2018年2月19日 (月)

梅にウグイスならぬ

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Img_0102山のかなり高みまで梅の花が登って行きだした。

池ヶ谷の梅林も今が盛りらしく、遠くからでも木々の間を小鳥が蜜を求めて飛び交ったいるらしく、風で揺れる枝の動きとは違った揺れ方をしていた。

一番多いのはメジロであり花札の「梅にウグイス」のモデルになっただけのことは有ると思わせる。

ついで、枝を大きく揺らせているのはヒヨドリで、ほかの鳥を追い払って我が物顔で蜜を吸っていた。

小鳥はこのほか、ウソ、シジュウカラも立ち寄りさしずめ、梅酒場といった感じがする。

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aきょうは雨水。雪がこのころから雨模様になりだす時期だというが、静岡は雨も雪も関係無しの状態で土が乾いてエンドウの葉も枯れだしている。

この乾燥状態で困るのは、夜寝ていると鼻が詰まって口呼吸になっていることである。

喉の中までカラカラ状態で目が覚めると、水筒のお茶を飲んで喉を潤すのだが、ともすると、それで目が覚めて二度寝状態になってしまうことである。

二度寝の目覚めはどうして身体がだるいのだろうか。

二度寝しないで起きるにはまだ早すぎるし、、、、、800年以上も前の歌人俊恵法師もこんな歌を歌っていた。

夜もすがら 物思うころは 明けやらで 

     ねやのひまさえ つれなかりけり

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2018年2月12日 (月)

春が来たかと

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きのうの馬鹿暖かさに春が来たかと勘違いしたソラマメの花。

咲いては見たものの今日は風花が舞い狂う寒い一日に面食らっているようだ。

この調子では、虫も出てこないようだから受粉もむつかしかろうにと余計な心配をしている。

今日は遠い空から吹き飛ばされて来たようで、空には青空が広がっているのに、白い羽虫のようになかなか地面には落ちないで風に身を任せての空中散歩を楽しんでいるかのようだった。

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aそれにしてもいい加減だと思うのは、今日昼のワイドショーを見ていたら今回のオリンピックについて「北朝鮮の話題に偏っていて嫌になった」と司会者やコメンテーターが一様に言っていた。

自分たちが編集とまではいかないにせよ、この話題を取り上げてわあ~わあ~騒いでいたんではなかったのか。

確かに今回の冬季オリンピックは異常である。

韓国がどうしてあそこまで北朝鮮にへりくだって言い分を聞かなければならないのか、これまでに何度も裏切られてきたのに、、、、、

そして、こんなに北朝鮮のことをほかの国でも取り上げているんだろうか。

今回のオリンピックはNHKをたまに見るだけでほとんど関心がないというのは、山の畑の老人会議の結論である。

ワイドショーの騒ぎ方を見ていると「日本の常識は世界の非常識」と言われたことがあるが、まさにその線ではないかと思う。

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2018年1月27日 (土)

春近し

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ようやく梅の花が咲き出した。

昨年よりかなり遅いのは寒波のせいか。

ともあれ、寒さ厳しい中にも春はすこしづつ忍び寄って来ているのを感じる。

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2018年1月23日 (火)

かすかに白く

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やっぱり静岡には雪が降らなかった。

朝日が顔を出した直後なら静岡市のランドマーク的存在の竜爪山が白くなっているのではないかと出かけてみたが、かろうじて木の先端を白くしていた程度にしか積もっていないようであった。

この山、これでも標高1,000mを越す山なのであるが、北西に南アルプスその向こうに乗鞍をはじめとする北アルプスなどが防壁になっていて、雪雲がなかなか到達し得ないでいる。

ただ、竜爪に三度雪が降ると春になるとい言われているので、今回がその一回目に当たるのではなかろうか。

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2018年1月20日 (土)

大寒

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「雲ひとつ無い空とはこんな空です」と言わんばかりの青空の下、実蔓の実が太陽光を跳ね返し艶々と輝いている。

南東に向いた山の畑は風もさえぎられ、じっと座っていると、なんだか眠くなってくるような長閑さを演出してくれている。

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大寒小寒 山から小僧が降りてきた 

岩手の和尚さん寒がりで 

すっぽりかぶった白頭巾、、、、、て歌があった。

今日も大寒とは名ばかりの暖かい日より続きである。

多分冬将軍が、次の寒波を吹き出すため大きく息を吸って肺に溜め込んでいるのかもしれない。

ふるさとはどうかな?

