紫外線に酔う
日も傾きかけた午後、スイフヨウの花も透き通ったピンクに変わりかけてきた。
後ろには、昨日同じように白からピンクに変わった花びらが酩酊を通り越して眠りに入ったかのように赤くちぢこもって閉まっている。
スイフヨウ、、、、、、酔芙蓉と書くがこの花が赤くなるのは紫外線に反応する色素があるそうで、人は酒に酔い、不要は紫外線に酔う。
気持ちがよいのかどうか聞いてみたいものだ。
不謹慎な話しではあるが昭和50年代、静岡に来たころ土木業者の間で秋になると「小さい台風が来てくれないかなあ」なんて話も聞こえた。
春先から発注のあった土木工事も一段落し、ひまな時期に台風が来てくれて道路や河川で突発的な仕事が出来れば一息つけるというのが業者の願いであった。
そして、あちこちで防災工事なども頻繁に行なわれるようになってから、勝手の伊勢湾台風や狩野川台風などのように1,000人規模の死者が出る災害が無くなった。
しかし、近年になって気象庁の予報の中に「ここ五十年に一度の災害、、、」とか「実を守る行動をとってください」などと過激な言葉が並ぶようになり、気象のほうで大きな曲がり角になってきているような感じがする。
テレビなどでは、地球温暖化で自然災害が極端化しているというが、どうなんだろうか。
ただ言えることのひとつに、油断というか、「自分のところだけは」という気持ちもあったように思う。
長野の人との話しに出てくる言葉の中に「ここは台風も水害も地震もないところだ」という言葉をよく聞いた。
今日古里 飛騨からの見舞いのメールに「山襞に遮られて台風も近寄らない僻地、、、」という言葉があったが、50年 100年単位で見るとそうではないのだが、、、、、、、
人生ってつくづく短いものだと思う。
| 固定リンク
コメント
岡崎在住さま
飛騨にいたころの一番印象に残ったのは、昭和43年の飛騨川バス転落事故です。
あの時は神岡もひどい降り方やった。
岡崎観光のバス2台が飛騨川に流されて百人を越える犠牲者が出て、、、、、
あとは、高原川を流れる巨石がぶつかり合って、ものすごい音がし、船津高校のあった大島川原から船高のグラウンドに水が入ったのは、その下にあった船津端の狭くなっていたためだったそうや、、、
でも、人間ってすこし経つと忘れてしまうんやさ
投稿: オラケタル | 2019年10月16日 (水) 14時39分
そうやさな!岐阜県の場合やと、昭和51年9月の岐阜県安八郡安八町の長良川の堤防決壊やね。(当時、CBCラジオで騒いでおったさな!)おかげでそん時は、岐阜市内が助かったそうやが、えらい昔やったな。でも、長良川は毎年ぐらい、やばい状態になったのは確かやな。飛騨では、数年前に宮川決壊で1年間、高山線が不通。昨年は金山辺りで土砂崩れで高山線不通。総理大臣、オリンピックや防衛費に金を使っておる場合でないにけな!!
投稿: 岡崎在住 | 2019年10月15日 (火) 19時58分