2018年6月20日 (水)

入道雲がグルッと

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気象庁には悪いが最近の天気予報は当たらない。

昨日はまだしも十九日は雨が降ることになっていた。

で、なければあんななにしてまで畑のなかで疲れ果てるまで草取りと土寄せをすることが無かった。

おかげで、傘寿を控えた老人がメタメタになるまで身体を動かすことも無かったのに、、、、、

空は、真澄に晴れた青空が広がり、周囲をぐるっと山に囲まれた長野県東部地方は上昇気流の関係からか、周囲ぐるっと入道雲に囲まれ頭上からの太陽は頭を暑くする。

疲れた身体は朝のうちこそ快調だったが、暑がりの自分は昼ころになるとかなりダウンしてきた。

こんな調子では、帰りの運転も、、、と心配したが、何とか無事に帰宅。

今日は恵みの雨、と言って好いのかどうかはわからないが終日、グタラグタラで過ごしている。

テレビはワールドカップのサッカーで日本勢が初戦を勝つことができたと大賑わい。その他のニュースはみんな吹っ飛んでしまっていてみる気がしない。

興味のないものにとっては、なぜこんなにらんちき騒ぎをしなければならないのか、と思っているが、何にでも首を突っ込んで騒ぎたい人は世の中タンといるもんだ。

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2018年5月21日 (月)

小満

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田んぼに写った富士山をかき消そうと

今日は小満。

”万物盈満すれば草木枝葉茂なり”と難しい説明があったが簡単に言えば春になって草木も勢いを増してきたと言うことか、、、、もうひとつの説明には小麦が穂をつけて順調に育っているのを見てちょっとホッとしたという意味だと言う説もあった。

それでは、大満というのはあるのだろうか。何時のころだろうか。

富士宮の狩宿あたりの田んぼはすでに田植えの終わったところとまだ代掻きをしているところがあり、田んぼの区画でパッチ模様のような状態を呈している。

田植えは年々速くなっている傾向があるが自分の周りの麻機田んぼではまだ見かけることがない。

しかし、田植えが高冷地から次第に降りてくるのは夏が短いためのようで、まだ冷たい水を温めるのに苦労しているようだ。

今日も今日とて、暇人は日曜を避けて出かけてみた、そして、車で通りすがりに代掻きをしている人を見かけたので、断って畦道を通らせてもらった。

カメラを向けているとはじめは意識しているようだったが、そのうち気にしなくなったので何枚か写させてもらい、少し話しをして車に戻った。

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イギリスの皇室で王子の結婚式があり、従来のものと様式がずいぶんと違った格好で行なわれたとのことであった。

それは、妃になる人が黒人系のアメリカ人であることにも夜と思われるが、同じキリスト教でもイギリス国教会という独自の宗派を持つ国だが、アメリカの司祭が出てきたり、黒人系の歌い手がゴスペルを歌い、もっとも驚いたのはパーティーに招かれた200人ほどの人の中に王室関係者や各国の首脳がいなかった、ということだ。

イギリス王室は、先日も出産した妃を王子が出迎えに自動車で行き、生まれた子供ともども自宅まで運転して帰ったというニュースを見た。

その国それぞれの事情があるのだろうが、ヨーロッパの王室は国民と大差の無い生活を心がけているようだ。

それにたいして、日本の皇室で自動車を運転できる人がどれほどいるのだろうか。

ヨーロッパ皇室の映像を見て「うらやましい」とは思わないだろうか。

生まれてからずっとそんな環境で育った人はそれが当たり前と思っているかもしれないが、他所から入ってきた人は四六時中周りから見られていて気の休まることが無いのではないだろうか。

「楽は下にあり」と言う言葉をむかし聞いたことがあったが、、よかった よかった

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2018年5月11日 (金)

薔薇よりも

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Img_0020_2富士市広見公園に行ってきた。

新聞によると薔薇の花が今盛んとのことだったので、、、、、

行って見ると駐車場が一台分を残して満杯状態、「わしらみたいなものがいっぱいいるんだなあ、、、」なんて感心しながら。

階段を登り、薔薇の花が続く丘の上につくと正面に富士山がすこし霞みながら屹立していた。

今まで何回も来ているのだが、薔薇の花咲くときに富士山が見えたのははじめてである。

”君は薔薇より美しい、、、なんて歌がすっと浮かんだ。静岡市内にはこれだけの薔薇を管理する余裕は、、、場所は、、、ないようだがうらやましかった。

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多分市内の小学生だと思うが100人以上子供がはしゃぎ、、、走り回るが苦にならない。

