまわりの花は、太陽のほうに顔を向けて咲くというのは常識だと思っていたが、夕日を浴びて咲く花の方向はばらばらである。

とくに、花が終わるころのものが太陽に背を向けている。

中高年になると首が回らなくなるのか。

見ようによっては、中高生の高学年が反抗期の象徴としてふてくされたふりをしているように見えてきた。

岩手県の中学生がいじめを苦にして自殺し、その担任の教師が不適切な対応をしたとしてテレビのワイドショーはまたしても同じような切り口で批評し、ネットではいじめっ子を探し出そうとわいわいやっている。

学校でのいじめ問題は古くからあるが、自殺にまで追い込むいじめはいつのころからあったのだろうか。

自分たちの子供のころは聞かなかったような気がするが、これは学校を含む社会が隠蔽してきたためなのか、それとも、、、、、、、、

とにかく、弱いものをかばって立ち向かう人がいなくなったのは確かだろう。

とにかく、社会全体が「強気を助け 弱きをくじく」とばかり、勝ち馬に乗る風潮が強まっているように見えて仕方が無い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月10日 (金)

ミソハギ

002


朝焼けと夕焼けを久しぶりに見た。

大きく育った稲の脇にミソハギの花が紫に輝いていた。

ミソハギは”禊萩”と書き、もともとはミソギハギと言ったらしいが、言いにくかったのでミソハギとなったそうだ。

実際は萩の仲間でもなく、花が似ているからというが、マメ科の花でもない、とにかく、こちらでは盆に使う花、”盆花”で知られている。

天気予報は、ここ四~五日雨が降らないという予報をだしている。こういうのを梅雨の中休みって言うんだろうな。

ただ、台風が沖縄方面を襲っていると聞くと、「日本もひろいなぁ」という思いと、あちらでは我慢を強いられているのに、こんなにぬくぬくしていいのかという複雑な気もする。

ともあれ、久しぶりの天気で溜まっていた洗濯物に日が入って、これまた久しぶりにぬくぬくとした布団に入られるのか、布団の中の暑さで寝苦しくなるのか、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月 9日 (木)

踏まれてこそ雑草

002


梅雨らしい日が続いている。

家に閉じこもっていると身体にも気持ちにもカビが生えてきそうな感じがしたので、家の周りをぐるっと一周してきたが、静岡南部に「大雨警報」が出ていると聞くとそんなに遠くまで出かけるわけには行かない。

仕方ないので、玄関周りの雑草を抜いてみた。

梅雨に入ってから、雑草抜きも怠っていたのもあるが、この間の水分を吸ってからか雑草の勢いは日ごとに増して、玄関周りの一坪ほどを掘り出すのが精一杯。

しかし、やっていたわかったことは、「人に踏まれてこそ雑草はたくましくなる」ということである。

カタバミやクローバ、オオバコなど雑草は地表に出た部分を切り取っても、根が残っていればすぐに再生するので、小さなシャベルで根まで掘り起こさないと始末したことにはならない。

また、一般にその生命力の強さが、”草根”などといって、ど根性の強さ、打たれ強さを強調する場合に使われてきた。

しかるに、人や車などの踏まれたことの無い場所に育った雑草は下の土が軟らかいこともあって、いとも簡単に引き抜けるのである。

植物は、自分の育つ場所を選ぶことができない。

種が落ちた地点で、精一杯生きることしかできないのだが、境遇のよすぎる場所で育つことが目的を達成するために幸せなのかどうか考えさせられた。

人間の場合、のびのびとよい環境に育って一生を終えるのに越したことが無いのだろうが、、、、、、あまりにも「おんばひがさ(御乳母 日傘)で育ったお坊ちゃんは人に踏まれたことが無いので、    ねぇ~

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月 8日 (水)

木(金)食い虫

008


久しぶりの雨の切れ間をぬって大岩の上の畑に行ってみた。

甘夏もこの雨の間に急に膨らんだように見え、大きいものは直径3センチくらいになっていた。

その葉陰で、コマダラカミキリのオスがそれより少し大き目のメスに求愛していた。

コマダラカミキリ。カミキリムシの仲間でではその色合いから目立つ存在のためよく知られており、よほど多い昆虫だと思い間違えられている。

ただ、これらカミキリムシは、木幹や枝を食料にし、幼虫は幹に穴を開けて中で一年くらい生活しているため、木の芯を食われた蜜柑などの果樹はじきに立ち枯れてしまう。

この写真を写した後、コマダラカミキリの恋をさっそく邪魔をした。

キューピットは金の矢ではなく、鉛の矢を射たのだ。

.

.

