2017年5月30日 (火)

ななつの子を連れて

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ことしも子連れのカルガモが裏の川にやってきた。

両岸はコンクリートの擁壁に囲まれているので、何処から入ってきたのか分からないのだが、、、、、

生まれて一週間に満たない可愛いななつの子供をつれて

まるで、うちの子を見てやってくださいと言わんばかりに、、、、ギャラリーはおひねりの変わりにパン屑をすこし  ほんの少し

カモの仲間は、例外もあるのかは知らないが生まれたときから自分で餌をついばむため、親がせっせと餌を運ぶと言うことはない。

ただ、そのカモを狙ってかカラスが上の電線にとまっているのだが、怖いもの知らずの雛たちは、あちこちに散らばりそうになると、親は気が気でない様子でまとめているのが見て取れる。

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今年の流行語に「忖度」と言う言葉が入るのは確実であろう。

籠池問題につづいて今度は加計学園と首相の周りはきな臭い。

内閣は臭いものには蓋をしようとにべもない態度に終始している、もし本当に関係がないなら、調査に応じて官僚の先走りを明らかにすれば済むことなのに、、、、

それでも、怒らない国民もそうだが、つくづく「人のうわさも七十五日」ということわざが本当だと言うことを思い知らされた気がする。

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2017年4月25日 (火)

放ったらかし

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君子蘭の花が今年も綺麗に咲きそろった、三十年近く前に母親が買ってきたものだがあまり大きくなりすぎると、鉢から出して株分けと機能しなくなった根を切り捨ててきたものだが、三鉢以上にはしないようにして後は捨てている。

寒さには弱いと聞いているが、十度以下の気温に60日さらさないと花がつかないと本に書いてあった。

そんなことも最近知ったことで、我が家ではただ霜にあわさないようにしているだけで後は放ったらかし状態で過ごしている。

花の名前が、とても立派であるのは常緑の立派な葉っぱと華麗な花の印象殻から来ているそうだが、蘭の仲間ではなく、彼岸花のほうに近いそうだ。

花の時期が終わると、桜桃の木の下に持っていって秋までお蔵入り状態と哀れな扱いを受けているが、毎年律儀に花を咲かせている、、、、、

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2017年4月 8日 (土)

雨がしとしとと

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朝から細かい雨が降り続け、満開を過ぎた桜桃の花には花散らしの雨になり、木の下に花じゅうたんを敷いている。

外は、暗い雨雲で外には出たくないが気温はかなり高いようで、暖房は一切使わないで済むところだが、習慣となってしまっているためか、時々入れては切るの繰り返し。

テレビでは”菜種梅雨”と言うのをかぶせて説明している。

例年ならこの雨が桜を散らしているのだろうが、どういうわけか早咲きの静岡はまだ満開を迎えている名所が一箇所もなく、五分咲きが精一杯の様子。

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先日の新聞に生涯未婚のの男性が四人に一人いるという。そして、女性では七人に一人だそうだ。

その数字を聞けば、自分の周りにも指折り数えただけでも、片手に余る数がすぐに思いつく。

非正規労働者が増えて、収入も少ないなど経済的な理由もあるのだが、経済的には充分なはずの人でも「友達がみんな離婚をしているのを見ると、、、」とか、「炊事 洗濯 掃除などの家事も苦にならない」などという。

草食系男子という言葉が一時はやったようであるが、男の人に積極性が薄れていることのほか、お坊ちゃん、お嬢ちゃん育ち人同士のわがまま育ちでは家庭を築くと言うのは難しいのは確かである。

このままでいくと、人口減はもちろんであるが、歳をとって病気でもすれば、即座に施設に入るしかなく、そちらの国民負担も重石になりかねない。

自分らの若いころはなぜあんなに結婚しなければと言う強迫観念に似たものがあったのだろうか。

「神田川」と言う歌にもあるように、三畳一間の生活、「赤提灯」では仕事が無いときはキャベツを齧って腹の足しにしてまで同棲をした。

以前の同級会で聞いたのだが、「二十六歳になっても相手がいないのであせった」といっていた女性がいた。

たしかに、そのころは男でも三十歳をこして独身だとへんな言い方をされたものだった。

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2017年4月 1日 (土)

外を映し出して

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終日小ぬか雨のような状態が続いて、寒の戻りの一日は暗く暮れていった。

