2017年4月20日 (木)

引っ込みがつかない

Img_0019


今年は全国的に春が遅かったようだが、ここ、長野の立科町も同様だったようで行ってみたら、今が桜の満開日でありたびたびの桜見物になった。

弟夫婦の都合や天気予報の都合もあったが、例年この時期になるとジャガイモの種を植えるのにかこつけた、旅行で立科町に出かけているのだが、春は一週間ほどの遅れを感じさせる。

この日は朝は放射冷却もあってか、気温が五度ほどまで下がり、咲いた桜も引っ込みが付かないようなように見えたのは、朝日を見に出かけたこちらの気持ち。

ジャガイモ畑、十八日の大雨でまだ湿り気が多く、畝堀り機が重たげに動いたものの、何とか、あわせて15kgの種芋の植え付けと、長ネギそして、生姜などを五人がかりで済ませることが出来た。

久しぶりに、一日半がかりでの畑作業は身体に堪え、終わった後は動きたくないほどのくたびれかた、、、、、、、、

夜は近くの温泉宿に行き疲れを取ることにしたが、わずかな酒に酔っ払ってしまい、積もる話をするまもなく睡魔に沈没させられてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年2月 7日 (火)

蜜を巡って

Img_0015


先月半ばには開花し始めたという早咲きの桜土肥桜は昨日の雨と風によって散り始めており、木の根元には花びらが散らばっていた。

見ようによっては、爛熟の時期であり姥桜の艶かしさとも言えるのかもしれない。

しかし、花の密度はソメイヨシノよりはるかに多いので、まだ、木は濃いピンクに染まっている。

土肥桜、開花を始めた河津桜とはどの辺が違うのか素人の自分には良く分からないが、幾分花の色が淡いのかな?という程度。

そして、この花の蜜が美味いようで、無数の目白が集まってきていたが、なかなか、仲良く蜜を吸うと言うわけにはいかないようで、自分の傍に来るほかのメジロを追い払うほうに力を入れているようにさえ見えるのは、この種の鳥の本能なのだろうか。

見た感じでは、ひとつひとつの花の蜜は少ないかもしれないが、圧倒的に花の数が多いので、競争しなくてもと思えるのだが、、、

たぶん、豊富な領土を持つ国が小さな島を他国に譲れないのに似ているとすれば、人間も同様なのだろうけれど。

今日も快晴の空は、花も海も引き立てて鮮やかさを増す。

富士山が土肥桜が遠来の客に対するご馳走だとすると、その役割を充分に果たしたことになる。

問いからの帰り道は、西海岸沿いの山道を登ったり降ったりしながら北に進んで沼津にはいる。 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2017年2月 6日 (月)

天気晴朗なれど

Img_0022


「天気晴朗なれど波高し!」それほど大げさなものではないが朝早く宿から「今日は波が高いためフェリーは欠航です}と言う電話が来た。

岐阜から来る姉の傘寿のお祝いに招待していたのだが、フェリーが欠航ということになれば陸路を行くしかない。

と、なると、少しでも早い到着が待たれる。しかし、車を運転してくる姉の連れ合いは八十三歳であり、下手に電話を入れて急かすようなことになれば、最近の高齢者運転の事故にもつながりかねないため、携帯への連絡できず、成り行きに任せることにした。

十一時過ぎ、ようやく到着したので、昼は何処かのサービスエリアで食べることにして出発した。

ところが、ウイークデーの昼時間と言うこともあって、道路は空いており三時すこし前には目的地土肥温泉に到着してしまった。

当初は、四時に清水発のフェリーに乗り、翌日朝から土肥桜を見る予定だったのがその日のうちに見ることが出来た。

幾分濃い目のピンク色した土肥桜は、先月半ばに咲き出したということもあって満開を過ぎ、かなり地面に花びらが落ちているという状態ではあったが、鑑賞には耐えるという咲き方であり、花好きの姉を喜ばせた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年12月 3日 (土)

