2018年4月12日 (木)

水辺の艶姿

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シャガの花、水辺に咲けば艶姿。

この草は小ぶりながらアヤメの仲間だけあって、姿かたちはそっくりである。

ただ、古いむかしに日本に帰化した植物なのだが三倍体といわれるだけ有って実をつけることが無い。

そのため、日本中何処にあっても遺伝子が同じだそうだ。

そのため、自分で繁殖するということが出来ず、人の手によってあちこちに運ばれたようだが、全国あちこちで花を咲かせるということは育ちやすいということもあるが、古来好かれてきた花なのであろう。

水気の多い場所を好み、人気のない暗い杉林の縁などで見かけると、昔はこの辺でも住居があったんだという証明になりそうだ。

過疎化で集落が消滅しても、、、、、、、

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aこのごろ国会中継は見ないようにしている。

質問者にまともに答えようとしない答弁いはうんざりとするし、一連の疑惑のためどれだけ国費を浪費し、政策が進まないでいるのか。

すべてが、首相の周りからおきていることである。

これだけ不十分な説明をし与党からまでおかしいといわれながら、政権にしがみつくのはよほど何か好いことがあるのだろうか。

それに輪をかけて不思議なのは支持率が3割から下回らないことであろう。

こんなにされても見離なさいのは、トランプ大統領がどんなことしても支持する人が同じくらいいるのと同様、、、、、、、、、

冷静な判断が出来ない人が多すぎるのか、変えようとする人が出てこれないのか。

まったく もう~

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2018年3月27日 (火)

クサイチゴの思い出

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クサイチゴの真っ白な花が咲き出した。

早ければ五月には大きな実をつけて食べごろになるだろう。

野生なので、種はすこし硬い気味だが、直径は二~三センチ以上にはなるのでジャムなどにするには絶好のイチゴである。

このイチゴ、孫を連れて採りに行ったのはいつのころだったか、、、

あたっかい陽を背中にかがみこんで写真を撮っていたらかわいらしい声で「おじちゃんなにしているの?」って声をかけてくれたのは当時の孫と同じくらいの女の子だった。

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2018年3月11日 (日)

春が来た

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春が来た 春が来た 何処に来た 

山に来た 里に来た 野にも来た

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池ヶ谷、山の畑の近くに白い花が密集して咲いている。

むかし、このあたりが畑だったころ植えられた白木蓮の木に今年も花を一杯咲かせているのだろう。

今では我々以外にこの花を愛でる人もいないのだから、木のそばによって精一杯褒めてあげようではないかと登ってみた。

霞む空のその向こうには昨日一昨日とこちらでは雨が降ったが、富士山頂では雪だったようですこし化粧のはげた山だったが、今日は、真っ白に白粉をぬって微笑んでいた。

「何か好いことあったかい!」と声をかけたいが、年寄りのエロ爺と間違えられそうで、、、、、、、

このごろは、かわいらしい子供を見てもうかつに笑顔を見せたり声かけが出来ない世の中になってしまった。

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2018年3月 7日 (水)

天守の基礎をみる

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昨日までの暖かさと啓蟄の声を聴いて地下から出てきた虫たちも今日からの寒さに、また首をすっこめてしまったのではないだろうか。

ようやくまとめた所得申告書を持って税務署に行ったかえり駿府城天守閣の発掘現場を覗いてみた。

先日の新聞によると本丸西側に造られた天守閣は家康のころ建てられたのだが、その規模は二代将軍秀忠が住んでいた江戸城よりも立派な天守閣を誇っていたとあった。

そのため、一回くらい現場を覗いて見たいと発掘現場のそばの見学ゾーンに行ってみたが、あまりにも小さかったのには驚いてしまった。

まだ、全容が現れたわけではないが、見た感じでは一辺が30mほどしかないような石垣が見られるだけであり、この規模なら大阪城はもとより松本城にも及ばないように見えてしまった。

江戸期になると天守閣は飾り物でしかなくなったようだが、天下人の威容を示すにしてはちいさい。

創建後、何回か火事にあい、江戸末期には再建をしなかったようなので、どんな姿をしていたか全然分からないそうだ。

ただ、明治に入って石垣の上部を崩してならしてしまったため、下部しか残っていないが、その石垣はきちんと残されており、石垣の裏込めに玉石や砂利を充分に入れて水はけを良くし、地震などの影響を少なくするための基礎工事は現在以上に尽くされているように見える。

そして、天守閣を再現したいという人がいて、どうもその方向に進みだしたようだが、巨額の再建費用をどう捻出するか、、、、、市の財政にそんな余裕があるとは思えないのだが、、、、、、、

