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2018年12月12日 (水)

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先日来の暑さのためか稲刈りがとっくに済んだ田んぼが春めいてきた。

切り株から出た二番穂とその周りを取り囲んだ蓮華草の葉っぱが密集し、春と間違えた花があちこちで、淡いピンクの花を咲かせている。

近いうちに降りるであろう霜に負けるのかどうか、柔らかい葉っぱと花ながら意外と環境には負けない強さを持っている。

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今年を表す漢字一文字の発表があり”災”と決まった。

この字を見て今年もあちこちで地震や水害による被害が各地で起きていたが、一番身近に感じたのは気象庁が言った”災害級の暑さ”と言う言葉であった。

暑さに弱い自分にとっては外に出るのが億劫になることしばしば、おかげで運動不足からくる肥満が、、、、食欲は落ちなかったんだな。

人間歳をとると誰しもボケてくるものらしく、ずっと昔のことはよく覚えていて懐かしの歌番組などを見ると、この歌のときあんなことがあったなどと関連して憶えているものだが、最近のことは後先がこんがらがっているのはまだしも、そんなことあったっけなんていうことが多い昨今である。

たしか、北海道の地震と倉敷の水害どっちが先だったかなどといえば、被災者に叱られるのだが、、、、、、、

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2018年12月11日 (火)

枯れ薄

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世界中で貧富の差が拡大している。

富めるものはますます富を集め、一度踏み外すと詐欺や博打でなければ最後まで浮かび上がれない仕組みをどの国の政府も推し進めている。

フランスのようにデモは文化だと認めているところでも、この機に乗じてか、はたまた鬱憤晴らしか略奪に尾ボブ物が出てくる。

しかし、ほとんどの国では、政策に反対するとどの政府も力でねじ伏せよう押している。

その中でおとなしい日本人は”枯れ薄”など歌って自分の身の不幸を嘆いている。

日暮れ間じかの麻機田んぼのわき道、光を失った太陽が種を散らばかそうとしている葦の穂を透かしている。

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拙速といわれ、法案も穴だらけの出入国管理法改正案が参院を通過した、改正と言うからには良くなったかと思いきやその中身は在留資格が審議されただけで中身については、法案を提出した法務省でさえわからないと言うものである。

人手不足を賃金を安く使える外国人に頼ろうとした経済団体の要望にこたえただけとしか見られないことは、劣悪な条件を改正し日本で心地よく働いてもらおうと言う姿勢は一切見えない。

いまの人手不足が何時まで続くと思っているのだろうか、リーマンショックのあとブラジルから入ってきた日系二世三世を説得して帰ってもらったことを忘れてしまっているかのようだ。

実際にオリンピックを終えるとその国は景気減退期に入るのだが、2021年はそうなる可能性が無しとは言えない。

そのときまでのつじつまあわせの法案となりそうで、、、、、

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2018年12月10日 (月)

ああ白菊

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庭の千草も むしの音も 

    たえてはかなくなりにけり 

ああ 白菊 ああ 白菊よ 

    一人遅れて 咲きにけり

この歌 もともとはスコットランド民謡だったそうだ。

しかし、メロディーがいたく日本人に気にいれられたようで、明治になっていち早く日本語の歌詞がつけられ広く普及していった。

このほかにもアイルランド民謡はその音階の使い方が日本の古来の歌と似通っていたのか、”蛍の光””故郷の空””ダニーボーイ”など数知れず日本語の歌詞がつけられて歌われている。

各地から雪の頼りも聞かれる今の時期は、この”庭の千草”が丁度あっている。

菊は日が短くなると咲きだす性質があるため、白菊ばかりが遅いわけではないが、この白さも日本人の心を揺さぶるのであろうか。

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2018年12月 8日 (土)

枇杷の花

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枇杷の花が厚い外套のような殻を破って白い花を咲かせ始めた。

晩秋に黄色い実をたわわにつける甘い実の準備をいまから始めているのだが、その実に対してさくらんぼや桃のように華やかさは全然感じられほどみすぼらしい花である。

花言葉は温和とか内気などとあるのはそんな花の印象からかもしれない、

また、治癒と言うのもあるがこれはその葉はむかしから薬になるとは聞いていたことにもよるのか。

その一方で、家の周りに植えるものではないとも言われているのは、毒性が強いことにもあるようだ。

ともあれ、いま山の畑の周りで沢山咲いているのは、カラスなどが種を運んできたようで、誰も植えたものがいないそうだ。

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今日十二月八日は日本が真珠湾のアメリカ軍を攻撃して太平洋戦争に突入した日である。

