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2022年5月31日 (火)

いい湯だな

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#いい湯だな いい湯だな、、、

 

と、思わず鼻歌が出てきそうな気分になった。

二十九日 三十日と続いた猛暑の中少し熱めの温泉は身体にビンビンとしみこむような気分にさせてくれるのは暑い時期に熱いものをというむかしの我慢比べか暑気払いに通じるものがある。

長野県は小諸の布引温泉に義弟の見舞いと先日植えたジャガイモの草取り追肥、土寄せを兼ねて連泊をすることにした。

今月いっぱい長野県では”信州割り”というキャンペーンを行っていて、先月は静岡県は除外されていたのだが、今回は愛知県や岐阜県なども含めたほかの県とともに認定されたので、その便も含めて利用することにした。

露天風呂はもちろんだが、屋内の大浴場からも大きな窓越しに浅間山が眺めながらの入浴は真夏日の熱い太陽光線であぶられた肌に痛かゆい刺激を与えた。

最近では日帰り温泉に行くことがなくなっているが、日帰りと宿泊の違いは自分たちの感覚ではコロナ感染のリスクに違いがあるような気がする。

今回も体温、消毒はもちろんだが、信州割りの条件の一つにワクチン接種3回目完了というのがあって、その証明書を提示することも条件に入っていた。

 

とにかく、久しぶりの温泉はいいもんだ。

 

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2022年5月28日 (土)

真夏日

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一気に真夏日がやってきた。

農協の敷地を借りて農具を売っていたご老人は「午前中いっぱいで今日は店じまい」と言っていたが、子供は元気。

そういえば、中学生のころ学校対抗の陸上競技の練習に励んでいたころ、「水は身体に毒」と指導者が言っていて、その教えを守ったが誰も熱中症にはならなかった。

あの頃よりも高温になったとはいえ、、、、、、、、

 

 

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2022年5月27日 (金)

豪雨のあと

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昨夕からの雨は次第に激しさを増し、午前八時前後に最も激しく降った時には防災無線で「静岡南部に大雨洪水注意報が発令した」と呼びかけられた。

こんな時は「勤め人でなくてよかった!」の一言に尽きる。

幸いにして、裏の川も最近では下流に出来た遊水地効果で推移も上がることなく済み、以前のように自動車を非難させるなどの心配をしなくて済むようになった。

そんな雨も、10時には上がりアロエの花に水玉を残しているころには「そんなことあったの?」と言わんばかりの晴天になった。

 

 

少し下火になったとはいえオミクロン株の感染者は全国で3万人程度が毎日発生しているなか、政府は規制を緩める方針を示している。

自分も今までがそうであったように、人込みなどのほかではますくを外すことには賛成であるが、畑に行く道すがらなどすれ違う人たちのほとんどがマスクを着けたまま自転車や自動車を運転していることに驚く。

二年以上マスクをしているとそれが習慣になって外せないのだろうか、、、、

いや、そうではないような気がする。

日本人の自主性の無さというか、周りが外さないでいると自分から率先して外せないのが現状だと思う。

先日も書いたが、この二年あまり自分はマスクを買ったことが一回しかない。

それは、普段つけていない習性が災いしてコロナの予防注射をしに行くとき、うっかりマスクなしでバスに乗り込み市街地近くまで気が付かなかったため、途中下車してコンビニで買っただけである。

あとは、何年も前に風邪をひいたときもらった50枚入りの箱だったが、いまだにかなりの数が残っている。

 

この箱入りマスクが完全消化をするのはいつになるだろう。

鬱陶しいマスクは止めにしませんか。

 

 

 

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2022年5月26日 (木)

ハレルヤ

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カタバミの花がお茶の木の隙間で咲いていた。

自分の畑に咲いているときは憎しみを交えて引っこ抜いているが、繁殖力が強くて抜いても抜いても生えてきてしばらくすると島状に畑を占領するにっくき雑草である。

しかし、小暗い藪の中で見る花はなんだかかわいらしく見えるから不思議である。

 

