2021年4月11日 (日)

目立たない

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藪の中に咲くウグイスカグラを見つけた。

赤い筒状の先に五弁の花弁を広げたそのちっちゃい花は全く目立たない存在である。

そんな目立たない花に優雅な名前が付けられたのは、ウグイス同様声ばかりで姿を見せないことからかもしれない。

花言葉も「明日への希望」などと立派なのは、見つけた時の喜びを表しているのだろうか。

 

今日のテレビで、迷子の四歳児を保護し交番に連れて行った小学四年生が警視庁から表彰されたと言っていた。

少し困っちゃくれた四年生曰く「大人がうずくまっている子供を見てもスルーしていた」などと言っていた。

しかし、こんな状況を見ても大人が、特に男が最近声をかけにくい状況になってしまったことに原因がある。

うかつに声をかければ、不審者扱いされたり、ひどいときには誘拐犯扱いにされかねないからである。

こんな爺さんでも、麻機沼あたりで子供に声をかけてても無視されたり、逃げ散ってしまうのは、「知らないおじさんに声をかけられたら逃げましょう」という教育が徹底しているようで田舎にでも行かない限り挨拶さえ無視することになっている。

昔は、怖いおじいさんが町内に何人かいて、子供の悪さには真剣に怒ったものだが、今そんなことをすると、、、、、、、、

とにかく住みにくい世の中になった。

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2021年4月 9日 (金)

子孫繁栄

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ユズリハの新芽が今年はいつもより早く出てきた。

今年はあったかい日が続き植物全体に発芽が早くなっているようだ。

ユズリハは新芽が生えそろってから前年の葉が落葉することから、子孫繁栄の縁起に結び付けてめでたい木と言われてきた。

先日、娘からひょっとすると今年あたり孫ができそうな気配があると言ってきた。

そうなると、自分にとってひ孫になるのだが、、、、、、、どう呼ばれることになるのだろうか。

たしかに、遺伝子はつながっていくのだろうが、逆に言えば薄くなっていくことにもなる。

生まれてみなけりゃわからないだろうが、今のところ実感がわかないでいる。

果たして、今年中に現実となるかどうかは孫の嫁さんの身体にかかっているようなので、糠喜びになることもあるかもしれないと言って電話は切れた。

 

今日、朝になって「これからミカンの下草を刈りに行きたいので自動車で連れて行ってもらいたい」という電話が入った。

特に用事もなかったので、応諾したところ「ついでに草刈りも手伝って、、、」ときた。

仕方ないので繋ぎの作業服を着て出かけてみたが、駐車場からさらに細い道を上った先で、山の尾根筋に開けたみかん畑で午前中の草刈りを応援した。

昨年は、ちょうどこの時期お茶の木伐採をしていた、その場所からほど近い場所でミカンの持ち主が放棄したのをもったいないと譲り受けての仕事である。

南に面して開けた土地にみかんの若木二十本余があり、吹き上げてくる風は爽やかで、ウグイスも例年と変わらずそばまで来て鳴いている。

ミカンの木の周り直径二メートルほどの草を根こそぎに引き抜き肥料をまくのがこちらのやり方だということで作業を始めたが、約一時間半ほどでばててしまった。

八〇代のじいさんでは仕方のないことかもしれないが、最初に飛ばしすぎたのがいけなかったようだ。

後半は、ノコギリとはさみに変えてこの時期には推奨できない剪定で昼前の時間をすごした。

午後は、がっちりと一時間半の昼寝をしてしまった。

 

 

 

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2021年4月 8日 (木)

御衣黄

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御衣黄という桜の色は桜のイメージからかけ離れている。

淡い青緑色の花弁は木漏れ日を受けて、自らが発行しているのではないかと錯覚させる。

この名のいわれは、そのむかし西安貴族に好まれた衣装の色に似ているからと言われるが、なんとなく高貴な感じは誰しもが感じる色かもしれない。

 

今日四月八日は灌仏会と言ってお釈迦様の誕生日だといわれ、四~五歳だったころと思うがお寺に行って、小さなお釈迦様の立像に甘茶をかけた記憶がある。

薄暗い本堂は怖い感じしかせず、早く帰りたいの一心で甘茶を注ぎ、帰り際に菓子をもらうのだが戦争中で甘いのののない時代だったので境内を出るや否や自分のもらい分を人に見つからないように食べた時のうれしい記憶はいまだに覚えている。

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2021年4月 7日 (水)

