2017年4月23日 (日)

桜前線山登り中

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桜前線も山を急速に登り始め、
安倍川の上流の赤水の滝近辺もすでに桜前線が通り過ぎようとしていた。

宝永年間に大きな地震があって、その上流で日本三大崩れとも言われる大谷崩れが発生し、この川筋を流れ下った来た当時はさぞかし凄まじかったことを証明する滝の両側の土砂、、、、、

当時は川が濁って赤く見えたことから、赤水の滝と名付けられたという話が残っている。

それから300年ほど、さしもの崩壊土砂は長年の治山工事で大規模なものは治まりつつあり、清流が周りの桜とともに一幅の絵のようになってきた。

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2017年4月16日 (日)

今年は桜見物が多い

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Img_0026先日油山にイチゴを買いに行ったとき、「今年は松野の枝垂桜の開花が遅れているので、祭りを一週間遅らすことにしたから来て」と言われていたのを思い出し出かけてみた。

行ってみると、いつも車を止める駐車場が使えなくて、地元の世話役が四苦八苦している。

聞いてみると、駐車場にしていた小学校の校庭が、老人会のなんとかゴルフのため使えないからとのこと、、、、、こちらが一週間遅らせたことが原因だから仕方ないし、、、とのこと。

しかし、桜は今が丁度八分咲きといったところで、一番綺麗なときだった。

イチゴ屋のおばさんは、開始早々の太鼓を叩くとかで忙しそうに走り回っている。

「甘酒進上」といって渡された甘酒は、濃厚で甘すぎるくらいに甘い。

そんなこんなで、またしても桜見物。今年は桜見物が多い年である。

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今日の競馬のメインレースは皐月賞。

競馬場には行ったこともなく、もっぱらテレビ観戦である。

気温は昨日今日と二十五度越えの夏日、暑さに弱い馬ならずとも急な気温の変化にうだって半袖シャツのみになって過ごしたが、、、、、、。

レースは予想外の結果になり、三連単が106万円にもなる高額配当になった。

どんな組み合わせでも馬券を買っているものだなと思いながら、この券を買った人は予想屋の言うことの裏を買う人か、何かの語呂あわせで買ったのか、、、なんて想像の輪は広がる。

馬については詳しくないので分からないが、今日のような馬場状況では、芝生の上とは言いながら砂煙が高く舞い上がっていた。

騎手は、このことを知っているようでゴーグルの上に泥除けのプラスチック板をヘルメットにつけて望んでいたが、馬には一切の防具は無い。

馬の目はどうなったいるんだろう。

折からの風で、老いた顔の裸眼にごみが入ったようで、二度も目薬を点してしまったので、、、、、、

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2017年4月13日 (木)

予想を上回って

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新聞の桜の開花情報によると、御殿場の秩父宮記念館の桜は三分咲きと言うことだったので、あまり当てにはしていなかった。

十時すこし前になって、「天気も良いし何処かへ行こうよ」って言われたので、「そんじゃ久しぶりに御殿場でも行ってこようか。」と言うことで車を走らせた。

家から六~七分で新東名のインターに行けるので、この道路を使ったが、東に行くほど風が強くなり、二人が乗った軽自動車はときおり横揺れを起こす。

それでも、途中休憩を入れて十一時前には目的地に到着し、園内に入れた。

この公園は昭和16年から10年間名前の由来になった秩父宮が使用し、御殿場市に譲られた後平成15年から一般に開放された場所で、今でも使用した当時の建物が残っている。

ここには、季節をたがえて何回も来ているが、桜の季節は今回が初めてだった。

そして、その桜は期待を上回って記念館前の道路の桜並木と御用邸両側の枝垂れ桜ともども満開状態だった。

富士山はあいにくと雲ののなかだったが、それを気にさせないくらいの桜を見ほれてしばし休憩。

園内は、さすがにウイーデーと言うこともあり、年寄りばかりがほどほどに入っている状態だったこともよかった。

多分タイミングの問題もあったことと思うが、この後行った近くの平和公園には、中国人観光客のバスが六~七台来ており、その賑やかなこと賑やかなこと、、、、、、

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2017年4月10日 (月)