カタバミ、小さいころは”酢っぱ草”で通っていた。

葉っぱとその下の茎を抜いて口で噛むと泡い酢っぱみがあるところからついた名前だということも知っていた。

虎杖も大木になった今頃はカタバミやつつじの花びらが食べごろであったが、よく似た花で蓮華つつじは苦くて食べられなかった。

このようにして、子供のころはなんでも口にして味わったおかげで、孫が小さいころ「じいじはなんでも食べるんだね」と驚きの目で見られたが、尊敬してだったか馬鹿にしてだかわからず、、、、

 

この花の名前をスペイン語でハレルヤ(aleluya)と知ったのはペルーで仕事しているときだった。

山でどの花を指さしてもフロール(花)としか言われなかったが、さすがにリマではハレルヤだとペンションの主は教えてくれたが、これを聞いたときはまた花の名前をごまかしたと思ってしまった。

しかし、この名前がごまかしでなかったのを知ったのは帰国してからの話し、、、、、、

 

ハレルヤ 花が散っても 

ハレルヤ 風のせいじゃない

 

 

 

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2022年5月25日 (水)

赤く咲くのは

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赤く咲くのは芥子の花 白く咲くのは百合の花、、、、、

まるで赤いセロハンで作ったかのような芥子の花が時折吹く風に身を任せてゆらゆ~らと揺れていた。

この花の種がもの比較の対象に使われる芥子粒というのだが、よくあんな小さな実から困難に大きく育つものと感心する。

 

今日も裏の畠に行き実生のササゲとレタスの苗を植えてきた。

これで、自分の耕している畑には里芋をはじめ、キュウリ トマト ナス かぼちゃ いんげん 西瓜に山芋などを植え付けた結果七割かた埋めることができた。

もともと体を動かすために始めた農作業なので損得は度外視でやっている。

トマトやキュウリは園芸店で苗を買ったものだが、身体の具合を悪くして薬やマッサージに使うものと一緒だと思えば必要経費といったところか。

一人での畠仕事は、マスクをする必要もないし気が向いただけいて、疲れたと思えばいつでもやめられる利点があり、作物ができれば人に喜んでもらえる。という利点がいっぱいある。

しかし、これからは強い直射日光の下、いつ何時熱中症にならんでもないので、、、、、

 

 

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2022年5月23日 (月)

二人でも静か?

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”女三人寄ったら 姦しいとは愉快だね” こんな歌をテーマソングにして売った大阪漫才のかしまし娘だが、いまの時代男がこんな言葉を吐くとたちまちつるし上げを食らうこと間違いない。

アジサイによく似た葉の真ん中から何本かの花茎を立てて咲くこの花を二人静という。

よく似た花で一本だけ伸ばしている”一人静”というが、これは、一人だけだと静かという意味でなく、義経の愛人 静御前になぞえられてつけられた名前だという。

ということで、女性が二人以上いても静かなのかどうかは、、、、言わずもがなである。

 

今日のコロナ発生数は静岡では440人と前日に比べて半減以上となり、全国も同じようなすうじがでていた。

昨日が日曜日だったので、検査数も少なかったためであることは分かっているが、このままで推移していけたらと思う。

ここにきて、政府はマスクの制限を大きく減らすことにしたが、なかなか世間は外そうとはしない。

前々からいっていたが、自分の周りではコロナが大流行していたころでもマスクをする回数が少なく、畑仲間が集まっていても誰もする人がいなかった。

ベンチに腰掛けて、下の街並みを見ながら「ここまでコロナは追ってこないよな!」って言っていたが、その談合は対面ではなく同じ方向を見ながらでもあろう。

実際、新聞の報道によると静岡県民360万人に対して感染者は16万人近くだから、40人に一人くらいが感染していることになるのだが、自分の知る限り誰も周りに感染した人がいない。

それだけ付き合いが狭いということか、、、、、、、、

 

 

 

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2022年5月22日 (日)

大判小判が

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コ゚バンソウが色づき始めた。稲科の植物ということは一目でわかる。