今日のテレビの話題にオリンピックの主競技場になる国立競技場の建設費問題に集中していた。

一番最初が1,300億円とこれまでのオリンピック会場にしては桁違いに高い施設だったのだが、昨日の有識者会議とやらで2.560億円に跳ね上がったのを了承してしまった。

そして、これが最低限で後どれだけ追加になるか分からないという。ばかげた案を了承してしまった。

東京オリンピックの誘致に際して、コンパクトにするということをアッピールして採用されたものと聞くが、桁外れに金食い虫を作ることになったそうだ。

有識者とは、どんな基準で選ばれるのだろうか。

政府の諮問機関の有識者同様、主催者の都合のよい人を指名して物事を相談しては結果がはじめから分かりきっている。

自分の懐が痛むわけではないと、大盤振る舞いをしている間に、ギリシャ同様、経済に破綻をきたしかねない。

ほかにも金食い虫をのさばれせて置いては、国の立ち枯れはまもなくではなかろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月 7日 (火)

南平 光円寺

044

赤い屋根を持つ南平 光円寺。

このお寺一帯の下にいくつもの人骨があると言い伝えられている。

江戸時代中ごろ、、、元禄年間というがここを流れる銀山谷の上流の大富というところに鉱山があって、飯場が立ち並んでいた。

飯場といっても当時のことだから、掘っ立て小屋程度のことだったろうが鉱山に出稼ぎに来ていた人たちは、かなりの高給を取っていたそうで贅沢三昧の日々を送っていた。

最も当時の贅沢といっても、娯楽があるわけではなかっただろうし、ただ、酒とご飯位だったと思われるが、、、、、、、、

あるとき、大雨が降り続き飯場一帯が山抜けをおこし、数百人といわれる人を呑み込み泥流になってすべてを押し流して光円寺あたりに堆積した。

そのなかで、一人だけ助かった人がいたが、その人は飯場の炊き(かしき)と言うご飯を炊くおばあさんがいたが、この人はみんなの残りご飯を大切に食べていたので難を逃れたのだ。という話しが残っていた。

実際に、南平の風呂を作る際人骨が出てきて光円寺に納められたという。

050お寺のすぐ下に、高さ5mに満たない松の木があり、根方に地蔵さんを祭っているが、この木はもともとは高い木だったのが土石流に埋もれたこんなに低くなったと言われている。

前平からの下り道、南平の上部全景が見える場所があり写真にしてみたが、写真で写した範囲内だけで、鉱山社宅の長屋が30棟前後が入っていたほか、生活用品を売る購買部、共同浴場、そして、集会場などがあった。

いまでは、その跡形も分からないほどになって、人の世の栄枯盛衰を見る思いであった。

.

043振り返ると、後ろの崖に同じように見下ろしているカモシカが佇んでいた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年7月 6日 (月)

フッキリテッキリ

021_2

飛騨のなぁ 飛騨のな

飛騨の神岡 雲居の御殿、、、、、

神岡音頭の出だしで、後の鉱山会社の社長になった人の作詞であったが、この音頭は地元の人にも評判がよかったようで、節回しの難しいほかの民謡とは別に当時の若い人が故郷の歌としてよく歌った。

鉱山の採掘現場で働く人たちが住む社宅は標高800m付近にあり、谷を隔てた向かいの山々の中腹にはよく雲がかかり、それこそ、雲上の楽園などとも言われた。

その雲を見て、天気を予報する言葉があり、子供のころ父親から「フッキリテッキリ タッキリフッキリ」と呪文のように聞いた覚えがある。

後になって漢字を当てはめると「降る霧照る霧 立つ霧降る霧」を早口に言った言葉であり、静かに尾根から下がっていく霧は晴れの前兆であり、湧き上がる霧は雨の前兆であるということであった。

静岡をたつ前は、梅雨前線の影響とかで激しい雨も降っていたが、日本海側では梅雨前線が北上していないため小雨程度の降りかたしかしていなかった。

それでも、朝方少し離れた場所で小雨が降っていたらしく木々の向こうから霧が沸き立ちその向こうの山々を覆い隠してしまった。

「梅雨時やから しゃないなあ」というのが隣にいた従兄弟の声。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月 5日 (日)

かってこの地は

036

かってこの地は前平銀座と呼ばれていた。

昭和の時代、この道路を、たくさんの鉱山労働者とその家族が行きかい、両側に私宅と呼ばれる家々が社宅に囲まれるようにして、この道路の両脇に立ち並んでいた。

スーパーを小さくした八百屋や駄菓子屋、酒やコーヒーを飲ませる店、本屋と信用金庫の分店等々、、、、、、。

それが、今ではどこがどこやら、かろうじて残っていた消防倉庫を目印にしなければ位置関係が判然としないほど草と木に覆われてしまった。

この場所から人が消えたのは、自分が退職し、この地を去ってからのことで分からないが、昭和六十年としても30年くらいの間のことであろう。

.

.

