棘
今日の歌番組で二葉百合子の特集をやっていたが、その中で彼女の最大のヒット曲「岸壁の母」の経緯を話していたが、まるで自分がこの曲を歌い始めモデルになった女性との絆を延々と説明していた。
しかし、この歌を最初に歌った菊池璋子のことはおくびにも出さなかった。
こんな人でもすべてを自分の手柄にしたいのだろうかと唖然としてしまい、今まであまり好きではなかったがさらに決定的にしてしまった。
若い人はいざ知らず、自分らくらいの年齢の人にはまだ引き上げ船が帰ってきていたころを知っており、この歌は当時でもかなりヒットしていたので、二葉百合子の歌はリメイクだくらい知っているのに、、、、、
先日、久しぶりにフランクシナトラのマイウエイを聞いた。
英語が下手な自分には歌の文句が分からないので画面の下に書かれた直訳で意味を知ったが、日本人のまだ若い歌手が歌う歌の歌詞とはずいぶん違うようだし直訳の歌詞によればかなり高齢な人でないと歌えない歌詞のようだ。
その中味は、「歳をとって思うことはあらゆることに充実した人生であったこと、信念を持って人生歩んできたことを高らかに歌い上げ、後悔は少しあるけれど改めて言うほどのものではない」と歌っていた。
自分はいま八十代半端にかかっているが、こんな立派なことはよう言えない人生だあり、いま思い出すのは成功より失敗や恥ずべき苦い行いの方が心の底に残っていて時折胸に棘を指す思いである。
かかりつけの医者は、「あなたの年代は日本経済を引き上げてくれた功労者だ」と土砂をぶちまけてくれたが、自分としてはそんな大きなことでなく、「ただただ家族を不自由にさせないことしかやってこなかった」と答えることしかできなかった。
二葉百合子に心があるならば、帰ってから菊池璋子のことが棘として残ればまだよい方だが、、、、、
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