茶色って
静岡に来た当時「あの色をどうして茶色って言うんだろう」っていう同僚がいたことに驚いたものだった。
飛騨で生まれ育った自分としては囲炉裏の上で煮っからがした鉄瓶に入っているお茶は紛れもなく茶色だったが彼らは一回ごとにお茶を飲む分だけ急須にそそぐため緑色をしたお茶を飲んでいたようだ。
むかしお茶は薬扱いにされていたようで煎じて飲むという感覚を持っていたし鉄瓶の鉄分とお茶の成分は反応すして黒い色が出てくるため濃い茶色が当たり前だった。
先日地方新聞の一面に「静岡の一番茶が鹿児島に抜かれ二位になった」でかでかと書かれていた。
原因としてはお茶農家の高齢化で生産量が減ったとされていたが、むかし蓮舫国会議員がスーパーコンピュータの予算を見直すため「一位でなきゃダメなんでしょうか」と発言したことを思い出した。
最近のお茶生産は鹿児島に次いで三重県も急伸しているようでいずれ生産量では追い抜かれると思うがこれは高齢化だけでなく、圃場整備で機械化が進んでいることが大きいと思っている。
静岡に比べて鹿児島県や三重県では平地にしたうえで大規模な茶畑にしたため機械化が容易になっているが、急斜面の谷あいが多い静岡ではとても難しいことである、
ただ、むかしから良いお茶は川筋の霧がかかる地形がお茶の味を良くしてくれると言うことを考えると生産量ばかりにこだわらない方が良いのではないだろうか。
春になればあちこちからお茶が来る我が家では、書い足しを含めて長野に送っているが、最近では味をしめたようで陰ながら請求してくるようになった。
健在のうちはできるだけ要望に沿って行きたいと思っている。
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