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2025年10月31日 (金)

座して待つ

早いもので今年もあと残すところ二か月になってしまった。

昨日は手術から一ヶ月すぎて経過を調べるため消化器外科に行ってきたが血液検査も腹部のエコー検査も異常なしと言うことで「また一か月後に検査をしそこで異常がなければ半年単位で様子見をしましょう」とのことだった。

そこで前に内科の方にも今後の治療を相談してとという話しだったので外科の診療の後、引き続き内科のほうにまわったが、内科の医者が言うには「もうかなりの高齢ですから様子見はしますがあまりいじらない方が良いと思います」とのことだった。

と言うことで、いままで聞いていた手術後の抗がん剤をはじめあらゆる治療をしないで寿命を待つということになり、県立総合病院からの薬はすべてなくなってしまい、かかりつけ医の血圧の薬と肝臓の薬のみになってしまった。

自分の今後は「座して死を待つのみ」と言うことらしい。

 

日銀が貸出金利の利上げをしないことに決めた。

安倍政権時代に黒田バズーカーと言われた低金利はいまの学者出身の上田氏に引き継がれて正常な金利に戻ると思われたが、ぐずぐずとしてほとんどそのままの体系を維持している。

それを見越して、円は対ドル154円に値下がりをし、輸出企業には朗報かもしれないが一般国民は輸入費の値上がりを含めて物価高に苦しむことになる。

日本の大企業の内部留保は肥大化していて、従業員への配分率はますます下が手散ると報道されていて経済はいびつのまま進んでいるが、これが従業員の給料に回されたとしても、国民のほとんどには影響がない。

つまりため込んだ内部留保に税気を書けるしかないのだが、いまの政治にはそんなことを望むべくもない。

つまり何もしないで時の流れを見ていくだけのように見えて仕様がないのだが、、、、、、

 

 

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2025年10月30日 (木)

30%減苑

防災食として買っていた固形のスープの素を賞味期限が近づいてきたのでどんな味なのかと食べてみた。

お湯を注いでから袋を見て気が付いたのは、大きな字で塩分30%カットと書いてあったことだった。

飲んでみて驚いたのは全く味がしないこと、 薄めすぎたのかもしれないと思ったがまるで白湯に具を入れただけのような味だったのでそばにあった食卓塩を振りかけ、ふりかけして味を調えたが、考えてみればせっかくの塩分30%カットは台無しになったのではなかろうかと言うこと。

災害で非難した時などは体力 精神力の疲れから幾分濃いめの味が欲しがるものだと聞いたことがあるが、このスープは保存食には向いていないのではと感じてしまい、なんでも日持ちの良いものという常識を考え直す必要があることを思い知った。

 

今日の新聞によると今の学校で35万人もの子供が不登校で行けていないとのことで、コロナ最盛期に無理して行かなくてもよいという風潮だ出来て以来最高の人数だとのことだった。

不登校とは自分らが学校に通っていた時代には考えられないことだったし、自分としては小学生のころいじめとはいかなくても何かあるとすぐ泣く子供だったが、学校に行きたくないという思いは一度もしたような記憶がない。

その理由は何だったのだろうか。まず親がそんなこと赦してくれそうもないことが鼻から分かっていたのではないだろうか。

学校の先生は常に正しく、バケツを持って廊下に立たされるのは序の口で手でたたくとてがいたいといいながらスリッパで叩かれるなんてことまであり、いまの時代では考えられない教育を受けてきた。

 

昨日スーパ中に響く子どもの泣き声が響き渡っていた、見ると前に赤ん坊を抱えた母親が買い物カートに四歳くらいの子供を乗せ、その子を泣くに任せてあちこちを巡っていた。

肝が据わっているのか最近の子育てがそうなのかは知らないが、その平然とした母親の態度を見て「母は強し」の感を見せてもらった。

ただ、むかしなら子供もこんな人前で泣きわめくことは親が許さないということを知っていたような気がする。

 

子供たちに対する甘えの容認、この先の社会がどうなっていくのかは知らないが、、、、、、、、、、、

 

