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2016年9月 7日 (水)

世の中変わった

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アラゲハンゴンソウの花。

花床を高く掲げているさまは百日草を小型にしているようにも見える。

漢字で書くと粗毛反魂草と書くがこれも帰化植物で古来から日本にあったものではないという。

開けた山野に自生し、日本の風景に今では溶け込んでいるが、昔の日本人が今に蘇ったとしたら、かなり自然も変わってしまっていることだろう。

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自分たちが小学校の(修学旅行と言ったかどうか覚えが無いが)一泊旅行といえば近隣では一番大きな都市だったと富山市であった。

昭和25年ころの旅行と言えば、米が配給制の時代であり、一人五合くらいの米を持って行かなければ宿に泊まれない時代であった。

この米が用意できないため、旅行をあきらめた子さえいた時代に、行けただけでも良かったが、中学の修学旅行は行かないから生かせてくれといったその場限りの言い分に、親は覚えていて中学は学校に居残り授業になった覚えがあった。

そのとき、行けなかった者は自分ひとりではなく、22人の同級生のうち3人はいたと覚えている。貧乏人の子沢山、ずいぶんと貧しい時代だった。

さて、小学校の旅行は、都会の学校の子供がキャンプなどで田舎に行くのと逆であり、山奥からはじめて都会に出たこどもたちににとって、七階程度でも、ものすごく高い建物である大丸デパートでは、上へ下へとエレベーターの初体験や初めて見る陳列棚の品物の多さ驚異であり、鉱山の購買部とは大違いであることの認識であった。

そして、工場見学に必ず寄ったのが万金丹と並び証せられる”越中富山の反魂丹”であった。

真っ黒いその丸薬は、江戸時代すでに富山の薬売りで全国に知れ渡っていたくらい有名であり、反魂丹の効能のいわれとして、死者さえ蘇らせるくらいの効果があるとして名づけられたとある。

それから、六十有余年。反魂丹はまだ口にしたことが無いが、この間の世の中自然の変化は地球の温暖化であれ、電化製品であり、人情であれまったくの別世界になってしまった。

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