2022年11月29日 (火)

川霧 山霧で難儀する

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行きは富士川の川霧 帰りは野辺山の山霧で最大時には30mほどしか前方が見えないほどの濃霧に遭遇した。

連れは、ずっとむかしこのような状態で事故を経験したため怖がっていたが、夫とは言え他人に命を預けたような状態では無理もなかろうと、できるだけ車の走りを遅くしたがどんなに注意をしても追突や車線はみだしで正面衝突の危険は避けようもない。

とくに、今日の帰り道は雨を伴っていただけにその危険はおおかった。

幸い無事帰還することができ、仏壇に線香をあげ感謝した。

 

今年も例年のように弟夫婦とリンゴ狩りに行ってきたのだが、今までだとリンゴを農家から買い次の日には帰ってくるというスケジュールだったのだがお互い疲れを感じるようになったため同じ宿に連泊ということにした。

今回も、宿の割引とクーポン券をいただいたため普段の半額ほどの値段で泊まることができた。

そして、先日亡くなった義弟の友達の農園と連れの妹の関係する農園から無償でもらうことになったため、これまた大助かり、、、、、、、

ただ、ここ二~三年、気温が高ったためリンゴの色づきが遅く、蜜の入りようが少ないのはこれらの農園でも同じようだった。

 

 

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2022年11月 9日 (水)

早くも冬支度

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雪深い飛騨では早くも冬支度に入っていた。

久しぶりに訪れた寺では雪囲いのため部屋が暗くなり庭園が板の隙間からのぞき見するしかなくなっていたこと、神岡城の松には雪つりがあり、船津座の小さな木には三角の板囲いがしてあった。

小春日和ののどかな風景には似つかわしくなかったが、いつ豹変して降り出すか分からないこの時期になると早めだと言われても雪自宅はしておかねばならない。

 

今回飛騨に行ったのは、長野県に住んでいた義弟の四十九日の法要があったのを機会に天気が長続きするという予報があったためと、じわじわと増えそうなコロナの感染を前にしてこの時しかないと思ったからである。

この法事で驚いたのは正座ができなかったことである。

正座に入ろうとした座布団のうえで太ももがつかえて折り曲げられなかった。しばらくはショックで呆然とした。

今まで、こんな経験はなく当たり前にできることと思っていた、、、、歳のせいにしてはおかしい、、、と。

以前にも鉄棒で懸垂しようとしたら腕の力がなくてぶら下がったままだったこと以来である。

かえって原因を探ったら、足首と膝関節が固くなっているからだと書いてあったが、家の中ではしばらく正座というものをする機会がなかったことが原因らしい。早速ストレッチに励み少しの時間座れるようになったが人間の身体はなまくらにできているようだ。

 

飛騨では胡坐をかくことを「じまをかく」と言ったが、こんなこと自慢にはならない。  チャンチャン!

 

 

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2022年11月 6日 (日)

藤波橋は

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朝まだきに宿出て散歩に出かけた。

きのう自動車を走らせながら見かけた西里橋からの藤波橋は鮮やかな紅葉で輝いていたが、今日は一変して雨さえ降りだしかねない空模様になって、紅葉もくすんでいる。

「きのう時間を作って写しておけばよかった」と思っても「むかしを今に為すもよしかな」と静御前が歌ったように、、、、

藤波橋はいつの頃建造されたのか知らないが自分のいとこがこの橋を渡っていた時関東大震災で橋が波打って揺れたと言っていたので昭和初期のことかもしれない。

その前は板橋でさらにその前の江戸時代には籠の渡しがあったそうだから古くから交通の要所だったに違いない。

この橋から上流は藤波八丁といい景色のきれいなところで知られたが、一方で”八幡地獄”とも言われて何人か転落死した場所として怖がられていた。

自分たちの若いころは、さらに上流から河原に下り、水中眼鏡とヤスで魚獲りと川遊びをしながら川下りをしたが藤波橋たもとは下水の落ち口がありその手前で川から上がるのが常であった。

 

そんな思い出の詰まった故郷の川は今日も昔と変わらず流れていく。

 

 

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2022年11月 5日 (土)

故郷の山

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ほとんど三年ぶりくらいで故郷へ行ってきた。

今では静岡で生活した年月の方が長くなってしまったが故郷は懐かしさがいっぱい詰まっている。

ただ、それは景色だけであり人も建物や道路はずいぶんと変わっている。

幾年ふるさと来てみれば、、、の唱歌の文句そのままであり、かっての顔見知りはどこにも見当たらない。

いとこの家はカーテンが引かれ鍵がかかったまま音沙汰がなく、職場の同僚だった先輩の家も留守、、、

街中には、「売り家」と大きく書かれた家が何軒も見られた。

かって鉱山の社宅後には民家や見慣れない高級マンションを思わせる建物や警察署、デイーサービスの近代的建物がたち、昔の面影は一切見当たらない。

町は寂れて老人介護の建物が繁盛するようでは、、、、、、

ただ、自分が建てた家にはカサコソと外に漏れ響く音がして、、、、、、、、、

 

