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2019年7月23日 (火)

山百合

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杉の木に覆われて薄暗い川根路に咲く山百合の花。

そこだけがほのかに明るいと感じてしまう。

昨夜はこのあたりも豪雨だったそうだが、そんなことがあったのかと言わんばかりに大輪の花を開き虫を待つ、、、

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2019年7月21日 (日)

関心なし

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裏の川面を早くも遊泳するアキアカネが戻ってきた。

本来なら今の時期高い山に登って虫を獲っているはずなのだが早くも下りてきたということは、山のほうに虫がいなかったのか、それとも、気候が秋の入り口のような感じになってきたのか、、、、

そんなトンボに無関心のように装っているハクセキレイが一羽

 

大関陣が全て休場してしまった大相撲は気の抜けたサイダーのようで面白みがなくなった、

横綱陣が全て休んでしまった場所もそうだが、本来なら当たるはずのない前頭下位の相撲取りには迷惑な話だったのではなかったろうか。

とにかく、横綱が優勝すると言うことで決着したがつまらなかった場所であることには違いない。

同じように、今日が投開票日だった参院選も大騒ぎしている割には投票率が三割そこそこと来ては世間の関心がなかったことになる。

折角の権利を無駄にしてしまった人々には、将来のことに対して文句を言う筋合いはない。

それにしても、静岡選挙区では徳川家直系の候補者が敗れたのは原発反対を明確にしたとも、勝利が確定した自民党がより近い野党候補者に票を流したとも地元新聞で噂されていたが、どうだったのだろうか。

とにかく、いつになったら投票と言う権利を大事に思うようになるのだろうか、、、、、それを意識したときにはもう手遅れか、、、、、、

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2019年7月19日 (金)

さらに暑苦しい

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近くの畑の脇に鬼百合の花が咲いていた、真っ赤な花の色と黒い斑点が鬼を連想するとかでつけられたとあるが、暑い夏のさなかはますます暑苦しさを増すような気がする。

今日は空が曇っているのに気温が三十二度まであがっていたそうだ。

当初は温度計を見ていなかったので、裏の畑ですこし作業しただけで汗まみれになったのを不思議の思っていた。

身体にまといつくようなにちゃにちゃとしたいやな暑さは午後になってますます強くなったが太陽が出ていなかったのでそこまで高いとは思っていなかったが、こんな調子の夏になると思うとぞっとする。

 

今朝の報道を見て驚いた、昨日の新聞では死者が一人出ただけと思っていたのが三十三人にもなっていたと言う。

放火の火事による死者数として類を見ない数になっていたことを知らなかった。

若い有望な人が集まっていたアニメ会社に火をつけた四十一歳の男は許すことが出来ないのは当然ではあるが、これだけの災害になってしまったのはなぜか考える必要がありそうだ。

まだ消防の発表がないので自分なりの素人考えだが、第一に逃げ道がなかったことにあるのではないだろうか。

旅館などに泊まった際などまず案内してくれた仲居さんは非常口の位置を教えてくれるのが常識となった昨今、この建物の何処にも非常口、非常階段が見られなかったこと。

つぎに、三階の屋上に通じる階段のところに十九人もの人が亡くなっていたというがなぜ屋上にまでたどり着けなかったのか、、、、

そして、最大の疑問はガソリンによる放火とのことだが、この建物の中に火災をさらに大きくする何かがあったのではなかったのだろうか。

人気のアニメ業界だが、労働条件の悪さを以前聞いた事がある、社長の顔を見ていたら、、、、、思い過ごしでなければいいが。

 

 

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2019年7月18日 (木)

憶測で

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長引く梅雨空の下、野の花の数も少ないようでまだ咲き出したばかりのヤマハッカの花にマルコハナバチが近寄ってきてしがみつくようにして蜜を吸っていた。

虫の世界では飢饉の状態なのだろうか。

 

