« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月30日 (金)

レジェンドになりたい

Img_0006


今日はクレーンの日だという。語呂合わせで名づけたのだろうが、どう見てもても30がレーンとは読むことができない。

いま近所にある県立総合病院で、手術室を増やすための建物を増築中で、二基のタワークレーンに何台ものトラッククレーンが入って、鉄骨の組み立てを行っている。

青空を背景に天を突きさすようにたっているクレーン。

きょうも鉄骨を吊り上げて回転して納めるところに材料を運んでいるが、いつ見ても吊り上げた荷物を、揺らさないで所定の位置に持っていく技はすごいものだと思う。

自分もかっては、移動式クレーンの資格を持っていたが、荷を吊り上げて旋回したあと、いかに揺らさないで止めることが難しいのかを知っている。

.

.

県の中核病院である県立総合病院は、ほかの病院と違って大幅な黒字を計上しているようで、院長が変わるたびに建物を増築し、今では敷地に余裕がなくなってしまった。

総合病院の充実にはきりが無いのかもしれないが、看護師不足など働く人にしわ寄せが来ていると聞くと、いざと言うとき、、、、心配になる。

そんな話を聞くと、自分が辞めたあとなにか記念物を作っておきたいとトップになった人は考えるのは世の習いのようで、オバマ大統領はTPPや核軍縮などに名を残したい以降と聞くし、安倍総理は憲法を変えようと目論む。

先の静岡知事は飛行場をはじめ、サッカーグランドやグランシップと言うイベント会場などを一杯作り財政を窮屈にした。

しかし、さすがのアベノミクスの3本の矢は、どう強弁しようとも失敗気味だし、東京都知事は豊洲移転を手柄にはできない。

オリンピック招致もこんなにごたごたが続くと、、、、、、、

レジェンド探しに躍起となっている人々は自分の身銭を切るわけではないので、何でもいいからと血眼になっている。

と、見るのは下司のかんぐりか

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月29日 (木)

大天狗あらわる

Img_0010


きのうの予報では、三十度越えをした昨日の天気が今年最後の暑さで、今日からは雨が降って気温が下がると言うものだった。

しかし、その予報は見事にはずれ、家の寒暖計は三十五度の猛暑を示し、風通しの良い百葉箱に入った気象台の温度計でも三十二度越えと放送されていた。

この暑さはいつまで続くのだろうか。

午後になって日差しは陰ってきたが湿度は高く、ついにエアコンを入れてしまった。

そして、夕方になって怪しい雲が出てきたので、写真にしてみたら偶然のことだが、見ようによっては大天狗に見えなくも無い雲行き、、、、、、

天狗とは山伏に似た服装の上、赤ら顔で鼻が高い妖怪を現在ではいうが、もともとは、空を大きな音を鳴り響かせて、凶事降り注がせるもので大きな流れ星を神格化してみていたそうだ。

その伝でいくと、空に浮かんだ天狗に似た雲はまがいものであるが、オリンピックに絡むわけの分からない報道をはじめ、病院での無差別殺人など天狗が介入してのことなら、大祓いの儀ではらうしかないが、今の世に安倍清明や弘法大師のような偉人は出るべくも無い。

           なんちゃって、、、ね!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月28日 (水)

野生の本能

Img_0013


Img_0009


明るい草っぱらに幾頭かのアゲハチョウがいて、お互い縄張りがあるようで、ほかの蝶の進入を許さないで闘っている。

お互いこれと言った武器を持っていないので、ただもつれるように飛び回っているのだが、人間の目から見るとじゃれあっているとしか見えないくらい優雅に飛び交っているとしかみえない。

侵入者を追っ払ってまたもとの場所に戻ってくるのだが、見ようによっては恋をする相手に振られた雄が精神的な傷を癒しているようにしか見えない。

大昔の戦争は、地球と言う規模から見れば、こんなようなものだったのかもしれない。

しかし、なまじっかの知恵が原爆を生み、水爆となると地球の生物に多大な影響を与え、下手をすると地球そのものを壊すのではないかと言う規模にまで達してしまった。

.

.