水ぬるむ

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今日もあったかい一日であった。

新学期がいつからなのかわからないが、もう間もなくであることはわかる。

そんな一日を惜しむかのようにぬるんできた小川に足を入れて歩く少女たち、、、、

春の小川は さらさら流れて 岸にはからし菜の花が咲き乱れている。

毎年何度かの大水で岸辺が水没し、かき乱されているのをどう潜り抜けて花を咲かせているのだろうか。

生命力の強さには驚かされる。

 

今日テレビでこんな含蓄のある言葉がながれていた。

「自然は(人間に)征服されたように見せて いつか逆襲してくる」

アマゾン流域やインドネシアの焼き畑農業、ボルネオのパームヤシ栽培のため森林伐採、ロシアのタイガー伐採をはじめ地球規模の自然破壊と石油に依存した地球温暖化など大規模な自然破壊から、今回はコロナウイルスを呼び込んだ。

しかし、このままではいずれ人類はもとより生物の絶滅ないしは激減が起きる可能性が大きいそうだ。

のちの地球歴史にはごく短い期間ながら”人間世”と記されることになりそうだ。

仏教では弥勒菩薩が五十六億七千万年後に降臨して救済してくれるそうだが、釈迦入滅後まだ3千年もたっていない現在、気の遠くなるほど先のことであり、その時には地球さえもなくなっているそうだから、再来されても「おおい 自分はどこを救済するんだ~い」といった状態になりかねない。

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2021年4月 1日 (木)

雲を見て

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世の中桜が満開を迎えて浮き立っているそうだが、ほとんど自宅と裏の畠と山の畑以外出かけることがなくなった。

コロナの感染対策からはよいことなんだろうが、、、、、、

そんな中、近所の川の縁に咲く桜の上に富士山の形をした雲が表れていたので写してみた。

最近は、ものを見ても想像したり感動したりする感覚が薄れてきているようで、子供のころのように雲を見て何かを当てはめるということが少なくなった。

まさか空の雲が変わってきたというのではないだろうが、、、、、、、

 

普段なら喧嘩ばかりしている連れで「居なきゃ、どっかへのびのびと行けるのにな」と思って居たが、いつ病院から連絡が来るかもしれないということもあるが、居ないとなるとどこへも出かける気にならないのはこれも長年にわたって身についた習慣か。

 

今日はむかし言葉でいう”四月馬鹿”の日である。

しかし、頓智がないため気の利いた嘘となると、生来が融通の利かない堅物なのか人を傷つけない嘘となるなかなか思いつかないので利用したことはない。

それよりも、学校以外は今日が「ピカピカの一年生」をあちこちに見かける日なのである。

去年は、コロナの正体がわからなくて、「入社式」などがリモートになったり自宅待機みたいなのがあったが、今年は分散型を含めて行われているらしい。

 

 

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2021年2月16日 (火)

砂ぼこり

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昨日今日と終日強い風が吹きまくった。

北海道まで移動した低気圧は昨日より50hPa低下して台風でも一級に相当する945hPaまで低下し、風速も40mが予想されるという。

そんななか、午後になって近所を散歩したが、遊水地の工事現場では土埃りというより砂ぼこりと言った感じの粉塵が舞い上がり、30mは離れた場所から見ていた自分の顔にも細かい砂粒が当たるのを感じた。

重機で鉄板を持ち上げる作業をしていたが、前も見えないような状況に作業員が難儀しているのが見て取れた。

 

「あの人形はどうするの?」って聞かれた。

先日、友人の引っ越しに際して、「次の家に入る前に人形を放り込むのが飛騨のしきたりだよ」って言ったので、彼はそのようにしたそうだ。

飛騨では可なり古いしきたりが自分の若いころまで残っていて、新居に入る際形代をに悪例を移すと人間の災厄が防げるという話しがあった。

形代の起源は、縄文時代の土偶にもみられ、人形はその起源であるとのことであった。

そして、人形に乗り移った悪霊を川や海に流す流し雛としてけがれを捨てることにした。

さて、どうする?って言われると、、、、自分の時は川に流したが、今の時代川や海に流すのはちょっと無理かな、、、、、と言ってごみと一緒というのもなあ~

やはりお宮さんにもっていってお焚き上げという方法が一番かな、、、、

 

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2021年1月22日 (金)

はつもの

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「もう出とるはとるずなんやけど」と思いながら山の畑の脇をさぐってみた。