霞か雲か

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Img_0036雨続きの毎日にうかうかしてたら今年の桜は見ないまま終わってしまうかもしれないと、県立美術館周りに行ってきた。

ここは、ほかの場所に比べて人手が少ない場所だし駐車場もあちこちにあるので、、、と思って、行って見たら一昨日あたりから、エジプト展が始まっていたため予想外に込み合っていた。

それでも、一角に止めてプロムナードを歩き、桜見物にむかった。

昨日までの雨は上がっていたが空一面に厚い雲がかかり、桜の花の色を吸収し空と花の境が判然としないように沈んでいた。

やはり、桜には青空が似合う。

歌の文句に”霞か雲か 入日に匂う”とあるが、”いざやいざや 見に行かん”とはならない。

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アメリカのトランプ大統領がシリアの空軍基地にミサイル攻撃をした。

毒ガスで反体制派の拠点を攻撃し、幼児たちが被害にあったことが一線を越えたと判断したからという。

本当にサリンガスだったかどうか、政府軍が使ったかどうかははっきりとした根拠は無いらしいが、テレビに幼児が殺され埋葬したニュースを見ても行為だとしたら、イラク戦争の原因となった大量破壊兵器と同様な処置としかいえない。

34%と言われる最低の支持率を回復させる手口だとすると、これもブッシュ大統領が使った手口に酷似する。

大体が、独裁政治に反発した市民を武力で弾圧するため国土を破壊し、何百万人と言われる難民を作る大統領なんて政治化の資質にあるまじきことである。

国が乱れるとイスラム原理主義者が入り込んで、国中カオスにしてしまった。介入するならその段階ですべきであった。

これまでも、一般市民はもとより、幼児が犠牲になっていたのは当然であるのに、テレビに映し出されたからと言うのはあまりにもお粗末に過ぎる。

ただ、「前の大統領と違うぞ」と言うことを見せたかったと言うだけとし、それに載せられた国民も単純でおめでたいといわざるを得ない。

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2017年4月 5日 (水)

桜を探して

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広見公園からの富士山

あちらを立てればこちらが立たずという言葉がソングり当てはまるのが富士山と花であろう。

今日は、例年よりかなり遅くなった静岡の桜を探して富士市まで行ってきた。家から新東名のインターまで五~六分と近いこともあって、ちょいちょい使っている。

今日も富士市まで行くのに使ったが、下の道を行くと一時間ほどのところを三十分かからないで行く、遊びに行くので急ぐことはないが、出勤時の交通渋滞にはまりたくない。と言うのが大きな理由。

富士インターを出てすこし下ったところに広見公園と言うのがあるのでそこの桜はまだかいなと言う気分で登れば、登りきった場所から直線で伸びた先に富士山が聳えている。

道路幅三~四十メートルほどある、この道路の中央にはバラが植えてあり、花の季節には花回廊となるのだが、そのころは霞がたって、晴れていても富士山にはお目にかかれない。

そして、今日はまだ薔薇の木も新芽を出したばかりなのだが、富士山のほうはベールを掛け始めていた。

目当ての桜、ソメイヨシノははっきりしたことは分からないが全体で三分咲きと言ったところか、通りがかりの人が「中央公園のほうが咲いているよ」と教えてくれたがありがたく聞き捨てにし、岩本山公園に向かう。

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a岩本山公園の桜は、芝生に生えて

ここの桜は、五分咲きを超えており、あたり一面にピンクの霞を立てていた。しかし、こちらはほかの木の枯木立が富士山をさえぎりコラボレーションとしては、うまくいかない。

それでも、温かい日差しに恵まれ、ベンチに腰かかけての花見は、仕事をしていないものの特典として、ありがたくいただいてきた。

帰りは旧東海道をはしり、由比で桜海老のから揚げ定食を食して帰る。

総経費、2,330円で御帰館する。

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2017年3月20日 (月)

10年は早い

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それは話し以上に愛らしい花であった。

花の真ん中と縁が紅色を濃くした花びらを持つ桜によく似た形をしている。

藤枝の葉梨川上流でアーモンド祭りをやるとテレビで言っていたので出かけてみた。

行って見ると会場のある公民館の駐車場はまだ10時前だというのに満杯で、離れた場所に誘導された。

これだけ人が集まっているのならと、期待して400mくらいの距離を歩いていくと、高さ2mあまりの小さな木の何本かにちらほらと咲いているほか、広場の周囲にいくつかのテントを張り、食べ物やおもちゃがすこし出ていただけ、、、、、、