実の大きさは1センチほどで、周りの高い草に囲まれて見落としがちの草であるが、これを小判に見立てて名付けた人はみるだけで金持ち気分に浸ったのではあるまいか。

もう10日もすれば黄色く熟れて、”大判小判がざっくざっく ざくざく”てな心持になるといいのだが、、、

 

昨日は小満だった、気温も上がり草木も生い茂る時期になる。

野菜の種をまくと、2~3日後には早くも目を出し、四月初めころに比べると格段に速くなった。と、同時に雑草の成長も早くなり、これからの畑仕事は雑草との闘いが主になっていくのだ。

 

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2022年5月21日 (土)

ドロップをもらって

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スイカズラの花が上下に大きく口を開けたように咲いていた。

スイカズラは吸葛と書くが、この大きく開いた口の状態から吸うという字があてはめられたとも考えられるが、一般にはこの花の付け根の蜜を吸うことからきている言われている。

咲き始めは花びらを白く開かせるが次第に黄色くなることから金銀花ともまた冬も少なくなってはいるが葉をつけていることから忍冬とも書かれている。

そして、忍冬は漢方薬としての名前でもあり、解毒 痛み止め 筋肉や関節痛などにも良いというが、まだ試したことはない。

とにかくなんにでも巻き付いて成長することから、外国では危険な外来植物としているところもあるそうだ

 

今日は朝から雨が降ったり止んだりの安定しない一日であったが、藤枝で手もみ茶の実演販売があると聞いて出かけてみた。

ここの手もみ茶は、販売価格がお手頃ということもあって、毎年のようにいっていたのだが、今朝からの雨でお茶摘みができなかったので中止となってしまった。

代わりに、大手の生命保険会社が血管年齢測定会をやっており、雨で客足の少なくなった人の呼び込みに精を出していた。

先日いつもコメントをしてくれる岡崎在住さんがやったというの聞いて、自分も試しにと思い席に座るとアンケート用紙に今の健康状態や住所などを書かされた後指を挟んで測定されたのだが、周りを若い女性に囲まれて散々もてはやされたこともあってか、血管年齢は実年齢より18歳若いという検査結果を示された。

18歳若いといっても、60代の血管年齢であり決して万全ではないことは分かっているが、周りの女性から「すごい すごい 」と連発されるとつい浮かれてしまう。

帰りに今からでもはいれる保険の説明書と缶入りサクマのドロップを景品の中から選んでもらう。

 

ドロップなんてひさしぶり、子供のころはこれを持っている人がうらやましくって、いつかは いつかはと思っていたものだったが、なんだか缶がやけに小さくなったような気がした。

ほんとうに小さくなったのか、こどもの目から見た時大きく見えたのか、

赤い粒を一つ 口に含みながら、、、、、儲けたような気分で帰路に就く。

 

 

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2022年5月19日 (木)

青筋を立てて

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トベラの花にアオスジアゲハがまとわりついていた。

トベラの木とはその悪臭から節分には玄関の外にイワシの頭とともに飾ってその匂いのきつさで魔物が入らないようにと掲げたもので、トベラという名前の由来は”扉の木”という言葉がなまったものだという説もある

今ではそんな風習を受け継ぐ家も少なくなったようで、見かけることはない。

しかし、花に鼻を近づけたことがないのでわからないが虫たちに人気があるようで何種類もの虫を見かけたが、写真のアオスジアゲハは普段なら人を近づけないような跳び方をしているくせに、今回はカメラを近づけてもあまり逃げるそぶりを見せなかった。

ひょっとして、トベラ臭に酔ってしまい我を忘れてしまっているのだろうか。

 

山口県の小さな町で間違って4360万円を振り込まれた男性がそのすべてを博打につぎ込んでスッテンテンになったそうだ。

本当のところはまだ分かっていないが、もしその通りだとすると、今どきの若い衆は子供のころからスマホやパソコンを使いこなしているので、「指先だけでこんなことができちゃう」んだと感心する一方で、本当に誰の協力もなしに出来たのかと裏を探ってみたい。

海外で仕事をしていた時言われたのは「本当に大事なものなら念には念を入れて管理を十分にしなさい」「こちらでは物を盗むのは確かに悪いことだが、盗むような気にさせることの方がもっと罪深いことだある」という考えがあるからだそうだ。