今年最後の紅葉狩り

Img_0011


多分今年最後の紅葉見物になるであろう。

四月に孫娘が就職し、一人住まいをしている浜松へ様子見がてら連れ合いと出かけてきた。

部屋を見て、何とか一人暮らしも慣れてきた様子に安心したあと、どこかへでかけることにした。

フラワーパークなど花のある公園なども考えたが、花の一番少ない季節でありそんなところを見て歩いても、、、と考えた末に、天気も良いし、舘山寺に行ってロープウエイにでも乗ろうか、ということで話がまとまった。

しばらくぶり、という言葉が当てはまるくらい    浜松の市外に入ったのは十数年ぶりになるのだが、すっかり街中の道路状況は変わってしまい、かっては細い裏道まで覚えていたのだが、浦島太郎になった気分で街中をさまよったすえ、ようやく見覚えのある山を見つけてほうこうかんかくをとりもどし、ようやくたどり着いた。

ここまで来たのなら、今年一番の贅沢かもしれないが誕生祝をかねてうなぎを食べようということになり、腹ごしらえをすることにした。

「夏の土用のうなぎは暑さ負けをしており、冬に入ったいまが旬なのだ」なんていらぬ講釈をを聞き流して「おいしい」といって食べだす孫娘。

窓の外には、浜名湖とロープウエイとマガモやバンなどの水鳥を眺めることが出来るうなぎ屋。

.

.

Img_0006腹がくちくなってまぶたが重くなるが、予定のロープウエイで山頂に上がると、丁度紅葉が待ちかねていたかのように輝いていた。

風も無く、ぽかぽかとした陽気の中、季節がいっぺんに一ヶ月くらい逆戻りしたような雰囲気のなか、3人で紅葉狩りの散策を楽しんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月21日 (月)

初冬のトンボ

Img_0052


立科町の古刹、津金寺の池のうえをトンボがいくつも舞っていた。

秋になって田んぼの周りに降りてきたアキアカネだろうが、卵を生むという大事業を済ませたが、余力があってかまだ生き残っていたものたちであろう。

見る限り、尾羽打ち枯らしたとは見えないが、自分同様老後の命といって差し支えない。

繁殖期には、木や竹の先につかまって縄張りを守ってきたが、いまその必要もなくなり、太陽の熱を吸ってあったかくなた石にしがみついて暖を取っている。

.

.

今日、血圧の薬をもらいに薬局に行って調剤する間待っていたら、後から来たお客が、薬剤師と話していて「コーヒー味にしてください」なんていっていた。

そして、テレビでは「飲みやすい薬に力を注いでいます」というコマーシャルさえ出ていた。

われわれの小さかったころ薬は苦いものと決まっていた。

”良薬口に苦し”が当然であった。

長野に滞在中、弟の嫁が「身体にいいと聞いたからせっかく取り寄せた薬を不味いだの苦いだのなんていって飲まないのは言語道断。自分の身体のこと考えたらそんなこと言っていられないでしょ!」ときつく言っていたが、、、、、

もうその言葉、古くなってきたかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月19日 (土)

雨の中

Img_0130


昨夜遅くまで星の輝いていた夜空であったが、いつの間にか雨が降り出していた。

しとしとと降る雨の中、散歩をかねて集落の上まであがってみたが、昨日のような放射冷却も無く、霧に霞む山々は、まだ晩秋の趣が色濃く滲み出している。

集落を外れたすぐのところに、路傍の仏と庚申塚が雨に打たれ、侘しげにたっている。

雰囲気は「さびしさに 宿を立ちいでて ながむれば いづくもおなじ 秋の夕暮れ」という百人一首の歌がそのまま当てはまる感じの風景である。

この雨、予報によれば日中降り続くとのことであったので、「昼ごはんを食べてから出かけたら、、、」と言われたが、日が落ちてから雨の中を走るようなことになったら大変だと言う理由で、十時ころになって出発した。

