2019年3月15日 (金)

春はまだ

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夜が白々と明け染めた時間だが腹をすかせたヒヨドリが木に群れていた。

よく見ればほとんどヘタだけになった柿の実の残り少ない部分を掘り起こすようにして漁っているようだ。

信州の春はまだ来ていないようで、彼らの食べ物はいまが一番少ないときではなかろうか。

おもえば、自分たちも子供のころ食べるものがなく年がら年中飢えていた時期があり、地面を覆い隠す雪を恨めしく見た経験がある。

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2019年3月14日 (木)

道祖神にうっすらと

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朝方になってちらほらと降り出した雪は、気温も低かったようで溶けずに残り、道祖神のまわりを白く染めていった。

先日来長野から貰ってきていた米の残量がすくなくなっていたので送ってもらうおうか受け取りに行こうか、それとも四月のジャガイモ時期までその場しのぎにすこし買っておこうかと考えていたが、十一日、静岡と山梨を結ぶ中部縦貫道が延伸したこと受け、物珍しさもあって出かけてみようかということになった。

十三日、朝七時に家を出て、新東名清水ジャンクションから山梨方面富沢方面に向けて車を入れたのだが、土地が狭かったのか合流地点がカーブしている上進入経路が短いのでかなり危ない状態になるのではないかという気がした。

道路は片側一車線の対面交通で山間部を走るので上り下りと左右に曲がるジエットコースター道路とも言うべき感じを受けた。

初めての道路なので余計に感じたのかもしれない。

そのあと、一般道におりて、身延から再び中部縦貫道に入るわけだが、こちらは先に走った道路同様対面交通でトンネルが多い車線ながらまっすぐに近い道路だったので走りやすかった。

そのまま中央道長坂インター走り、野辺山を越えて最北端の中部縦貫道佐久南インターまで走ったのだが、所要時間三時間とすこし、前回より30分短縮したことになる。

三十年ほど前までは長野県佐久へ行くとなると、約六時間のコースであり、そんなに行けるところではなかったが、、、、、、通行料はかかるが時間は半減し、途中で休憩する回数も減ってきた。

静岡~中央道区間が今年度中に全然開通となると、道路公団が言っているがもしそうなったら、このうえどれほど時間短縮になるだろう。と楽しみになる。

そうすれば、「長野までジャガイモを植えに行く」というのも今まで見たいに馬鹿にされることはなくなるのではないかと期待している。

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2018年11月21日 (水)

枯れ薄の向こうに

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十九日トイレから見上げる夜空にはおなじみのスバルやオリオン、北斗七星など名だたる星座を見ることが出来る。

しかし、こんなところでもミルキーウエイ、銀河の流れが見えないのは視力が落ちたばかりではないような気がする。

あの名も無き星たちは何処へ行ってしまったのだろうか。

二度寝のあと六時近くに起きてみれば空には雲ひとつ無い晴天で空気は冷え切っていた。

だが、体感温度は別にして地上はそんなに冷えていない様子で、霜は降りていない。

浅間山や蓼科岳が黒く明け方の空に浮かび、寂しげに立つ枯れ薄がなんとも侘しげに見えた。

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昨夜のテレビで日産のカロルス ゴーン会長が逮捕されたと放送されびっくりしていたら、そのあとすぐに日産の社長の会見があった。

なんでも、内部告発による不正疑惑が元だそうで、会長が日本に帰ってきたタイミングでの同行だったそうで、知らぬは会長のみという状態のようだ。

二十年ほど前破綻寸前の日産自動車をV字回復させた功労者だったはずだが、長年権力の座にいると、イエスマンばかりが取り巻き、周りが見えなくなってしまう典型だったようだ。

このV字回復の際、かなりの数の社員たちの首を切って目先の利益追求が、コンプライアンスをなくしてしまい、最近の不祥事を起こしたのかもしれないと思うと、人生ばかりでなく会社というものも「あざなえる縄の如し」「会社万事塞翁が馬」という故事がいまだ消えていないことがわかる。

それにしても、ゴーンに引導を渡された名も無き星たちはいま何処で輝いているのだろうか。

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2018年11月20日 (火)