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2018年3月 4日 (日)

静岡マラソンからの脱出

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今日は静岡マラソンの日とかで、一万二千人余の人があちこちの道路を走るという話であちこちにこの道路は車が走れませんという看板が立っていた。

プロというか実業団の選手ばかりが走るのなら、短時間の道路封鎖でよいが、普段走らない人も含めてというとだらだらと何時までも封鎖が解かれない。

コースの地図が配られてきたので見ると、自分の家の周り1km以内全ての道路が赤や青線で囲まれており、脱出口はかろうじて高架になっているバイパスのみである。

朝八時半、上空でヘリコプターがホバリングをはじめたのが出発の合図だっららしく、家を出ると自分と同じく囲みから脱出しようとする車が押し寄せたようで唐瀬街道で大渋滞が起きていた。

地の利を知っている自分は横道からバイパスに上り西へと逃げることにした。

実は昨日浜岡の河津桜を見に行こうと思っていたのだが、あいにくの風でこんな日にいっても砂丘の砂が飛び交っていると思い中止していたので、脱出した先に選んでいたのだ。

菊川からあちこちを回って浜岡砂丘の近くの桜まつり会場に来て見るとはやくも駐車場の空きを待つ順番が出来ており、人気の高さを知らされた。

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海は広いなでっかいな

ようやく、駐車場に入れてまずは砂丘に登り潮騒の音を楽しんだ。

気温はすでに二十度越え風もかすかにふく程度でしばらくは枯れ木に腰掛けて春の海を楽しんだ。

そして、桜見物。やく1kmにわたって小道の両側に咲く花を愛でながらの散歩になった。

開花状況はほぼ満開状態で一番の見ごろではあったが、幹の太さの割りに木の高さの低いことが気になった。

よく見ると、あちこち鋸で剪定したあとがあって高さを制限しているようにも見えたが、何理由があるのかもしれない。

ただ、むかしから「桜切る馬鹿 梅切らぬ馬鹿」という話しをきいているのだが、、、、、、

そのご、日曜日というのもあってか、何処に行っても駐車場から満車状態で入る気力を無くさしめる所ばかり、昼食も藤枝まで戻ってようやく入る店が見つかる始末。

土日しか動けない勤め人はいつもこんな思いをしているだね。

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2018年2月 9日 (金)

紅白黄色の梅林

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熱海梅園公園で紅梅 白梅 蝋梅などを見た後、MOA美術館によって国宝の紅白梅図屏風を見た。

一昨日、弟夫婦を招き静岡県東部を中心に歩き回った。

初日は薩埵峠へ寒桜と梅 そして、雲ひとつ遮るものの無い富士山を堪能したあと富士市の岩本山公園へ、そしてぐるっと回って食事をし富士川楽座でまた富士山を眺めて帰ってきた。

家についてから、「明日は熱海へ行こうかついでに温泉に泊まってみる?」って聞くと否応無しに返事が帰ってきたので、宿探しをする。

”帯に短し襷に長し”ではないが、熱海に宿はなく、結局伊豆長岡温泉を予約し、次の日は熱海に向かう。

しばらくぶりの熱海は、なんだか戸惑うことばかり、そのうえ弟に負担をかけまいと小さな自分の車に押し込んで巡り歩いた。

しかし、この三っ日間ずっと晴天続き、おまけに宿は急に申し込んだのに、最上階の富士山を見るには特等席だったので、ずっと日が暮れるまで堪能してもらうことが出来た。

最近、飲む量がぐっと減っていたビールもこの日ばかりは昔に戻り気がつけば、、、、、、、、

今日当たりは、けだるい疲れと共に楽しかった余韻に浸かってごろごろと転がっている。

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2018年1月14日 (日)

たこたこ 揚がれない

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たこたこ揚がれ  天まで揚がれ

とばかりに蛸型の凧を揚げようとしたが揚げ切れなかった。

今日は朝霧高原で”第16回たこたこあがれ”の催しがあると聞いたので出かけてみた。

昨年は開催日を失念し、その前の年は荒れ模様で中止になったので三年ぶりだとおもっている。

あるいはもっと行っていなかったのかも知れないのだが、、、、

Img_0037とにかく、昨日のうちから行くことにしていたので朝早く現地に行ってみると、空は真澄に晴れ上がり、富士山をさえぎる雲も無く剣が峰の元観測所もくっきりと見えていた。