タレントの堀ちえみさんのブログに悪口雑言のコメントを入れたとして、北海道の五十代の女性が逮捕されたと言う。

なんでも、ほかのチャンネルの書き込みを見ていたら、彼女の闘病記などで嘘をついているという記事が出ていてそれお信用したことが原因だったという。

ブログの記事がまったく嘘を書かないと言うわけではない、誰しもすこしは自分を良く見せようという気持ちもあり、修飾することがあるが、全然会ったことも無い人のことをこれまた憶測で書いた人の記事を信用してしまうことの単純さと言うか浅はかさにあきれてしまう。

人間、五十年もやっていれば社会の裏表というか本音と建前くらい区別がつきそうなものなのだが、、、、、

 

いま、ワイドショーは日韓関係のギクシャクでもりあがっている。

コメンテーターは、日本の正当性を強調し韓国の不利をあげつらっているが、日本の外交下手は富みに有名でいざ国際問題となった時どう出るかわからない。

ただ、こういう風にして嫌韓、嫌日で両国が盛り上がっていくことに懸念を感じお手しまう。

ネットの書き込みではこの炎を更に燃え上がらせるべく嫌韓コメントが増え続けているが、なんだか太平洋戦争間近の時もこんな雰囲気だったのではなかろうか。

威勢の良い掛け声に同調して国を誤ることのないようにして行くのが政治家なのだけれど、憶測でものを言う人に煽られて、、、、、、、、、、、、、、

 

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2019年7月17日 (水)

燦燦と

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午後になって一瞬空が明るくなって日が差していることを家の中で知った。

外に出てみると、空のかなりの部分の雲が切れ、青空が広がっていた。

何日ぶりなのだろうかこの青空を見るのは、、、、、なんだか新鮮な気がしてしまい、縮みのシャツ一枚で外に出て日光浴をしてしまった。

今年の梅雨は典型的と行ったらよいのか、いままでのところこちらでは激しい雨は少ないものの連日空に鍋蓋をかぶせたように雲が厚い幕を張っていた。

しかし、今日の晴れ間を見ると、その上は燦燦とした日の光が雲を輝かせていたことになる。

天気予報は、明日から再び激しい雨が降るそうだが、もういい加減にして欲しいものである。

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2019年7月16日 (火)

押し黙って

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麻機田んぼの一角、カルガモとサギがかたまってじっとしていた。

何時降り出すか分からない空模様のしたここに集まっている連中は自分と一緒の暇人なのだろうか。

特にカルガモときたら雄は子育てに協力しないのですることもないだろうし、サギのほうは、何かの故障があってのことなんだと思う。

一箇所に集まっているのに妙に押し黙っているかのように身動きもしないでいる。

この点は、われわれ甘夏の木の下に集まるグループと少し違うところである。

そういいながら、ここしばらく雨に降られるのを警戒して、ここ一週間で二回しか行っていないことに気が付いた。

 

二重掛け金や空白期間問題で加入者に迷惑をかけたのは営業が勝手に行った(?)などで簡保生命が加入二千九百万件を調べなおすため、新規の営業をストップしているとのこと。

そこで、コマーシャルを見てみると「社員が安心した職場で笑顔になる」「働くことの楽しさ、やりがいは日本一です」「仕事のあとは好きなことでリフレッシュ」などのことがならんでいる。

報道では「ノルマがあって厳しく責められている」などとはずいぶん違う内容になっている。

前のコマーシャルで井の原快彦が演じていた簡保職員がニコニコ顔で説明していたのはなんだったのだろうか。

あの知的な俳優と思われていた石坂浩二が電力会社のコマーシャルで原子力発電の必要性を言っているが、タレントも、コマーシャルに出る以上反社会団体との付き合い同様ある程度の内部調査をしてうえで出るべきではないだろうか。

ただお金になりさえすればよいというのはちょっとおかしいのでは、と思うのはこちらの僻目?。

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2019年7月15日 (月)

あとわずか

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多分この花も槿なんだろうと思うが麻機の原野に戻った田んぼあとなどに咲いている。