032


木々の中に埋もれようとしている赤茶けたトタン屋根の建物。

右から、労働組合栃洞分局の建物と床屋、そして,

倉庫係と守衛を兼ねた自治消防の詰め所だったと記憶している。

給料支払日には、この前に掛取りの人がたむろし、給料をもらって帰る人を見逃すまいと、、、、、、、

もちろん当時は、全額封筒に現金が入っていたものだった。

.

この地を離れて、今年で35年、いろんな思い出があるはずなのだがあまりの景色の変わりように思い出までが忘却のかなたに消え飛んでしまい、感慨に浸ったることもなく引き返してきた。

馬齢を重ね重ねて七十歳も半ば過ぎ、このあと、この地に来ることが多分無いとは思いつつ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2015年7月 3日 (金)

大雨は東海沿岸部

004


朝から梅雨前線が東海地方から関東にかけて居座っているようで、激しい雨粒が庭木の葉を上下に震わせている。

テレビは、あちこちの水害を放送しているため長野の義妹が昨年の床上浸水をしているのではないかと電話してくれた。

ただ、我が家付近では激しく降ってはいたけれど、小止みの時期もあり、水位はそんなに増えてはこなかった。

.

.

アガパンサスの水色の花は、すっかり梅雨時の花として定着してきた。

和名を紫君子蘭というが、葉っぱが少し似ているというだけで名付けられたと聞くと、命名間違いというしかない。

誰が名づけたのか知らないが、もう少し和名をつける際に工夫があってしかるべきではなかっただろうか。

そのためか、和名が普及することはなかったみたい、、、、、、

ともあれ、花は強い雨に打たれながらも首をうなだれさせることもなく、気丈に首をもたげている。

.

.

きのう、従兄弟に当たる本家の連れ合いから声が聞きたくなって。と電話が入った。

電話の声は、今まで聞いたことがないほどかすれており、かなり重病を予想させる気配だったので、お盆前にふるさとへ帰る予定にしていたこともあり、見舞いがてらに行くことにした。

長野の義妹も言っていたし、ネットの天気予報も大雨は東海地方沿岸部だけのようなので、飛騨と信州の境も曇り空を予想してのことである。

来週になれば、台風が連続して影響を与えそうだし、いましか無いっしょとばかりに、、、、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年7月 2日 (木)

半夏生ず

023

今日も一日雨もよいの蒸し蒸しとする一日であり、終日家に閉じ込められてしまい、文庫本を読んだり、漢字パズルをしたりして退屈な一日を過ごした。

今日の暦を見ると、半夏生であるとしている。

夏至から数えて十一日目。昔はこの日までに田植えを済まさないと稲が育たないといわれていたが、機械化が進んだ今ではあっという間に田植えが終わり、この日まで田植えのすまない田んぼはない。

そして、この日をよほど厄日とおもっていたか、この日に降る雨は天から毒が降り注ぐといっていたそうで、農作業に出ることはなかったそうだ。

また、半夏生をハンゲショウと呼ぶことから半化粧と書き換えて、このころ葉っぱの先端を白くして花を目立たせる草に半分化粧をした花という意味で”半化粧”と名づけている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年7月 1日 (水)

蘂を守るかのように

004


ちょっと余所見をしている暇に今年も前半が終わってしまっていた。

今日七月一日は久しぶりに大雨が降ったので、こんな日は人でも少なかろうと、かかりつけの内科医院に行ってきた。

血圧は、ここしばらく高いほうで120mm台と安定しているため、薬は切れていたがこの雨を利用した結果、待ち時間もほとんどなく診察を終えた。

その帰り、県立総合病院の脇を通ったら、もう終わりに近づいていた泰山木の花が雨に打たれているのをみた。

まるで、蘂を雨に打たせてはいけない、とでも言うように大きな花びらを一枚かぶせるように折り曲げている。

泰山木、朴の花に良く似た大振りの白い花をつけ、雨さえ降らなければ芳香をあたりに漂わせているはずなんだが、今日は匂わない。

この花の形がお椀のような形を連想させるところから、もともとは大盃木といったらしいのだが、音が同じ泰山木になったという説があるという。

ともあれ、子供のころから良く見ていた木だが、外来種とは気がつかなかった。

.

.

このごろまた変な言葉を聞くようになった。

電話ばかりではないのだが「もしもし、○○さまでよろしかったでしょうか」という。

電話というのは、相手が見えないのだから、まず「自分はどこそこの誰」と名乗ってから、「だれだれさんでしょうか?」というべきではなかろうか。

これもマニュアル言葉らしいのだが、前にはやった「○○円からいただきます」というのが下火になったと思ったら、今度は「よろしかったでしょうか」と来た。

分けもわからず丁寧語だと思って指導されている若い衆は仕方がないとしても、こういう言葉を指導する連中はどんな人物なのだろうか。

ふと気になった。

しかし、「○○円から、、、」のときは、レジで注意したこともあったが、今回は無視している、歳を取って人間が練れてきたのではないことは確かなのだが、、、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2015年6月 | トップページ | 2015年8月 »