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2020年6月27日 (土)

合歓咲くや

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合歓咲くや これより飛騨の まぐそみち

                 前田 普羅   

この歌を聞いたとき、なぜか知らないが飛騨を南側から入った人の句かと思った。

と、いうのは、比較的緩やかに上る飛騨川沿いの道は馬が多かったのかもしれないが、両岸が切り立った神通川上流の道は険阻な崖を通る道が多かったので馬より牛が使われていたと聞いていたので、、、。

作者は明治の生まれの人、この歌は昭和の初期のころで、その頃飛騨はまだ高山線が開通していなかったため、荷物は馬の背で往来し、そのため、あちこちの馬糞が散らばっていたのを読んだとばかり思っていた。

当時、川沿いの道は舗装もされておらず、狭い道には飛騨と越中を結ぶ道は高原川沿いの東街道と高山に通じる西街道に分かれ馬や牛による荷馬車が大量輸送であり、あとは人の背中運ばれる歩荷(ボッカ)でしかなかったが繁盛したようだ。

 

話しはどんどんあらぬ方に行ってしまいそうなのだが、”合歓咲くや これより飛騨の まぐそみち” はのんびりとした風景をうたったものではなく、国ざかいで飛騨の山並みを前にし、それまでの平坦な道から気合を込めて険阻な道に入る覚悟をした際の歌であろう。

 

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