蘂の長さも短く、花にあでやかさもない小さな花なので、槿の原種かと思ったが日本にはほとんどないと言うから、先祖がえりということになるのだろうか。

槿の仲間は一咲いては萎むと言うことから家に持ち帰るということはまずなく、生け花には向かなくて、背丈も低いことから生垣などでしか使われないことが多い。

 

参院選挙も大相撲も今度の21日に結果が出る。

両方ともあとわずかの頑張りが将来を決めるのである。

今回の参院選は、天候不順であまり暑くならないことから、候補者にとってはありがたい選挙運動であろう。

自分もむかし、町会議員の選挙の際、連日のように候補者と車を一緒にしたことがあるが日差しの強い中、坑内勤務と言うこともあって日ごろ強い日差しの中で長時間動いたことがなかったので二~三日でばててしまった記憶がある。

寒さには強いが暑さに弱いのは、いまだに直らず、、、、、、、、

今日は「海の日」テレビは海水浴客のいない浜辺を写していたが、昨年のような暑さは程々にしてもらいたいと、雨の海水浴場の画面を見ていた。

 

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2019年7月13日 (土)

家庭菜園

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今年は日照不足で野菜の値段が高いとのことである。

ほかのものと違って食料品の値上がりは直接体に沁みる。

それを幾分でも補ってくれるのが家庭菜園だが、幸いなことには茄子以外はまずまずの出来でよろこんでいる。

暇つぶしと楽しみを両手に毎日畑に出向いているが、今日の収穫は途中で知り合いにおいてきたものの残りであるが、これだけあれば二人所帯には充分である。

 

最近、警察の不手際が増すk歩実を騒がしている。

容疑者を取り逃がすのはもとより、丸亀では生活安全科の警官が古物商を威嚇したり、東京の自動車道ではパトカーがバイクを意味もなく罵声を浴びせかけるなど、、、、

以前と違って、あちこちに防犯カメラやドライブレコーダーで撮影されているのが克明に映っていることから、以前は訴えてももみ消されるのがテレビ局に持ち込まれてしまう。

これらを集めれば、「警察24時」ならぬ「警察不祥事」で一番組が出来上がるかもしれない。

 

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2019年7月11日 (木)

釣瓶橋考

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#殿の若い衆に 吉田の小町

    なんで釣瓶に 橋かけぬ 

                はしぃ~かけ~ぬ

船津の盆踊りに歌われるひと節だが、若いころ夏になるとふんどし一丁で釣瓶の橋の下の深みによく傍の岩からどぼしこんだ(飛び込んだ)り、川を流れ下って下流の八幡地獄あたり川から上がり、十六切から戻ったことがあるがくたびれてやっとこさの思いをしたことを思い出す。

そのむかし、飛騨の神岡と言われる前 このあたりは麻生野村と呼ばれていたころ、この水面から50m(もっと低かったかも?)ほど高いところに藤で編んだ危なっかしい橋が架かってはいたそうだが、この歌詞は橋がないと歌っているので、それ以前のものだとすると、、、、、、、

昭和30年代初めには、当然藤蔓の橋はなくなっており、狭いながらワイヤーで張った釣り橋がかけられており自動車は少なかったかのか通っていなかったような気がする。

ただ、年長者が言うには橋から川まで直接飛び込むものもいたやに聞いているが、自分が川遊びするころはとてもとてもと言った感じになっていたし、当然、両岸に住む殿村の若い衆と吉田村の小町は充分に行き来できた。

六月七日早朝散歩がてらに釣瓶橋の欄干越しむかし遊んだ淵を眺めてきた。

川の様子はむかしと変わらず、梅雨時なのに濁りもなく青々と流れており、今日見た安倍川のねずみ色に濁った安倍川とは印象が全然違う。

 

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2019年7月10日 (水)

ぽつんと一軒家?