今回の事件でも、町側の不注意とその後の対策が遅れ過ぎていたことにもあるのではないだろうか。

なまじっか、この間違いがなければ逮捕された24歳の若者は今頃せっせと働いていたに違いない。

きっと誰かに焚きつけられてあぶく銭を増やし、差額を懐にしようと考えられないだろうか。

それにしてもテレビに出た町議会議員や町長の態度も情けない、田舎だからでは済ませられない、町民は青筋を立てて怒っているはずだが、、、、、、、、

 

 

 

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2022年5月18日 (水)

生シラス

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春の海 ひねもす のたりのたりかな という句があるが、静岡市南西部の用宗海岸沖は波もなく海の向こうに見えるはずの伊豆半島も日本平の彼方にみえるはずの富士山もかすみの彼方へ沈みこませている。

そんなに遠くない沖ではシラス漁の船が二隻一組で網を引き、網にかかったシラスを積み込んで漁港まで行き来する船と三隻一組の船団がいくつも集まっていた。

きっと漁港では生シラスの販売が行われているに違いない。

用宗海岸を一周する散歩を済ませたあと、漁港直売店によって水揚げをしたばかりのシラスを買って帰る。

早速昼ご飯は、シラスどんぶりにする。

アツアツのご飯の上にシラスを乗せ、醤油をぶっかけてかき回し豪快に口に放り込めば生臭さもなくじんわりと、、、、、、、、海岸近くでしか味わえない味覚。

日本に生まれてよかったという言いなれた言葉が実感として残る。と同時に、こんなにとっても大丈夫なのかかな?という疑問も持ちつつありがたく食べる。

 

 

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2022年5月17日 (火)

野ばら

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麻機田んぼの耕作放棄地に咲く野ばらの花。

白い花が多い中で、その一角にピンクの花を咲かせているところがあった。

こんな花から今のようなバラができたのだろうか、、、、なんてことを思わせるような可憐な花だった。

ゲーテがこんな花を見て詩を描いたのだが、ウエルナーとシューベルトがこれに曲をつけた。

学校で教えるのはシューベルトの方が多いが、自分としては後から聞いたウエルナーの方が何とはなしに歌いやすいと思う。

歌い手にもよるのだろうが、シューベルトの方に洋楽の歌手が朗々と歌うのがおおく、そんな立派な花ではないような気がしてのこと、、、、

また、原作がゲーテだけに日本語の訳詞も3種類くらいあって、よく似ているがこれも複雑、、、、

 

日本の歌でも、北白秋の”砂山”に対して中山晋平と山田耕筰の曲がふられているが、一般的な中山晋平の曲よりも山田耕筰の方が好きだといえば、メジャー嫌いでひねくれものの言うことかもしれない。

 

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2022年5月15日 (日)

動物の証明

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いまでは庭木として全国に広がっているのかもしれないが、シャリンバイという木の花は静岡に来て初めて知った木の一つである。

白い花をの中心が赤くなると間もなく花びらを落とすところはソメイヨシノにも似ているが、葉っぱが全然違い樹高もせいぜいが2m程度の低木である。

漢字で書くと車輪梅となるが名前の由来がどこからなのかと思っていたら、枝が四方に伸びて自転車のスポークを想像させるところからだそうだ。

名前の由来が花でなかったことにがっかりした。

 

コロナ禍で自宅にこもる人が増えてから愛玩動物を飼う人が増えたそうで、動物番組を映じるテレビも多くなった。

そして、今までは犬が多かったが最近では逆転し猫の方が多いそうだ。

子供が中学のころまでは、犬や猫をいつの間にか家に入れて発覚した時には追い出せない状況になっていたものだったが、子供が成長してからは我が家では人間以外と暮らしたことがない。

その中でどちらが好きかというと、家を傷つけるものの猫の方かな???敵がせんでもない。

最大の理由は、まず吠えない、そして散歩に連れて行かなくてもよいことにある。

犬の散歩は人間と違い、早くなったり遅くなったり、そして途中でうろうろと立ち止まりこちらは改めて、、、といった具合になったこともしばしばだった。

 