今日は、夏冷えからか腰の痛くなった老夫婦が日帰り温泉に行ったそうな。

もちろん、男女別々の浴槽になっているのだが、男風呂の静けさに比べると、女湯はかなり賑やかである。

聞いてみると、全然知らない同士なのだという。

先日のテレビで、山で熊や猿に出あったら視線を合わせないでゆっくりと後ずさることが最善の対策であると言っていた。

目と目を合わせると言うことは非常に危険であるというが、街中の怖いあんちゃんも面をきったとかで因縁をつけてくるというから、人間もこういうことには野生の動物並みなのかも知れない。

そうおもいながら、大浴場の中で首までどっぷりと浸かって辺りを見回していたら、ここでも、互いに目を合わせることがない。

雄としての野生本能は何の力も無い年寄りの中にまだのこっているのだ、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月27日 (火)

こんな天気を分けてあげたい

Img_4089


先日来、にんにくの種が手に入ったので、昨年同様長野の畑に植えに行こうと思っていたが長雨のためいく機会が無かった。

静岡はここ三日ほど雨も降らず、今朝などは雲がほとんど無いような空模様であったが、「佐久地方は激しく降っているから来ても何もできないよ」と電話で言ってきた。

天気図をみると北陸から東北にかけて帯状の雲がかかっており、「さもありなん」と言わざるを得ない。

静岡から見た富士はススキの穂に囲まれ、秋も真っ最中。

こんな天気を、長野にも分けてあげたいと思う、、、、、、、、

.

.

ワイドショーは連日のように豊洲市場の埋土問題を取り上げているが、十年一日とは言わないまでも進展しない。

問題の核心にはいつになったら到達するのやら、、、。

この調子では、七十五日は難しい、そのうちにポシャッてしまいかねない。

ただ、いつものことであるが公務員の失敗は肝心の公務員が罰せられることがなく、その損害は納税者に付けが回ってくることに疑問を感じている。

今回のように、意図的に捻じ曲げたり、うその情報しか公開しなかった公務員は懲戒解雇ぐらいにしないと、いつまでもこの体質は続くのではないだろうか。

高い給料をもらって判子を押す人は、それだけの責任があるはずであろう。

公務員と言えば警察官もそうであるが、誤認逮捕や服役後に無罪になった場合なども責任を取ったとは聞いたことが無い。

そして、損害賠償などは関係の無い納税者が払う。というおかしな事例は考えてもらいたいと言うのは間違いだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月26日 (月)

田んぼの案山子

Img_0019


Img_0021


近所の田んぼも早いところは、稲刈りが終わっているが、大半はこれからと言う状況である。

しかし、どの田んぼもここしばらくの長雨で稲刈りができずにいるものの、稲のほうはすっかりと色づいてきており、その稲を狙ってか、すずめの群れが急に飛び立っていくのを見る。

この田んぼでは、持ち主の趣味か、どこかの団体なのかは分からないが、田んぼの周りを二十本(?)ほどの案山子が立っている。

歌に歌われている案山子は、一本足であるがここの場合、一本足は見ることができない近代案山子である。

とぼけた表情の案山子が多い中で、一番気になったのが胸の付近まで稲の波にしずめ、眉間にしわを寄せて深刻な顔をしたおばあさん案山子。

顔の表情があまりにもリアルなので、マネキンかとも思ったが、こんなマネキンはどこに飾ってあったのだろう、店頭には置けないような気がする。

ハート型のサングラスがなんとも風情があり、ひょっとすると、見た目より若いん?などと想像は膨らんでいく、、、

この中では最高賞を差し上げたいとおもった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月25日 (日)

初雪化粧とは

Img_0007_2

山梨県富士吉田から見た富士山は白く化粧していたそうで、今年の初雪化粧としたそうだ。

これは、この日は気象台から見た富士山は雲に覆われていたため、確認できず見送りになったため、富士吉田市独自の命名ということで、いわば、参考記録と言ったところか。

夏が終わって初めて白く見えたのを初冠雪というのだとばかり思っていたが、どんなに証人がいても「私が見なければ承認できない」とは、いかにもお役所的という言い草に見られかねない。

午後になって、静岡の草薙神社の流星花火が、彼岸の中日に揚げられなかったので、今日に延期になったと言う情報を聞いて、草薙では人だかりがしていると思い、前に見た梶原山にいってみた。

こちらは、打ち上げ現場から二kmほど離れているのであまり知られていない場所のため、全然人気がなく静かにに待っていた。

しかし、一向に上がる気配も見せず一時間あまり待っていたが、痺れを切らし、ありから曇り空を背景に久しぶりに顔を出した富士山を写しただけで帰ってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月23日 (金)

なまくら

Img_0003


電気釜が何の前触れもなしに故障した。

炊飯スイッチを何度押しても点灯しない、保温スイッチも反応しない、で仕方ないので買い替えに電気屋に行ってきた。

店頭に並んだ電機釜は一万円しないものから十万円を超えるものまで数々取り揃えてあったが、見た目ではなぜこんなに値段に差があるのかわからない。

店員に聞いてもよく分からないので、結局は新型が出たので旧型はその半値以下になった、というものを買ってきた。

.