破れかぶれの凧

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毎年自分の兄弟が集まる長野でのりんご狩りを今年も行なってきた。

今年は一組が身体の調子に自信がないと欠席したので、三組になったが年々気づかないうちに歳をとり、あと何年こんなことが出来るのかと、、、、

りんご狩りといっても木からもぎ取るのは、何年も前から止めており、以後は知り合いの農家から分けてもらうので”りんご狩り”に名を借りた兄弟会になっている。

十一月十七日、先日植えつけておいたニンニクの成長具合を確かめ、追い肥と草むしり、そして、仁多ネギの収穫をした。

静岡からきて、午後二時間ほどの農作業ながら、中腰の仕事に長時間の運転疲れがかさなりかなり疲れて、ふらふらとしながら義弟の家にもどる。

そばの、りんご畑には夏の間じゅうりんの木の上ではためいていた、猛禽類に似せた凧が台風や太陽光線に曝され、破れかぶれになりながらも空を舞っている。

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2018年10月18日 (木)

台風で鮎下る

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愛知県矢作川水系には鮎を取るための簗場があちこちにあり、そのひとつの平瀬やなというのに出雲旅行に先立って行ってきた。

ここらからが良かろうと新東名の岡崎東インターで下りて、あとはカーナビにお任せでいったのが間違いの元だった。

曲がりくねった細い道をあちこち引きずりまわされて右に左にと、何処にいるのか分からないくらい走ってからようやく、足助からの道に出た。

約四十分、「こんなんなら豊田から足助周りで入ったほうがよっぽど早かった」とぼやきながら人気の少ない簗場に下りていくと、「つかみ取りは終わりました」の看板がたっていた。

聞いてみると先月末の台風22号で水かさが三メートルほど上昇しその影響で鮎がみんな流れ下ったようで今では落ち鮎がかからなくなってしまったとのこと、、、

鮎の下らない簗に行って見ると空の加減もあってかねっとりとした感じの水が、堰で集められて簾に落ちている。

「折角ここまで来たのに」とがっかりしてたら、「塩焼きは出せますよっ」とのこと、それではと”鮎の塩焼き定食”を頼みだしてもらったが、腹いっぱいの卵を持った鮎の味は焼き加減もあって美味しかった。

腹が苦い若い鮎に蓼酢をかけて食べるのもいいが、今の時期は子持ちのほうが美味いと思う。

それにしても、静岡ではどうして簗漁をするところが無いのだろうか。

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Img_0011そんなこんなで食事のあと帰り道、ちらほらと桜の花を見つけた。

車を止めてみると淡いピンクの花びら、、、、十月桜だ。

春の桜のように華やかさではなく、はかなさを感じさせる花の咲き方、、、同じ種類の花でも季節や空模様で感じ方はずいぶん違うものである。

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2018年10月16日 (火)

素朴な出雲神楽

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十月十二日の宿は玉造温泉。

小さな川を真ん中にしてその両側に宿をはじめとして娯楽施設などが並ぶ町並みは、秋田の銀山温泉を思わせる。

宿は幾分古く、別棟は昭和天皇も泊まったというのが自慢の保性館という名の温泉宿。

はじめは宍道湖のそばとも思っていたが、ここに決めたのは、午後八時半から出雲神楽が催されるとあったからである。

宿から五分ほど離れた場所にある「ゆーゆ」というところで行なわれ、神楽はこの地方のあちこちのグループ五社中が交代に金 土 日の三日間十月一杯公演する。

そして、この日は雲南市の佐世神楽社中が公演した。

筋書きは子供のころからよく聞いた須佐之命が八岐大蛇を退治するくだりであり、これは何処の社中も同様であるそうだが、この社中の代表者によると古い形式を残したものであるという。

全部の神楽を見たわけではないので分からないが、以前何かで見たものに比べれば素朴な感じだったのは分かった。

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絵よりも庭で有名な足立美術館

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夜が明けて、ここにくれば必ず寄らなければならないだろうとおもわれる十三日は足立美術館である。