きのう、雨の中床屋へ行ってきた。雨が降ると長くなって耳にかかった髪の毛がうざったくなって我慢できないからである。

そんな中で床屋談義を一つ。

客「人間も動物だなって感じるのは、犬や猫みたいに髭剃りで顔を構われていると眠くなってしまうことだな」 

床屋主人「そう、自分なんかも実習で剃刀を当ててもらっているとき眠ってしまって叱られたことがあったよ」

「あの辺に眠気を催す神経でもあるんやろか?、、、」「頭のてっぺんに神様がおって、むにゃむにゃ」  

 

 

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2022年5月14日 (土)

雪の下

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庭の片隅で雪の下が花を咲かせ始めた。

小さな花だが、下に二枚の大きな花びらを下げ、上に三枚の赤い斑点をつけた花びらをたて、大という字のような形の花を開いている。

こどものころ、おばあさんの家の裏の石垣にこの草が生えており、火傷をしたときこの葉の裏側を囲炉裏であぶって幹部に張り付けたものだった。

しかし、いま調べるとしぼり汁が中耳炎などに良いとは書いてあるが、火傷に良いとは一言も書いてない。

また、この草を山野草の仲間にしてあるが、自分の知る限り人気のない山では見たことがなく、シャガ同様人について歩く草ではないかと思う。

とにかく冬雪の下から青々とした葉っぱを掘り出して、火傷をした傷口に当てると、それだけで治ったような気がしたものだった。

名前の由来はそんなところから出たものであることは言うまでもない。

 

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2022年5月13日 (金)

雨に咲く花

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時折激しくはなるものの終日小雨が降りお続いていた。

庭の茉莉花は雨が降ると、脱色するのか一気に白くなり「雨というより雪みたいだな」なんて言っていたら運悪くというか、間が抜けているというか一輪開花した花があった。

白い花に雨粒は目立たないが紫に雨粒は際立っている。

おもわず、むかし聞いた「雨に咲く花」って歌を思い出した。

その歌を歌いながらなんて優柔不断で情けない歌だったんだと気が付いた。

昭和30年代後半、自分たちがそろそろ結婚適齢期と言われたころの歌だった。

 

及ばぬことと あきらめました

だけど恋しい あのひとよ

ままになるなら 今一度

ひとめだけでも 会いたいよ

      純情だったけど 情けね~ 

 

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2022年5月12日 (木)

明日ありと

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今日から走り梅雨とかでしばらく雨模様の天気図がでていたので、昨日は玉ねぎやニンニクなどすべてを抜き上げ耕運機で耕し畝を作った。

その余韻はあちこちに節々に出て動きたくなかったのだが、そこらへんに転がしておいては腐り菌が入って台無しになると思い、知り合いや隣近所に配った後、茎を縛って軒下に吊るし乾燥させることにした。

そのあと、先日とって乾燥させておいたわけ葱を種にするため根を取り皮をむいて、小さな網袋にしまうことにしたが、その作業をしながら「来年のことを言うと鬼が笑う」ではないが、この種を植えて収穫できるまで無事でいるのだろうか。

”明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは}という歌があるように、八十を超えたらいつお迎えが来るかわからないのに、、、、、、    な~んちゃってね

 

父親の歳を大分超え、母親の歳に近づいてきているのにまだ実感が湧かないでいるのは、横着者のせいかな?????

 

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2022年5月11日 (水)

過ぎたるは

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庭のニオイバンマツリが咲き出し芳香を振りまいている。

いまはまだ数が少ないので芳香だが、全盛期になると芳香を通り越して悪臭になりかねない。

エレベーター内で香水をつけすぎた人と同じである。

とはいえ、花の盛りは短くて一週間くらいが山場でなかろうか。

後はけろりと何事もなかったかのように、、、、、、、

 

岐阜県選出の元国会議員山下八州夫が新幹線をほかの代議士の名前を使いただ乗りして捕まった。

なんとも情けないことである。

彼は、元社会党代議士であった楯兼三郎の秘書をしているとき自分は労働組合の専従のとき会ったことがあるが、自分より年下ながら温厚そうな人柄と正義感も相まって好感を感じていた。