.

なまくらをしたいと言う動機が文明を発達させてきたのではないかと最近思う。

むかし、といってもそんなに昔の話ではないが、子供のころはご飯は台所のあったおくどさんに薪をいれ火を焚いてご飯を炊いたものだった。

”はじめチョロチョロ なかパッパ 赤子泣いても蓋とるな、じゅうじゅう言うころ火を引いて、藁しべ一束くべまししょう。”がご飯の炊き方の極意だとよく聞いた。

しかし、今では炊飯器が勝手にやってくれる

洗濯もたらいに水を汲み、洗濯板で服などをもみ洗いしてもので、子供五人も抱えた母親は家事仕事で大わらわであったが、これも、洗濯物を放り込んでスイッチを入れれば、洗濯中は手を出させないようにロックされてしまう。

これらの家事を昭和30年代のころから電化製品が代行するようになった。

「遊びやせむとて生(む)まれけむ 戯れせんとや生まれけん、、、」という今様があるが、輪廻転生論からいえば、せっかく人間に生まれたのだから、働くだけの一生はつまらない。

しかし、終日降り込められてごろごろと過ごす日常はなんとなく気があせるのはなまくら癖がまだ十分でない証拠であろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月22日 (木)

いまにして思えば

Img_0025


”暑さ寒さも彼岸まで”と昔からよく言われてきたが、おとといの台風が呼び込んだのか、この言葉がぴったりと当てはまるかのように涼しくなってきた。

今日も、ホームセンターに行ってきたが、半そではまだいたが、半ズボンのいでたちは自分だけであり、なんだか時代に乗り遅れたような、恥かしい感がつのってきた。

.

.

いまにして思えばなまじっかの才能が無くてよかった。

画才もなし、歌も下手、博才もなし、球技はだめ、、、、

これらのうちひとつでも才能があったなら道に迷った。

.

いまにして思えば、運がよかった。

坑内作業をはじめ、山での仕事に危機一髪できりぬけたこと、何度?。

.

いまにして思えば、こんなに長生きするとは思わなかった。

父親の歳をひとめぐり上回った。

娘に先立たれるとは、、、、、、、

.

黄色い花の彼岸花、”悲しい思い出”と花言葉はいう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月20日 (火)

花散らしの雨

Img_0022


ノウゼンカズラの花が路上に散らばっていた。

昨日以来の秋雨前線の雨に誘われ、秋も半ばを過ぎたことを悟ってもとの蔓に別れを告げたかのように、、、まさに、花散らしの雨が降ったのだ。

台風16号は、気象庁のスパコンや人工衛星からの予想を振り切るかのようにして和歌山県に上陸したあと東北東に舵を切った。

午後からの予報では、三重県を出た後東海地方南岸沿いに進むとあったので、午後四時に早風呂を済ませ、五時には早めしを、、、、そして、五時過ぎから九時にかけて猛烈な雨が降ると言う予想であったので一昨年の床上浸水も覚悟して待ち構えていた。

ところが、三時過ぎに激しく降ったあと、音沙汰がなくなった。

良いほうに転んだと喜ぶべきかも知れないが、ここ最近の予報は外れすぎる。

「予報の空振りを恐れないで」というが、人工衛星の解像度がよくなって台風の予報円が小さくなると聞いたばかりなのに、”狼少年”の話しを知っているのだろうか?

.

.