りんご60kg以上と米30kg、のほか、土産の菓子、ねぎ、かぼちゃ、白菜などの農産物を車一杯に積み込んだ荷物は重く、途中何台もの車に道を譲りながら静岡に向けて走った。

道すがら雨は強弱を繰り返したものの、ワイパーを止めることは無いまま走り、清水の新東名インターからが一番激しく視界さえ不住な様相を示した。

ところが、静岡インターのすこし手前から西の空が明るくなり、家に着いた途端、雨が上がってしまった。

「こんなことって初めてだよね」と言いながら、荷下ろしをし車の労をねぎらった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年11月18日 (金)

花筏は

Img_0078


「今朝の気温はマイナス三度だったよ」とは、例年りんごを分けてもらっているりんご園の主人の話し、、、、。

昨夜来、布引温泉でぬくぬくと過ごし、恒例の朝風呂を楽しんでいた身にとっては、気温が低いことは分かっていたが、零下をさすところまで下がっていたとは知らなかった。

長野までの道すがら、例年なら葉を落としてしまっている落葉松がまだ黄金色に枝先を輝かせ、ときおり、真っ赤に燃えている紅葉さえある中で「今年は本寒い日が少ないのかな?」なんて話し合っていたばかりだった。

昨日今日と穏やかに晴れ上がった空が、放射冷却をおこしたのだろう。

.

兄弟それぞれに欲しいだけのりんごも積み終わり、それぞれに帰っていく中で、連れ合いの身体の調子が思わしくなかったので、もう一泊していくことにしたものの、自分自身は退屈をもてあまし、近所の津金寺に行って見た。

ここは、本堂前の大銀杏がすっかり葉を落とし、黄色い葉っぱをじゅうたんのように敷き詰めていた。

そして、そばの池には同じく葉を落とした別の銀杏を池に写しこみ紅葉や銀杏の葉を水面に浮かべて花筏を作っていたが、なんだか、もとの木を懐かしむようにまつわりついているかのように見えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月15日 (土)

森将軍塚古墳は

Img_0065


Img_0064千曲市にある森将軍塚古墳と言うものを見に行ってきた。

長野県のパンフレットだったかに、綺麗に石を敷き詰めた前方後円墳が載っているのを見たことがあって、一度は見てみたいと言う思いがあったので、今回出かけてみた。

じつは、そこに行くまで森将軍というひとの古墳だとばかり思っていたが、どうやら、千曲市森と言うところの地名を取り、将軍塚は長野県あちこちにあるそうで、ただ偉い人に対する称号だったようだ。

古墳に埋葬されている人で、名前が分かっているのは天皇家だけ、それもずいぶんとあやふやなそうで、地方の古墳は名前が分からないとのこと。

ただ古墳時代というのは、四世紀の一時期だけというから、いまから1,600年余むかしのことになる。

まず、麓にある科野の里歴史公園にある文化財センターによって出土品を見たあとバスに乗って山の中腹にある古墳まで連れて行ってもらうのだが、文化財センター見学とバス往復が500円で一人でも随時送り迎えしてもらえるという格安料金であった。

バスは曲がりくねった細い道を登り、駐車場に降りると目の前に開けた場所がありそこが古墳であった。

「帰り時間を指定してもらえれば、いつでも来ます」というので、30分後をお願いし、前方部分から上っていくのだが、後円部分につくと眼下に千曲市の市街地がそして、遠くには北アルプス、戸隠飯綱の山々が一望できる絶景の地であった。

空は快晴、そよ風が心地よく吹くこの場所は、ここに葬られている人が望んだのもうなづける気がする。

さて、古墳であるが、文化財センターでも気がついたのだが、全体を葺き石で綺麗に包んでいることであった。

これだけの石を敷き詰めると言うのは、」人力しかなかった古代では一大事業であったことと思うが、前方部分は川原から持って上がったらしい丸砂利となると、、、、気が遠くなるくらいの労力である。