そして、北からの風がかなり強くふいていて、凧揚げ日和だと思ったが、主催者は強風を気にしていたようだった。

そのため、長さ10mくらいの凧をあげる子供を募ったが、「風が強いので、、、」放送し子供を募ったが、なかなか集まらずそのうちに風はかなりおさまってしまい、まず最初にあげる蛸型の大凧を三度挑戦してみたがなかなか上げきれないで中止してしまった。

この凧揚げを部外者としてみる限り凧揚げの経験のない子供に挙げさせようとしたことに問題があるとみた。

また、前回のまでは、屋台も数多く出ていたし遠くの地方からも凧揚げ会が幾組みも来て賑わっていたが、今日はそんな様子も見えずなんだか寂しい凧揚げ会なってしまった様子だったので早々に引き上げた。

なにごとも、継続していくには新しい趣向をいれて、リピート率を上げなければならないのだが、、、、、難しいようだ。

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2018年1月10日 (水)

森町に

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a本殿を垣間見ることが出来ない小国神社

一番初めは一宮 二また日光東照宮 三また佐倉の惣五郎 四また信濃の善光寺 
五つつは出雲の大社、、、、手まり歌に歌われたように日本人は古来神仏混交で何処の神社仏閣を問わず巡り歩くことを奇としなかった。

と、言うことで、本日は遠江の国一ノ宮である小国神社へ行ってきた。

昨日の雨で上空の空気が入れ替わったようで、空は青く晴れていたが風が冷たくほっぺたに気持ちよく吹き付けていたが、連れ合いにはとても寒かったようで、一番厚手の防寒着を着て境内を歩いていった。

さすが、遠江の一ノ宮だけあって参道も長く取ってあり三が日も済んだというのに参詣する人はかなりいた。

駿河一ノ宮は富士宮浅間大社ということなので、先日行った同じ名前の静岡浅間神社は小国神社より格下ということになるようで、規模、人出はこちらのほうが多いようだ。

ともあれ、特に神道に詳しいわけでもないし、神頼みをすることも無いので、軽く挨拶をした程度である。

なにせ、今日の主目的は野菜などを探して掛川から森町付近をさがすことだったから、、、、、、

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2018年1月 5日 (金)

年の初めのためしとて

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正月五日目にして浅間神社に行った。

Img_0046ここにくると、浅間神社の上、標高50mくらい高い位置にある麓山神社に通じる百段ほどの石造り階段があって、そこを一分以内に登れなくなったら山登りを止めようと以前から思っていた。

それで今回も”年の初めのためしとて、、”とばかりに試してみた。

(この階段、写真以上に急な階段で多分45度くらいの傾斜はありそう)

階段は規定以内にようやく登れはしたものの、上に着いてから息切れが激しく余裕も何も無いといったところ。

つまり、八分どおりの出来かな?ってとこ、、、。

下の境内に下って本殿の前でお賽銭を上げ、すこしすると巫女さんの舞が始まった。

本殿前には、黒い服を来た男の集団がいく組みもあり、祈祷の受付を待っていたが何処かの会社の仕事始めなんだろうか、、、、

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今日は自動車の車検だというので、ディーラーまで車を持ち込んだので、そのついでに浅間神社のほうに歩いて行ったのだが、暗い空から時折雨粒が落ちてくるので、大降りにならないうちにとせわしない初詣になった。

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2018年1月 3日 (水)

まるで絵葉書

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家にじっとこもっているのも嫌だし、かといって下手なところに行って人ごみや渋滞に巻き込まれるの嫌だしと考えあぐねた末出かけたのは、日本平。

しかし、行ってみると駐車場はほぼ満車状態で車が一杯止まっていた。

駐車場からゆっくりあるいて、10分足らずの山頂からは、富士山と清水港を一望にする景色はいい意味でも悪い意味でも絵葉書そのもの、、、、

風も穏やかなため、波もなく一面のコバルトブルーのシートを引いたような感じさえする海。

この景色も何度と無くみてきたが、ほこらしげに「観光地百選の一位 日本平」と言う石碑を見てもほんまかいな?と言う気分にさせられるのは、しょっちゅう富士山をあちこちから眺めてきた静岡に住む者のぜいたくか。

それかあらぬか「富士山が見えなきゃただの荒れ山」と言う声さえ聞いた。

もっとも、一位になったのは昭和25年のことだから、いまの時代ではどうなんだろうか。

そして、県立公園になったのはその翌年とか聞くと、頂上のすぐ裏手が手入れをされていない私有地なのも分かるが、一位になる前は県も国もあまり関心が無かったようだ。

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