便りもすっかり途絶えて異郷の地になってしまった感がある。

こちらが恋い焦がれても、向こうではすっかり忘れ去られた人なんだろう。

今ごろは大洞山を初め二十五山、漆山岳など町を囲む山々は木の葉も落ちて、五分がりのように稜線が透けて地肌のように尾根は白くなっているに違いない。

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2018年1月19日 (金)

見えないはずが

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雪深い飛騨でも寒の最中に何日か暖かい日があって、雪でなく雨が降ることがあった。

これを”寒の緩み”といって、ともすると雪崩の原因になったりする。

もちろん、春先 地面が暖かくなって起きる”地こすり”でなく凍った雪のうえに積もった雪が滑って起こす表層雪崩、向こうでは”泡”と呼んだ。

春先に起きる地こすりは重い雪が一気に砕けて谷沿いに流れ下ったときは、向かいの山でも音が聞こえるくらい破壊力があり、神岡町割石地区は障子破りと言われていたが、向山で起きた雪崩に混じっていた石が高原川を乗り越えて反対側の民家の障子を破ったということから名付けられていた。

そして、泡は積雪量によって違うが、凍った雪の上を猛烈なスピードで下るため、昭和30年代にはトラックが下の川まで押し流されて死者まで出たことがあり、その対策として、国道四十一号線の神岡~茂住間は雪崩よけのスノーシェッドだらけになってしまった。

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一昨日の雨の後、二日続けて気温が十五度以上となった今日、春と勘違いしてか黄蝶をはじめシジミ蝶が舞いだしていた。

三月末くらいの気温だったとテレビが行っていたが、蝶のほうも春が来たなんて思ったのかもしれない。

ただ、カメラに収めようとしたがあちこち飛び回るだけで、下に咲いているタンポポに掴まろうとする様子は無い。

寝ぼけまなこで花が見えないはずが無いと思うのだが、、、、、、、

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2018年1月17日 (水)

憎っくき鳥

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向かいのお山で啼くヒヨドリは

 啼いてはあ~がり 啼いてはさ~がる

越中五箇山の民謡 コキリコ節の一節だが静岡に来るまで見たことのない鳥だったような気がする。

見たことが無いのでどちらかと言うと、義経の鵯越などから良い印象を持っていたが、実際に見てがっかりした。

みかんなど冬場の餌不足のとき、庭においておくとメジロなどほかの鳥を追い散らして我が物顔で食べるとか、人の様子を窺っている格好がいやらしい上、人の気配を感じるとけたたましい声を立てながら逃げていく。

まるで、人を非難しているかのような声で啼きたてられると、みかんを狙ってくるたびに追っ払ってしまうようになった”憎っくき鳥”である。

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普段常用している血圧の薬が切れそうになったので医者に行ってきた。

前回「今度来たときに血液検査もしておきましょう」と言うことだったので、朝ごはんを食べずに行ったのだが、クリニックの待合室に入ってびっくり、待っていた十五人以上の人が全てマスクをし咳をしているのである。

新聞にも、インフルエンザが蔓延しているという記事もあり、、、、、、

二十分ほどそれらの人に混じって座っていたが、とても耐えられなくなって「出直してきます」といってクリニックを出た。

クリニックを出て一時帰宅しては見たものの腹が空いて怒りっぽくなっているのが自分でも分かる、もういっそのこと食べて後日にしようかと思ったが、ここが肝心とばかり二時間待っていくと、待合室は半減しており咳をする人も少なくなっていたので待つことにした。