南向きの暖かい斜面の蕗畑、いつもこの時期になると3cmに満たない小ぶりなフキノトウが膨らんでくる。

ふるさとあたりでは今の時期雪の下になり、フキノトウが出るのは雪解けが進んでいく四月になってからのことだがこちらでは葉っぱが小さいながらも枯れないで残っている茎の中心部に秋には気配を見せていたフキノトウが膨らみ始める。

ただ、今の時期のフキノトウは雪の解け始めたころに出てくるフキノトウより硬くて触感としては落ちるが、独特の辛味や香りは同じかそれ以上のものがある。

十粒ほど見つけてさっそく春の香りを味わってみた。

初物は命が三日伸びるとか、、、、それでは少なくとも三日間は大丈夫ってこと。

明日の命がわからない中で、これから次々と初物を食べて寿命を延ばそうと考えている。

ヘッ!ヘッ!!ヘ~  と。

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2021年1月17日 (日)

咲き初める

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山の畑の脇に植えてある河津桜、二輪 三輪と咲き出していた。

サクラの花は年中何かしらの種類の木が花を咲かせているそうだが、今の時期開花している冬桜と比べると花の大きさと言い艶やかさと言い格段にきれいである。

冬まだ寒いとは言いながら、春の兆しはすぐそこにいているようだ。

 

今日は、阪神大震災から26年目の日だという。

あの日の朝、起きだしたとき揺れを感じ、地震が起きたことは知っていたが阪神であんなに被害起きているとは知らなかったので、榛原の現場に入っていたが元受けの監督が来て「大きな被害が出ているらしいよ!」と言われても頭の中はついていかず、仕事を終えてテレビを見るまで分からなかった。

街中のあちこちから火が出て燃え広がり、ビルの一階部分がつぶれてしまったりして、死者がどれだけいるか分からない状態だった。

いま考えると、あの時代はまだ今のように通信網が未熟だったのだろう。

その中で一番驚いたのは、高速道路の橋脚が長い距離にわたって倒れていることだった。

この地震の前に、カルホルニアで地震が起きたときやはり自動車道の橋脚が倒れてしまった写真を見て、日本の土木工学の先生が「日本ではこんなことは起きません」と、のたまわっていたのを思い出したからである。

どこで、そんな自信が身についていたのだろうか。

その後、東北地震の際には原子力発電所がもろくも崩れ去って、安全神話が一気に崩れ去ったのと同様で、人間の知恵というか、日本人の先の読み方はいつも良いように良いようにと考える癖は治らないようである。

災害というものはいつ来ても大変であるが、阪神も東北も寒い時期に来たというのは何か関係でもあるのだろうか。

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2021年1月12日 (火)

露をまといつかせて

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久々の雨の一日。

気温は低かったが氷雨というほどの冷たさもなく、先日の激しい風で葉っぱを吹き飛ばされ黄色い花を露わにした蠟梅が露をまといつかせて咲いていた。

蠟梅は梅という字がついているが花のかたちから見ても梅の中まではなく蠟梅科という別の花であり、中まで黄色いこの種は素心蠟梅という坊さんみたいな名前が付けられている。

春一番に目立つ花は花びらに一種光沢があり、その輝きが蝋細工のように見えるところから名づけられたのは見ての通り。

 

 

今日もやらずの雨、家の中に足止めされると当然のようにテレビの子守りするしかない。

今日も主題は新型コロナウイルス、、、、、、

「緊急事態宣言下、今朝の人出は普段と変わらない通勤風景が見られました」

先日亡くなった小松正夫風に言うと「みんな言うことを聞かないんだから シラナイ シラナ~イ」と政府筋がいうかもしれない。

なんて思ったらおかしくなってしまった。

 

同じ話題の繰り返しはもう刺激もなく、飽きが来たのは悪いけれど率直な感じ、、、、、

で、スイッチを切り風邪をひかないようにしてごろんと寝てしまう。

緊張して働いている医療従事者には悪いという気持ちがあるのだけれど、自分にできるのは人込みを避け感染しないように気を付けるだけ、、、、、

 

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2020年12月20日 (日)

アロエの花

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キダチアロエの花がトンガリ帽子のようになって咲きだした。

他所の地方では温室などに入れて管理しないと咲かない花もこちらでは路傍でも盛んに花を咲かせる。

もともとはアフリカが原産地と言われるが、日本に入ってきたときアラビア語で苦いという意味のアロエという名で入ってきたとのこと。

一時は万病に効くと言われあちこちで栽培されたが、ブームも去って大分落ち着きを見せ始めているものの、かなり生命力も強く放っておくとかなり大きな株になって始末に困ることがある。

 

 

 

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