早くも冬支度
雪深い飛騨では早くも冬支度に入っていた。
久しぶりに訪れた寺では雪囲いのため部屋が暗くなり庭園が板の隙間からのぞき見するしかなくなっていたこと、神岡城の松には雪つりがあり、船津座の小さな木には三角の板囲いがしてあった。
小春日和ののどかな風景には似つかわしくなかったが、いつ豹変して降り出すか分からないこの時期になると早めだと言われても雪自宅はしておかねばならない。
今回飛騨に行ったのは、長野県に住んでいた義弟の四十九日の法要があったのを機会に天気が長続きするという予報があったためと、じわじわと増えそうなコロナの感染を前にしてこの時しかないと思ったからである。
この法事で驚いたのは正座ができなかったことである。
正座に入ろうとした座布団のうえで太ももがつかえて折り曲げられなかった。しばらくはショックで呆然とした。
今まで、こんな経験はなく当たり前にできることと思っていた、、、、歳のせいにしてはおかしい、、、と。
以前にも鉄棒で懸垂しようとしたら腕の力がなくてぶら下がったままだったこと以来である。
かえって原因を探ったら、足首と膝関節が固くなっているからだと書いてあったが、家の中ではしばらく正座というものをする機会がなかったことが原因らしい。早速ストレッチに励み少しの時間座れるようになったが人間の身体はなまくらにできているようだ。
飛騨では胡坐をかくことを「じまをかく」と言ったが、こんなこと自慢にはならない。 チャンチャン!
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コメント
長谷幸雄さま
そうなんです。椅子にばかり座っていると正座ができなくなるそうです。
なので、できると思っていると、、、、
むかし、アメリカ人は不器用だから細かい指先の仕事ができないとか、腰が高いから相撲や柔道などの組み合うスポーツが弱いとか言っていましたが、今の日本人にそれがすっぽりと当てはまるようになりました。
投稿: オラケタル | 2022年11月10日 (木) 21時20分
おらんどこの神社の祭礼儀式やお寺の御祈祷の際は、普通に「椅子の使用」で御座るよ。^^;
投稿: 長谷幸雄 | 2022年11月10日 (木) 16時50分