2018年10月18日 (木)

台風で鮎下る

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愛知県矢作川水系には鮎を取るための簗場があちこちにあり、そのひとつの平瀬やなというのに出雲旅行に先立って行ってきた。

ここらからが良かろうと新東名の岡崎東インターで下りて、あとはカーナビにお任せでいったのが間違いの元だった。

曲がりくねった細い道をあちこち引きずりまわされて右に左にと、何処にいるのか分からないくらい走ってからようやく、足助からの道に出た。

約四十分、「こんなんなら豊田から足助周りで入ったほうがよっぽど早かった」とぼやきながら人気の少ない簗場に下りていくと、「つかみ取りは終わりました」の看板がたっていた。

聞いてみると先月末の台風22号で水かさが三メートルほど上昇しその影響で鮎がみんな流れ下ったようで今では落ち鮎がかからなくなってしまったとのこと、、、

鮎の下らない簗に行って見ると空の加減もあってかねっとりとした感じの水が、堰で集められて簾に落ちている。

「折角ここまで来たのに」とがっかりしてたら、「塩焼きは出せますよっ」とのこと、それではと”鮎の塩焼き定食”を頼みだしてもらったが、腹いっぱいの卵を持った鮎の味は焼き加減もあって美味しかった。

腹が苦い若い鮎に蓼酢をかけて食べるのもいいが、今の時期は子持ちのほうが美味いと思う。

それにしても、静岡ではどうして簗漁をするところが無いのだろうか。

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Img_0011そんなこんなで食事のあと帰り道、ちらほらと桜の花を見つけた。

車を止めてみると淡いピンクの花びら、、、、十月桜だ。

春の桜のように華やかさではなく、はかなさを感じさせる花の咲き方、、、同じ種類の花でも季節や空模様で感じ方はずいぶん違うものである。

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2018年10月16日 (火)

素朴な出雲神楽

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十月十二日の宿は玉造温泉。

小さな川を真ん中にしてその両側に宿をはじめとして娯楽施設などが並ぶ町並みは、秋田の銀山温泉を思わせる。

宿は幾分古く、別棟は昭和天皇も泊まったというのが自慢の保性館という名の温泉宿。

はじめは宍道湖のそばとも思っていたが、ここに決めたのは、午後八時半から出雲神楽が催されるとあったからである。

宿から五分ほど離れた場所にある「ゆーゆ」というところで行なわれ、神楽はこの地方のあちこちのグループ五社中が交代に金 土 日の三日間十月一杯公演する。

そして、この日は雲南市の佐世神楽社中が公演した。

筋書きは子供のころからよく聞いた須佐之命が八岐大蛇を退治するくだりであり、これは何処の社中も同様であるそうだが、この社中の代表者によると古い形式を残したものであるという。

全部の神楽を見たわけではないので分からないが、以前何かで見たものに比べれば素朴な感じだったのは分かった。

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絵よりも庭で有名な足立美術館

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夜が明けて、ここにくれば必ず寄らなければならないだろうとおもわれる十三日は足立美術館である。

前の夜連れから、足立美術館にはどんなものがあるのって聞かれたが、美術館の外の景色が素晴らしいだと言うくらいしか知らなかったので答えることが出来なかった。

十時に到着してみると、すでに駐車場はかなり埋まり、入り口には行列が出来ていた。

その半分くらいは中国人か????みんなスマホをあちこちに向けて撮影に余念が無く、集団で移動するためその中にまぎれると押されるような動きしか出来ない。

そのため、ところどころで休んではやり過ごしながらの移動であった。

美術館の庭は確かにテレビで紹介されているようにすばらしいものであったが、館内の展示品は横山大観の作品を中心にしてあのころの日本の画家の作品が数多く展示されていた。

しかし、ここ三日の旅行で足が疲れ、展示室の椅子に腰を下ろすようになると、館内の展示物に集中することが出来なくなり、もったいないと思いながらも一通り目で追うだけの鑑賞になってしまった。

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外に出て、米子自動車道から中国自動車道~名神などを回って豊田市に帰り着いたのはやはり六時間後の七時すぎ、、、、、

無事事故も無く、喧嘩もしないで楽しく帰ってこられたのを感謝し、また祝杯で夜もふけ、いつの間にやらそのままぐっすりと寝込んでしまった。

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2018年10月15日 (月)

驚いた 驚いた

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十月十二日、この日の予定は国宝松江城と出雲大社、そして、夜は出雲神楽ということであった。