リオディジャネロのパラリンピックが終了した。新聞記事では静岡県に関係のある選手が大活躍をしたとべた褒めになっていた。

しかし、金メダルに輝いたと言う記事を見なかったと思ったら、全ての選手を見ても今回はゼロだったとあった。

実はオリンピックもそんなに見ていなかったのだが、パラリンピックのほうはそれ以上に見ていなかった。

そんな関係でえらそうなことはいえないが、陸上競技を見ていてこの大会に出ることのできる人は、よほど恵まれた人ばかりではないか、と、言う気がしてならなかったことにある。

もちろん、オリンピックもそうだが、国ぐるみの支援を背にした人ばかりで、本当に対等な条件での試合で無いような気でして仕様が無かったことにある。

それを裏付けたのが、ヨーロッパの選手の中には1,500万円もする車椅子に乗って試合に出た人がいるという。

その伝でいくと陸上競技で走る人が履いていた義足にもかなり特殊なバネをもつ金属をつけていた人もいるのではないだろうか。

そう思ってみているとと、協議の順位は人間の努力以上に機械の性能できまってしまい、興味が半減してしまった。

もちろん、棍棒投げや水泳にはそうした装置がなく、選手の努力が見られたが、障害の程度が細分化しなければ対等でない種目もある。

通常の陸上競技では、追い風がある程度あるとどんなに良い記録を出しても「追い風参考記録」と言うのがあるように。機械の性能でハンディを付けなければなるまい。

この調子で行けば、今回何もつけなかった水泳にも足ひれをつけたり、同じようなものを腕につけたりしかねない。

こういう大会には、参加するだけで意義があるという原点に戻る必要があるとは思うが、そうすると、スポンサーがつかないというジレンマが出てきそうだし、、、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月19日 (月)

そぼ降る雨に

Img_4145


”そぼ降る雨に濡れている お前の背中がさびしげで、、、、”

そんな歌が聞こえてきそうな雰囲気で、青鷺が木の先端に二羽でとまっていた。

繁殖期は終わっているはずなので番ではないはず、すると、親子なの?、、、、、

台風崩れの秋雨前線が、台風16号に刺激されたようで、時折激しく降ってくる。

雨風が激しくなればこんなところにはいられないのだが、余分な皮下脂肪をためられない構造になっている鳥の仲間は、どんなに激しく雨雨になっても餌をとらなければ生きていけない。

それにしても、今回の台風進路はスーパーコンピューターでも予想がつかないらしく予報円が極めて大きい、、、、

どんなに科学が進んでも、完全に人間が予測できない仕組みは残っている。

,

.

今日は敬老の日。連れ合いは、娘にプレゼントの催促をしていたが無しのつぶて。

それにしても高齢者は年々増えていて、老齢人口は3,460万人になり、人口の27%にもなるという。

静岡県内でも、100歳以上が1,400人を超えると言う事態になれば、現役世代に対して年金圧力はいやがおうにも増す。

むかしは、100歳を越すなんてのは夢のまた夢であり、ここまで生きると妖怪変化か化け物の部類であったが。双子の姉妹金さん銀さんのころからごく普通に見られるようになってしまった。

自分の場合、76歳も後わずかになっているが、今が季節で言うなら晩秋なのか、初冬なのか分からない。

地球の温暖化にともなって、遅くまで夏が続き、冬も暖冬になって冬将軍のような閻魔様がそばまで来そこねているんだろうか。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年9月18日 (日)

無味無臭は

Img_0001


Img_0004ルリヤナギの花が熟れ始めた稲をバックにして咲いている。

この花の花期はながく、先月から入れ代わり立ち代りして咲き続けていたのだが、花の色と背景の稲の色がマッチしてきたように思えたので写真にしてみた。

木の種類としては、ナス科になるのは分かっているが、あえてヤナギという字をかぶせているのは、葉っぱの形から付けられてもので、原産は南米とのことである。

花の美しさもあるが、流通の発達もあって世界はちいさくなり、動植物はもとより、ばい菌を含む病気もたちまちにして世界に拡散していく、、、、、

.

.

a夏の間じゅう汗臭いと言われ続け、下着を一日に何度も着替えさせらてきた。

若いころは汗の臭いもそれほどには言われなかったので、加齢臭も加味されたのかとおもうが、根本的には無味無臭の時代に入ってきているのではないだろうか。

それも、この十年ほどが特にうるさくなってきた。

むかしの流行歌などでは、汗臭い歌や煙草の歌がずいぶんあった。

”学生服にしみこんだ 男の臭いを、、、”や”あなたの好きたばこの香り よこはま”とか、まだいたいけなかった松田聖子さえ”たばこのにおいのシャツに そっとよりそうから”なんていわせている。

