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2018年1月12日 (金)

事なかれ事故

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昭和30年代の子供、屋根の上まで簡単にスキーで登れた

雪深い飛騨の山奥でも昔ほどは降らなくなったが、それでも自分が住んでいた四十年ほど前は3mくらいは当たり前だった。

記憶の中で一番多かったのは昭和三十八年だったと思うが、大津山社宅で積雪7mと言うのがあり、そうなると平屋屋根を越し、屋根雪下ろしではなく屋根雪上げと言う状態になってしまう。

その年は雪の重さで学校の体育館が押しつぶされたものだった。

そして、昭和も40年代に入ると、幹線道路は朝の四時ころからブルドーザーが除雪をするために走り回り、通勤に支障が出た記憶は無かった。

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今朝方のテレビを見ていたら、新潟で上越線が雪で動かなくなり、乗客が十五時間も車内に閉じ込められたとあった。

いまどき、十五時間も乗客を閉じ込めるとは何事だろうか。

画面を見ていたらかなり満員状態で全員席に座っていない状態のようだったが、さそかし迷惑をこうむったようで気の毒だった。

積雪で列車が止まるほど急激な降り方をしたようだが、なぜ、バスなどを配車して乗客の一部なりとも救出できなかったのかと疑問を感じてしまった。

JRの職員が何人も来て車輪の下の雪を掻きだしていたが、一所懸命仕事しているよと見せかけているようにしか見えなかったのは、雪国育ち僻目だろうか。

列車が止まった場所が信号のすぐそばで駅から300mのところだったと言い、一部乗客の家族が自家用車で迎えに来ていることでも分かるように、道路は車が走れたのだから雪でバスが手配できなかったのではなく、手配しようとしなかったのであろう。

つまり、下手にバスに乗せて休憩できるところを探すより、閉じ込めておいたほうが楽だという発想だと思う。

先日の新幹線の台車問題と言い、リニア新幹線の談合に職員の疑惑があるそうだが、なんだか事なかれ主義が蔓延しているように見える昨今である。、

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コメント

岡崎在住さま
昭和50年にそんなことがありましたか、私は53年までいましたが、覚えが無いのでそのときは鹿間の上のー370m坑口から入っていたのでしょうか。
それにしても大変でしたね。
そう言えば、私の同級生で栃洞から鹿間の鉱山高校に通っていた連中は、当時はじめて売り出されたアメリカ陸軍型のアノラックをきて毎日、泉平経由で通っていましたよ。
水上洞の井出君なんか大変だったとおもいます。

投稿: オラケタル | 2018年1月14日 (日) 22時04分

栃洞のバス道路は、ブルの雪掻きで濃飛バスが登ってこんことは、まんずなかったけど、昭和50年の冬だったかに一度だけあって、前平から神工(釜崎)まで10㎞の道路歩いたな。2時間のコースやさな(笑)今思うと、人間が歩けるのになんでバスが来んのか不思議やなと思うけど、良く晴れてダイヤモンドも見えたで、零下15℃だったんやね。そらぁ、危ないさ^^;

投稿: 岡崎在住 | 2018年1月14日 (日) 20時14分

おばさま
雪国の事情を知らないと思う?(こちらが勝手に想像して)ご主人さえいうのだから、世間は、まして事情を知る新潟の人は憤慨していることと思います。
その辺は報道を見ても少ししかなかったし、ワイドショーのコメンテーターもあまり指摘してなかったのは、JRに対する遠慮でもあったのでしょうか。

投稿: オラケタル | 2018年1月13日 (土) 21時14分

このニュースに主人も立腹していました
家族がお迎えできるんだったら
JRも何とかしろ・・・ってね
こんなんだから 川勝知事も怒るんですよね

投稿: おばさん | 2018年1月13日 (土) 19時56分

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