« 名残り惜しいは | トップページ | 桜を探して »

2017年4月 4日 (火)

お茶かね?

Img_0022


柳につばめは あなたとわたし 

胸の振り子がなるなる 朝から今日も

ひさしぶりの麻機沼周りの散歩。すこしに見ない間に季節はまた一歩進み柳の木は一番と緑が深くなっていた。

そして、春を告げるツバメも帰ってきて高く低く飛び回っている。

季節のものが季節どおりに来ると言うのもこれまた安心感がある。

帰って霧島一郎の”胸の振り子”を聞いてみた。

昭和22年の歌だと言うから、かなり古い歌なのだがそのテンポのゆっくりした歌い方は、いまの早口歌に慣れない耳には安心感とともにこんな歌のほうが歌唱力が必要なんだなって気がした。

.

.

テレビを見ていたら、何処の地方(多分京都)か分からなかったがお茶漬けを出されたら「帰りなさい」という意味を持つといっていた。

飛騨でも北部の自分のふるさとでは、禅宗の影響からかご飯が済むとその茶碗にお茶をいれ残った飯粒と茶碗をゆすぐためにお茶をだした。

そのため、御替りをしようと茶碗を差し出すと「お茶かね?」と聞かれることが多々あった。

飛騨は、山また山の国であり、米を作る田んぼの少ない土地柄だったので江戸時代には米なんぞはめったに食べられない食物だったので、御替りをされては困るので、これで切り上げてくれと言う意味で、茶碗をゆすぐ「お茶ですか?」と聞くのだが、他国者には分からない言葉である。

自分もこの風習を今でも捨てきれず最後にはお茶を使っているが、静岡ではお茶が茶飲み茶碗に入って最初に出てくる。

ところ変われば品変わる、他国者はそれが分かるまでにいろいろと恥をかく。

|

« 名残り惜しいは | トップページ | 桜を探して »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/90605/65108637

この記事へのトラックバック一覧です: お茶かね?:

« 名残り惜しいは | トップページ | 桜を探して »