新茶とどく
今年の新茶が友達の家から届いた。
静岡ではその土地土地でいろんな名前があって一番おいしいと言われているのがのが大井川上流の川根茶、天龍川沿いの春野茶などが川沿いの朝霧で育つたものと言われるが、今日持ってきてくれたお茶は静岡市を流れる安倍川上流の本山茶(ほんやまちゃ)と言われるもので結構おいしい味が出る。
静岡のお茶はこのほかに掛川茶が話題になったこともあるし広大な面積の牧之原茶や富士山のふもとの富士の茶畠などは写真うつりが良くて有名であるほか、それぞれに伝説やいわれをもとに宣伝している。
しかし、お茶も米のようにそのほとんどと言ってもよいほど”やぶ北茶”と言う木で成り立っており、自分らのように熱いお湯で飲むものにとってはその差をほとんど感じることがない。
しかし、今日のあ茶だけは慎重にお湯の温度を低くして一分ほどじっくりと煎じて飲んでみるとその色と香りは清々しくかんじられ、外の暑さも気にならないで心が落ち着く感じがした。
今日の新聞によると再審見直しに関して何度も自民党から突き返されてきた法務省の案が原則検察の抗告を禁止するという構成でまとまりそうだとのことであった。
最初の有識者案からは随分と変わってきたようだが、法務省はどうしてここまで検察の抗告にこだわってきたのだろうか。
有識者の面子におもんばかったのかもしれないが、裁判所がそんなに簡単に再審を開始するはずがなくそれなりに新証拠にもとずいて行う再審を無駄に長引かせる検察の抵抗を赦すにはちょっと無理がある。
99%有罪と言うことが果たして良いことなのか、裁判を前にして検察が理由の説明も無しに控訴断念するという記事を見るたびに不思議に思ってきた。
検察官の匙加減や主観で控訴断念したでは警察官のせっかく集めて逮捕した証拠が無駄になってしまうのではないかと思うのだが、、、、
新茶のように清々しい法律にはなかなかなりそうもないようだ。
| 固定リンク

コメント