2018年4月21日 (土)

横綱を締めて

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立科町は山部の修学院津金寺にある学問杉とよばれる巨木がある。

終業の寺だと言うがあまり修行僧は見かけないが、この杉を植えたころは学問のお寺だったようだ。

公称では高さ50m 目通り8m 樹齢は800年と言われている。

まだ文化財などには指定されていないのは、その杉の形などが若々しいことにもあるかと思われる。

しかし、この近隣の杉の中では一~二をほこる大きさであり、その幹に巻かれた横綱は王者の風格を示している。

大相撲の横綱はこの木に巻かれた横綱よりはもっと立派なものであるが、風格の点においてはかなり劣ると言う気がするのは、、、、、、

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昨日の疲れを取ろうと温泉の宿に入ったが、最近に無く酒量をあげたのに寝苦しくて熟睡をした感もなく朝を迎えた。

帰り支度のひとつ、みやげ物買いと連れの従姉妹の家からこのあたりのブランド米である八重原米をもらうなどしたあと、名古屋方面に帰る弟夫婦と別れ帰宅することになった。

気温は27度をしめし、すっかり夏気分。おまけに、腹が八分目を越して十二分とくるとまぶたが重く、これではならじと午睡に入れば一時間余も眠ってしまった。

むかしに比べれば自動車道も延長され、片道六時間近くかかっていた復路も四時間すこしとなった。

そのあいだに歳は二十数年たち、疲れは同じかそれ以上になる。

”ゆっくり ゆっくり”と隣から呪文をかけられ、日没前にわが家に到着し完了する。

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2018年4月20日 (金)

捕らぬ狸の皮算用

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Img_0162赤い五弁の花びらを下向きに咲かせて鶯神楽はさいていた。

春、ウグイスが鳴くころ策から名付けられたと言うが、じゃ、神楽は何処から来たのか、、、、、

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今日、ようやく畑に入ることにした。

乾いたからと言うより、何時までも家を留守にするわけにはいかないということにもある。

義弟は小型の畝立て機を畑にもってきて、自分が一メートル置き、等間隔に引いた線を掘り起こす。

「ちょっと湿っているが、なんとかならぁ~」ってんで十七うねを彫り上げ、そこに肥料を蒔き、土をかぶせた上に25センチ間隔に種芋を置く。

弟夫婦も入って五人がかりで20kgの種芋を午前中一杯かかって仕上げる。

太陽は昨日同様かんかんと頭の上から照り付けるが、昨日一人でネギを植えたのに比べると時間がかかったのに楽に作業が出来た。

むかし、田植えをするとき田楽で囃しながら大勢の人が田植えをした絵をみると、こういう効果があったのかななんて考えながら、にんまりとする。

畑脇に腰を下ろして「こんなに植えて出来すぎたらどうしよう」なんて心配をする。

「まんだ、植えたばっかりに何言うだ」「今年の天気どうなんだろうな」

「きのう、〇〇のおっさんが言っていたけんど、今年はタラの芽が一向大きく成らんのだって」「どうも、気温は高いけんど地面の温度が高くならないんじゃないか」って言っていたよ。

”捕らぬ狸の皮算用”を植えたばかりの畑を見ながら話しのほうははずんでいく。

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2018年4月19日 (木)

年寄りの冷や水

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望月町から見た蓼科山


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蓼科山山頂は綿帽子


昨日降った雨は高い山では雪だったようで、浅間山も蓼科山も山頂は真っ白な綿帽子をかぶっていた。

この時期になると珍しいことのようで何人もの人が口にしていた。

午後になって畑のほうは表面上は乾いてきたが、内部に水気の有るのは分かっている。

しかし、そこの住人ならいざ知らず泊りがけで来ているものにとって持ってきたネギを植え替えたいという誘惑に駆られ、畑の一番高いところに深さ30センチほどの溝を掘ってみた。

長野では”ベト”という粘土質の土は水気をかなり含んで重く、長さ15mほどの溝を鍬で掘るのは大変なうえ、28度ほどにもなった暑さは身体に堪え、疲れて帰ってきたら笑われてしまった。

やっとあれだけの仕事に、、、、、夜の食事もそこそこに横になったが腰が痛くてマッサージをしてもらった。

みんなが止めるのも聞かず、ボロボロになるまで畑に居る。”年寄りの冷や水”とはこのことか

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2018年4月18日 (水)

かたくり粉で「へ~」

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天気予報を信じて十八日静岡を出た。

出るときは予報どおりぽつぽつの小雨であり、午後から向こうでは陽が差すと言うことと思っていたが、甲府盆地あたりから雨脚が激しくなり、野辺山を越えれば上がるのかと思ったら、それも否定されてしまった。