故郷の山は今も変わらず錦を飾って、、、

 

 

 

 

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2022年8月 3日 (水)

ジャガイモ掘り

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窓の外は昨夜来の激しい雨のためか霧が発生していてもやっている。

カッコウの声と昨夜飲んだビールの空き缶がテーブルの上に乱れたまま残っている。

なんともけだるい朝が明けたようだが、けだるいのは昨日午前と午後、暑い太陽を避けてそれでも四畝のジャガイモを掘った疲れからか。それとも今日中に残った五畝を掘らなきゃならないという圧迫感からか。

午前六時、宿の朝飯を断って畠に向かう。

今日の朝飯は、コンビニのおにぎりとインスタントの味噌汁。

一番早い食事が七時、待っていると畠はすぐに暑くなって仕事にならないから、、、、、、

午前中に四畝とペースが上がり、午後はひと畝を掘り上げて、ようやく終了した。

今年の作柄は上上!!、男爵、メークイン、キタアカリに加えて何だか分からない品種、併せて200kg余の収穫があたった。

このように多品種になったのは、ほかの畑でジャガイモの植え付けが終わっていたため、どこにも種芋がなくなっていたことにある。

あちこちの知り合いの家に自家用として保存していた芋を、少しづつ分けてもらった結果、、、

その後、電話では「よく育だっているよっ!」ってことは聞いていたが、いてみると草ぼうぼうの中に埋もれて、まずは草刈りから始めなければならなかった。

それでも大きな芋がゴロンゴロンと出てくると気部員は高揚し、熱中症の注意をされながら頑張ってみた。

これまではユンボで掘り上げるので、出てきた芋を籠に集めて軽トラックに載せていたのだが、今年は義弟が病院に入院しているため、すべてが人力、、、、、、、

とにかく疲れてしまった。

 

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2022年6月 2日 (木)

ニセアカシア

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長野はいまアカシアの花盛りである。

千曲川や梓川の河川敷を中心に樹高10mほどの大木もあって木の周囲を白く染めている。

この木はアカシアと単に言われているが本名はニセアカシアであり、本物のアカシアは花も小さく地味なきである。

しかし、海外から入ってきた当初アカシアという名で入り、成長が早く繁殖力の旺盛さから土木工事現場や精錬所などで禿山になった場所の緑化工事などに使われてきたが、今では困りものの植物の一つとされている。

 

長野県の古代名称信濃は、今でもあちこちで使われている科の字から、自分なりに科の木の多いところという意味から来たと思っている。

科の木というのは皮の下の繊維が丈夫で、子供のころこの木はポッキリと折れることがないところから、木登りをしていても落ちることの無い木だった。

ハート形の葉っぱと細かい花は印象に残っているが、今ではあちこちの山を歩いても滅多に見ることができなくなった。

衰えた科の木、繁殖したニセアカシア、これから、長野県をアカシアの国というのはどうだろうか。

 

           冗談だけど、、、、、

 

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2022年5月31日 (火)

いい湯だな

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#いい湯だな いい湯だな、、、

 

と、思わず鼻歌が出てきそうな気分になった。

二十九日 三十日と続いた猛暑の中少し熱めの温泉は身体にビンビンとしみこむような気分にさせてくれるのは暑い時期に熱いものをというむかしの我慢比べか暑気払いに通じるものがある。

長野県は小諸の布引温泉に義弟の見舞いと先日植えたジャガイモの草取り追肥、土寄せを兼ねて連泊をすることにした。

今月いっぱい長野県では”信州割り”というキャンペーンを行っていて、先月は静岡県は除外されていたのだが、今回は愛知県や岐阜県なども含めたほかの県とともに認定されたので、その便も含めて利用することにした。

露天風呂はもちろんだが、屋内の大浴場からも大きな窓越しに浅間山が眺めながらの入浴は真夏日の熱い太陽光線であぶられた肌に痛かゆい刺激を与えた。

最近では日帰り温泉に行くことがなくなっているが、日帰りと宿泊の違いは自分たちの感覚ではコロナ感染のリスクに違いがあるような気がする。

今回も体温、消毒はもちろんだが、信州割りの条件の一つにワクチン接種3回目完了というのがあって、その証明書を提示することも条件に入っていた。

 

