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2016年6月 6日 (月)

むかし遊んだ場所は

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ようやくの思いで帰ってきた。

以前、東名を使い小牧インターから国道41号線を北上していたころは、七時間以上費やしていたものだが、長野県と岐阜県の県境に安房トンネルが開通するなどしてから、二時間以上走行時間が縮まった。

あとは、清水から韮崎までの自動車道が完成すればさらに縮まることになるので、期待している。

ここしばらく、飛騨への行き帰りはトンネルばかりを使っていたのでしばらくぶりに安房峠を登る道を選んだ。(時間もあることだし)

それというのも、朝方の飛騨は天気もよく、雲の量もわずかだったので、この峠からの穂高を眺めてみたくなったからである。

いまでは、すべてをひっくるめて奥飛騨温泉郷といっているが、自分たちが飛騨にいたころは、いくつにも細分されていて、泊まった宿の場所は上地ヶ根と呼ばれる場所である。

この宿あたりから、ハルゼミの声がかすまびしく、ジーコジーコとあちこちの木陰で啼いているが、なかなか目に付かない。

自動車の窓を開けて走れば、1800mくらいの峠までずっと聞こえており、普段の耳鳴り状雰囲気であった。

この道は、トンネルができるまではバスの往来が激しく、とくに長野県側はすれ違いもままならない道路だったため、観光バスがよく立ち往生してものだった。

その道も、今では普通車でも数えるほどしか往来しておらず、マイペースの気分で走っても文句を言われることはない。

県境の峠に着いたのは午前十一時近く、あれほどすっきりと晴れていた空も、上空に雲がかかり、、、、、、、

しかし、峠からの奥穂高と前穂は、出かける途中で見た富士山より雪が多いようで、斑ながら白い部分が多かった。

二十代には、あの稜線を右左に巻いて遊んだものだが、今では遠くから見るだけの場所に変わってしまった。

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