血液採取の前に血圧を測ると上が116下が66という。

「こんな高血圧患者がいるんかね」と見たことのない新しい看護師にいったが、どうやら、腹ペコで怒りっぽくなっていた腹の機嫌が良くなっていたようで安心した。

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ちなみに、今日から冬の土用に入ったのだが、昨日の暖かさと今日の雨は季節の変わり目の前触れであろうか。

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2017年12月19日 (火)

冬来たりなば

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冬来たりなば 春遠からじ  とか

下田爪木崎の水仙が咲いているという報道もあったが、それに負けじ劣らじとばかりに家も周りでも水仙が咲いていた。

西洋ではこの花をナルシスというそうだが、うつむいて水面に写ったわが姿に恋をした青年に見立てた。

一方筑波山のがま蛙は、鏡に映った己が姿に脂汗をたら~りたら~りと流したそうで、自分はさしづめ筑波山のほう 

しかし、ナルシスは毒であり、がまの油は傷薬、、、、、、、美しいものには毒がある

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未来の超特急リニア新幹線の工事でゼネコン各社が、談合の疑いで東京地検特捜部の捜査を受けている。

いずれも巨額工事であり、もしこれが有罪となれば、リニアの完成はかなり遅れてしまうだろう。

なにしろ、ゼネコンがこれだけ挙げられたとすると、指名停止となり、かわりにこの工事を引き継ぐ会社出てこない可能性がある。

いまから、四十年くらい前だったが、静岡に来たとき役所を定年になった人たちが再就職した会社の営業担当になり、風呂敷をもって談合を重ねていたものだったが、、、、、

その風習は、いまでも変わらず続いていたことに驚くばかり、これからも、日本的風習として続けていくんだろうか?。

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2017年12月 3日 (日)

コスモスに囲まれて

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近所の花畑に咲いたヒマワリの花。

周りをコスモスに囲まれて悦に入っているような雰囲気がおかしかった。

十二月に入ってまだ霜も降るほど気温が下がっていないので、枯れてはいないのだが夏と秋が同居している風景も暖国ならではの景色であろう。

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今日静岡市は”防災の日」と言うことで、各家の門ごとに黄色い旗を出して、家族の無事を知らせるとともに、集合場所に集まることを町内会から要請された。

実際に地震などが起きた場合の訓練になるのかどうか分からないが、今年は自分が出る日だと連れ合いに言われて集合場所に行ってみたが、女性と違って男は参加者も少ないし、日ごろの付き合いもほとんどないため知らない顔が大半、、、

言われたとおり、参加者名簿に署名して帰ってきた。

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2017年12月 2日 (土)

とぶ

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「あすこんちの子は飛ぶんだもんね」と聞いたときは、どう解釈したらよいのか分からなかった。

静岡に来た当初それまで聞いたことのない言葉をいくつか耳にした。

全国から人が集まっていた鉱山町で育ったため、いろんな土地言葉は耳にしてきたが、初めて聞いた言葉の中でいくつかどう解釈していいか分からなかったもののはこのほかに「おだっくい」「空を使う」「ちんぶりかく」「ぶそくる」ぼったっている」「ごせっぽい」「なりき」「みるい」などがあったが。

このなかで、一番困ったのは「おだっくい」であった。

面と向かって言われたときには、褒め言葉かけなし言葉か分からず、、、、その何年か前にアンデスの山中で現地の人に”トント”って言われたら毅然として怒れという言葉を思い出していた。

結局、飛ぶという言葉は走るという意味のことだと分かったのは、それからしばらくしてからのことだったが、静岡の人は自分の言葉が標準語だと信じている人が非常に多いことであった。

そのため、自分に向かって「あんたは訛っているね」といったので、「そういうあんたも訛っているよ」といったら「うそ どこが」とのたまわった。

標準語とは、明治になって全国共通の言葉を話すため造られた言葉なので、江戸っ子だって訛っており、訛りのない標準語を話す人はいない。

今日、十二月二日は静岡県市町駅伝大会が開かれ、各市町の代表が市内を跳んで覇を競った。

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