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久しぶりに雲が切れ青空の多い一日になった先日来の長雨による湿気でカビが生えていたイグサの敷物を日に当て家の中を開けっ放して風を通すなど今日一日干せるものは全て外に出して除菌デー。

それにしても今日は暑くなった。気温も三十度越えとなり部屋の中にいても汗が止まらないような状態になった。

先月末から日照時間が全国的に少ないそうで米の生育に影響が出かねないと聞いているが、梅雨明け以後はこの暑さに耐えていけなければならないのかと思うとぞっとしてしまう。

 

写真だけを見ると、テレビの「ぽつんと一軒家」的な感じがする建物。

これが、お寺だと分かる人は地元の人くらいであろう。

お寺の名前は光円寺、昨日書いた二十五山の山頂に有った円空仏二十五体はここに移住しているそうだ。

この地は、江戸時代上部に大富という鉱山の飯場があったが、長雨で山抜けが起きそこに寝ていた坑夫すべてがこのあたりまで押流されて亡くなったのを弔うために建てられたと聞いた。

そのとき、唯一生き残ったのが、飯炊きをしていたおばあさんだったことから、贅沢三昧の坑夫が山の神の罰を受け、釜の底に残った米を食べていたおばあさんが難を免れた。という逸話が残されている。

そのむかし、と言ってもやっと三十年位前までは、このお寺を中心に写真の範囲内だけでも六軒長屋を含む鉱山社宅が二十棟はあり、百軒くらいの所帯があったのだ。

そしていま、このお寺の周辺を除いてすべてが元の原野に戻って面影はない。

 

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2019年7月 9日 (火)

昔話しのかなた

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木の間から見える荒れ果てた山、かってはこの上に1,219mのこんもりとした山が今見える右手の頂よりはるかに高く聳えていた。

山の名前は二十五山、名前の由来は雲を湧き起こし冷害を周囲に及ぼす悪鬼が住む山と恐れられていたが、旅の僧円空さんが二十五体の仏様を造って山頂に祭られ蛸とに由来する。

この山の中には膨大な鉛や亜鉛、金銀が眠っていたのだが、案外この金属が悪霊を呼び込んだのだったろうか。

平成になって、掘り尽くした?あと、空洞になった部分を埋めるため山頂を削った。

その結果、、円空さんの二十五菩薩はひなんしたものの、今では二等三角点はもとより二十五菩薩が祭られていた御堂、そして、自分たちが毎年担ぎ上げた四寸角の開校記念の標柱十五本もろとも地中に消えていった。

いまその景色を見るに往時を知るものはいたましさと哀れだけしか感じることがない。

何時の日か再びこの山が木に覆われて、昔話しのかなたに消えていくのは何時のことだろうか。

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2019年7月 8日 (月)

是より山野村

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「是より山野村」と書いた石碑が峠の清水脇に建てられている。

飛騨市の山の村は同じ市内にありながら一種桃源郷みたいなところである。

自分が始めてこの地に行ったときは伊西トンネルが出来たばかりの昭和三十二年だった。

乗用車がすれ違えるかどうかの小さなトンネルを抜けると目の前に大きく開けた海抜1,000mの高原が開け、カッコウがなき、雪をかぶった北アルプスが見えた。

この地は自分のおばあさんの出身地であり親戚が多数いると言うことが信じられない気持ちだった。

ここまで、自分が住んでいた聳南寮から一気に登ってきたため汗をかき喉が渇いていたので、今では水のみ場として整備されている脇の沢に顔を突っ込み山清水で喉を潤した感じは今でも憶えている。

このトンネルが出来てから、それまで大富経由のぼっか道はこちらにうつり、家計を助けるため従兄弟(亡くなった従兄弟ではない)が下の本鉱山と栃洞の間を文書など運ぶ常便夫とし通ったと言うの後から聞いた。

中国の桃源郷はトンネルをくぐってたどり着き、一度帰ってから二度と再びそのトンネルに行くことが出来なかったそうだが、伊西のトンネルはその後何度も行き来した。

しかし、今回 従兄弟の三十五日忌の法事でこの場所を通ったが、この年になると「また今度」と言うことが有るのか無いのか分からない、、、、、、、

下の本からの帰り、皆は前回同様山吹林道を通ったが、自分は森茂から伊西をゆっくりと巡りトンネルを通って船津座に向かったが、あまりの懐かしさに時間を使い、次の集合場所にすこし遅れてしまい、、、心配をかけてしまった。