その後、自分が静岡に来てから楯代議士から地盤を受け継ぎ国会議員に選ばれたそうで聞けば衆議院議員4期、参議院議員3期とかをこなした大ベテランとなっていたようだ。

その彼が逮捕された時の言い分が「むかしが懐かしくて」と言ったとか。

永田町の常識は世間の非常識といわれているが、長い間国会議員をやっていればみんなこんな風になってしまうようだ。

こんな風になれば国民の声なんか届かなくなるのは当たり前のことと思う。

岐阜県選出の元大物代議士に大野伴睦という人がいたが、彼の名言の一つに「サルは木から落ちてもサルだが、国会議員は落選すればただの人になる」というのがあるが国会議員を一度したことがある人は、特権待遇を受けたことでその座を必死になって持ちこたえようとする。

 

ちなみに、この伴睦さんであるが、岐阜羽島駅に銅像(?)が立っているが、これは新幹線のルートを捻じ曲げて岐阜羽島駅を作った功績によるものであり、同じように、東名高速道路を捻じ曲げて、静岡県吉田町の自宅近所にインターを作ったのが、大石千八さんであると言われており、銅像こそ立っていないが代議士になるとこんなこともできる見本だと言われている。

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2022年5月10日 (火)

雪化粧をして

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昨夜の雨は富士山では雪だったようで久しぶりに雪化粧をしていた。

その姿は、子供のころ軍国幼年(?)ではなかったが富士山と戦闘機の絵をよく書いたと思うのだが、そのどちらも実際には見たことがなかった。

そして、その絵を描くときは手本のようなものがあって、台形の上半分を白く、戦闘機はトンボを無数に散らばかせるか大きく飛行機を描くかするのが普通であった。

そんなことを思い出させるようなすがた形をしていた。

テレビでは山頂付近の温度は零下10度にまで下がったと言っていたが、下界は平均気温だったようで寒さを感じることがなかった。

しかし、この雨で裏の畠は畝の間に水がたまり、ニンニクや玉ねぎ、サニーレタスの収穫を終えた場所を耕すわけにいかなくなって、農作業は休み。

スーパーへ買い物のお供だけで一日を終えた。

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2022年5月 9日 (月)

プーチンの演説

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水辺の花しょうぶが涼し気に咲いていた。

午後からは雨になるという予報通りにの天気になったが、この花を見る頃は少しの農作業で汗をかき、下着を取り換えるほどの陽気だったので心休まる風景であった。

 

プーチンが午後四時から演説をするというのでテレビはみんなその放送に切り替わっていた。

これほど彼の演説が注目されたのは、初めてのことだったに違いない。

良いことでの注目ならなおよかったのだが、、、、、、、、、

戦争というものは残酷なものである。

縁もゆかりもない人々が殺し合いをする。

焼けただれた戦車が放置されている画像を見ると、乗員兵士が何人か一瞬で悲鳴を上げる間もなく死んでいく。

マリウポリ製鉄所で民間人とともにこもっている画像や、ロシア兵が地下の穴に手投げ弾を放り込む画像を見ると、沖縄戦で同じようなことが起きていたのを思い出した。

そんな状況を作り出したプーチンをはじめアメリカ、旧日本軍幹部など戦争指導者と言われる連中は、小さな地面を取ったとられたというばかりで、そこで死んでいく人間のことは屁とも思っていない。

 

殺された人々にはその後ろにそれぞれの歴史、家族があることを少しも気にしていない。

「一人を殺せば殺人者だが百人殺せば英雄」という言葉を聞いたことがあるが、、、、、、

人間の本性とはなになんだろう。

 

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2022年5月 8日 (日)

母の日

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セッコク、日本原産の蘭だそうだ。

涸れたような茎の中からいくつもの花をこの時期になるといっせいに咲かせる様は一種の魔法を見る思いである。

色は淡い紫といった色で、同じ洋種の蘭デンドロビュームに似た形をしていると思っていたら、分類上でもそのように指定されていた。

 