 

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2025年10月27日 (月)

起きて半畳

久しぶりに秋の青空が空いっぱいに広がり清々しい気分にひったた一日であった。

昨日今日と雨が降らなかったので裏の畠に入り玉ねぎの植え付けと、レタスの直播していたのを掘り上げて移植してみたが、やはり一時間程度で切り上げてきた、、、、、、、無理するなってことらしい。

 

テレビの報道によると日経平均株価が五万円を突破したとのことだった。

実態の経済とは関係なく期待感だけで上がっているそうで、この先暴落が起きなければよいがとおもっている。

蕪をはじめ宝くじなどにはいっさい手を出さないことにしているが、リーマンショックなどはカブに関係ない人にまで害を及ぼすので、いいかげんにしてしてほしいものである。

そのむかし、紀伊国屋文左衛門という人が蜜柑で大儲けしたそうだが、その末路は哀れだったと聞いている。

高リスク高リターンをの世の中に生きる人には「起きて半畳 寝て一畳」の意味が分からないだろうけれど。

 

 

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2025年10月25日 (土)

長生きはするもの

今日は思いもよらず遠方から知り合いが訪ねてきてくれた。

まさに「友遠方から来る また楽しからずや」を絵にかいたような感じだった。

訪ねてきてくれた人は良くコメントをくれる岡崎在住さんだったが、多分初対面ではなかろうかと思う。

自分が仕事をしていた神岡鉱山栃洞抗に毎日通っていた道路脇に鉱山で珍しく私宅があり、そこに住んでいた。

彼の父親とは何度か仕事をしたり機械の構造を教えてもらっていたが、その当時彼はまだ小学校ではなかったかと思っているので、顔を合わせても記憶には残っていない。

その彼も何年か前リタイヤして年金生活に入っているのだが、今日は袋井市の可睡斎にお札を授かりに来たついでと言って寄ってくれたのだが病気見舞いといろいろの頂き物をしてしまった。

それにしても良く探し当ててきてくれたものである。

玄関に出た時名前を名乗られたが、はじめは頭の中が混乱したがその名前の人は静岡での知り合いはなかったので、思い出すには一分とはかからなかったのは、まだ自分の脳も捨てたものじゃないと、、、、。

とにかく故郷を捨てきれない者同士話しが長くなりそうだったが今日のうちに帰ってお札を檀家になっているお寺に持っていかなければとののこと早々に分かれたため、あとで聞けばよかったことなど次々思い出されて残念だった。

 

それにしても同じ故郷を持つというだけで、初対面(と思うのだが)ながらこんなに打ち解けて話せるというのは有難いことである。

 

          長生きはするもの

 

 

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2025年10月23日 (木)

富士初冠雪

富士山がようやく初冠雪し静岡市街からも五合目付近まで白くなった富士山を見ることができた。

富士山の初冠雪は山梨県の天文台から目視で確認して初めて認定されることから、静岡県から見えても、山梨県で雲がかかっていると晴れるまで認定されないそうで、「何を言っているんかいな」って感じがしないでもない。

とにかく真っ白になるまでにはまだこの先かなりの日数が必要なようだ。

 

昨日国会で高市早苗新総理が誕生し、新聞によると支持率64 %にもなるとのことで株式相場も期待感で上昇している。

自分としては防衛費のかさ上げ、コメの規制、労働時間の緩和などで期待どころか時代に逆行するような政策を指示しているようなので、浮世の民の浅はかさを見る思いである。

この先温氏とも言っている安倍政治を継承した威容であるが、失われた30年をさらに延長させる施策を目論んでいるかのようだ。

 

維新の閣外協力で成立した内閣はいつまでもつのやら、発足が退陣の始まりになりかねないと思うのだが、、、、、、、、、

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2025年10月21日 (火)