それがいまでは、消臭剤のコマーシャルだけでかなりの数になる。

臭いの無い社会。そこには、人間の営みを拒否しているように見えて仕様が無い。

ちなみに自分がタバコをやめたのは二十一~二歳のころ、葉っぱの残留ガスにやられてからのこと、、、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月16日 (金)

愛くるしい

Img_0020


麻機沼にサクラタデの花が群生していた。

右に左にと折り重なるようにして花を咲かせる茎には何の脈略も無いので、群落を写すと焦点の決まらない絵になってしまうので、何とかアングルを変えて試してみる。

世に桜を冠した花が数多くあるが、この花ほど桜と言う言葉が似合うのは少ない。

長い蘂を盛り上げているのは、マスカラで目をより大きく見せかけた女の子にも似て、花言葉の”愛くるしい”をそのまんま見せている。

湿気の多い土を好むので、交配は蝶が多いのだが、どこをどう伝わってきたのかありんこが一匹、花の中にうずもれていた。

       これもまた一興 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月15日 (木)

中秋の名月

Img_0003


今日の月は中秋の名月である。

真円の月は人の心もこうあれとばかりに、地球を見つめているが、影の無い人には何か深みが無いようでおもしろくない。と思うのはへそ曲がりの見解か。

日中の空模様から、良くて曇り月、下手をすると雨月夜になると思っていたが、案に相違して、すっきりとは行かなくてもうす曇りの空には、満月が輝いていた。

例年、今の時期は秋雨前線の影響で、名月を見られるのは20%ほどと聞いているだけに、たしない満月を見ることができた。

これだけ、科学が進歩したおかげで、自分らが持つカメラでもこれだけ月面を見ることができるようになった影で、月に対するロマンはどこかへ消え去ってしまい味気ない世の中は、人の心にも忍び寄ってきる。

.

.

芸のためなら女房も泣かす それがどうした文句があるか、、、と歌われたモデルは初代桂春団治で、昭和のはじめの噺家であった。

いわゆる飲む 打つ 買うの三拍子を芸のためと称して破天荒な生活を繰り返した人と言われている。

それから、数十年。”金妻”なる言葉が流行り、「不倫は文化」などという言葉を作り出したタレントがいたりしたが、自然と、男女同権の世の中になってくると、男は次第に萎縮してきた。

今日も、一人の歌舞伎役者が「不徳のいたすところ」を連発して記者会見に臨んだそうで、、、、、、、

.

そういえば、昭和の終わりに”ボーギー ボーギー あんたの時代は良かったね男がピカピカの気障でいられた”なんて歌もあったっけ、、、

.

.

なんだか書いていて、取り止めがなくなったのは名月の妖気のせいか、、、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月14日 (水)

あきはぎたれて

Img_0013


清み行く水に あきはぎたれ 
玉なす露は すすきにみつ 

思えば遠し 故郷の空 ああ我がはらから たれと遊ぶ

Img_0012草冠に秋と書いてハギとよぶ。

まさに、秋の七草ののなかでも、センターをつとめる秋の代表花になるのだろう。

今朝方、未明から降り出した雨は断続的に強くなっていたが、夕方には薄日もさしてきたため、虹でも出ていないかと外に出てみた。

外に出ると、すぐに日差しはなくなり、空一面の雲はあたりを薄暗くしてしまった。

しかし、蜜に飢えた黄蝶はそんなことにかまっていられないらしく、萩の周りをうろつき花びらにつかまっていた。

.

.

東京のあたらしい中央市場、豊洲問題で沸き返っている。

当初、11月に移転予定であったが、都民への説明と違う設計で建てられた工事がだれによってなされたのかと言うことであり、ひょっとするとひょっとしかねない空気になってきた。

この結論は、どうなるのかは分からないが、今の段階では都民は知事選挙においてよい人を選んだのかもしれない。

自民党推薦の増田氏だったら、前知事同様何も問題にもならず予定通り移転していただろうし、鳥越氏だったら気がついても、、、、どうだったかなあ?という気がする。

これから、都議会を開いて、この問題も俎上に上がることとおもうが、自民党はどう出るのだろうか。

お役所仕事どころか、専門家の結論を無視した都の職員を「粛清」と言う言葉まで使った知事がどこまでやれるのか、、、、、

週刊誌ははやくも知事のあら捜しをしているが、ひょっとして抵抗勢力の差しがね? 反撃? なのかと思えてしまう。

東京都民でない自分は高見の見物だが、次の幕開けが楽しみである。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2016年9月12日 (月)

ミキヨキ

Img_0008


先日になってようやくヨキの意味を知った。

ヨキとは、薪わりに大きな斧のことを子供のころ言ったのだが、その斧に三本線と反対側には四本の線が掘ってあった。

この三本線をミキといい、四本線をヨキということから、斧の名前をヨキというそうだ。

そして、ミキは御神酒という字から来ており、ヨキは四気つまり”地水火風”を言うとのことで、刃物に対して神聖視したものであったという。

.