そのうち、それぞれが茣蓙を敷いて木陰で弁当を食べるのを見ていると「おれもこんなときが有ったのだが、、、」と霞のかなたになったころを思い出そうとしたが何も思い浮かばないのは食べるものの無い時期だったせいかも、、、なんてこじつけている。

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広見公園でお昼まで過ごした後、折角ここまで来たのならと、市内の中央公園の薔薇も見ていかないと片手落ちになると寄ってみたが、ここは広見公園に比べるとそよ風も無く、薔薇の香りとともに場所によっては公園片隅のトイレの臭いが感じられて、、、、、、、ちょっと残念だった。

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2018年5月10日 (木)

お茶の入れ方を習う

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静岡に来たばかりのころ同僚だった男がお茶を飲みながら「茶色って言うけんど、どうしてこんな色を茶色っていうんかな?」という言葉に驚いた。

自分らにしてみれば子供のころから、囲炉裏の上に自在鍵でぶら下げられている鉄瓶に入ったお茶は茶色そのものだったので、こんな考えを一度たりともしたことが無かった。

逆に、ペットボトルに入ったお茶が何時までも緑色っぽく、いつまでも変わらない色をしているほうが怪しげに見えたものだった。

そんなこんなで幾年もあちこちでお茶を出されたことがあったが、その中で一番美味しかったのは引佐町渋川の農家で出されたお茶に勝るものに出会ったことが無い。

農家のおかみさんが無造作に見えるような入れ方で出してくれたそのお茶は、ぬるめで色は勿論だったが鼻先をくすぐる香りもよく、喉越しにふわっとした感じがたまらず二杯目をすぐに頼んでしまった。

次は、春野町の宿で女将さんが出してくれたもの、、、、、、、

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そして先日、川根本町の茶茗館というところに立ち寄った折、「お茶の入れ方を教えます」と女性職員に誘われ二人で毛氈を敷いた座敷に入った。

川根本町のお茶といえば、茶所静岡県でも一番といっても良いくらいの茗茶の山地なので期待して入った。

まず、お茶道具一式を前にして熱い湯の入った器から、お湯を茶飲み茶碗に半分くらいいれすこし冷ましたところで、その湯をお茶の入った急須に入れ良しというまで待ってから茶碗に戻す。

そのさい、完全に出し切ってからお茶を飲むのであるが、かなり渋かったうえ香りも少なく自分の鼻では判別できなかった。

そのあと、二煎目は直接急須に入れて飲んでみたが、これが名にしおうお茶という感じしかしなかった。

しかし、指導してくれた女性は「美味しかった」という答えを希望しているのがありありとしていて、答えを求めてきた。

「まあ、入れ方は良くわかりましたが、体調もあってか一番美味かったとは言えませんね~」といって退出、、、、、

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2018年5月 6日 (日)

ようやく終わった

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長かったゴールデンウイークも一段落した。

半ばに荒れた日もあったが、まずまずの天気だったのではなかっただろうか。

ただ、荒れた日を除いていずれも快晴のよい天気だったので、年甲斐も無くそわそわと何処かへ出かけたい気分に誘われたが、観光地は何処も人ごみが激しく、渋滞や行列嫌いの我がままじいさんは二の足を踏んでしまう。

それでも、、、と、出かけた先が藤枝の玉露の里。長屋門の入り口で手もみ茶の実演があり、それを眺めることしばし、、、、

自分より年配と見られる人の熟練の手さばきを見入ってしまった。

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2018年5月 2日 (水)

八十八夜

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粟が岳に茶の木で大きく書かれた「茶」

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茶の芽も萌え出て摘みごろに

今日は立春から数えて八十八日目、年によって違うが新茶の初摘みの日であり、この日摘んだお茶を知り合いに配るのが静岡流だそうだ。

と、言うことも有って長野と愛知に200グラム入りのたとう紙入ったものを送った。

お茶の難しいところは、知っている人でないとその価値がわかってもらえないので、番茶程度しか知らない人に送っても、、、、というところがある。

静岡ではおもに煎茶が”お茶”といわれているが、玉露や番茶、ほうじ茶、そして、ほかの草を使ったものなど多種多様である。

その、むかしお茶は薬として高価なものだったようで、中国にわたった僧侶などによって日本にもたらされたころは、庶民には手の届かないものだったようだ。

いま自分が飲んでいるのは、安倍川筋のいわゆる本山茶といわれるもので、毎年知り合いが、10kgほどを何回かに分けて持ってきてくれる。

そのため、毎日欠かしたことなく飲んでいるのは「お茶はその日の難逃れ」「朝茶は七里帰っても飲め」といわれたことにもあるのかもしれない。

とにかく、お茶と味噌汁は三度三度の食事かかせないものであり、この歳まで何度も難を逃れ、比較的健康を保ってきたのは日本古来の飲み物のおかげと信じている。

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2018年4月29日 (日)