それ以前に中国東北部に侵略し満州国を作っていたのを国際社会から糾弾されて、石油などを止められてしまったのを、国際情勢に疎い軍部に引きずられて世界大戦に突入した日である。

しかし、八月十五日はまだ記憶の中にあるが、十二月八日は忘れ去られたようで新聞もテレビも何の反応もしていなかったようである。

この戦争に突入したのは、軍部ばかりでなく一般の人も、経済力、生産力の違いを軽く考え、精神力で勝っていると言う勢いのいい話に乗っかって「行け!行け!どんどん」と後先を見なかったことにある。

いままた、ユーチューブなどを見ると何の根拠も無いのに、周りの国より技術的なり軍事的に優勢であるなどという投稿が満ち溢れている。

歴史は繰り返すという、なぜあんな馬鹿げた戦争に入ったのか、もっと検証しなければならないはずだが、、、、、

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2018年12月 7日 (金)

何処吹く風?

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暦の上では今日が二十四節季の大雪に当たると言う。

北海道などではその言葉に合わせるように遅めの雪景色になったようだが静岡ではそんなこと何処吹く風と言わんばかりに日中は暖かな日和となっていた。

しかし、雲のかいまから見えた富士山は真っ白に化粧しているようで、今朝方の残り雨は雪だったのをうかがわせていた。

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昨日の夕方のテレビでは、ソフトバンクの携帯電話が通信障害を起こして4時間ほども麻痺していると報じていた。

携帯電話内と生活できない人がかなりいたようで大騒ぎになっていた。

自分の形態はソフトバンクのではないうえ、月に何回かしか使わないので、そんな騒ぎも何処吹く風とばかり気にもしなかったが、一瞬何処かの国あたりからサイバーテロみたいに通信妨害に曝されたのかと思ってしまった。

ところが、今日になって大もとの機械が更新の期限切れに対処していなかったのが原因と聞くと、”なんだアホらしい”というのとあまりにも責任感の無さにあきれていまった。結局は”大山鳴動して鼠一匹”と言うことになったが、もし本当にサイバーテロだったしたらどうなるんだろうな。

文明の弱さが垣間見えたような気がする。

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2018年12月 6日 (木)

鳥の心 我知らず

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ほとんど夏日だった昨日の午後、麻機の遊水地で見かけたアオサギ。

口をあけて杭の上に立っていた。

こんな光景を見たことが無かったので検索してみたら、鳥には汗線が無いので口から熱を放射して体温を下げているとあった。

夏の暑い最中でも見たことが無いので、、、、、、、鳥も冬毛になっていて熱が身体にこもってしまっていたのだろうか。

水の中に入っていれば良いようなものだけれどとなんて思ってしまったが、そうは行かない何かがあるんだろうか。

鳥の心 我知らなず

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2018年12月 5日 (水)

四寒三暑

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百人一首に山川に”風のかけたるしがらみは 流れもあえぬ紅葉なりけり”と言うのがあるが、裏の川の上流で見かけた風景。

コサギが滞留している落ち葉のたまっている水面に立って小魚を狙っているようだったが、自分が上から見つめているのを知って「小魚なんて知りませんよ!」ってな顔をして突っ立ている。

本来なら警戒心の強いこの鳥は人に見られていると悟った段階で飛び去っていくのだが、そこまでしないのは美味しい獲物を見捨てるには勿体無いとばかり様子見しているのがバレバレである。

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この季節は”三寒四温”ならぬ四寒三温と次第に寒さが厳しくなっていく季節であり、基本的にはそうなのだろうが、二十度越えの日もあって三暑四寒という感じがしないでもない。