.

Img_0010鉱山に入って七年くらいたったころだったと思う、ようやく一人前と認められると鋸と刃広という手斧を持って歩けるようになった。

削岩機で坑道の先端に穴を掘り、発破をかけて坑道を掘り進めるのだが、硬い頑丈な岩盤ばかりでないことがあり、そのままでは危険な場合、松丸太で支柱を組んで支えるのだが、バッテリー電車やローダーと言う土砂を積み込む機械を通すため、五六の加背という大きさが最低必要であった。

五六の加背と言うのは五尺六尺を意味し、高さ1,8m 幅1,5mの大きさを言う。

この坑木は、30センチと離れない場所で発破をかけても耐えられるようにするため、それなりの技術が必要であった。直径25センチ前後、長さ2,1mの丸太を現場に運び込み、鋸と刃広で加工し組んでいくのだが、見栄もあってよい道具を自慢し合った。

その刃広を退職してからも、ずっと持ち歩いていたが、仕事をやめてから道具箱の墨にしまったまま放ったらかして置いた。

今日その刃広を取り出してみたら真っ赤にさび付いており、あまりにも哀れだったので砥石で研いで見た。

50年近く前買ったものだが、当時一日働くくらいの代金だったのではなかったかと思う。(今の価格でなら一万円以上にはなっていたはず)

打った鍛冶屋の銘は照秀とも読めるが、、、、、、とにかく極上品だったに違いないとみた。

あらあら研いだところで、写真にしてみたが、この先何に使う予定も無し、ダンシャリということになるのだろうが、、、、、

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年9月11日 (日)

吾亦紅

Img_4058


マッチ棒によく似た花 吾亦紅。

この花の名前が好きである。

人はこの花を決して紅色だとは思わない。

しかし、花は私は紅色だと主張している。

誰がなんと言おうとも、私は紅色なんだと、、、、、

.

.

むかし、「石原裕次郎の歌は好きだが、人柄が嫌いだ」「巨人が嫌いだ」というと、「お前は変わっている」と非難された。

大勢の人が好きなタレントやチームが嫌いだというと、変人扱いにし仲間はずれにしたがるのは、当時気にもしていなかったが学校で問題になっているいじめに近いものがあるのかもしれない。

日本人は仲間はずれを怖がる。

初めて就職した会社の社是とは言わなかったかもしれないが、職場の目立つところに「以和為貴」と言う書が額縁に納まっていた。

和を以って貴しとなす。つまり、異論があっても体制に従えという言葉である。

この言葉の怖さは、これを作ったと言う聖徳太子が、仏教導入などに際して豪腕を振るったあげく”俺について来い”と言ったところにあろう。

今日九月十一日は、ニューヨークで高層ビルに旅客機が突っ込んだ9,11から十五年目に当たる。

当時のブッシュ大統領は、思考能力を停止させ、国民を煽り、目を吊り上げてイラクのフセイン体制を叩き潰した。

その結果、世界にテロは拡散し毎日のようにあちこちで何の関係も無い人たちが殺されている。

体制に無批判で従うことの怖さ、一度崩れた社会が元に戻るのはいつのことか、なんだか永遠に続きそうな気がしてならないのだが、、、、、。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月 8日 (木)

おぼろに霞ませ」

Img_1466


天気予報は午前中で雨が上がり、午後からは晴天になると言うものだったが、夕方まで雨は断続的に降り続いた。

ときおり、激しく降る雨は、近い森さえも霧の中におぼろに煙らせ、絵画的には南画を思わせる景色を作った。

防災ラジオは朝から大雨の警報を放送し、同報無線もテレビのテロップも警報を出し、解除になったのは午後四時過ぎになってからだった。

おかげで、激しく降る雨に降りこまれて散歩に出るどころか家から出ることができなくなり、一日中退屈をしてすごした。

.

.