これまで古墳は、いくつか見て来たがこれほど綺麗に敷き詰めたものは知らない。そして、古墳の周りに並べてある埴輪も一風変わっていると見た。

いままで、埴輪と言えば、目の部分をくりぬいた人型のものが種であると思っていたが、ここにはそれが一体もなく、かわって、家型埴輪、円筒埴輪、朝顔形は二派などどれも高さ80センチくらいの大型のものしか見当たらない。

かえり、迎えに来たバスの運転手と話したが、文化財センターにある出土品をモデルにしたレプリカであるが、九州のほうの窯で焼き上げているため、ひとつ、30万円から100万円もするとそうだ。

この日も設置する業者が来ていたが、円頂部などで甕に石を投げないでくださいという立て札を見たとき、いくつかが壊されてのだなとと察してしまった。

いま、隣の上田市などではテレビの「真田丸」で観光客が殺到し、自動車が渋滞している中ここらは観光客も無し、ふもとの芝生は地元の人たちしかいないような雰囲気であり、文化財センターなども貸しきり状態。

「どうしてここにきたの?」と聞かれたので、「真田丸の主役のにやけた顔が嫌いで見ていないから、興味が無いの」といったら、「わたしもそうなの」と答えた人がいたので、、、、、

世の中、自分みたいなのが結構いるんだなって、うれしくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016年10月14日 (金)

”うつかる”の湯から

Img_0094


Img_0104朝まだ明けやらぬころに、露天風呂に向かう。

白々とした空の向こうに、浅間山が湯気の向こうで黒く煙を立てているのがみえ、ほかの入浴者がいないのを見透かしてカメラを持ち込む。

気温は標高が1,450mという四阿山の中腹にあるため、三度と低いが、首まで”うつかる”の湯に沈めて朝日が上がるのを待ち構えている。

”うつかる”とは、信州の方言で「もたれかかる」という意味だと立て札に書いてあり、ちょうど越し掛けの背もたれくらいの角度で傾斜しており、湯の温度が低めに設定されているため長風呂が出来るようになっていた。

昨夜は、雲ひとつ無い空に十三夜の月が煌々と輝いていたたので、それを風呂から眺めていたが、月が明るすぎて星の数がかなり少なかったのが残念と言えば残念であった。

なんでも両方が良いということはないという見本のような月夜であった。

そして、六時過ぎ煙が赤くなり、浅間が濃い紫になる。

なんだか自然と一体になったような気がして至福のひと時と言った感じ、、、、、

しかし、そのころになると、さすがのぬるい露天風呂でも長湯の影響が出てきてのぼせ気味になるとともに、ほかの人も入ってきたので上がることにした。

至福は長く続かないものである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2016年10月13日 (木)

実るほど

Img_0118
実りの少ない稲穂は浅間山の噴煙を眺めている

三ヶ月ぶりに長野へ行った。

九月の長雨のため田んぼに入れなかったとのことで、稲刈りが遅れ、晴天率の高い佐久地方でも、まだ田んぼの稲刈りが出来ていないところが結構ある。

しかし、秋も深まってきたため、田んぼは見事なほど黄金色に輝き、まぶしいくらいである。

じつは、九月はじめに「去年植えてよいのが採れたから、植えてみたら」とニンニクをもらっていたのに買い足して、植えようと思っていたが、長野から「連日、雨もよいの日が続くので、畑には入れない」と言う連絡が来ていた。

そして、ようやく昨日になって、雨も上がり、畑には入れるようになったとの知らせで向かったわけ、、、、、

長野に着いて「見事な田んぼを見たよ。風も吹かなかったようで倒れて発芽しているかと思っていたが、、、」といったら「穂が軽いから倒れていないんだよ!、昨年よりかなり収量が落ちている」とのことだった。

これは初耳だが、言われてみればそうなんだとわかる。

よく実るとひとつの穂に120粒ほども実がつき垂れ下がり、すこしの風などで倒れるのだが今年は80~100くらいかな、、、、、、、

”実るほど頭がさがる稲穂かな”という言葉がそのまま当てはまるのだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