松江の城に着いたのは午前十時すこし前であったが、すでに駐車場は満杯であり、道路上に駐車待ちの車の列が出来ていた。

近くに民間の駐車場でもないかと捜し歩いたが分からず、裏手の駐車場に入れようとして近所の人に聞いたら、最初の大手門前の駐車場で待っていたほうが良いというのでまた元のところに戻ったが、それからが長かった。これだけ車で来る人が多いのに駐車場が少なすぎると文句たらたら、、、、、

ようやく順番が来て、大手門には入れたのは待ちだしてから四十五分後のこと、見事な城壁と樟を見て天守閣に行くには十五分ほど坂道を上った先で、案外城門を破られると持ちこたえられないような感じがした。

天守閣は同じく国宝の犬山城よりかなり大きいが松本城より小さ目か、、、、しかし、入り口から見上げた真っ黒な天守閣は威圧感充分である。

木造の急な階段を登って最上階に国宝認定書があったが、昭和二十七年かともったら平成二十七年とのこと、それこそやっとこの間のことに驚いた。

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Img_0094ついで、今回最大の目的であった出雲大社に向かったのだが、予想より離れていることに驚く、そして、駐車場脇の食堂に入って名物出雲蕎麦を食べたのだが、小さなおわん三個にそれぞれ違った具が載った”三色割りこ蕎麦”というのが思ったより美味しく安かった。

名物に美味いものなしとか観光地の食堂は、、というつもりだったのでこれまた驚く、、、

腹ごなしを兼ねて参拝のあと、あちこちを巡り歩いてみたがテレビでもよく見る注連縄は予想通り、本殿裏から格子越しに覗いてみるが全容がはっきりしない。

もし、神話のように十六丈(48m)もあったとしたら、さぞかし壮観であったろうがなんて考えてしまった。

十月は神在月とか、そこここに見物衆に混じって神さまもそぞろ歩いているんだろうか、どれが神さまなのかな、、、いや、ひょっとするとみんな神さまかもしれないし、自分も神様なのかもしれないなんて傘寿の老人は思いながら参拝者を眺めている、、、、、

ああ~あ、疲れた。今日はこの辺で、、、だんだん

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2018年10月14日 (日)

まずは鳥取へ

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雨の砂丘は人影も疎ら

世間的には十月を神無月というが、出雲地方では神在月というそうだ。

全国八百万の神々がここに集い、縁結びなど将来について話し合うのだという。

そこで、最近神さまになりかかっている我々も招待状が来ていないのだが、この集いに参加しようと鳥取経由で出雲大社に向かった。

この話しは、以前から自分が傘寿を迎え、弟夫婦が喜寿に、連れ合いが後期高齢者になった祝いをどこかでやろうということから始まった。

そして、計画が始まると自動車で行こうよと弟が言い出し、静岡に住む自分は豊田市までいってそこで合流し往復1,500kmという長旅を決行した。

自動車の運転は、四分六から七三くらいの割合で弟が多く受け持ってくれたが、大阪近辺の複雑な道もあって、順調に走ることが出来たものの、さすがに帰ってきた今日は疲れが溜まってしまった。

十月十一日、朝六時に出発、380km走って鳥取砂丘に到着してが、あいにくの小雨模様、、、、、、傘をさすかどうかくらいの降りだったので、折りたたみの小さな傘で海岸の小山を目指して歩いてみた、、、、、、

景色としては何度かテレビで見ている風景だったので始めてという気がしない。

「海岸そばの砂丘までの距離もよくテレビと実際の規模の差がありすぎてがっかり」ということも無いし、雨で湿気た砂丘は人も少ない上歩きやすいなど印象は良かった。

その後、砂丘美術館を見、白兎海岸を経由して宿のあるハワイ温泉に向かった。

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部屋と風呂からの景色は格別

Img_0057当初、ハワイ温泉という温泉地は聞いたことも無かったので、「なんじゃこりゃ」なんて思ったが、羽合と書いてハワイと読ませるようで、何軒かの宿が固まった場所、東郷湖の畔に立つ宿に入った。

この宿の特徴は、湖に面して四 mほどのガラス一枚を使った窓があり湖がすぐ目の前に広がっていることであった。

露天風呂も同様な設計になっており、景色を売りにした宿のためか、食事のほうは生きあわびなども出たが、、、、、、

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2018年9月17日 (月)

豊葦原瑞穂

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今日は「敬老の日」日本中に百歳を超える人が四万人もいるそうで、静岡県もそのうち2,000人ほどとのこと、新聞の四分の一ページほどを使って小さな字で名前を連ねていた。

