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2016年3月 1日 (火)

木蓮も咲いて

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昨日の雨で洗われた空はすっきりと澄み渡り、富士山の稜線をくっきりと浮き上がらせていた。

今日は散歩がてらにいつもは自転車で麓まで行く池ヶ谷の山まで、ずっと歩いて向かった。

麓からは350段余の階段を登り、さらに急な山道を登ると初日の出を迎える丘があるが、その傍に咲く白木蓮が開花しており、富士山の白さを際立たせている。

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今日最高裁で、認知症の老人が愛知県の駅で電車に轢かれ、その責任を家族に請求した裁判の判決があった。

一審ではJRの要求どおりの判決があり、二審では半額になっていたのを、最高裁は無罪とした。

自分なりに一審の判決は過酷なもの度と思っていただけに、最高裁の判決は当然と言う気持ちが強い。

何でも聞いたところによると、85歳の連れ合いが少しうたた寝している間に家を抜け出し、最寄の駅から電車に乗って、次の駅で降り、ホームの端から戸をあけて線路に降りての事故だと言う。

認知症の老人が、改札口を切符も買わずに通り抜け、ホームから戸をあけて降りたその行為にJRはまったく責任がなかったのだろうか。

市民感覚を持って裁判員制度が発足したはずなのに、この裁判ではJRの言い分どおりの判決が出たというのはなんとも解せない。

認知症の介護がどれほど大変なのか、聞いているだけで想像以上というのは分かる。

もし、この判決で有罪になったとしたら、認知症患者は座敷牢に閉じ込めておくしかなくなってしまうだろう。

いずれ近いうちに認知症になりかねない身にとっては、座敷牢に入るくらいなら殺してくれと言いたいのだが、それを言えるうちは認知症ではないのだし、、、、、

   はてさて  年老いていくと言うのも大変なものである。

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コメント

岡崎在住さま
下呂まで行ってきなさったかそれはご苦労様やったな。
下呂にも同級会があるんやね、神岡だけかと思っとった、、、
むかしは、神岡も兄弟の多い家は何組もの同級会がが集まってきて下足番や交通整理など仕事の取り合いをしていました。
しかし、葬儀も帰家農協などの業者が出てきてから、仕事がなくなり、会場に同級会の旗を立てているだけのようです。
葬儀はかなり簡素化され、去年いとこの連れ合いの葬儀に行ってきましたが、御詠歌も無くなっていました。
参列者の顔ぶれも、知らない人が多くなりいま浦島のようでした。

投稿: オラケタル | 2016年3月 2日 (水) 21時28分

おばさま
誰かが言っていたことで、自分もそうだと思いますが、「人間は、いまが幸せだと思うときは人生の苦労が今の幸せにつながるプロセスだと思われてきて、つらかったことを忘れさせてくれる」
またボケというのは、死の恐怖を取り除く作用だといった人もいますが、何も分からなくなって死にたくはないと思っています。
コメントに対する返事になっていませんが、、、、 

投稿: オラケタル | 2016年3月 2日 (水) 21時16分

昨日、義父(85歳、下呂市)の本葬やった。下呂には昭和6・7年会とかいうのがあって葬儀にはその同級生が集まり、また義父の地域貢献の結果もあり、お通夜に217人集まりお経を皆で上げた。和尚さん曰く、お通夜は卒業式で本葬は入学式やそうや。都会では家族葬が一般になったが、関係者が集まっての葬儀を大切にしてほしいとのことや。近所に義父の同級生がおり、お通夜前の2日の間に計3回も弔問に来た。理由は痴呆で何度もお参りにくるんや。(弔問した事を直ぐに忘れる)同級生とか、昔の事は忘れれんという事やな。

投稿: 岡崎在住 | 2016年3月 2日 (水) 18時54分

母が99歳で天寿を全うし
続いて義母の介護にあたった私には
とても他人事には思えませんでした
二人とも最後は有り難う
いつも悪いね~
この言葉に救われ何とか介護できました

判決には大変関心がありましたが
ほっとしました
福祉ってなんだろう
高齢者に優しくってなんだろう
考えさせられました

投稿: おばさん | 2016年3月 2日 (水) 15時59分

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