憧れのハワイ航路
きのうは日本軍がハワイの真珠湾に停泊していたアメリカの軍艦などを急襲し太平洋戦争の発端となった日だった。
戦争は中国に軍を派遣していて、真珠湾を攻撃する以前から続いていたが、これを持って当時でも世界最強のアメリカと対峙することになった。
初めっから国力の差で勝てる見込のない戦争だったが精神力で打ち勝てるという根拠のない理屈で闘かった当時の指導者や新聞などにあおられた国民は冷静さを失い盲目的に従がった。
結局は前例のない人間自殺爆弾 特攻隊迄排出しなければならなくなった挙句無条件降伏という事態に至った。
自分の父親は当時四十歳を越していたが二度目の招集を避けるため富山県の軍需工場に出かけていたが。従兄と叔父さんが一人づつ戦死をしている。
昭和二十三年、岡晴夫が「憧れのハワイ航路」という歌を歌ってヒットした。
子供心にも当時は明るい歌だったが不思議な気持ちもあった。
そのわけは当時日本人の海外旅行なんて夢のまた夢であり、一ドル三百六十円の為替相場ではもし行けたとしてもたちまち破産してしまうこと必定な金額だったであろう。
昭和二十六年の朝鮮戦争による特需でようやく食べていけるようになったくらいの日本にあって「憧れのハワイ航路」を当時の大人はどんな気持ちで聞いていただろう。
昨日だったかの歌番組で武田鉄矢は日本人のバイタリティーみたいな言い方をしていたが、この戦いで親兄弟を亡くした家族に追ってなんとも馬鹿らしい歌ではなかっただろうか。
”昨日の敵は今日の友”何て言葉で済ませる話しではなかったはずである。
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