立科町に着いたものの畑に入る状況でないどころか、まず明日から晴れても土が乾くのは明後日なんだろうな。

途端、予定は大狂い。

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長野の春は遅い。

桜は落花盛んで、春はこれからだと言うが気温はここ三日間二十五度越えの真夏日で暑かった。

そんなか片栗の花を見つけた。

青紫の花びらを反り返らして威張ってはいたが、花期の短い花で早くも暑さ負けをしているようだった。

この花を見ながら思い出したのは、子供のころ子の葉っぱを摘んで御浸しにして食べたもんだといったら、向こうの御仁は「で、味は?」と聞いてきた。

「ほうれん草によく似ていてこれと言った味は無いよ。それより、この根からとったかたくり粉ってのは農家の嫁さんの副収入で、掘るのを手伝ったことがあるよ」って言ったら「へ~かなり採らなきゃ駄目なんだろ」っていうので、爺さんは調子に乗ってしゃべりまくる。

今でこそ澱粉と言えばジャガイモになってしまったけれど、むかしは葛の根や藤の根、ワラビの根そしてカタクリの根から澱粉をとって、それぞれ、くず粉、吉野葛、ワラビ粉、かたくり粉といったんだ。」

「今ではみんな高級品我々の口にはとても入らないし、もしそれを名乗ったものがあればたいていはジャガイモ澱粉なんだ。」

一同「へ~」と言わせて悦に入ったが、どんな「へ~」だったのだろうか。

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2018年4月 5日 (木)

君子危うきに近寄らず

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「付き合いが悪い」といわれたが、こんな人ごみの中を歩く気がしなかった。

先日行ったナバナの里のイルミネーショントンネルの入り口付近まで行って引き返したとき言われた言葉だった。

よく何かをしようとするとき背中を押してくれたのは、、、、と良い風に言われるが、人は正面からの圧力にはいくらか堪えることは出来るが、背中を押されると前のめりに倒されてしまうものであり、以前明石市で花火帰りの客が倒れて何人もの人が圧死したことがあるのを思い出した。

日本人は仲間はずれを嫌うが、こんな場合は”君子危うきに近寄らず”とか、つまり自分は君子か?

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自衛隊のイラク派遣日誌がついに出てきたとか、、、、無いはずがないと思っていただけにそんなに驚かなかったが、担当の防衛大臣の手元に届くまで一年かかったことに問題がある。

つまり、今の内閣はシビリアンコントロールが全然出来ていないことになる。

このことに関して防衛大臣は原因究明し、処分するといっていたが果たしてできるのだろうか?。

一番心配するのは手ぬるい処分では戦前の関東軍のように暴走が止められなくなっていくことである。

関東軍のぼうそうした背景には、その前に起きた5,15事件は2,26事件の究明や処分がいい加減だったことにある。

まして、憲法を変えて戦力の保持を明確にしたい安倍首相やその一派では厳罰をする気配は見ることが出来ないとおもってしまう。

また、暗い時代が来たとき今回の証拠隠滅事件が曲がり角だったと思うに違いない。

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2018年4月 4日 (水)

祭りが終わって

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Img_0146桑名へ行ってきたのがかなり堪えたみたいで肩こりがし、身体がすっきりしない。

そのため、日帰りの温泉などにでもと山梨県の”なんぶの湯”に行くことにした。

日帰り温泉で山梨県までと思うかもしれないが、新東名の清水インターを下りれば自動車で二十分ほどのところにあり、テレビなども静岡の放送局からのものが映し出されているくらいのところである。

行って見ると、このあたりはすでに桜の花びらがかなり散っていて、露天風呂には花びらが数え切れないほど浮かんでいた。

そして、ここまで来たのならもう少し足を伸ばして身延山へ行ってみようということになり、食事を済ませたあと身延山に立ち寄ってみた。

ここも、予想していたとおり花の盛りは済んでおり、最盛期には下の駐車場からバスに乗り換えて本堂近くまで行くのだが、その案内も無いので上の駐車場まで自動車で行くことにした。

真っ先に先日テレビの放送で紹介されていた本堂の天井画を見たあと、境内を散策してみたがなんだか祭りの後の虚脱感のようなものが漂っていて、、、、、

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2018年4月 2日 (月)

ナバナの里

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チューリップも満開状態

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アイランド富士がユーホーみたいに

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チャペルから流れ出る光の帯

長年連れ合いの介護をしている妹を見舞いに桑名市まで行って来た。

帰り際、”ナバナの里”の夜桜とイルミネーショントンネルが綺麗だというので、立ち寄ってみた。

ナバナの里はこれまでに二回行っているが、この時期ははじめてもあり、夜桜見物は何時行ったか覚えていないほど昔だったし、同行の弟夫婦も見たいとのことだったので、、、、、

