2018年9月17日 (月)

豊葦原瑞穂

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今日は「敬老の日」日本中に百歳を超える人が四万人もいるそうで、静岡県もそのうち2,000人ほどとのこと、新聞の四分の一ページほどを使って小さな字で名前を連ねていた。

自分もあと20年ほど生きていたら名前が載り銀杯がもらえるかしらん。

しかし、40年程前には老人の日には六十歳でお祝いしてもらい、バスの乗車券などを貰ったものだったが、自分が60歳になったときには確か七十五歳位にその水準が上がり、七十五歳になったときには何も聞かなくなった。

そしていま、百歳になると銀杯だそうだが、多分二十年後にはそんな制度はなくなっていることは予想がつく。

大体が敬老という生からして胡散臭い。

ほかの祝日同様、連休の材料にしているだけで、消費税を上げて、交通手段を奪って、、、、、いじめているだけではないのだろうか。

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いま700m前後の長野県の佐久平は黄金の波の中にある。

”豊葦原瑞穂の国”とはよく言ったもので稲穂の波は早く刈入れてくれと一斉に輝いているようだ。

地球温暖化によって美味しい米の産地は北海道や高冷地に移り行く中にあってこのあたりの米の評判はますます高くなってきた。

しかし、農業する人の高齢化による人手不足はこの地でも同じで、大型のコンバインなどで刈り入れをするようになってきた。

人手不足を解消するべく導入したコンバインも、ここしばらくの雨模様の天気は、田んぼがぬかるんで重い機械が入れなくて農作業が滞っているため、個人で以前のように稲刈り機を使用できる体力のある田んぼしかまだ稲刈りが出来ていない状態で、ところどころしか、茶色い土に変わっていなかった。

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2018年9月 1日 (土)

リンゴ園で

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長野はいまリンゴの最後の手入れに大忙し。

それこそいろんな種類があっていま取り入れているのは”つがる”でその次はシナノスイートか秋映か素人の自分には見た目ではわからない。

そして、こんなに手間のかかる果樹も珍しいのかもしれない。

春先の剪定、花や実を摘んで消毒をし、いまは満遍なく日が当たるように玉回しの時期ということで、足場台車をリンゴ畑の中、あちこちと移動させている。

おりしも台風が来週にも日本を縦断するとか、、、、、、

いままで、台風被害を免れてきた長野のリンゴ農家も気が気ではないだろう。

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2018年8月31日 (金)

安曇野で

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Img_0059気温十七度としばらく経験したことのない朝の空気を感じながら飛騨を後にし、安曇野に入った。

時間はまだ十時一寸と今晩宿にする義弟の家に行くのはまだ早すぎる時間なので、安曇野にいくつかある美術館を見て行こうということになり、前から気になっていた”いわさき ちひろ美術館”にむかう。

しかし、地図を見てもはっきりしないのでカーナビに案内してもらったが、意外と遠いことに気がついたのは、初めての道だったうえあちこちと細い道を走らされたためかもしれない。

カーナビも自分のように知識を披露するため、少しでも短いコースを取ろうとしているようだ。

ようやく着いた美術館はかなり広い敷地にあり、個人名を冠した美術館にしては広いなとおもったら、松川村が管理しているためだった。

まず、入場券売り場では、六十五歳以上の年寄りに割引制度があって、自己申告で割り引いてもらったのは、見るからに老夫婦という証明だったのかもしれない。(この辺は静岡県の美術館と違うところ)

入場してみると館内は明るく展示室には何度も見慣れた絵が飾られておりエントランスには切り紙細工が飾られているなど子供を生涯のテーマとして書き続けた作者の人柄が出ていた。また入場の際渡された小さな札は、外に出ても再度入場が可能ということで広い芝生の庭園を散策することが出きた。

Img_0072安曇野に入ってから日差しはきつくなっていたが、いわさきちひろ美術館を出るころには、気温も三十度越えをしており今朝方の涼しさがこいしくてたまらなくなった。