当然ひ弱な人間は厚いコートを着たり、セーターも脱いだりと調節に気を使っているものの、つい油断をして体調を壊したり、風邪をひいたりなど得こんでしまう人がいる。

わが家でも若干一名が寝込んでしまい、なれない洗濯や調理を自分がしている。

調理しているというのもおこまがしいのはスーパーで出来合いを買ってきたりが主なためだが、おかゆは米からを作り、シチューは家にあるジャガイモ、人参、タマネギそして隠し味にリンゴを放り込み作ってみた程度。

しかし、なれない男が作ると、どれも量が多すぎるうえ、病人は食欲が無いとかで、結局のところ出来たものを始末するため、毎食おかゆとシチューが出てくる食卓と相成っている。

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2018年12月 3日 (月)

改まらない

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野葡萄が紫から青の艶やかに色づき、藪の中で存在感を示している。

子供のころから毒があって食べられないといわれてきたので摘んだことが無かったが、長野の義弟はこれを焼酎漬けにして肝臓の薬だといって飲んでいるといった。

大体薬なんて病気を治すために飲むのだが、”毒をもって毒を制する”みたいなところがあって、あまり飲みすぎると身体にはよくないものが結構ある。

長野で小さな瓶に入ったものは、蔓と葉っぱごと漬け込んだもので、茶色い液体は「そうかいな」と言ったもののあまり飲んでみたいと言う気にはならなかった。

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今日は、自動車の定期点検でディラーに行ってきたが思ったより時間がかかり、済んだときには御昼ちかくになってしまったので、近所の食堂に入った。

丁度昼時とあってほとんどのテーブルは埋まっており、注文して出てくるまでかなり時間がたってから。周りのテーブルはすでに食事に入っていた。

ところが、食べ終わって周りを見ると自分らより15分くらい先に食べだしていた隣の若い衆はまだ食べている。

若いときから「早飯 早糞 芸のうち」なんていわれた時代に育ったためか、戦後の食糧難の時代、人より早く食べないと腹が膨らまなかったためか、、、、、、

とにかく、夫婦そろって同じ時間に食べ終わるところを見ると、我が家の食事時間は短い。

食事の楽しみは会話をしながら、ゆっくり嚙んでと今は言うらしいが、親の教えはその逆だったし、飯の早いものは仕事をしていても手が早いなどといわれた。

そんなこんなで、何人抜きしたかは分からないが、駅伝ではあるまいに我ながら直すに直せないこの癖?はなかなか改まらない。

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2018年12月 1日 (土)

長寿は平安だから

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今日の静岡市内は市対抗、町対抗の駅伝大会で大賑わい。

いつも我々が集まっている山の畑の下を通過するとあって、交通規制が始まるすこし前にでかけた。

ここには毎年応援に来る人の顔ぶれが決まっているので自分も沿道に顔を出して応援することにしている。

予定に時間になるとまず白バイが二台露払いしていき、緊張がたかまりしばらくして、次々とランナーがゆるくカーブしている向こうから現れる。

この区間は最近中学女子の区間になり、カモシカのような足でかけていく、おもわず「贅肉の無い足ばっかり」と仲間内からうらやましそうな声が聞こえる、「おい、気をつけないとセクハラって言われるぜ!」と注意する声も、、、

10分とは立たないうちに全ての走者が走り去り、沿道の応援者それぞれに消え去っていく、、、、、なんだか、鵜飼舟を読んだ句を思い出してしまった。

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今日十二月一日は自分の誕生日。男の平均寿命近くになっても特に悪いところも無く歩き回れるのは最高の幸せである。

高校同級生の2/3はすでに他界しており 便りは無いが何人かは病を抱えているという中で、いまだに特に悪いところが無いというのは 先祖から受け継いだ遺伝子がよかったせいばかりではないようだ。    

その中のひとつに長寿は長らく平安が続いたということであろう。

自分らが子供のころ、、、、昭和二十年代の男の平均寿命は五十歳代だったという。

”人生わずか五十年 下天の内に比ぶれば 夢まぼろしのごとくなり、、、”という謡曲の一節は信長が好んだことで有名だが、若者を大量の殺した戦争は、何百年も時代を遡らせしまった。

いままた、世界では自分の国優先を公言してはばからない指導者が次々と現れている中にあって、日本もその波に乗っかる形で憲法を変えて戦争の出来る国に戻したいという情勢が出来つつある。

長寿がめでたいということはその辺にあるのではないだろうか。

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