モズが小枝で
モズが木の上から何かを見定めようとして、一転を睨みつけていた。
啓蟄のすんでそろそろ餌になる虫が出てきたのだろう、そばで見ている人間には目もくれず真剣の品定めをしているようだ。
こちらからその方向をみても何もわからない。
もうすぐ東北地震から十年になるという。
日中だったこともあって、津波が陸上に上がり田畑を飲み込み家を破壊していく様をテレビを通して劇場版の映画を見るようにしてみていた。
テレビの発達により、今まで新聞の静止画像しか見ることのなかった災害を目の当たりにできるということは、果たしてどんな意味があるのだろうか。
画面を通すことで、なんだか現実味がなくなって傍観者としてみていた自分に歯がゆさを憶えてしまう日々だった。
そして、翌日には福島の原発が次々と破壊され、被害をさらに拡大していったのだが、東京電力はこの間10兆円を超える費用をつぎ込んできたそうだ。
ただこの金額はこれからさらにこの何倍ものお金と時間を掛けねばならないのか分からないそうだが、この事故以前に言われてきた原発はクリーンで安いという概念とはかけ離れたものなってしまったことである。
そして、一番影響を受けている帰還困難者が10年たった今でも四万人もいるということであろう。
そんなことも加味しながら女川原発電所には地元や県が再稼働の結論を出したのは、経済が安全を上回ってしまったことにほかならない。
この発電所に将来を頼り切るという選択に子孫はどう見るのだろうか。
この発電所がもし事故を起こせば、、、、、、、
# 美しい山 懐かしい川 追われ追われて果てしなき旅ぞ、、、、、という歌の文句がそのまま当てはまることになるのだが。
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