庭の桜桃は満開を迎えているが、この気候の中虫もなりを潜めているようだ。

しかし、満開を迎えた花は引くに引けないといった感じで花びらを閉じることなく、細かい雨粒をためて外の景色を映し出している。

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今日は、近所の知り合いが酒を持ってやってきた。

最近、連れ合いをなくして寂しそうにしていたのだが、月日が癒してくれたようで元気を取り戻しつつある。

しかし、最近の悩みは長男の嫁との付き合い方にあるようだ。

ここで、本格的に衝突もしたくないが、時代の感覚の違いというか、歯がゆいことが多々あるそうだ。

このまま、我慢するしかないのだが、、、と本人は自覚しているようだが、、、やりきれない思いがのこってしまう。

ひるがえって、自分ら夫婦はどちらが先に逝っても出来るだけ一人で生活し、どうしようもなくなったら、家を処分し何処かの施設に入るようにしようと思っているのだが、この先どうなるのか分からないので、その時点時点で考えることにするしかないね。

こうした場合、未来を映し出す鏡はないほうがよい。

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2017年3月31日 (金)

元いたところを見上げて

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庭の椿の花、紅白入り混じった大輪で一重の花。

二十二年前に他界した母親がそのむかしに買ってきた物だから、樹齢はうん十年と古いものだが背丈がちっとも伸びないでいる。

花の色具合もそれさまざまで、赤が多かったり白が多かったりとそれぞれ違うがそれもまた愛嬌があってよい。

その花が昨夜からの雨に打たれたのか、木の根元にぽつんと仰向けに落ちていた。

椿の花は花びらを散らすサザンカと違って丸ごと落ちるのであるが、その情景を見ていると、下自分がいた場所を見上げて短かった映画のひと時を懐かしんでいるようにみえる。

そして、いずれ近いうちに自分を育ててくれた土に戻る。なんだか人生そのものに見えぬでもない。

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2017年2月11日 (土)

早起きは損

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甘夏 たわわに実り 細き枝しなる 

その重たさを 助けんとて 二つ三つはずす 

しかれども そは口実にほかならず

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a日に日に夜明けも早くなったとはいえ、まだ、五時は暗い。

暖かで雪知らずとはいえ今朝の気温はマイナス二度まで下がり、何処からとも無く冷気が入ってくるので辺りを見回す。

年よりは朝が早いをそのまま習慣にして実践しているが、冷気に負けて石油ストーブに火を入れる。

早起きは”三文の得”とことわざは言うが、我が家では300円の損であろう。

朝寝を決め込んでいればよいのだが、布団のなかで目が覚めてからじっとしているのが苦痛である。

今日も今日とて早起きをしてしまったが、、、、、、、

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2017年2月 5日 (日)

雨に濡れて

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久しぶりのお湿りで、窓の外は幾分潤って来はじめたのが分かる。

ここしばらくの異常乾燥は、寝ている間に鼻がつまり、口呼吸をしているようで、喉の奥までからからになって、目が覚め水気が欲しくなるため、枕元に水筒を持ってきて、お茶を飲まなければならない日がある。

雪はもちろんのことみぞれも氷雨も降らない静岡では、こんな雨でもこちら生まれのヒヨドリには、身体にこたえるようで濡れ鼠になって震えていた。

いつも、人の目を気にしてすぐさまに逃げていくのだが、雨の当たらないこの場所にすこしでも長居をしたいようで、じっと動かないでこらえているさまは、普段憎らしく感じている鳥に哀れを感じてしまう。、

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官僚の天下りはいろいろと弊害を起こしてきたので、禁止されてきていたのだが、文部科学省が、巧妙?に天下りさせたのが露見した。政府はほかの庁省でも同様なことが無いかと調べる言っているが、、、、

先日テレビを見ていたら、読売新聞のコメンテーターが天下りに「能力ある人には気の毒だ」と肯定的な意見を言っていたので「右系の新聞社はやっぱりね」の感を強くした。

大体、天下りをしなければ再就職できないような人は、企業から「是非とも」と言われない人だからどこかに押し付けないと片がつかないからである。

本当に有能な人なら、世間がほっとかない。

それと、官庁の組織そのものがおかしいからであろう。

六十歳で定年と言うのは七十五歳までという、いまの社会には合わない。

同じ年採用で一人が事務次官になれば残りは何処かへ行かざるを得ないと言う慣習をやめ、その下で働くと言うくらいの制度にしたって不思議ないし、定年後に嘱託と言う形で残しても良いではないか。

民間企業ではとっくにそうしている。そうできないのは結局のところ能無しが席を暖めているだけで高給を取っているからに他ならない。

まぁ、公務員も世間の雨に濡れて生きなければね~

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2017年1月31日 (火)

新種?

