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2018年5月23日 (水)

Grai Skies

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杉苔の胞子がまるで気球のように空に向かって伸びている。

といっても地面から立ち上がることも無い苔なので、せいぜいが5cmもあれば高いほうである。

”一寸の虫にも五分の魂”と気張っていても、何時まで経ってもうだつの上がらない自分らの人生に重ね合わせて、、、、

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今日は空のように気持ちが GRAY SKIESである。

若いころの友達と言うか戦友みたいだった渡邉章さんが亡くなった。と言う知らせが入った。

彼と一番初めに会ったのは、中学でて高校通学のために入った美山寮という寮のそばのグラウンドで、親元を離れたばかりの自分に声をかけてくれた近所の社宅に住んでいた一級年上の仲間の一人だった。

以来二十三年間、鉱山で働いている間、労働組合の書記に就職した彼とはつかず離れずながら付き合いが続いた。

皮肉屋で毒舌家ではあった彼の言葉は時には耳が痛くなるようなときもあったが、組合運動や社会党などを通じて何かと接触があり、鉱山を離れてからも年賀状の付き合いは続いた。

最後に会ったのは十年前自分の先祖が代々住んでいた笈破のまつりである。

その後、一度ゆっくりと話したいということもあって、昨年夏に訪れてみたが留守だった。

そして、今年の年賀状には昨年ガンの手術をし、いま全身にまわったガンの抗がん剤の副作用に苦しんでいると言うのが最後になってしまった。

多分自分が訪れたときに入院でもしていたのだろうか、と思うと残念である。

しかし、なぜこの歳になって全身に転移した時点で手術をしたのだろうか、すこしでも良くなるとか、寿命が延びるとかを期待したのだろうか、、、、、

この歳になれば手術が身体に大きな負担になると思うし、抗がん剤の苦しみは大変だったと思う。

年賀状の最後に子供たちが世話してくれた北海道旅行の写真が切なく見える。

次から次へと訃報が届き、知り合い友達が減っていく。

いずれ行く道であるが、、、、、、、、、、

先立った人に月並みに”冥福を祈る”と言う言葉しかない。

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コメント

TOMOKOさんよりずっと年上の自分らにとって、同級会などであったのが最後と言う例はかなりあります。
その付けは年末になって、年始挨拶をご無礼いたしますと言う形になりますので、この時期がかなり堪えます。
誰にも知られずと言うわけではありません、ただその人たちが苦しんでいたときに、のほほんと過ごしていたという悔悟の念です。
本当にこの歳になると「この人とこれが最後かも」、と言う認識を表に出さないで別れるようになりました。

投稿: オラケタル | 2018年5月26日 (土) 16時37分

親しい方とのお別れは、ズシーンと辛いものがありますね。 老齢になってから、それも治る見込みのない治療(手術)を何故? と、思うことありますね。
普段から、その時は断る! っと決めていても、もしかして、医師が面と向かって薦めたら・・・
「ハイ」っと、同意してしまうのかなぁ~?
一期一会、いつその時が来ても良いように。
そう思いながらも、あれもこれも気になることが山積です。

投稿: tomoko | 2018年5月26日 (土) 09時45分

おばさま
我々の世代は八十歳前後が大きな山場のようで、ここしばらく知り合いを含めると何人もの人が旅立って逝きました。
一期一会、いつこの再会が別れになるとも判らないと思うと、、、、、、
でも、最後にはなりたくないと思うこのごろです。

投稿: オラケタル | 2018年5月25日 (金) 21時07分

誰にも訪れる別れの時
少しでも先に延ばしたいと思いますが
こればかりはどうにも
せめて毎日を大切に生きたいと思います
親しい方との別れは切ないでしょう

投稿: おばさん | 2018年5月24日 (木) 22時25分

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