それでも、昼もすこしまわったころご飯にしようと、美術館を出、大王わさび園に立ち寄り食事をし、休憩を挟んで、今度は”碌山美術館”にむかう。

碌山はここ安曇野生まれで始めは絵を描いたようだが、のちにロダンに師事して近代彫刻の扉を開いた人といわれいる。

この美術館も判りにくいところにあり、教会風の建物を目当てにようやく探し当てた。

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2018年8月30日 (木)

雲居の御殿

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#飛騨の神岡 雲居の御殿、、、と歌われるようにスーパーカミオカンデのある飛騨市の神岡は雲が立ち込めている。

久しぶりに墓掃除に帰った神岡は折からの雨のあと、山のさこさこから立ち上がる霧が雲となって空につながって行く。

懐かしの山 懐かしの川、姿は変わっていないが人は変わり、見知らぬ人ばかりしかいない、、、、いま浦島太郎といったところ。

むかし勤めた鉱山も様変わりし、「もう知った人は居ないよね」と連れがいう。

「当たり前だよ。鉱山を離れて四十年、そのときに入った人でも今居りゃ勤続四十年だもの、、、、」

本家にあたる従兄弟も今じゃ九十一歳になんなんとして、幾分ボケ気味だと息子は言い、話しはたびたび振り出しに戻る。

しかし、「ご飯は美味い」といい、血色は良い、この分ではまだまだしばらく顔を見ることが出来そうだ。

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細い縮れ麵のラーメンはつゆがたっぷり絡まり、いつになっても懐かしの味で変わらない。

宿は奥飛騨温泉を予約しているので、あわただしくあちこちを訪ねて、ふるさと滞在時間は五時間程度、、、

また次の機会に、早々の挨拶でふるさとを後にした。

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2018年7月21日 (土)

今回は残念

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十九日、昨日にまして暑い日になりそうな気配は真夜中からあった。

窓を開けると千曲川対岸の小諸市内とその上に浅間山が見えるはずなんだけれど、浅間は雲の中、、、いや、そのあたりにうっすらと、、、と思うのは見えて欲しいと言う願望が蜘蛛の形をそうさせるのか。

「牛に引かれて善光寺」で有名な布引の地に建つ布引温泉は値段の手ごろさと浅間山を真正面に見る高台にあり、これで四回目の泊まりとなる。

いままで、その絶景を全て見ることが出来たが、今回は残念、、、

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昨日、頑張ったおかげで農作業は無事終えることができたので、今日はもっぱら連れたちのお付き合い、まずは宿から八kmはなれた義妹の家で用意してくれたブルーベリー5kgを貰い、ついで十km以上はなれた従兄弟の家に行き野菜とトウモロコシ三箱、そして、立科町に戻りブルーベリー狩り、そして、収穫してしたままトラックの荷台に載せていたジャガイモを仕分けし、自動車に載せると小さな車は隙間無しの満杯状態になってしまった。

落語家の林家こん平のせりふに「知人友人からのお土産を一杯いただきましたが、まだ鞄には若干の余裕があります」と言っていたが、自分の自動車には積みきれないものが出てきて、積みきれないものを若干次に来るまでと言って置いてきた。

静岡への帰り道車載の温度計は、甲府盆地で三十七度を記録しており、息を止める思いで通過し、たどり着いたが、五時を過ぎても三十一度と、、、、、、

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2018年7月20日 (金)

ジャガイモ掘り

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薄紫と言ったらよいのだと思うが、適切に花の色を言い当てるのが難しく感じるヤナギランの花。

比較的高山と言われる地帯に咲いている。

高さは一㍍に達する一本の幹をスーッと立てて二~三十個の花をその周りにつけている。山が火事や水害などで荒れるといち早く咲き出すが、周りが安定してくるとほかの植物に負けて姿を消す。