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庭に甘夏を半分に切って鳥の餌にしているのだが、最近では山にも餌になるものがなくなったようで、朝から夕方までひっきりなしに来るようになった。

しかし、好きな人ならいざ知らず、かなり酸っぱいこの実を食べ過ぎたのか、あごの下を赤く染めたメジロには驚いた。

まるで、メジロの新種ともみえる顔つきに、「栄養の偏りはいけないよっ! 鏡でも見たら」といってやりたいくらいである。

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就任して早々いろいろとトラブル起こしているアメリカのトランプ大統領。

まるで西部劇の時代に逆行しているかのようにさえ見える。いや、その時代でもこんな自分勝手な大統領はいなかったに違いない。

先日、アメリカ通の人がテレビで言っていたが、日本人は民主党系の新聞の論調しか聞いていないので、選挙を予想が見極め切れなかったんだといっていた。

そして、いまでもトランプ支持者の意見はちっとも表には出てこないのだが、彼がこんなに強気なのも、マスコミそのものを信用していないからである。   と。

いままで、アメリカ人といえば単純で陽気な人というのが大方のの予想であったが、今回の選挙で傲慢で独りよがりという裏面がでてきたことになる。

とにかく、大金持ちと金融業者、元軍人を閣僚に、家族を側近にしたお友達内閣(?)は日本だけでなく、世界で一番影響のある国に出きたということは、危険極まりない次の時代に入ったということではないだろうか。

トランプというカードを選んだ支持者ががっかりする日がいつ来るのか。そのときは国民が政治というものを見限るときになるような気がする。

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2016年12月31日 (土)

飛騨というだけで

Img_0028「今日も 暮れ行く 異国の丘で、、、」という歌があった。

シベリア抑留から引き上げてきた人たちが、ラジオの喉自慢でうたい、全国的に広がった歌である。

それほど悲惨な経験からではないが、いまも静岡人にはなりきれていない自分には、こちらでの生活が異国じみて感じる。

来年の十二月になれば、生まれ故郷で過ごした歳月と同じ期間を過ごすことになる。

いまの生活があるのも、静岡に来てから引き続き厚生年金が掛け続けられたのが大きい。

しかるに、生まれ故郷がいまだに忘れられないのである。

年に一~二度、、、ほとんどが法事がらみ、、、かえっても、世代代わりをしていて知った顔を見ることはまずなく、”浦島太郎”の心境であるが、それでも、古里に近づくにしたがって、大洞山、二十五山、漆山岳などが目に入り、高原川の清流の音を聞くと懐かしさがこみ上げてくる。

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今日も酒屋に行き、普段はビールが主で酒は買わないのだが、正月用の酒を品定めしていたら、「飛騨」という字が目に飛び込んできたので即座にお買い上げ、、、

多分、この習性は終生変わらないんだろうな。

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2016年12月24日 (土)

七色の玉

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陽だまりのコンクリートに七色の光が落ちていた。

どこが原因なのかと手のひらを当てた後、手甲に光を当てながら上のかざして上げて見るとアルミのドア枠の角っこに行きあたった。

「へぇ こんなところでプリズム現象が起きるんだぁ」太陽の角度と微妙な関係で出来たと見えて、まもなく消えてしまった。

今までも気がつかなかったことであったが、この一瞬を得したような気がして写真に収めてみた。

ただそれだけのこと、、、、

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今日はクリスマスイブである。

もう何十年もまえのことだが、子供たちがサンタクロースを信じていたころは、サンタクロースの代行としておもちゃ屋に行き、あれこれと希望の品物を探して歩いたものだった。

そのころは、70年代バブルの前だったのでそれほどの出費ではなかったが、キリスト教徒ではない自分には、内心良い迷惑だった。(正月のお年玉も控えて、、)

孫の代になると、お年玉以外は無責任状態になり、、、どころか、おすそ分けにイチゴの乗ったケーキをご相伴にあづかった、。

そして、いま、クリスマスソングも耳に入らなくなって、静かな夜を迎えている。

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