出かける前に言ってはいたが、時間を勝手に解釈し申し訳ないことをしてしまった。

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平成16年に拡幅してこんな立派なトンネルとなったが、当時はこの半分くらい、、、

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昭和三十二年に完成した伊西髄道、郵便屋さんも雪道をこざいてたどる。

 

 

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2019年7月 4日 (木)

口をつぐむ

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梅雨前線が東海地方に延びてきたとかで朝方かなり激しく降ってきたが裏の川の水位が上がることも無かったので総量としてはそんなにたいしたことも無く過ぎたようだ。

ただ、雨が上がりかけたころになって激しい風が吹き、庭においてあった空の植木鉢などがころころと転げまわりかなり大きな音を出していた。

昼近くになって日も差してきたので午後の散歩に出かけたが、道端に咲く昼顔のピンクの花がいかにも可憐に見えた。

一度この蔓が生え出すととってもとっても生えてきて絶やすのが難しいので畑に根が入ると困る草だが、花には責任の無いことみたいな感じになるから不思議。

朝顔と違うのは、花のしぼむのが遅く、夕方になるまで咲いていることから名付けられたそうだが、どちらにしても一日花、。

ちなみに花言葉として”絆”と言うのがあるが、蔓が絡み合ってどの蔓の花かわからないと言う意味なのか、絶やすのが難しいからなのか????

そんな花なのに、よく見ると虫に食われて花びらの先端が欠けているのを見ると、この花びらを食べた虫はよほど朝早く雨風の中食べあさっていたのだろう。

 

今日 参院選の告示があって各候補者一斉に街頭に飛び出した。

連れも、知人に誘われて選挙事務所に行ったそうだが、この知人と言う女性どういう心情なのか、前回の衆院選には立憲民主党候補を、静岡市長選挙では自民党推薦候補を、そして今日は国民民主党候補だという。

つまり、政党はあまり関係なく候補者主体のようにも見えるが、どうやらどこかの団体が支持した候補者の事務所に顔出ししなければならないようで、行ったからと言って投票しているような様子も無いそうだ。

連れも、一緒に行ってくれと言うので付き合っているだけだそうだ。

そのむかし、飛騨での選挙の際事務所詰めの幹部が「女の人は事務所に来て接待の握り飯を握らせれば一票になる」と言っていたが今の女性はその辺のところ情が薄くなったと言える。

もっとも、こんなことをしているから「女性の政治的信念が馬鹿にされているんだぞ」って言ってみようかとも思ったが、口をつぐんだ。

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2019年7月 3日 (水)

地獄の門

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「ここに入る汝よ 一切の望みを捨てよ」

先日古代インカ展のついでに立ち寄ったロダン館で地獄の門という大きな作品の前の敷物に書かれてあった上田敏と森鴎外の訳詩に書かれてあった言葉である。

県立美術館に付属する形で常設されているロダン館は毎回のように立ち寄っているのでこれで何回目になるのか分からないが、この訳詩を目にしたのは初めてのような気がする。

以前からあったのかもしれないが、、、、、心ここに有らざれば 見れども見えず、、のたぐいだったのかな?

ロダンの地獄の門は晩年になってダンテの神曲をもとに長年にわたって製作したとかで、中央の上のほうに有名な考える人の像もある。

ダンテの神曲がどんなものかわ知らないが、門の扉に作られている彫刻のひとつひとつをゆっくり見る気が無いのはまだこの門に対して自分のレベルが追いついていないためであろう。

ちなみに二十数年前にイタリアのフィレンツェだったと思っているが天国の門というのが有った。

こちらは、美術館の壁と言うか屋外にあって金ぴかの部分がかなりあったと言う程度しか記憶に無い。

ヨーロッパの人は死後、こんな門をくぐって天国や地獄に行くんだろうか。

自分としては、阿弥陀如来さんに迎えに来て欲しい、、、なんてね。

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2019年7月 2日 (火)