したがって、毎年のように花を咲かせるには、そのような状態を維持しなくてはならない。

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十七日朝早く静岡を出発したのは、涼しいうちに長野に到着したいと言う気持ちからであった。

しかし、山梨県と長野県の県境を七時ころ通過した際の外の気温は二十三度であった。標高1,400mほどの高地で、この時間にこの温度は初めてである。

そして、標高600mほどの立科町は九時前に二十八度と、暑い厚いと騒いでいた静岡となんら変わりの無い気温になっていた。

湿度は幾分低いが、風も無くこの気温ではとても畠に入ってジャガイモ掘りなんてしていたら熱中症間違いなしと判断して、、、、、

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十八日朝四時半におきて、五時から畠に入る。

前日のテレビでは今日も暑くなると言う予報なので、その前にと入ったのだが気温は最低気温が二十度もあり嫌な予感を感じながら入る。

例年のように重機で掘るのだが、今年は連作障害か気候の関係か作柄が良くなく例年の半分くらいしか収穫が無い、しかし、ジャガイモが不作であっても掘り出す手間は同じであり、八時半くらいまで作業を続けたが、体力が急速に衰え、朝ごはんをかねて休むことにした。

九時過ぎようやく弟夫婦が来たのと、幾分風があるので十時から再度畠に入り十一時までにようやく終了したときには、性も根も尽き果てたような感じがして、大の字にのけぞって一眠りしてしまった。

起きてから来年もこの調子なら出来ないね、、、、、と言うのが感想。、

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2018年6月19日 (火)

明け六つの鐘を聞きながら

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明け六つの鐘を聞きながら朝風呂に入っている。

右前方下に北向き観音境内が有り、長湯で火照った身体をベンチにゆだねて、梵鐘の音を聞く、、、、ちょっと罰当たりかななんて考えながら。

昨夜は、別所温泉に”あわせて110歳”と言うコースで泊まったが、年齢を確かめられることが無かったので残念でもあり、当たり前のことなんだと悟らされた。

弟夫婦を含めていずれも150歳を超えているのだから、サバの読みようも無い。

それにしても料理の多さは半端ではない。

あわせて110歳がこんなに健啖家なのだろうか。少なくとも1/3近くは食べ残しそうになり、ここでも、「もったいない、もう少し食べようよ」という戦後の食糧難を経験しているやからは無理して胃の附に収める。

アルコールの量も同様に、、、、、、、、おかげで、眠りにつくまで腹が重かった。

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2018年6月18日 (月)

てるてる坊主のおかげ

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「あと一時間ほどのところにいるんだけれどそっちのほうの天気はどう?」って弟夫婦からの電話が入った。

「こっちはまだ降ってないよ」っていうと「ウソ!、こっちは家を出るときから降っていて、いま土砂降りの中よ」とのこと。

自動車で一時間っていうと諏訪の当たりか、、、と、するとその雨はもうすぐこっちに来るんだろうかとあわててジャガイモの土寄せに精を出す。

今日は例年のようにジャガイモの追肥と土寄せのため長野に来ている。

佐久地方の天気予報では十七日が晴れ、十八日が曇り、十九日が雨だと言うので、あまり暑すぎても大変だし曇り空の下での農作業なら良かろうと、一週間前になって宿を予約しておいた。

他人は、「長野までジャガイモ植え?」なんていうが、大義名分はそうでも実際のところ温泉やどの入って、美味しいご馳走とを食べる女房孝行が主なのだ。

しかし、そうは言ってもジャガイモは良く育って欲しいのだが、残念なことに今年は茎の成長が悪いようだ、、、、義弟は「茎が悪くても大きなものが出ることがあるよ」と言ってくれてはいるが、、、、、、そして、期待していなかったニンニクは逆に素晴らしいものになり、「これじゃ農家はだしだよっ」っていうくらいの出きになっていた。