なんだかだまされたような気がして、早々に引き上げてきた。

テレビでは、まだ咲きはじめで、花の数が少ないということであったが、ここがアーモンドの花の名所になるには、まだ10年以上は先の話かな?という感じがした。

写真は、数少ないアーモンドの花

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2017年2月17日 (金)

春一番

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#風が吹いて暖かさを運んできました 

もうすぐ春ですね

#娘たちが子供のころ歌っていたキャンディーズの春一番と言う歌の一節。

今日は歌の文句どおり強い南風とともに突風が荒れ狂った。

典型的な”春一番”だ。普段は波が立たず穏やかな沼津の海岸も海からの風に立ち騒いでいた。

そんななか、かもめが波と風をものともしないで海面すれすれに低く飛び交っている。

海面から4~5m高い道路にいても飛沫がかかることもあるのだから、カモメらにも当然かかっているはずだが一向に気にする風ではない。

野生の強さを見た。

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2017年2月12日 (日)

ただただ森閑と

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ひさしぶりに麻機沼は子供病院のほうに出かけてみた。

風も無く穏やかな日差しの中、木々の芽はまだ硬く、枯れススキを従えて、ヤナギの木々が疎林を作っている。

ここでは、世間の騒音も入ってこず、あの騒々しいヒヨドリも声をひそめ、ただただ森閑と静まり返っていた。

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2017年2月 9日 (木)

田子の浦ゆ

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田子の浦ゆ うちいでて見れば 

真白にぞ 富士の高嶺に雪ぞふりける   万葉集から

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田子の港の入り口西側にある港公園の高台から写した富士山。

眼下にそのむかし、ヘドロ公害で話題になった田子港が静かにおさまっている。

製紙会社から吐き出された汚泥は、港の底に沈殿し昭和四十年代にそのあたりを通過したときには強烈な異臭がしており、よくこの辺りで、ご飯が食べられるものと驚いたものだった。

それから、四十年余、公害問題から環境を取り戻したこと、不況で製紙会社が規模を小さくしたことなどもあって、今では工場の煙突も煙が少なくなり、港も浚渫して往時の姿を取り戻してきたようだ。

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2017年1月27日 (金)

馬鹿は死ななきゃ直らない

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子供のころはまだテレビと言うものは無く、ラジオがその日のニュースを知る唯一の手ががりであった。

そして、ラジオからはニュースのほか、歌もだが漫才や浪曲が流れ子供でもいっぱしの浪曲通になっていた。(いまでなら渋い子供、、)

そのころ、一番の浪曲師は広沢虎造(?)ではなかったろうか、「馬鹿は死ななきゃ直らない~」て言う文句や「食いね~ 食いね~ 寿司食いね~」は、清水次郎長の子分”森の石松”に冠せられたうなりであった。

その石松の墓?がある森町の大洞院に寄り道してきた。

(石松自体は実在したかどうか分からない者であり、死んだのも遠州都田ということになっているので、ここは墓ではないのだが、ここの出身と言うことで作られたようだ)

前に来たのは、かれこれ三十数年前のことであるが、そのころの石碑は参詣した人が石碑の一部を持っていると運がつくとか言って、欠いていき、そのため、見る影もなくなったとかで建替えたと聞いていた。

建替えてから何年たったか知らないが、今日見た限りでは再び欠いていく人がいると見え、侠客石松の墓と書かれた石碑は、ぼんやりとしか見えないほどになっていた。

この石碑も、また何年もつのやら、、、、、、

Img_0066そして、本堂脇に吊るされている絵馬には、願い事として競輪競馬など博打に勝つ願文が書かれている。

さすがに、博打うちの神さまいや、仏様だけあるのかな?

そうすると、石碑に書いてある侠客は間違いで、「博徒」に改めなくてはならないのだが、、、、、、、、

おりから、そんな役をやって映画で人気を博した松方弘樹が亡くなったが、あれは、侠客?博徒?暴力団?、、、、

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