きょうは母の日、連れの誕生日である。

二つの行事が重なるということは、一つ省略できるということであり、昨日のうちに刺身盛り合わせ定食で済ませていたので、今日は何にもなし。

「母の日」といえば自分は長男だったこともあり、兄弟の中では一番母親と長く暮らした、

高校を寮生活ですごし、鉱山の社員となって三年後に再び一緒に生活して84歳で母親が亡くなるまで過ごしたのだから55年ほど共に過ごしたことになる。

母親の生涯をみるに、昔ながらの幼くして両親に従い、嫁しては主人に従い、老いては子に従うを実践した明治末期の生まれであったが、山あり谷ありのつらい時期もあったが、総体ではしあわせだった????

亡くなって25年ほどになるが、今でもそんなに時間がたったとは思えないほど、、、、、

 

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2022年5月 7日 (土)

山笑ってしまった

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俳句の季語で今の時期を”山笑う”のころというものと思っている。

樫や栗などの仲間が一斉に花を咲かせ、黄緑色に染まる景色を言い、上着を一枚脱いで、吹き来る風を肌で感じる頃なのだろう。

それなのに、やっと一昨日立夏だったというのに今日の暑さはどうしたことだろう。

暦の上での立春 立夏 立秋 立冬 はその季節の入り口であり、まだ実感としては前の季節しか感じられないはずではなかったか。

午前中、裏の畠に行って玉ねぎを採り入れ、その後、山の畑に行くつもりだったが、裏の畠だけで汗だくだく、目まいさえ感じてしまうということは30度越えだったのではなかったろうか。

急いで帰ってきたものの、その後は真夏並みに肌シャツにパンツという格好で寝転がって過ごした。

 

 

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2022年5月 5日 (木)

鯉のぼり

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最近では鯉のぼりは吹き流しの原則は維持しつつも柄はいろいろと変化してきた。

そういえば、ランドセルも今月あたりから売れ出すようになって、その色も八十色とか、、、、

古くて頑迷なじいさんはついていけなくなった。

 

制限のないゴールデンウイークもようやく一部を除いて終わったが、テレビで見る観光地や繁華街、そして交通渋滞の高速道路を見ていると、近場のスーパーにも出かける気がしなくなっていた。

いよいよ明日あたりから、毎日が日曜日の老人の出番になるか、、、それにしても天気の良い五月晴れの空の下どこにも行けないのはつらいこと。

 

ならばと、畠に出てみるが今日のように暑いとこれまた長居はできない。

 

屋根より高い鯉のぼりも今では見ることができず、、、、じいさんは何に嘆けばよいのか。

 

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2022年5月 4日 (水)

甘夏の取入れ

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ミカン、ハッサク、甘夏、レモンなど柑橘類の花が咲きだし、山の畑周りは良い香りに包まれだした。

木についているこれらの果実ももう限界できれいに取り外さないと、木の負担が大きくなる。

そこで、今日は最後の甘夏の取入れを行なった。

自分の取り分は約40kg、コンテナにおよそ二杯分となる。

地面も木も人のものなのに我が物顔を許してくれるみんなに感謝(口には出さないのが難)。

真っ白な花が多い中で、レモンの花の紫を帯びた花びらはまた高貴な感じがする。

 

しかし、調子に乗って周りの草刈りを大鎌を振るってバッサバッサと振り回したのが悪かったようで、帰ってきてから腰が痛くて、、、、、、、

ただいま、青息吐息、風呂に入ってもまだよくならない。

 

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2022年5月 3日 (火)

ゴルバチョフ

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ようやく晴れた五月がやってきた。

午後になって一昨年NHKで放送された九〇歳のゴルバチョフという番組の再放送があった。

ゴルバチョフといえば、30年前ソ連を解体したロシアの大統領で、その際衛星国と言われた国々が独立させ、ロシアを民主国家にしようとした人で、現在のロシアでは評判の悪い人である。

特に、昔のソ連を夢見ているプーチンなんかは「何してくれたんだ!」と怒り心頭の人であろう。

写真は、2,019(?)年大晦日に映したもので画面に映っている人はプーチンが年頭を前に出演している画像であるが字幕の言葉はプーチンが話している言葉であり、今になってみると”心にもない”ことを言っているしかみえない。

 

ロシアや中国は歴史上ず~っと専制国家を守ってきた国である。(いや、民衆がそれを望んだ??)