と、言うことでジャガイモに戻るが、何時降り出すかわからない状況になってきたようなので、「雑草抜きと追肥を優先にし土寄せはできなくても仕様が無いね」ってことで畑の作業を続けた。

その後、二時間近くたってようやく弟夫婦が到着した「雨もだったけど、峠の上り道で大型トラック二台の後をついたらこれが遅くて、抜くわけにも行かないし、、、」と、、、、

結局、大半が済んでからの到着になった。のんびりとやりながら弟の到着を待つという方式が崩れ、一人頑張りすぎになってしまった。

結局のところ、雨は降らずじまいでくたびれもうけ。

近所の保育園児が作ったてるてる坊主のおかげだったようだ。

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2018年4月21日 (土)

横綱を締めて

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立科町は山部の修学院津金寺にある学問杉とよばれる巨木がある。

終業の寺だと言うがあまり修行僧は見かけないが、この杉を植えたころは学問のお寺だったようだ。

公称では高さ50m 目通り8m 樹齢は800年と言われている。

まだ文化財などには指定されていないのは、その杉の形などが若々しいことにもあるかと思われる。

しかし、この近隣の杉の中では一~二をほこる大きさであり、その幹に巻かれた横綱は王者の風格を示している。

大相撲の横綱はこの木に巻かれた横綱よりはもっと立派なものであるが、風格の点においてはかなり劣ると言う気がするのは、、、、、、

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昨日の疲れを取ろうと温泉の宿に入ったが、最近に無く酒量をあげたのに寝苦しくて熟睡をした感もなく朝を迎えた。

帰り支度のひとつ、みやげ物買いと連れの従姉妹の家からこのあたりのブランド米である八重原米をもらうなどしたあと、名古屋方面に帰る弟夫婦と別れ帰宅することになった。

気温は27度をしめし、すっかり夏気分。おまけに、腹が八分目を越して十二分とくるとまぶたが重く、これではならじと午睡に入れば一時間余も眠ってしまった。

むかしに比べれば自動車道も延長され、片道六時間近くかかっていた復路も四時間すこしとなった。

そのあいだに歳は二十数年たち、疲れは同じかそれ以上になる。

”ゆっくり ゆっくり”と隣から呪文をかけられ、日没前にわが家に到着し完了する。

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2018年4月20日 (金)

捕らぬ狸の皮算用

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Img_0162赤い五弁の花びらを下向きに咲かせて鶯神楽はさいていた。

春、ウグイスが鳴くころ策から名付けられたと言うが、じゃ、神楽は何処から来たのか、、、、、

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今日、ようやく畑に入ることにした。

乾いたからと言うより、何時までも家を留守にするわけにはいかないということにもある。

義弟は小型の畝立て機を畑にもってきて、自分が一メートル置き、等間隔に引いた線を掘り起こす。

「ちょっと湿っているが、なんとかならぁ~」ってんで十七うねを彫り上げ、そこに肥料を蒔き、土をかぶせた上に25センチ間隔に種芋を置く。

弟夫婦も入って五人がかりで20kgの種芋を午前中一杯かかって仕上げる。

太陽は昨日同様かんかんと頭の上から照り付けるが、昨日一人でネギを植えたのに比べると時間がかかったのに楽に作業が出来た。

むかし、田植えをするとき田楽で囃しながら大勢の人が田植えをした絵をみると、こういう効果があったのかななんて考えながら、にんまりとする。

畑脇に腰を下ろして「こんなに植えて出来すぎたらどうしよう」なんて心配をする。

「まんだ、植えたばっかりに何言うだ」「今年の天気どうなんだろうな」

「きのう、〇〇のおっさんが言っていたけんど、今年はタラの芽が一向大きく成らんのだって」「どうも、気温は高いけんど地面の温度が高くならないんじゃないか」って言っていたよ。

”捕らぬ狸の皮算用”を植えたばかりの畑を見ながら話しのほうははずんでいく。

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