蓮の花開く

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麻機の蓮根畑にハチスの花が咲き出した。

かなりの部分が遊水地計画で買い上げられ、蓮畑の面積が減ってきているが、その残された部分のあちこちでピンクの花目立つようになってきた。

泥田の中からすっくりと茎を立て清らかな印象を持つ大輪の花が咲くところから、仏教では聖なる花とあがめられ、この花の中心部分を蓮華台と読んで仏様が座ってござると言われてきた。

きょうも小雨が降る中花を開かせていたが、、、、、、、、、、

 

最近のテレビのメィンテーマは吉本の芸人を含む十数人が反社会団体とは知らずに営業に行って謹慎処分を受けていることである。

テレビに出てくる同業者はそれぞれ小さく擁護するもののそのほとんどはきつく批判していた。

多分、批判している人の中には首筋に寒気が走っている人もかなりいるのではないだろうか。

江戸時代まで、芸人と言えば川原で小屋掛けをして人々を喜ばせ、いくらかのお金を恵んでもらうことから、”河原乞食”とさげすまれて見られていたようで、後に歌舞伎役者などが日に千両稼ぐといわれるようになると、憧れの商売になった。

そして、そこにつけこんだ反社会団体がつながりを求めてくることになる。

今をときめく芸人のかなりの数がかっては反社会団体との付き合いが噂されていたし、島田伸介も廃業しなければならなくなったのは暴力団幹部との付き合いだと言われている。

そして今、吉本に所属する芸人だけでも6,000人といわれるように何人かの売れっ子芸人を目指して群がり集まる時代になった。

ただ、お笑いばかりでなく歌手や役者、そして大道芸を含めるとその数何万人と言うなかにあって、そのほとんどが芸だけでは食っていけない人々ばかり、当然、少しでも仕事の話しがあれば飛びつくことになる。

芸だけでは食べていけない人がいる以上、この問題が根絶するのはかなり難しい。

といって、下手な芸にはお金を払えないし、、、、、、、、、、、、

 

 

 

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2019年7月 1日 (月)

弁当もちの将棋

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雨が降りしきる中、裏の川に鴨の親子が来て餌をあさっていた。

降ったりやんだりの小雨なので水量はあまりないため雛とでも水底のえさをこそぎ取ることができるようだ。

今年は鴨の雛が極端に少なかったようで、自分が見たのはこれが初めてと言っていいほどで、いつもの年なら生まれt間もない雛を何羽も連れているのに、こんなに大きくなるまで見ていないのは何か異変があったのだろうか。

 

そのむかし、鉱山に勤めていたころ町屋の人々は羨望の裏返しだったと思うが鉱山勤めを「弁当持ち」と陰口を叩いていた。

この風習は弁当業者が無かったし、他所の人が無断で坑内に入るのは危なすぎたので退職するまでつづいた。

あさ七時出勤と言う事情もあって持参した弁当は昼休みの十一時からの一時間だった。

各切り羽から食堂に集まると十分ほどで食べ終わり、そのあと将棋などを打ち興じるのだが、ひどいときには三局も打つほど早差しであり、下手に考え込むと「下手な考え(将棋は)休むに似たい」と回りから急かされた。

当然、何手も先を考えると言うことはなく、その場で思いついた手をさすことになるので上達はしない。

G20で大坂にいたトランプ大統領が板門店で北朝鮮の金正恩委員長と会談した。

新聞には”思いつき外交だ”とも書いてあったが、下準備はどうだったのだろうか。

昨日のニュースでは、会うだけで成功、話しも二分ほどかも、、、なんていっていたからまったくの成算があったようには思えない。

 

「下手な鉄砲数打ちゃあたる」とか「下手の横好き」などということわざがあるが、大国を手玉に取るほどの金正恩を相手に国際問題を思いつきだけで進めていくのはいくら次の大統領選の選挙対策だといっても、、、、なんなのかな?

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