前の夜連れから、足立美術館にはどんなものがあるのって聞かれたが、美術館の外の景色が素晴らしいだと言うくらいしか知らなかったので答えることが出来なかった。

十時に到着してみると、すでに駐車場はかなり埋まり、入り口には行列が出来ていた。

その半分くらいは中国人か????みんなスマホをあちこちに向けて撮影に余念が無く、集団で移動するためその中にまぎれると押されるような動きしか出来ない。

そのため、ところどころで休んではやり過ごしながらの移動であった。

美術館の庭は確かにテレビで紹介されているようにすばらしいものであったが、館内の展示品は横山大観の作品を中心にしてあのころの日本の画家の作品が数多く展示されていた。

しかし、ここ三日の旅行で足が疲れ、展示室の椅子に腰を下ろすようになると、館内の展示物に集中することが出来なくなり、もったいないと思いながらも一通り目で追うだけの鑑賞になってしまった。

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外に出て、米子自動車道から中国自動車道~名神などを回って豊田市に帰り着いたのはやはり六時間後の七時すぎ、、、、、

無事事故も無く、喧嘩もしないで楽しく帰ってこられたのを感謝し、また祝杯で夜もふけ、いつの間にやらそのままぐっすりと寝込んでしまった。

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2018年10月15日 (月)

驚いた 驚いた

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十月十二日、この日の予定は国宝松江城と出雲大社、そして、夜は出雲神楽ということであった。

松江の城に着いたのは午前十時すこし前であったが、すでに駐車場は満杯であり、道路上に駐車待ちの車の列が出来ていた。

近くに民間の駐車場でもないかと捜し歩いたが分からず、裏手の駐車場に入れようとして近所の人に聞いたら、最初の大手門前の駐車場で待っていたほうが良いというのでまた元のところに戻ったが、それからが長かった。これだけ車で来る人が多いのに駐車場が少なすぎると文句たらたら、、、、、

ようやく順番が来て、大手門には入れたのは待ちだしてから四十五分後のこと、見事な城壁と樟を見て天守閣に行くには十五分ほど坂道を上った先で、案外城門を破られると持ちこたえられないような感じがした。

天守閣は同じく国宝の犬山城よりかなり大きいが松本城より小さ目か、、、、しかし、入り口から見上げた真っ黒な天守閣は威圧感充分である。

木造の急な階段を登って最上階に国宝認定書があったが、昭和二十七年かともったら平成二十七年とのこと、それこそやっとこの間のことに驚いた。

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Img_0094ついで、今回最大の目的であった出雲大社に向かったのだが、予想より離れていることに驚く、そして、駐車場脇の食堂に入って名物出雲蕎麦を食べたのだが、小さなおわん三個にそれぞれ違った具が載った”三色割りこ蕎麦”というのが思ったより美味しく安かった。

名物に美味いものなしとか観光地の食堂は、、というつもりだったのでこれまた驚く、、、

腹ごなしを兼ねて参拝のあと、あちこちを巡り歩いてみたがテレビでもよく見る注連縄は予想通り、本殿裏から格子越しに覗いてみるが全容がはっきりしない。

もし、神話のように十六丈(48m)もあったとしたら、さぞかし壮観であったろうがなんて考えてしまった。

十月は神在月とか、そこここに見物衆に混じって神さまもそぞろ歩いているんだろうか、どれが神さまなのかな、、、いや、ひょっとするとみんな神さまかもしれないし、自分も神様なのかもしれないなんて傘寿の老人は思いながら参拝者を眺めている、、、、、

ああ~あ、疲れた。今日はこの辺で、、、だんだん

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2018年10月14日 (日)

