« 肥後の守 | トップページ | ホトトギス »

2016年10月19日 (水)

ボブディラン

Img_0040


石榴の実が弾けて、中の種が赤いみずみずしい色を見せていた。

石榴の実、高校生になるまで見たことが無く、本で知っていた程度だったが、地中海文明の象徴みたいに見え、なんだか美味しそうに書いてあったので食べてみたい果物のひとつであった。

はじめて見たのは他人様の庭であり、初めて口に入れたのはそれから何年もたってからのことであった。

そのときの印象は、ただ酸っぱいだけ、、、、何でこんなものがというがっかりとした思い出しか残っていないし、いまでも、このときの印象が変わっていない。

それから何十年もたつが、もう二度と口にすることが無いだろう。

.

.

今年のノーベル文学賞は往年の歌手 ボブ ディランに決まったと言うことを聞いたときにはびっくりした。

「うそ、彼はまだ生きていたの?」と、言うのが正直な感想だった。

1,941年うまれと聞けば自分よりすこし下なのだから、生きていても不思議ない歳なのだが、70年安保のすこし前のとき、”風に吹かれて”と言う歌が流行り、反戦歌として、学生を中心に大流行した。

その後しばらくして秋から冬に移行するかのように学生運動も下火になっていった。

ゲバ棒をもってばれるだけ暴れた連中はその後始末もしないで、”学生街の喫茶店”や”イチゴ白書をもう一度”などを歌って変節し今では「そんなことあったっけ」といった顔をして、すこしの落伍者を残して出世街道をひたすら走り、バブル景気を盛り上げた。

あの年代に学生時代をすごした連中は今でも信用できないでいる。

それはさておき、昨年も書いたが村上春樹さんは今年も梯子をはずされた。

自分は彼の作品と言えば「ノルウエイの森」をすこししか読んでいない。

流行が済んでから古本屋で手にとってパラパラと拾い読みしただけなので、読んでいないに等しいのだが、、、、そのときは、買う気がしなかった。

ただ、拾い読みした中での感想から言えば、なんだかメリハリが無く文学的価値を見出せなかったことにある。

出版社もいい加減持ち上げるのは止めにできないものなのだろうか。

ノーベル賞、大もうけを目論んでいるだけのことにしか見えない。

|

« 肥後の守 | トップページ | ホトトギス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ボブディラン:

« 肥後の守 | トップページ | ホトトギス »