戦前生まれ
子どものころは食糧難で食べるものがないので、腹膨らませるためかなり山でとってきたものだった。
春になると次々と山菜が芽を吹きワラビ ゼンマイ ウドから始まっていまでは根曲がり竹といわれるタケノコ 水菜 キノコなど今では高級料理店でしか味わえない自然由来の山菜で腹を膨らませ、裏山の県境を越えた長棟川や父親の親家があった笈割で魚を取ったりして、遊びを兼ねた食べ物探しに余念がなかった。
そのほかにはヤマボウシ、猿梨、山ぶどう、クルミなどはこっそり一人で取りに行かないと充分に食べられないので山歩きは小学生のころから一人で行くのが常であった。
いまなら親が心配してとても許されないことなんだろうが、これらのことから自立心と胆力が出来たようで、鉱山に入ってからも閉所恐怖症を感じなかったし、木登りなどから得たバランス感覚は高所恐怖症にもならならず地下で働く坑内作業向きの身体を作っていたような気がする。
もうずいぶん前のことになるが安倍川でヤマメ釣りをしていた時、通りかかった若い人が自分の魚籠を見て「なぜリリースしないんですか」と詰問口調で言ってきた。
自分としては釣った魚は食べるものと思っていたが、この人は釣りは楽しむものと思っていたようだ。
川で釣った魚をまた放流しても傷ついた魚が生き残る可能性はほとんどないはずだがそれを言っても納得せず、執拗に食い下がる若い人を相手にしても仕様がないのでそのを離れざるを得ず、以来魚釣りは止めた。
いつの頃からそんな風潮ができあがったのだろうか。
病院で注射をする前にアルコールは大丈夫ですか? アレルギー反応は何がありますか? 花粉症は大丈夫ですか?と聞かれる。
「戦前生まれはなんでも食べてきたので何のアレルギーもありません」と答えているが、、、、、、、、
遠くなった昭和も今年が百年目だそうだ。
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