気温低下

急に強い寒気が入ってきたようで畑仕事には向いているが、家の中にいると半そででは肌寒さを感じてしまう

長い暑さに慣れてきたがこう一気に気温が下がると体調不良の原因になりかねない。

いままでなら汗で発散していたのだろうが、畠に出ていても汗をかくほどのない気温は小便の回数が増え、二時間持たないこともあってしょっちゅうトイレ通い、、、、、

またしても思う。歳は取りたくないね。

 

 

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2025年10月20日 (月)

予防注射

流感がそろそろ流行期に入ったとのことだったので掛かりつけ医に行ってコロナの予防注射と合わせて接種して貰った。

会計に呼ばれて行ってその高さに驚いた流感の1,650円に対してコロナの予防注射は11,600ほどであり、二人合わせて28,000円近くの支払いで財布のなかがほぼ空っぽになった。

流感は以前に比べて安くなったのは市の補助が付いているためであり、コロナは全額自己負担になったことにあるそうで、流感に比べて猛威が極端に減っていることによるとの説明。

コロナの治療薬は一昨年だったかほぼ同じ値段だったので、患らなきゃチャラと言うことなので来年からの予防注射は考え物だということになる。

それにしても新型コロナはそんなに危険度が低下しているのだろうか。細菌の世界も世代を重ねるにつれて急速に変化しているようだ、その一方で世界はもとより日本の政治は国会議員のための政治に集中し、主権じゃたる国民には向かっていななくていつまでたっても変化しようとはしない。

 

自民党の総裁選ではどの候補も解党的再出発をうたっていたが、また元の体制に戻って変化の兆しはないように見えるのだが、、、、、

 

 

 

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2025年10月19日 (日)

熊が怖い

熊による被害が全国で相ついでいる。

今までにないほどの数に上っているのはクマの数が急激に増えたためだけなのだろうか。

山に食べるものがなくなったとか、人里に美味しい食べ物があることを知ったからだとか、人から被害を受けないため怖がらなくなったとか、いろいろと言われているがどれが本当なのか分からない。

それこそ七十年ほど前のことになるが自分たちが小中学校のころは今頃から山に生り物が増え椎の実 柏 栗

などをはじめアケビや山ぶどうを採りに毎年のように山に分け入り木に上ったのだが熊は見かけたことがなかった。

それらしきものを見たのは一山向こうの尾根にそれらしきものが遠ざかって行ったのを一回だけである。

 

本来熊は臆病な動物で危険を察知すると逃げていくと聞いていたが、最近では熊の方から近づいて襲うそうだから、人間同様熊の性質も変わってきたのだろうか。

 

とにかく今年三十歳に近い孫が、保育園のころ「熊が怖い」と言ったの聞いたとき大笑いしたが、これだけ品的被害が多くなるとひょっとして先見の明があったのかもしれない。

 

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2025年10月17日 (金)

地上の星

今日むかしの職場の先輩でありいろいろなことを語り合えた友人が亡くなった。

1,970年代鉱山は海外の鉱石に目をつけ、金属鉱業事業団というJICAの前身機構を通じて世界のあちこちに人材を派遣した。

自分の会社からも南北アメリカ、中東、アフリカなどに毎年国の予算が決まると派遣し採掘可能な鉱石の探査を行ってきたが、自分はアンデス山中で仕事をした後希望退職に応募して静岡に来たが、この友人は十数回にわたって主に南アメリカのアンデスをめぐり、鉱山が衰退してからは国内であちこちの山でボーリングに精を出していた。

小柄な身体ながら健康だったようだが、七十代に入ってから急激にあちこちに異変が起き、難病に苦しみながら歌をつくり歌集を作っては自分のもとに届けてくれたが五年ほど前から会うのが難しくなり何度か家を訪ねたが会えなかった。

そんな彼の訃報が今日入った、九十一歳だったという。

中島みゆきの”地上の星”という歌があるが、その歌詞の中に「#みんなどこへ行った 見送られることもなく」や「地上にある星よ 誰も見ていない」などが妙にひっかかる。

世界に散らばった「星たちはいまどこにいる」一つ一つと夜明けの太陽に溶かされてきえていく。

 

最終歌集の最後の歌に曰く

 朝検診 何事もなく「異常なし」 

        深夜の発作 知る由もなく

 

    ペースメを 入れて馴染むも 秋風寒く

        風に吹かれて 余生を送る

                  「ペースメはペースメーカーの略)

 

村山富市元首相も先ほど亡くなったと放送された。しかし、地上の星たちは誰も知ることなく静かに消え去っていくのみである。

 

 

 

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2025年10月15日 (水)

秋の空

今日も秋雨前線の影響で雨が降ったり止んだり、夕方には夕焼け空さえ見えていた。

 

「人(男心or女心)の心と秋の空」は変わりやすいと言われているがいま世間を騒がしているのは、首相選出ごたごた話しで、はじめは面白がって見ていたが、こう連日あっちと引っ付いたり別れたりと数合わせだけに動き回っているのは少々見ている方が疲れてきてどうでもよいと思うようになってきた。

自民党というのはブラックホールみたいな政党で、この党とくっついていると次第にやせ細ってくるのは村山富市氏の社会党や今回の公明党を見ているとよくわかるので連立や協力はよほど考えないと先細りになる。

それにしてもどの党の党首を見ていても好きになれる人がいない、少し前までは高市早苗さんだったが最近は国民新党の玉木、榛葉しであろう、本心は自民党にくっ付きたいのがありありなのが見て取れる。

国民新党を見ているとむかしの右派社会党およびそれを支援していた労働組合や分派活動をして第二組合を作った組織内組合員に見えて仕様がない。

いわゆる会社と仲良くして利益を得たいという人々の集まりで三池炭鉱などで組合員同士の乱闘にまで発展し警察の介入を招いた、、、、、、、、、

 

それはともかく、こんな騒ぎで国政は停滞しは国民にとって何の利益ももたらしていない、故事辞典には”大山鳴動して鼠一匹”というじたいなのである。

 

 

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2025年10月13日 (月)

えいっやっ と

最終的にはどうなのか分からないけれど今回のがん手術は大成功だったのではなかったかと思う。

家族はその回復度合いの速さに驚いているが、今回もほとんど独断で内科的治療よりも手術を即決で選んだ。

自分はこれまでも何回か人生の岐路を深く考えることなくその場その場で分かれ道を「えいっやっ」と決めできたが、いま思うと全てが良い方に転んできたように思う。

ただ周りには迷惑のかけっぱなしではあったが、、、、、、、

 

鉱山では労働組合の選挙、そして鉱山をやめる時、静岡の会社を二度退職した時もしかり、そして自立し個人で会社を作ったとき 廃業して年金生活に入る時もすべて深く考えてのことではなくその時の気分というか成り行きで決めてきた。

そして今回の手術、当初医者は歳を考えると迷ってはいたようだが、外科担当の医師を見てすぐに手術で対処することを決断した。

もし万が一失敗して動けない体になったとしても天命であり運命であると思うことにした。

 

どうやら「えいっやっ」 ととびこえた。次の「えいっやっ」はいつ来るのだろうか。

 

 

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2025年10月12日 (日)

端れコータロー

今日行われた東京競馬の10レース、16番の馬がスタート時に騎手が落馬し無効になってしまったのだが、その馬のは仕方が面白かった。

むかし流行った「走れコータロー」の歌の通りはじめは馬も驚いたのか後尾に位置していたが次第にスピ~ドを上げ終盤先頭に立つとそのまま押し切ってゴールした。

人気では三番だったからそれなりに有力馬だったのだがいままで何回か落馬した旗手がいない馬が先頭を切って走ったのは初めてだったような気がするだけに、馬も嬉しかったに違いないと思うが、ゴール後どこで捕まったか褒めてくれる人はいなかっただろう。

 

 

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2025年10月10日 (金)

なんとしょう

日本では珍しく長続きしていた自民公明の連立が公明党から三下り半を突き付けられて改称することになった。

あたらしく自民党総裁になった高市さなえ総裁は出だしで大きく躓く格好になり先行きが見通せない情勢になった。

その原因はいろいろあるのだろうが、一つには麻生傀儡と右派的言動、そして政治と金が大きな理由のように見え、大本は選挙後真っ先に国民民主党と話をするなど友党を見くびったことにあるのかもしれない。

船が沈む前に鼠は逃げ出すとか、猿蟹合戦で猿が載った泥船よろしく批判してきた石破政権よりさらに脆弱な政権が誕生することになりそうだ、

市場はこれをどう読むのだろうか、市場最高値の株式市場と円安実態がない中での異常な数字はまさに砂上の楼閣と言ったところか、、、、、

 

このことで一番困るのは、一般大衆であるが「働いて 働いて」を繰り返しても手の隙間ら漏れる水ではなんとしょう。

 

 

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2025年10月 9日 (木)

ノーベル賞

今日は退院後一週間になるのでその後の経過と手術の際掘りだした患部の検査結果が示された。

患部は一個の塊だったのと歳を考えて最小限のものにだがきれいに抽出することができたとのこと、しかし、肝臓そのものは肝硬変が萌しており、規則正しい生活と禁酒がもとめられた。

今後は年二回程度のエコーで監視するとのことであり、肝硬変は内科の方で治療するという方針が示され了承した。

多分こちらも死ぬまで縁が切れることがないようだ。

 

昨日一昨日と日本人のノーベル賞受賞の朗報があり、他人事ながら嬉しい報道だった。

鉱山にいたころ東大や京大をはじめいわゆる名門校出身の本社採用の社員が綺羅星のごとくいたが、特に頭が良いと言われた東大卒と京大は雰囲気が全然違っていた。

東大卒は「東大会」という派閥をつくり年齢順に上下関係をはっきりしていたのに対して、京大はてんでバラバラでまとまりを欠くどころか出身校さえ隠していた人もいた。

これを見て同じ頭が良いと言っても東大は物覚えが良い人でお教えられたことを鵜呑みに覚える人たちで官僚などに向いており、京大は教えられたことを基礎に考える人と印象を持っており、どちらかというと京大の方が好きであった。

ノーベル賞もそんなところがあってか、日本では京大卒の人の方が多い。

 

そのノーベル賞についてアメリカのトランプ大統領が平和賞を切望しているが、あんなにあからさまに要求するのは日本人では考えられない。

自分を主張する社会ではああいう風に言っても違和感がないのだろうか。

 

いままでも平和賞は、ほかの賞とは違い疑問をさしはさむことが幾度かあったが、もし万一トランプ大統領に与えられたとしたら、、、、、なんと言おうか。

 

 

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2025年10月 7日 (火)

諸行無常

朝まだき空に星が見えたので昨夕見ることが出来なかった中秋の名月がどこかにいないかとベランダに出てみると家の西方、賎機山にあと少しで隠れる処だった。

いつものようにすっきりと秋の空に浮かんでいるのではなく、一枚薄いベールを通しての月だったが、これはこれで風情のある名月と見た。

 

自民党総裁選でトップ当選をした高市氏は早速応援してくれた麻生氏の提言を受け入れた形で党役員人事を決めているが、どう見ても自分の思っているところとは違っているんじゃないかと言うような気がしてならない。

この調子で行くと多分首相について組閣するときも影からの口出しで決めていくしかないだろうとみている。

その陰である麻生氏はいまや得意の絶頂にあるのではなかろうか。

しかし、この権力者もその絶頂から陥落するのはそう長くない先にあるのはまちがいない。

平家物語の出だしにも「猛き者もついには滅びぬ」とあるように、平家の絶頂期も急速に滅びの道に入った。

その後をついた源氏もしかり、織田信長、豊臣秀吉、そして長年続いた徳川幕府も滅びる時は急にやってくる。

明治から調子に乗って拡張を続けた日本も、昭和二十年には一気に潰えた。滅びる時とはそういうものである。

 

   諸行無常    

 

 

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2025年10月 6日 (月)

野球の没落

空一面雲に覆われていて今年の中秋の名月は見ることができないようだ。あと見の名月に期待しようと思う。

 

日本の国民的スポーツとして戦後発展してきた野球も陰りが出ているようで、一昨日だったと思うがセリーグが、そして昨日はパリーグの今季が終了したようで新聞に成績表が載っていた。

まず見て驚いたのが、掲載された選手の名前が全然知らない人ばかりの上、その成績がホームラン王で40本ほど、最多勝利投手の成績十四勝ほどと低いことであった。

これでは日本のプロ野球はアメリカ大リーグの二軍選手と言ってよいのかもしれない。

戦後まもなくアメリカの大リーグが優勝のお祝いで日本に来て、遊び半分に日本のプロ野球選手と交流試合をしていた時もそうだったのかもしれないが、、、、、、、、、、

むかしから野球にはあまり興味がなかったが、「巨人大鵬 卵焼き」の時代に反骨精神から巨人さえ負けていれば野球中継も少しは見てきたが、どっちがどうと言うこともなかった。

静岡に来てサッカーの人気ぶりに驚いてこれもテレビで見たが、自分が唯一やった雪上サッカーと比べるとつまらなかった。

 

雪上サッカー????  雪の積もったグランドを踏み固め、殴ったりけったりさえしなければ何をしても赦されるというサッカーでボールそこのけで走り回り、柔道の技で投げ飛ばしたり、雪で顔洗うなどのわざがあって格闘技が得意の自分には面白かった。

 

そんなこんなの昔ばなし

 

 

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2025年10月 5日 (日)

屁一発

気温は28度まで上がったというが暑さなれしたせいか居心地の良い温かさで、窓を少し開け扇風機の風が直接当たらないようにして午後の昼寝を楽しんだ。

 

またしても手術直後の話しになるが、一番初めに聞かれたのは傷の居たさかげんと「おならはまだですか?」であった。

手術後のおならは腸の動で起きるようで重要なことだそうだ

むかし昭和天皇が盲腸だったかの手術の後穴らが出て医師団が安堵したという話しか新聞記事を見たような気がしたが、その時なんだったか変な言葉が書いてあったような気がして調べてみたがよくわからなかった。

おならももともとは宮中言葉で「尻を鳴らす」に”お”の字をつけ加えたものだそうで我々庶民は”屁”と言った、ただ昭和天皇の場合おならではなく「オプウ」と言ったのでなかったかのように察しられこれはこれで直接的で面白いと思った。

さて、おならであるがこれが中々初めに一発が出ない、腹の中で”ぐるぐる”という感じはするのだけれど気張ると腹に負担がかかりそうで力めない。

翌朝になって最初の一発が出ると、そのあと関を切ったように出始めて普段でもこんなに出ているのかと改めて思い知らされた,   まさに出物腫れ物所嫌わずと言った感がある。

 

 

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2025年10月 4日 (土)

ピーチクパーチク

日本初めての女性総理大臣が誕生しそうな情勢になってきた。

い間の世の中女性だの男性だのという区別は御法度のようだが、ご本人の日ごろのタカ派的言動からはどう言ったらいいのだろうか。

とにかく自民党員が選んだ代表である。もし首相になったとしたら少数与党の状態は変わらないのだから、かなり修正しながらの運営にならざるを得ず、「働いて働いてがんばる」との第一声だが来年の今ごろにはまた首相引きずり落としの声が高まるのではないだろうか。

 

入院中の感想の一つとして看護師の言葉がある。

自分は若いころ鉱山で仕事をしていたが、狭い坑道の中で削岩機を二台入れての騒音やボーリングの機械などの騒音でかなり早くから職業性難聴になり、特に高音部がかなり破壊され周囲が静かになると耳の奥底で”ジーッ”と言う音が聞こえてくる。

そのことから普段は言葉が理解で出来なくても雰囲気などを加味して分からない部分はいい加減にごまかしていたのだが、治療に関しての話しとなると別なので何度も聞き返したことがある。

若い看護師の話しは高い声に加えて早口なので何度も「え~っ」って聞き返したが   向こうにも悪いかなと思ったので交代の一番にその都度難聴であることを説明しゆっくりと話してほしいと要望した。

