あきらめたんだ!
むかし見た雪中のやぶ椿にはおよびもないが、木漏れ日を受けて花弁を輝かせている今日のやぶ椿も綺麗である。
伸び放題に伸びてはいるが、ほかの木に比べるとどうしても寸が足りなくて日陰の花になってしまう。
これも宿命と言うべきなんだろうが、精一杯真っ赤な花を咲かせて、存在感をアッピールしている。
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年末に行ったきりの床屋へ久しぶりに行ってきた。
午後から雨もよいに天気になるという予報があたって湿気が強くなってきた時点で髪の毛がやたらに重く感じてきたのが、行く気になった動機である。
しかし、日曜日と言うこともあって、しばらく待たされての散髪は年寄りの気短さも手伝って、少しおかんむりので出しになったが、店主の上手な床屋談義にほだされて気持ちよく帰ることが出来た。
あらためて、人間は歳をとるごとにまあるくなるのは難しいと悟った。
そこで、床屋談義になったが「以前、娘の安産を願って霊験あらたかと言われるお寺に行ってお札を授かってきたのだが、和尚が曰くには本堂の修理のため屋根瓦の寄付をお願いできませんかいわれた、檀家でもないし、安産のお札もそれ相応に払っているので、出来ませんと言ったらとたんに態度が豹変して、ぶっきらぼうになってしまった」という。
「そんなことくらいで態度が変わるなんて和尚も修行が出来ていないって言ってやったら、、、」
「和尚でさえそうなら、我われ煩悩の塊みたいなものはなかなか仏様のようにはなれるはずが無い」
「ある頑固親父が年老いて下の世話をされるまでになったら、好々爺になったそうやぜ」
「それは人間が出来たのではなく、あきらめたんだよ」って隣で頭をあたってもらっていた親父が横槍を入れてきた。
さもありなん!
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