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2017年6月16日 (金)

枇杷の当たり年

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今年は枇杷の実の当たり年であった。

いつものように、ご同輩が集まるすぐ脇に枇杷の木が10本ばかしあって、小さいながら鈴なりになっている。

もともとは、カラスか何かが種を咥えてきて落としたものようで、誰も植えたという人がいないため、われわれの共有財産になっている。

無農薬、無肥料、おまけに味が濃い、なんていえば格好いいが、何も手入れすることもない枇杷だから、なりすぎて小粒になっている。

しかし、中には店に出しても良いような木が二~三本あり、これの木だけでも、20kgくらいにはなっていた。

そして、残りはカラスの分け前といってほったらかしにしていたが、時期が来たのかいま盛んに落果している。

カラスやヒヨドリもあまり来ている様子がないところを見ると、いいとこ取りの人間に反感を持っているのだろうか。

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aむかし、家の近くにお菓子屋さんがあった。

それがすこし離れたところに移転して、大きくやっていたので成功しているのかなと思っていた。それが、三日前に突然破産したと新聞に出ていた。

なんでも、一時は十数店舗も店を出すまでに拡大していたそうで、近所にあった店もその支店のひとつだったようだが、わずか、三億円ほどで倒産と言うことになった。

老舗だったと言うが、菓子屋さんと言うのは資本と言うか基盤が脆弱なんだなと言うことを知った気がする。

報道によると、十年ほど前「アマンド娘」と言うヒット商品を出してから、次のものがなかなか開発できなかったことがジリ貧の原因ではないかと言っていた。

自分なりの感想であるが、静岡の人は日本人の特色である「熱しやすく冷めやすい」をさらに輪をかけているところがあるような気がする。

静岡に来た当時、会社の中であまりちやほやされるので仲間内に聞いてみたところ「なあに、次の人が入るまでのこと、、」と言われた。

戦後、みかん成金が生まれるほどヒットしたみかんも最近では活気がない。

お茶しかり、サッカーもJリーグが出来たころは、静岡出身の選手がわんさかといた。

一度成功するとすぐに胡坐をかくような気がするんだが、、、、

おかげで、こちとら楽ができているのかもしれないとおもうと、仇や疎かには出来ないのかも、、、、と。

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