昨日あたりから、富山市議会議員の政務活動費の不正使用が、とりざたされている。

議員総数36人中、3分の2を自民党議員が占める保守王国で、ゆるみが出たのか、不正をした議員四人すべてが自民党議員であった。

不正が発覚すると、いずれも「辞めればいいんでしょ」とばかりに、簡単に辞職し手いるのが不思議である。

大泣き会見で有名になった元兵庫県議、公私混同で辞めざるを得なかった二人の前東京都知事などを見ても、政治家が全て正しいことしかしないという性善説は通用しないことは明らかであろう。

ただ、富山県の場合、一連の不祥事を暴きだしたのは、富山県の地方紙「北日本新聞」であったことに驚く。

久しぶりの快挙ではないだろうか。

最近の新聞社やテレビは議員に対して目を光らせることがなく、週刊誌の記事を見て”大丈夫そう”と判断してから報道すると言う、自分で自分を縛る”自主規制”をおこなっているからである。

オリンピック関連予算にも、今ごろになってわあわあと騒いでいるが、もっと早くからマスコミは気がつかなければならない。

そんな意味で、報道も霞のかなたに紛れ込んでしまった。というしかない。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月 7日 (水)

世の中変わった

Img_4060


アラゲハンゴンソウの花。

花床を高く掲げているさまは百日草を小型にしているようにも見える。

漢字で書くと粗毛反魂草と書くがこれも帰化植物で古来から日本にあったものではないという。

開けた山野に自生し、日本の風景に今では溶け込んでいるが、昔の日本人が今に蘇ったとしたら、かなり自然も変わってしまっていることだろう。

.

.

自分たちが小学校の(修学旅行と言ったかどうか覚えが無いが)一泊旅行といえば近隣では一番大きな都市だったと富山市であった。

昭和25年ころの旅行と言えば、米が配給制の時代であり、一人五合くらいの米を持って行かなければ宿に泊まれない時代であった。

この米が用意できないため、旅行をあきらめた子さえいた時代に、行けただけでも良かったが、中学の修学旅行は行かないから生かせてくれといったその場限りの言い分に、親は覚えていて中学は学校に居残り授業になった覚えがあった。

そのとき、行けなかった者は自分ひとりではなく、22人の同級生のうち3人はいたと覚えている。貧乏人の子沢山、ずいぶんと貧しい時代だった。

さて、小学校の旅行は、都会の学校の子供がキャンプなどで田舎に行くのと逆であり、山奥からはじめて都会に出たこどもたちににとって、七階程度でも、ものすごく高い建物である大丸デパートでは、上へ下へとエレベーターの初体験や初めて見る陳列棚の品物の多さ驚異であり、鉱山の購買部とは大違いであることの認識であった。

そして、工場見学に必ず寄ったのが万金丹と並び証せられる”越中富山の反魂丹”であった。

真っ黒いその丸薬は、江戸時代すでに富山の薬売りで全国に知れ渡っていたくらい有名であり、反魂丹の効能のいわれとして、死者さえ蘇らせるくらいの効果があるとして名づけられたとある。

それから、六十有余年。反魂丹はまだ口にしたことが無いが、この間の世の中自然の変化は地球の温暖化であれ、電化製品であり、人情であれまったくの別世界になってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 6日 (火)

雲の鍋蓋

P9060028
大浜海岸から伊豆半島を望む

空一面を蓋しているような黒い雲は風も無いせいか、一向に動こうとはしない。

雲に切れ目が無いので日が当たらないが、気温は30度にもなり、湿気が強く、本当に鍋の底であぶられている食べ物のような気分になってくる。

先日の気象情報の中で言っていたのは、静岡市内は昨年の28%しか、雨が降っていないそうだ。

今週の天気予報も週明けから五日間ほど雨が降るという予報が出ていたので、秋野菜を植える時期が来たかと、何種類か種を用意してみたが、車のフロントガラスに点々と雨粒が付く程度にしか雨が降らなかった。

今日も午後になって日が差し、夕焼けの空は明日も振らないよっているように見えた。

      秋よ遠慮していないで早く来い!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 4日 (日)

切ない

Img_4069


仙人草が山のあちこちを白く埋めている。

名前のいわれは、秋に実る種に白い髭状の毛を付けているところから、白い髭ー長生きー仙人と連想ゲームのようにして名づけられたとか。

この、仙人草、一つ一つは楚々とした花であるが、集団の暴力というか、生命力が旺盛で、小さな木の上にのしかかるようにして蔓を伸ばし、覆いつくしてしまう。

おまけに美しい花には棘があるの類で、毒をもっていて馬なども食べ残すというから繁殖するのもうなづける。

これも、山の手入れを怠った人間が原因なのだが、山を白く染めているのを綺麗とばかりいえないのが悲しい。

.

