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2016年2月16日 (火)

河津桜を見に

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昨夜音もなく降っていた雨も上がって今朝は絶好の行楽日和といった感じの朝になった。

路面が凍っているから気をつけて、といわれるまで気がつかなかったが、宿から本館の食堂まで行くバスに乗るまでの短い距離を注意して歩く。

食事を早く済ませて、この時間なら大丈夫とばかりに伊豆の東海岸を南下し、河津町に車を走らせた。一番川下の駐車場は九時半だというのにはや半分以上が埋まっている。

何年か前にちょうどこの町を通過しようとして渋滞に巻き込まれたことがあったが、今でもそんなんだろうか。

とにかく、河津町の河津桜は今回が始めてである。川の土手二kmに渡って植えられているという濃いピンクの桜は、足弱の連れ合いがいるわれわれには長すぎる。

と、いうことで道半ばで引き返すことにしたが、別に悔いはなかった。

なにしろ満開に近い一番見ごろの花と菜の花、そして、いくつも並ぶみやげ物を売る屋台の群れは幻灯映画のように、繰り返し繰り返し同じような景色を提供し、足に不自由のない自分にも飽きが来て途中で引き返したくなり、素直に連れ合いを置いてきたところに戻ってきた。

写真は駐車場に戻る出会ったお坊さん。

観光客の邪魔にならない場所で托鉢を行っていたが、”花と地蔵さん”同様違和感のない風景を見たような気がした。

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コメント

岡崎在住さま
神岡では、禅宗の坊さんが寒修行でやっていたことがあります。栃洞にも行っていたかどうか、、、、、

インドのカースト制は今でも健在でしょうか。
なんだか、人間に生まれながらの階級があると言うのもおかしな話しですが、釈迦が生まれたそのまえから、インド五千年の歴史はそう簡単には変えられないんでしょうね。
写真の托鉢僧は、頭陀袋に高野山とありましたから、現代の「高野聖」と言うことになるんでしょうね。

投稿: オラケタル | 2016年2月19日 (金) 22時00分

昭和30年代に托鉢僧を栃洞でよく見て、不思議に感じた記憶があるな。何処の僧侶さんやったんかな。インドの托鉢はバラモン層でカーストの上層やもんで、物乞いしとるような風景は無かったな。本当かどうか知らんがバラモンは修行(瞑想)で忙しいそうや。むしろ、上のカースト層が下のカースト層にお金をあげるのがヒンズー教の教えやそうや。タイでは托鉢が有名やが、一度も遭遇したこと無かったな。きっとタイ托鉢僧はお金に困っとらんのやな。

投稿: 岡崎在住 | 2016年2月18日 (木) 20時26分

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