まずは鳥取へ

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雨の砂丘は人影も疎ら

世間的には十月を神無月というが、出雲地方では神在月というそうだ。

全国八百万の神々がここに集い、縁結びなど将来について話し合うのだという。

そこで、最近神さまになりかかっている我々も招待状が来ていないのだが、この集いに参加しようと鳥取経由で出雲大社に向かった。

この話しは、以前から自分が傘寿を迎え、弟夫婦が喜寿に、連れ合いが後期高齢者になった祝いをどこかでやろうということから始まった。

そして、計画が始まると自動車で行こうよと弟が言い出し、静岡に住む自分は豊田市までいってそこで合流し往復1,500kmという長旅を決行した。

自動車の運転は、四分六から七三くらいの割合で弟が多く受け持ってくれたが、大阪近辺の複雑な道もあって、順調に走ることが出来たものの、さすがに帰ってきた今日は疲れが溜まってしまった。

十月十一日、朝六時に出発、380km走って鳥取砂丘に到着してが、あいにくの小雨模様、、、、、、傘をさすかどうかくらいの降りだったので、折りたたみの小さな傘で海岸の小山を目指して歩いてみた、、、、、、

景色としては何度かテレビで見ている風景だったので始めてという気がしない。

「海岸そばの砂丘までの距離もよくテレビと実際の規模の差がありすぎてがっかり」ということも無いし、雨で湿気た砂丘は人も少ない上歩きやすいなど印象は良かった。

その後、砂丘美術館を見、白兎海岸を経由して宿のあるハワイ温泉に向かった。

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部屋と風呂からの景色は格別

Img_0057当初、ハワイ温泉という温泉地は聞いたことも無かったので、「なんじゃこりゃ」なんて思ったが、羽合と書いてハワイと読ませるようで、何軒かの宿が固まった場所、東郷湖の畔に立つ宿に入った。

この宿の特徴は、湖に面して四 mほどのガラス一枚を使った窓があり湖がすぐ目の前に広がっていることであった。

露天風呂も同様な設計になっており、景色を売りにした宿のためか、食事のほうは生きあわびなども出たが、、、、、、

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2018年9月17日 (月)

豊葦原瑞穂

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今日は「敬老の日」日本中に百歳を超える人が四万人もいるそうで、静岡県もそのうち2,000人ほどとのこと、新聞の四分の一ページほどを使って小さな字で名前を連ねていた。

自分もあと20年ほど生きていたら名前が載り銀杯がもらえるかしらん。

しかし、40年程前には老人の日には六十歳でお祝いしてもらい、バスの乗車券などを貰ったものだったが、自分が60歳になったときには確か七十五歳位にその水準が上がり、七十五歳になったときには何も聞かなくなった。

そしていま、百歳になると銀杯だそうだが、多分二十年後にはそんな制度はなくなっていることは予想がつく。

大体が敬老という生からして胡散臭い。

ほかの祝日同様、連休の材料にしているだけで、消費税を上げて、交通手段を奪って、、、、、いじめているだけではないのだろうか。

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いま700m前後の長野県の佐久平は黄金の波の中にある。

”豊葦原瑞穂の国”とはよく言ったもので稲穂の波は早く刈入れてくれと一斉に輝いているようだ。

地球温暖化によって美味しい米の産地は北海道や高冷地に移り行く中にあってこのあたりの米の評判はますます高くなってきた。

しかし、農業する人の高齢化による人手不足はこの地でも同じで、大型のコンバインなどで刈り入れをするようになってきた。

人手不足を解消するべく導入したコンバインも、ここしばらくの雨模様の天気は、田んぼがぬかるんで重い機械が入れなくて農作業が滞っているため、個人で以前のように稲刈り機を使用できる体力のある田んぼしかまだ稲刈りが出来ていない状態で、ところどころしか、茶色い土に変わっていなかった。

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2018年9月 1日 (土)

リンゴ園で

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長野はいまリンゴの最後の手入れに大忙し。

それこそいろんな種類があっていま取り入れているのは”つがる”でその次はシナノスイートか秋映か素人の自分には見た目ではわからない。

そして、こんなに手間のかかる果樹も珍しいのかもしれない。

春先の剪定、花や実を摘んで消毒をし、いまは満遍なく日が当たるように玉回しの時期ということで、足場台車をリンゴ畑の中、あちこちと移動させている。

おりしも台風が来週にも日本を縦断するとか、、、、、、

いままで、台風被害を免れてきた長野のリンゴ農家も気が気ではないだろう。

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