ナスの花
「親の言葉となすびの花は千にひとつの無駄はない」濃い紫の花を下向きにつけて実をつける準備をしている。
沖縄の民謡は日本の民謡と違って親や老人などに対して敬い、道徳観などを歌に織り込んでいるものがいくつかある。
そのひとつに”ていんさぐぬ花”と言う歌があるが、その中で「親のぬゆしぐとうや 肝にしみる」(親の言うことは身に染みる)と歌っている。
自分の場合、六十四歳で亡くなった父親とは反抗期のさなかで別れたが、その中で覚えているというか肝に染みた言葉がいくつかあるが。
その一つに「口は食べるためにあるんじゃない、喋る方がよほど多いのだから喋り方に気をつけろ」というのがあった。
これはいまだに修行が出来ておらず、失言、暴言の数々、誉め言葉が下手でかなり失敗している。
ほかに、「恥ずかしいというのは自分自身が思うことで、世間はそう思っていない」つまり、恥をかいたというのは自分のプライドが高いためでありプライド捨ててこそ浮かぶ瀬があるということと思っている。
これも出来ていない。
”ていんさぐぬ花”の二番は「親ぬゆしぐどうや 読みやならぬ」(親の教えは数え切れぬものだ」とある。
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コメント
岡崎在住さま
栃洞の、、、特に前平私宅の昇格に対する執念は強かったと思います。
「あれがなれるのなら俺だって、、」軒並み昇格していますものね。
柏豆通いも近いので、、、、泉平や南平からでは目立つしまして、自分らのように町からは無理。
今になって思えばならなくてよかったという気持ちです。 負け惜しみじゃなくて
投稿: オラケタル | 2023年6月26日 (月) 21時18分
父ちゃんの「格言」みたいなものがあって、いつまでも覚えとるね。オランドコは二つあって、「好きな女子に声が掛けれなんで後悔しとるんやぞ!」とか、「警察官になれば威張っておれるで、仕事として良いぞよ!」やったさな。後者は鉱山で1級員になれんかった「ひがみ」やなぁと、今だに思っておるしね^^;
投稿: 岡崎在住 | 2023年6月26日 (月) 19時59分