とにかく、久しぶりの温泉はいいもんだ。

 

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2021年11月17日 (水)

煙が三筋たつ

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小諸でてみよ 浅間の山に

 今朝も三筋の 煙たつ

 

小諸と千曲川を隔てた旧浅科村から見た浅間山。

昨日は噴煙が見えなかったのに浅間山が音もなく青空にもくもく噴煙を上げていた。

新聞やテレビでは何も言っていなかったから、特に問題はないのかもしれないが、たまに行った自分たちには昨日は煙を見なかったので、、、、、、

 

頻尿のせいか、それとも余りの寒さのせいか、午前三時半の夜空は満天の星が輝いており、近年目の悪くなった自分には天の川やスバルの星数は判別できなくなったが、オリオンと北斗七星はくっきりと見えるくらい澄み切った夜空を展開していた。

これだけ澄み切った夜空は明け方の地上の草を凍らせて白く輝く。

 

 

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2021年11月12日 (金)

臙脂浅間

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浅間山に朝日が当たって臙脂色に染まった。

赤富士という現象は主に夕日が雪のかぶった富士を染め上げているときにあらわれるが、この臙脂浅間は山を取り巻くカラマツなのだろうか。

山頂に薄く積もった雪が前日に見えたが白髪を隠すかのように夜明け前から同じ格好のまま雲が切れない。

雲の格好は、その東側の雲も同様で何時間もほぼ形を変えないのは、その下の空気が放射冷却で冷やされているためかもしれない。

 

 

カムカム エブリボデー ハウトーアンドハワユ 

ワンツーハブサムキャンデー 

ワンアンドツーアンドスリフオフアイ

レッタスオール シンギング、、、、、

 

NHKの朝の連ドラで「カムカム エブリバデー」というのをやっていることに気づいた。

「お花はん」などが流行った昭和40年代は朝の連続ドラマは高視聴率を誇ったが、ここ数年はほとんど評判を聞くこともなくなっていたが、たまたま、テレビを入れっぱなしにしていたらこの題名が見えたのだが、この歌は子供のころ初めて覚えた英語の歌である。

当時歌の意味は分からなかったが、童謡「証城寺」を英語で歌うとこうなるんだという風に聞いたもので、当時は英語なんてわかるものは周りにはいなかった。

しかし、占領軍がジープに乗ってまだ舗装もされていなかった越中東街道沿いの道に来るとどこで覚えたか、誰が教えたのか「ギミアチョコ!」っていうとなにがしかの菓子を道に投げ捨てて風のように走り去っていくと地べたに落ちた菓子の奪い合いで道路に倒れこんだが、」上級生に引きはがされて、、、、、

 

悔しい思いをしたことをいまだに覚えている。

昭和も21年ころのことだった。

 

 

 

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2021年10月13日 (水)

一日も早く

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長野はいまシナノスイートの収穫の真っ最中だった。

早生の”ツガル”と晩収穫の”フジ”の間を埋めるリンゴであるが、実際にもその掛け合わせでできたリンゴだという。

そのため両方の特徴を受け継いでいるのだが、酸味のついた大きなリンゴはフアンも多いのだが、日持ちの良くないのはツガルの特徴でもある。

今年は、春先の霜害で収穫にムラがあるそうで、収量は少し少ないとのこと、、、、、、

 

義弟の入院の日、隣の集落に住む我々も世話になっていた人の奥さんが亡くなった。

義弟の入院のため夜道を帰るのをあきらめ、ビジネスホテルで一泊することにしたので時間が作れたのでお通夜に行ってきたが、そこで聞かされたのはコロナ禍による最近の入院事情だった。

患者はガンの末期症状で明日をも知れない状態が続いていた。

そんな患者なので、病院も見舞いを許してくれたのだが、まず見舞いの申請をすると、病院の方から時間を指定され、その時間に行くとまずPCRの検査を受けその二時間後 院生の結果が出るまで一室で待機させられ、許可が下りるのだが面会時間は15分しか与えられないという。

PCRの検査は同居親族のみであり、費用は毎回5,000円であるが、それでも最近は安くなった方だという。

そして、土日はその面会さえできないというので、いつ亡くなるかわからない状態の中で、臨終にはどれをとっても立ち会うことが難しいそうだ。

普通の病気でさえこうなのだから、不通に入院している患者やコロナで入院している患者は許可が下りないようで、義弟も退院するまで電話でやり取りするしかない。

コロナの患者も重症者が少なくなったとはいえ、まだ亡くなる人が多い中でその人たちの一種孤独死は察するに余りある。

何とか一日も早く新型コロナがインフルエンザ並みになることを祈る。

 

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