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2015年12月25日 (金)

もういくつ寝ると

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今日も今日とて暖かく穏やかな日和になった。

久しぶりに駿府城公園に行きまだ真新しい未申櫓のほうから富士山をみた。

家康最後の居住地になった駿府城は当時いたるところから富士山が見られたことと思うが、いまでは、高い樹が邪魔をしてこのあたりからしか見えない。

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もういくつ寝るとお正月、、、、今年もあとわずかになってしまった。

こどものころこんな歌があったはずだが歌ったかどうかは覚えがない。しかし、正月は楽しみだった。

食糧事情の悪いさなか、親の苦労はどんなものだったかは知る由もなかったが、ただただ、普段食べられないものが食卓に乗せられてくるのが嬉しくて仕様がなかった。

飛騨では大晦日の夜は年越しの魚といって、ぶりの塩焼きがみんなに一切れづつ割り当てられ、油のよく乗った魚を頬ばると口の中でとろけだすように感じて「頬っぺたが落ちる」ってのはこんなことかと思ったものだった。

おせち料理とかいって、今ではスーパーやデパートで買ってくるものになっているが、そんなもののない時代では全部各家の台所で作るため、正月も間近になると家中に香ばしい香りが充満し、それでなくても一日中腹ペコ状態だった子供には期待と一種拷問に近い状態に置かれたものだった。

いま飽食の時代になって、食べ物は年がら年中当時の正月状態であり、作り置きのおせちなんぞには目もいかないため買いはしない。

家には年寄り夫婦二人だけ、食べ物以外にも大掃除のような大掛かりなものをはじめ、正月支度は一切ない。

したがって、正月への期待はさらになく、もういくつ寝ると、、、は悪いほうを考えてしまいそう。

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コメント

岡崎在住さま
少し時代が違うのと、子供のころ育った大津山は商店がなかったこともあってお年玉をもらっても使う場がなかったためか、お年玉の記憶がありません。
ただ、食べることだけが幸せでした。
今日もテレビで、戦後のほうが食糧事情が悪くて、戦災孤児のかなりの数が飢え死にしたといっていました。親がいた子と居なかった子供の差は大きかったようです。

東芝は今度のことで一万人リストラするそうですが、歴代の幹部がおこなったことの責任が一所懸命に働いてきた労働者に降りかかるようで、、、気の毒でなりません。
事情は違いますが、私が鉱山を辞めたときとそのあとの合理化で辞めた人の中にもかなり予定が狂って生活に困った人がいたと聞いています。
わたしなんかは、結構運がよかったほうと感謝しているんです。       運です。

投稿: オラケタル | 2015年12月26日 (土) 22時09分

もう幾つ寝ると単純に「月が替わるだけ」ということやな(笑)オランドコのトウチャンからお年玉を何百円か貰って嬉しかったのを思い出すな。
正月三が日は商店は一切休みやったと思ったが、平成の時代の頃からか元旦から大手デパート営業の時代。今やコンビニ何ぞは24時間、365日の営業や。
一方、病人発生はその時期に関係ないが病院が休みになるのは変わらんな。
確かオイルショックの時代には「消費を美徳する生活様式の見直し」でTV深夜番組自粛、ガソリンスタンド休日休みがあったと思ったが、昔に騒いだ石油枯渇は当分大丈夫との事で、相変わらず「造って売れれば良し。」の時代。然し、供給過剰で家電不況に陥った中で、東芝がリストラを良くここまで
先延ばし(やがてばれる不正会計の実行)したもんやと感心する。でも、東芝さんはリチウムイオン電池等の次期製品開発は相変わらずたいしたもんやぜ。
安部総理のいう「一億総活躍社会」の意味はよー判らんけども、CO2削減が地球人の課題である中、オラケタ様のように質実剛健をまず伝承したいもんやね。

投稿: 岡崎在住 | 2015年12月26日 (土) 11時11分

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