.

近所に障害のあるの女の子がいる。

引越しをしてきたのは、10年ほど前のことだが離れている我が家にも親子同道で挨拶に来た。

「そのときはわざわざ丁寧に」と思ったが、後ろに隠れているその子を見ただけで事情を察することができた。

来てしばらくは、環境が変わったストレスからか、よく泣いた。

近所中に聞こえるほどの声で、、、、、

知っていなければ、虐待と取られかねない泣き方と声で泣いた。

その後しばらく静かにしていたが、最近になってまた泣き声が激しくなり、壁をドンドンと叩く音さえ聞こえるようになった。

何か要求しているのに叶えられないような感じで泣く子供、しかし、親の声は全然聞こえてこない。

泣くに任せているのか、小声で応対しているのか、もれてこない。

そんな、様子を聞くに付け、親の悲しみが伝わってくるようで切なくなってしまう。

家の距離がすこし離れているし、そういうほうには疎い自分には相談に乗ることもできないだろうし、それほど親しく付き合っているわけでもない。

ただ、ひたすら泣き声が聞こえてくるたびに、、、、、、、、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年9月 2日 (金)

ひっそりと

Img_4058


ウコンの花が咲いていた。

高さ1mにもなろうとする大きな葉茎に囲まれて、その足元でひっそりと咲いている。

天辺の薄い桃色をして目立つ部分は花でなく、その下にある黄色い部分が花である。

ウコンは、この花で有名なのではなく、その根の部分の薬効で最近知られるようになった。

ウコンは漢字で書くと欝金と難しい漢字が当てられており、欝金色という色の名前の出どころになっている。

ためしに色見本辞典で見ると橙色系の黄色味がかった色が示されていたが、草全体を見回してもそんな色はどこにも無かったような気がする。

となると、この草の根を煎じた薬湯の色なんだろうか、、、、、そうすると、ウコンという薬は相当昔からあった。ということになり、物知らずを露呈してしまった。

.

.

aそれにしても、芸能関係者には馬鹿がいるなと思ったのは、普段から年端も行かない小僧っ子におべんちゃら敬語を使っている延長なのか、母親の大女優を慮ってかテレビの中で、高畑悠太容疑者を評して「学校では野球をやっていらっして、、、」と敬語を使っていた記者がいた。

また、容疑者を認知している男親のコメントを見てびっくりしたのは「高畑悠太さんは、、、、」自分の子供に”さん”付けで出していた。

本人も容疑を認めて、留置場に入っている男に対してだよ、、、、、

人のことは言へないかもしれないけれど、、、、、男60歳を超えてもこの文章はどうなんだろう。(ちょっと誰かに見てもらえなかったのかな?)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年9月 1日 (木)

忍法 葉隠れの術

Img_4066


Img_4068目の前から飛び出した虫が3mほどはなれた木に飛びついた。

なんだったのかと確かめようとしたが、、、、、わからない。

よくよく探して、ようやく見つけたのは木の葉っぱにつかまっているクツワムシ。

夜になると自動車で走っていても分かるくらい大きな音を出す虫だが、なかなか正体をあらわさない。

多分、昼間はこんな状態で身を隠しているに違いない。

人間で言えば”忍法 葉隠れの術”と言ったところかもしれない。

.

一方、佐賀鍋島藩に伝わる”葉隠”では、「武士道とは死ぬことと見つけたり」なんて物騒な文句で有名である。

武士とは江戸時代前までは武器を取って戦う人であったが、何も闇雲に死ぬことを目的にしたものでなく、戦いでは有利なほうに加勢する、いわば飯の種であった。

しかし、江戸時代に入って世の中太平になると、武士も軟弱なサラリーマン化したため、こんな言葉で引き締めようとした。

そして、いま、安倍内閣は自衛隊法を変えて駆けつけ支援と称して、戦場に自衛隊員を送り込もうとしている。

自衛隊が自衛以外に武器を取るとしたら、名前を変えなければならない。そして、戦陣訓ならぬ、新しい、葉隠はどう書こうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »