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2025年11月 6日 (木)

敦盛

昨夜は雲に覆われてみることが出来なかったスーパームーンを朝五時半少し前に見ることができた。

裏を通っている国道一号の高架にかかる街路灯に挟まれて輝く月は三つ子のように一列に並んでいた。

ㇲーパームーンと言われるのは普段の満月よりずっと近い距離なので特に大きく見えるところから言ううらしいのだが、一番遠い時に比べるとどのくらい近くなっているのだろうか。

 

一昨日、長野からの帰り道野辺山付近で携帯電話に呼び出しがかかってきた。

駐車場に入れて折り返し電話をしてみると生まれた時からの友達から「余命が早ければ今年いっぱい、長くても一年と言われた」という話しだった。

彼と最後にあったのはまだ三年前だったが、その時は南尾障害も感じられなかったので、その急変に驚いた。しかし、こういう話しにはどう対応してよいものか、慰める言葉が浮かばない、この歳になって余命宣告は若い時と違って奇跡的回復は願うべきもないだろうし、「がんばれ」も空しい、ただ話しを聞くのみ、そして今まで以上に電話で話しをしようと電話を切った。

考えてみれば八十代も後半に入ると楽しい話しは減ってくる。

信長も今様で謡った「敦盛」に一節に”ひとたび生を得て 滅せざらん者のあるべきや、、、、、” とあるようにいずれは我が身にかかる道理。

 

今夜は煌々と東の空から十六夜の月が上がってきた。

月の満ち欠けは輪廻転生の理を表わしているそうな。

 

 

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