井戸を掘った人
中国のことわざの一つに”飲水思源”というのがあり水を飲むときにはその源になる井戸を掘った人の苦労を忘れてはならないということだそうだ。
転じて大恩を受けた人を大事にしなさい。と言うことだそうだが黄土高原など渇き切った中国北部では水の確保は一大事業だったに違いない。
世界では生水をそのまま飲める国は数少なく、日本はその例外の国にの一つであるためこういう言葉はできなかったが経済成長の激しかった時代では河川の汚れは激しく、東京湾や静岡でも富士田子の裏そして有明海などではヘドロなどで死の海化していた。
近年ようやく浄化の効果が上がり多摩川に鮎が遡上したなどと聞かれるようになった。
また、工業用水などの確保のためあちこちで大口径の井戸が掘られ地下水位の低下に伴って弊害が出てきていたが、取水制限などで回復基調にある。
静岡に来てからであるが、自分も県東部でいくつかの井戸掘削にかかわってきたがいまから思うと環境悪化の井戸もあったようで、中国と違って”井戸を掘った人”のことは記憶に残ってはいないと思うが、忘れてほしいことである。
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