病室にいると、廊下で看護師同士の会話がちっとも理解できず「ピーチク パーチク」と小鳥の声を聴いているようにしか感じてしまう。

日本語がなぜこんなに早口になってしまったのだろうか。

先ほども歌番組を見ていたが、最近の歌は歌詞がテロップに出てこない限り何をうたっているのか分からない。

歳をとるってことはこんなことからも思い知らされる。

 

 

 

 

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2025年10月 3日 (金)

墨絵ぼかしの

高曇りの空の下 墨絵ぼかしの富士山が妙にきれいに感じた。

午前の散歩は近くの高校外周を一周する一キロ、午後は裏の畠の生り物取りと少し鍬を使って一周した二キロ弱、 入院前に比べて四キロ減の体重は尻の肉のように見えたので少し鍛えておこうと、 、、、、 、 、 、 

 

二十五日から絶食をしたのに徳腹減ったという感じはなかった点滴だけしかしていないんだけどなあなんて思いながら熟睡とうつらうつらを繰り返していたのは体温が37度台だったためか、こんなに長く床に入っていたのは高校生の正月以来だなあなんて感慨にふけっていると、看護師が表れて「散歩に行きませんか?」といういろんな管を外したりまとめたりしてベットか立ち上がったのは手術終了翌日の午前九時過ぎ、20mほどの距離を歩いてみたが徳違和感がなかったのは「姿勢がいいわねえ」 何て褒められたせいか?午後には50mほど「そんなない早く歩かなくていいの」なんてまた褒められた。

以後土日だったこともあり集中治療室で治療に当たったが次々と管が抜かれ四日目に一般病棟に異動するときは腕に点滴用の注射針一か所を残すのみになっていた。

八十六歳に近い老人にしては驚異的回復と医者も驚いていたが、一番驚いたのは連れ合いだった。

そして、退院は一般病棟で用心のためと言われ三日過ごして帰って来たのだが、自分の判断で受けた手術が内科的な延命策より長生きができるよう頑張りたい。

 

 

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2025年10月 2日 (木)

怒涛の九月

令和七年九月は怒涛の一か月であった。

九月四日のCTに始まりMRI,心臓エコー 胃カメラなど考えれば三十種類くらいの検査を三日にあげず行い最後はPETの検査で肝細胞癌と認定し放射線を含む内科治療か 手術による摘出化を選択するように言われた。

いままでだと高齢を理由に内科治療をすすめられたようだが、今回選択をせよと言われたのはPETの結果ほかに癌転移の場所がなく肝臓だけだったのと体力的に耐えられそうな状態だと判定されたためであった。

自分としてはいつまでも体内に癌細胞を抱えておくより思い切って切除を希望する旨を伝えた。

この年で手術ともなればひとつ間違えればどんな状態になってしまうのか分からないが、すべては寿命を含めて”天の神様の言う通り”と思っていたので手術までの一週間一応準備を整えて二十六日の手術に備えた。

二日前の二十四日に入院し二十六日は朝九時手術室に行くと十数人が今日の手術に集まっていたので、こんな沢山の患者がいっぺんに手術できるというのはさすが県内屈指の大病院だけあるなと感心、、、、、、

その関心もそこそこにこの病院ではまだ二十五例しかやっていない機械を使って手術を受ける自分がメインだったようで、手術室まで歩いて行ってみた感じがかなり広い部屋に小さなベット上の手術台、そして上には大きな御椀状の照明器具、まさに米倉涼子のテレビに出てくる状況にそっくりであった。

まず素っ裸にされ麻酔を担当する五社の説明の後、集中治療室に帰ってくるまで六時間半意識がないまま手術は終了した。

 

枕元で娘の声で意識が回復、そのご家に帰っていた連れともう一人の娘もやってきて、沢山の管につながれた自分と生還を喜び合った。

それにしても手術直後にICUまで見に来られるような状態はいままで聞いたことがなかったので驚いた。

 

 

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