自分もあと20年ほど生きていたら名前が載り銀杯がもらえるかしらん。

しかし、40年程前には老人の日には六十歳でお祝いしてもらい、バスの乗車券などを貰ったものだったが、自分が60歳になったときには確か七十五歳位にその水準が上がり、七十五歳になったときには何も聞かなくなった。

そしていま、百歳になると銀杯だそうだが、多分二十年後にはそんな制度はなくなっていることは予想がつく。

大体が敬老という生からして胡散臭い。

ほかの祝日同様、連休の材料にしているだけで、消費税を上げて、交通手段を奪って、、、、、いじめているだけではないのだろうか。

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いま700m前後の長野県の佐久平は黄金の波の中にある。

”豊葦原瑞穂の国”とはよく言ったもので稲穂の波は早く刈入れてくれと一斉に輝いているようだ。

地球温暖化によって美味しい米の産地は北海道や高冷地に移り行く中にあってこのあたりの米の評判はますます高くなってきた。

しかし、農業する人の高齢化による人手不足はこの地でも同じで、大型のコンバインなどで刈り入れをするようになってきた。

人手不足を解消するべく導入したコンバインも、ここしばらくの雨模様の天気は、田んぼがぬかるんで重い機械が入れなくて農作業が滞っているため、個人で以前のように稲刈り機を使用できる体力のある田んぼしかまだ稲刈りが出来ていない状態で、ところどころしか、茶色い土に変わっていなかった。

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2018年9月 1日 (土)

リンゴ園で

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長野はいまリンゴの最後の手入れに大忙し。

それこそいろんな種類があっていま取り入れているのは”つがる”でその次はシナノスイートか秋映か素人の自分には見た目ではわからない。

そして、こんなに手間のかかる果樹も珍しいのかもしれない。

春先の剪定、花や実を摘んで消毒をし、いまは満遍なく日が当たるように玉回しの時期ということで、足場台車をリンゴ畑の中、あちこちと移動させている。

おりしも台風が来週にも日本を縦断するとか、、、、、、

いままで、台風被害を免れてきた長野のリンゴ農家も気が気ではないだろう。

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2018年8月31日 (金)

安曇野で

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Img_0059気温十七度としばらく経験したことのない朝の空気を感じながら飛騨を後にし、安曇野に入った。

時間はまだ十時一寸と今晩宿にする義弟の家に行くのはまだ早すぎる時間なので、安曇野にいくつかある美術館を見て行こうということになり、前から気になっていた”いわさき ちひろ美術館”にむかう。

しかし、地図を見てもはっきりしないのでカーナビに案内してもらったが、意外と遠いことに気がついたのは、初めての道だったうえあちこちと細い道を走らされたためかもしれない。

カーナビも自分のように知識を披露するため、少しでも短いコースを取ろうとしているようだ。

ようやく着いた美術館はかなり広い敷地にあり、個人名を冠した美術館にしては広いなとおもったら、松川村が管理しているためだった。

まず、入場券売り場では、六十五歳以上の年寄りに割引制度があって、自己申告で割り引いてもらったのは、見るからに老夫婦という証明だったのかもしれない。(この辺は静岡県の美術館と違うところ)

入場してみると館内は明るく展示室には何度も見慣れた絵が飾られておりエントランスには切り紙細工が飾られているなど子供を生涯のテーマとして書き続けた作者の人柄が出ていた。また入場の際渡された小さな札は、外に出ても再度入場が可能ということで広い芝生の庭園を散策することが出きた。

Img_0072安曇野に入ってから日差しはきつくなっていたが、いわさきちひろ美術館を出るころには、気温も三十度越えをしており今朝方の涼しさがこいしくてたまらなくなった。

それでも、昼もすこしまわったころご飯にしようと、美術館を出、大王わさび園に立ち寄り食事をし、休憩を挟んで、今度は”碌山美術館”にむかう。

碌山はここ安曇野生まれで始めは絵を描いたようだが、のちにロダンに師事して近代彫刻の扉を開いた人といわれいる。

この美術館も判りにくいところにあり、教会風の建物を目当てにようやく探し当てた。

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2018年8月30日 (木)

雲居の御殿

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#飛騨の神岡 雲居の御殿、、、と歌われるようにスーパーカミオカンデのある飛騨市の神岡は雲が立ち込めている。