そして、こちらは行くとき本線上まで渋滞していた長島スパーランドに比べると込み合っていなかった。

そのためもあってか、到着してからライトアップされるまで時間つぶしが困るほど合間があり、あちこちと歩き回った挙句それこそ足が棒になってしまい、混雑極まりないイルミネーショントンネルは自分だけ御無礼させてもらった。

しかし、例年通り、人工的すぎるといううわさがありながらも、夜景はすばらしいものがあり100枚ほどもシャッターを押していた。

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2017年11月21日 (火)

若干の余裕もなく

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朝起きてうっすらとながら雪が降り積もっていたの見て驚いた。

昨日はほとんど雲の無い天気で風もなく穏やかな一日であり、夜は二十一度と適温の暖房が焚かれている中で温泉に浸かってのんびりと過ごしていたため、外の冷たさや雲の気配など気にしていなかった。

雪の量はそれこそたいしたことはなかったが、何せ気温が低かったようで、地面がガビガビに凍っており、高台に立っている宿ではノーマルタイヤのお客には、凍みが溶けるまでゆっくりと滞在していくように勧めていた。

積雪量は二~三センチ、この程度なら、二が当たるとたちまち消え行く運命にあり、「日に溶けて 淡雪流る」といったところ、、、

幸いというかいつもの年のようにスッタドレスタイヤを装着している自分は慎重にだったが、凍った道を下って街中におりた。

そして、昨日話しておいたリンゴ農家に直行し、例年より少な目ながら分けてもらった。

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この農家では、収穫も今日で終わりとのことだったが、摘み残しのリンゴにうっすらと雪が張り付いていたものもあり、リンゴ農家では最後のものなので器量が悪いといっていたが、いやいや、真っ赤なほっぺに水化粧を施したリンゴは、、、、、

午後近所の食堂で、義弟と食事のあと帰途についたのだが、小さな軽自動車には、米やリンゴをはじめ野菜がわんさと詰め込まれ、若干に余裕もない状態での走行となってしまった。

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2017年8月25日 (金)

覚悟してお出で

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父祖の地神岡は人が変わって見知った人には出会わず浦島太郎の気分であるが、山や川はむかしのままでやさしく出迎えてくれる。

墓地のある高台からは、むかし働いた二十五山がが遠望でき、向かいの台地には戦国時代あったと言われる場所に城が建っている。

信玄と謙信の勢力争いに巻き込まれ、そのどちらに味方するか悩んだ地方豪族江間氏が造った出城だと言われているがこんな立派な姿をしていたか、、、、、

ともあれ、再建されてから五十年ほど、今ではすっかりとなじんでいる。

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飛騨 信州と回って山梨まで戻ってきたとき、連れ合いの友達から電話が入った。

「いま何処?静岡は家の寒暖計が四十度だといっているよ。覚悟して帰ってお出で」

そのとき、車載の温度計は三十五度と出ていた。

車を止めて外に出ると、まるで蒸し風呂状態である。

それにしても、飛騨は涼しかった。長野県と岐阜県の境にある平湯温泉の気温は二十一度としばらく味わえなかった感触であった。

すこし小雨もよいの気候ながら、墓の周りの掃除と花などの飾り付けをしたが、汗も出ない、午後から、お寺の住職に来てもらい墓前での法事をしてもらった。

お昼は従兄弟の家に行って昼食をよばれたが、静岡では必需品のエアコンはいまだ据えつけてなく、扇風機さえ部屋の片隅に羽根を休めている状態であった。

改めて、自分のルーツがこんな地で生活していたことを思い出された。

自分が暑さに弱いのはこんな環境のせいで無理ないな

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2017年7月26日 (水)

話したら楽になるよ

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宿の窓越しから見える木立は、朝霧で潤んだように見えた。

戻り梅雨とかで、昨日から降り続いているようだ。

四阿山の中腹、標高1,450mといわれるこの場所ならよほど寒さがきついのかと予想をしていたが、フロントは外気温20度もあるという。

やっぱ、今年はなんだか変だよ。

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昨日今日と国会は安倍首相を呼んで加計学園の集中審議をしていたが、歯切れが悪く生煮え状態のまま推移している。

「丁寧に説明する」と言う首相は、先日のように激高して質問者に反撃するようなことは無かったが、説明はなっていない。

一度、信用が落ちればどう説明したって疑いの目で見られ、その後の回復は難しい、この説明のしかたでは益々聞くものがいらだってくる。

義弟の家で、普段は国会中継など見ることが無いのに、六人が逐一見ている。

そのうち誰かが刑事ドラマなら「何もかも話しましょうよ。話したら楽になるよ」って刑事が取り調べの場面でいうのがあるが、あれと同じ質問したらどうなの?っていう。

しかし、ここで「私がやりました」って言おうものなら、首相を辞めるしかないから、一国会議員に戻って、、、、、、本当に楽になるよな。

てなことで、雨に降り込められt年寄りの雑談は続く、、、、

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