国が大きかったり国民が多いということは一部の人に導かれ独裁的に統治されないとまとまっていけないという感覚になるのだろうか。

長い歴史の中で、常に誰かに導かれ、運命を委ねて過ごす、指導する側はその権力におぼれ、政敵を排除するに処刑を以てのぞむ。

一説にはスターリンは同志を万単位で、毛沢東もそれ以上に抹殺したとされ、いま、習近平も同じように政敵の芽を摘んで異例の三期を目指していると報道されている。

 

ゴルバチョフ曰く「自由な祖国 誰がその自由をもたらしたか」と、しかし、プーチンは不自由なむかしを今にと目指している。

今日は憲法記念日、ロシアの無茶ぶりに乗じて日本憲法も戦前回帰を求めている人が勢いを増している。

 

 

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2022年5月 2日 (月)

八十八夜

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きょうは立春から数えて八十八日目、世にいうお茶の摘みごろだという。

静岡ではもう一週間ほど前から走り新茶というものが出回って、こんな爺さんのところにも届いた。

しかし、残念なことに爺さんにはその値打ちが分からない。

むかしの唱歌と言われるものの中に”茶摘み”というのがあって「夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る とんとん、、、、」という歌詞は知らないものがいないほど有名で、爺さんの子供のころには女の子が手遊びを含めて歌っていた。

こんな有名な歌なのに、作詞作曲が分からないそうだ。 いったいいつごろからの歌なんだろう。

そんなお茶なのだが、最近は高齢化と値段がが低くなって手入れをする人も少なくなり、耕作放棄された畑が広がっている。

そこで問題なのは、手入れされたお茶の木は低くて畝の間が歩けるのだが、生命力が強く物の2年ほどたつと丈が一㍍を超し、それこそ人が入れなくなってしまいタヌキや猪の住処になってしまう。

同じように竹林もその繁殖力で周りの木々を圧倒し範囲を広げているが、今に静岡の低山地帯は竹とお茶で生産力のない山になってしまうのが目に見えていてざんねんである。

 

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2022年5月 1日 (日)

走れコータローもどき

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今日競馬のテレビ中継で面白いものを見せてもらった。

天皇賞の出走直後、シルバーソニックという馬が騎手を振り落とし(?)たあと、一生懸命に最後まで走り二着となったと柵を乗り越えて横倒しに倒れこんだ。

今まで騎手が落馬した後の馬はこんなに一生懸命走ったのは見たことがなく、最後に横倒しになるなどなんだか人間臭い感じすら持ってしまった。と同時に、むかし流行った歌の”走れコータロウ”さながらのような光景で、これが一着になれば歌そのもだったのに、、、なんて思った。

幸い騎手も馬も無事だったそうで、これで「この馬の名前は永遠です!」と笑って言えそう。

 

今日五月一日はメーデー。ここしばらく晴天続きだったが昼少し前から雨模様になった。

テレビでは静岡の集会を催している光景を映していたが、年々寂しさを感じる集会だったようだ。

これはなにもコロナばかりの影響でなく、労働組合の力がなくなってしまったことを現していることにほかならない。

労働組合は、本来労働者の要求をくみ取る機関のはずだが近年は幹部への昇進の登竜門みたいなことになってしまっていて、リストラなどの場合は率先して会社の先き馬となる。

こうなると政治もそうだが、組合員も労働運動に無力感が生じ大多数が「かかわりあいたくない」という気持ちになっていく。

戦後制度のほころびは、国連にまで及びロシア、中国、アメリカなど常任理事国の横暴や世界的に右翼の台頭はその価値を貶めている。

 

もしかして、第三次大戦が起きて、新しく国際的制度の変更が迫られているのだろうか。

 

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