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2025年8月29日 (金)

ヒグラシ

夕方少し前になって今年初めてヒグラシの鳴き声を聞いた。

正確には声ではないのだが秋を告げる物悲しい気分にさせる声音である。

毎朝仏壇に向かって「今日もよろしく」というのが日課のようになってくると、一年の計どころでなくその日その日の日暮しは蝉と同じようなものか。

明日当たらりMRIの結果を聞きに行ってくるつもりだが凶と出るか吉と出るか、、、、、、あまり吉はでないおみくじが出てきそうな予感はする。

MRIを受けると話している老婦人からは、「私のやっている占いで吉でした」と電話が来たが、、、、、、人生の方は後期高齢者を長年続けているのだから秋はとっくの昔に過ぎているのだ。

 

 

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コメント

岡崎在住さま

人の生き死にはその人が決めるしかないんだけれど、本人の予想と違う結果になる事もあり、国会議員同様一寸先はわからない。
橋幸夫さんさんの場合もフアンからの要望だったか、家庭の事情だったか、それとも芸の虫だったかはわかりませんが、認知症の人にその判断が出来たのか、、、、、
自分の場合は彼より四歳ほど年上になりますが、悪あがきに似た行いをしないで逝けたらと思っています。

投稿: オラケタル | 2025年9月 3日 (水) 21時13分

遠い昔(昭和40年ごろ?)、オラケタ様も行かれたかと思うけども、「橋幸夫」が栃洞の「銀嶺会館」に歌謡公演に来たんやけども、その「橋幸夫」が最近寝たきりになったそうなよ(82歳)

何でも橋幸夫は、アルツハイマー病を患いながらも同情コンサートを挙行しておったらしいけども、高齢にも関わらずに頑張りすぎたせいか、高齢者故の「血管の老化」から来る「脳虚血」という脳細胞への血流が悪くなる脳梗塞に似た病気やそうなよ。

結果論ではあるけど、大人しくしておれば良かったと言う意見もあろうけども、「頑張って力尽きた」という生き方は見習うところがあるのかな。

投稿: 岡崎在住 | 2025年9月 2日 (火) 21時27分

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