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2016年3月27日 (日)

梶原山散策

P3270002


昨日は疲れがどっと出たようでグダグダと過ごし、今日もその続きをしそうだったので、近所の梶原山に入ってきた。

山頂は風もなく、うららかな日和ではあったが、低気圧が近づいてきている前触れの笠雲が薄く富士の山頂を覆っている。

そのさまは、まるで絹のスカーフに似て、薄ぼんやりとしている。

P3270010今年のさくらの開花予想は当初23日ころと言う話しだったが、いまだに標本木が咲かないようで開花宣言が遅れている。

しかし、ここ梶原山の染井吉野はどの木もわずかながら咲いており、ここに標準木があればとっくに開花宣言が出せていたはずである。

平地の桜より標高150mほどの山の頂上付近が早いのはなぜか、、、、。

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新幹線が津軽海峡の底を通って北海道に達した。

おもえば、昭和54年この工事をしていた鉄建公団に誘われたことがある。

当時、この工事は始まっていたが、なにぶんにも海底を掘削するだけに、湧水がおおく、工事の進捗状態が悪いこともあり、先進ボーリングで地質を調査し、周囲に薬液を注入しながら進むという工法を取っていた。

そのため、これらの経験があるものを探しており、一応声ががかかってきたようであった。

もしこの誘いを受けていたら、現在どうなっていただろうか。と、元トンネルマンという人が説明している画面を見ながら思った。

先日の同級会でも話の中に出てきていたが、完全に就職できると言うことで地元の鉱山高校に受験者が押し寄せ、四倍ほどの倍率なっていたが、その高校の受験に失敗して、ほかの高校に行った仲間のものが、その後社会にでて活躍し、鉱山では考えられないような仕事をした。

人それぞれではあるが、自分も途中で鉱山を退職し静岡に流れ着き何とか現在の状況を作ることが出来た。

その間、二度会社を変え、三度目に自営業となったが、職種のボーリング関係から離れることはなかった。

とは言うものの、転職のときとか、ほかからの誘いがあったとき、どちらを選択してきたかで、現在の生活が違っていたんだろうなと思う。

ともあれ、人間は棺のふたを覆って、はじめて幸せだったかどうかが決まると言うが、この先どんなことが待ち受けているんだろうか。

多分このまま、そう長くない時期に棺おけの蓋に釘を打つ音が聞こえるのだと思っているのだが、、、、、、

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