久しぶりに墓掃除に帰った神岡は折からの雨のあと、山のさこさこから立ち上がる霧が雲となって空につながって行く。

懐かしの山 懐かしの川、姿は変わっていないが人は変わり、見知らぬ人ばかりしかいない、、、、いま浦島太郎といったところ。

むかし勤めた鉱山も様変わりし、「もう知った人は居ないよね」と連れがいう。

「当たり前だよ。鉱山を離れて四十年、そのときに入った人でも今居りゃ勤続四十年だもの、、、、」

本家にあたる従兄弟も今じゃ九十一歳になんなんとして、幾分ボケ気味だと息子は言い、話しはたびたび振り出しに戻る。

しかし、「ご飯は美味い」といい、血色は良い、この分ではまだまだしばらく顔を見ることが出来そうだ。

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細い縮れ麵のラーメンはつゆがたっぷり絡まり、いつになっても懐かしの味で変わらない。

宿は奥飛騨温泉を予約しているので、あわただしくあちこちを訪ねて、ふるさと滞在時間は五時間程度、、、

また次の機会に、早々の挨拶でふるさとを後にした。

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2018年7月21日 (土)

今回は残念

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十九日、昨日にまして暑い日になりそうな気配は真夜中からあった。

窓を開けると千曲川対岸の小諸市内とその上に浅間山が見えるはずなんだけれど、浅間は雲の中、、、いや、そのあたりにうっすらと、、、と思うのは見えて欲しいと言う願望が蜘蛛の形をそうさせるのか。

「牛に引かれて善光寺」で有名な布引の地に建つ布引温泉は値段の手ごろさと浅間山を真正面に見る高台にあり、これで四回目の泊まりとなる。

いままで、その絶景を全て見ることが出来たが、今回は残念、、、

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昨日、頑張ったおかげで農作業は無事終えることができたので、今日はもっぱら連れたちのお付き合い、まずは宿から八kmはなれた義妹の家で用意してくれたブルーベリー5kgを貰い、ついで十km以上はなれた従兄弟の家に行き野菜とトウモロコシ三箱、そして、立科町に戻りブルーベリー狩り、そして、収穫してしたままトラックの荷台に載せていたジャガイモを仕分けし、自動車に載せると小さな車は隙間無しの満杯状態になってしまった。

落語家の林家こん平のせりふに「知人友人からのお土産を一杯いただきましたが、まだ鞄には若干の余裕があります」と言っていたが、自分の自動車には積みきれないものが出てきて、積みきれないものを若干次に来るまでと言って置いてきた。

静岡への帰り道車載の温度計は、甲府盆地で三十七度を記録しており、息を止める思いで通過し、たどり着いたが、五時を過ぎても三十一度と、、、、、、

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2018年7月20日 (金)

ジャガイモ掘り

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薄紫と言ったらよいのだと思うが、適切に花の色を言い当てるのが難しく感じるヤナギランの花。

比較的高山と言われる地帯に咲いている。

高さは一㍍に達する一本の幹をスーッと立てて二~三十個の花をその周りにつけている。山が火事や水害などで荒れるといち早く咲き出すが、周りが安定してくるとほかの植物に負けて姿を消す。

したがって、毎年のように花を咲かせるには、そのような状態を維持しなくてはならない。

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十七日朝早く静岡を出発したのは、涼しいうちに長野に到着したいと言う気持ちからであった。

しかし、山梨県と長野県の県境を七時ころ通過した際の外の気温は二十三度であった。標高1,400mほどの高地で、この時間にこの温度は初めてである。

そして、標高600mほどの立科町は九時前に二十八度と、暑い厚いと騒いでいた静岡となんら変わりの無い気温になっていた。

湿度は幾分低いが、風も無くこの気温ではとても畠に入ってジャガイモ掘りなんてしていたら熱中症間違いなしと判断して、、、、、

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十八日朝四時半におきて、五時から畠に入る。

前日のテレビでは今日も暑くなると言う予報なので、その前にと入ったのだが気温は最低気温が二十度もあり嫌な予感を感じながら入る。

例年のように重機で掘るのだが、今年は連作障害か気候の関係か作柄が良くなく例年の半分くらいしか収穫が無い、しかし、ジャガイモが不作であっても掘り出す手間は同じであり、八時半くらいまで作業を続けたが、体力が急速に衰え、朝ごはんをかねて休むことにした。

九時過ぎようやく弟夫婦が来たのと、幾分風があるので十時から再度畠に入り十一時までにようやく終了したときには、性も根も尽き果てたような感じがして、大の字にのけぞって一眠りしてしまった。

起きてから来年もこの調子なら出来ないね、、、、、と言うのが感想。、

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