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2017年1月 1日 (日)

いつもの朝と変わらねど

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Img_0006今日も雲ひとつ見当たらない日本平の向こうから太陽が顔を出してきた。

これで何年連続になるのか分からないほど、初日の出を拝んできたことになる。

いつもの朝と変わらないのだが、年が改まる最初のお日様だとおもうと、何がしかのありがたみが増す。

先日、「もう歳だから今年から低いところで酒酌み交わして初日の出を拝もうよ」と言っていたのに、行ってみれば誰もいない。

それぞれの自転車が、登り口にあるので、約束を破って上にあがってしまったに違いない。と、350段の階段と標高差30mの山道を太陽が出るまでにと、急いで上がる。

元旦早々こんなにせかされるとは、すこし登っただけで息が切れて、喉がぜいぜいとあえぎ、呼吸が苦しくなる。

出掛けにウイスキーのお湯割りを一杯飲んできたのが余計に響く。

ようやく、丘の頂上にたどり着けば、先客はのんびりと、、、、、、文句を言おうと思ってはいるが言葉にならない。

息の切れを整えた間もなく、山の端から太陽が顔を出す「オーー」が第一声。

神主が、祈祷の前に神を呼ぶとき、同じような声を出すと言うが、こんなところからきているのだろうか。

今年は、一月早々アメリカの大統領が交代し、先行きどう転ぶのか不安な歳になるほか、韓国情勢、シリア内戦のほか世界中が混乱の中に入る年になるような気がしてならず、、、、、。

せっかく、真澄の空から出てきた太陽に平穏をお願いしても聞き入れてもらえそうにも無いような感じがしてならない。

しかし、そんな気持ちをよそにして、老人会談は下に下にと降っていく。

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