青葉若葉のころ

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あらとうと 青葉若葉に ひのひかり
                              

                                ばせう
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空もすっきりと晴れ上がり心地よい春、というより、初夏を思わせる季節が到来した。

木々の芽が大きく広げた葉になり、地上の草はその柔らかな光を受けている。

飛騨の奥山で育った自分には広葉樹の山のこの時期が大好きである。

山やまから立ちのぼる若葉の香り、肺の奥底まで吸い込んできれいに洗浄してくれるような気がする。

この緑なす若草の上に茣蓙を敷き仰向けに空を眺めれば身体が宙にういていく、、、、、、、なぁ~んちゃってね。

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今日もワイドショーは朝鮮半島南北の首脳会談で持ちっきり状態。

いままで、何度も北朝鮮に裏切られ来たのと同じ轍を踏んでいるのに、、、、、

それにしても、あの若い衆のなんと外交戦術に長けていることか。

むかしの日本にこういう指導者が居たなら、第二次世界大戦はなかっただろうにと思ってしまった。

アメリカ追随だけしか知らない安倍政治は、バスに乗り遅れまいとあわてて方針変更をしようとしているが、日本人は本当に外交下手だなと思ってしまう。

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2018年4月28日 (土)

こんなに混みあっていては

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ひとつの茎から一個の花を咲かせるところから、源義経の愛人だった舞姫静御前に見立てて名付けられたと言う。

木の下など幾分涼しげな場所を好み、ほかの花にはない風情をかもしているヒトリシズカ。

しかし、こんなに乱立していては一人静とはとても言えないだろうと、憎まれ口を叩く。

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あまりの天気の良さに誘われて西のほうにいってみようと、十時ころ家を出た。

すぐ裏手にある国道一号にのっかり10分と走らないうちに渋滞に引かかってしまった。

つい痺れを切らし途中で降りてしまったが、あちこちに自分ら同様の人が多いと見えてなかなか静岡市内から抜け出せない。

ついに、南部の静岡インターに向かい、そこから牧の原まで車を走らせたところで一般道に出たが時刻はすでにお昼の時間。

それで、何回かいっている島田市を見下ろす高台のイタメシ屋に入ることにしたが、ここもわずかな違いで満員になっていた。

それでも、一番待ちだからすぐに席があくと思ったが、これが誤算の始まり、人が食べているのを三十分以上待たされてしまった。

待合室に何もすることも無く人が食べているのはつらい、「いい加減に食べて出て行けよ」と心のうちに思っていたが、、、、、、歳よりは我慢が出来ない。

ようやく食べ終わって外に出て、そばの"ふじのくに茶ミュージアム”が新装オープンしたとかと聞いていたので立ち寄って、、、と、入り口まで行くとここも駐車場が満杯とか、、、、、気の短いおじいさんは結局入るのをやめにしかえることにした。

まったくこの時期に出かけるのは忍耐が必要で、それを承知で出てきたはずだが、、、、、、どこか適当に込み合っている場所が無いもんだろうかと鼻息荒くつぶやいてみた。

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2018年4月25日 (水)

止められれば

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以前は成人男子のかなりの割合で喫煙者が居たが、健康被害などから煙害が叫ばれ喫煙者が減った結果家庭内をはじめ建物内での喫煙場所が極端に減ってきた。

ある家の鴨居にかかったA4サイズの紙に書かれた字を見て、ひとつのストーリーが出来ていて面白かった。

まず、六名の孫たちが連名で「ジジがたばこを吸ったら まごたちに500円ずつわたす」と書いた脇に爺は「ジジにくれる」と書くと早速消して「ジジがはらう」と修正。

さらに、「ババがみてもだよ」と念押しされてしまった。

これに対してジジは”?”マークで応戦してみたが、これも!に書き換えられた。

さて、ババはどっちにつくか、、、、孫のほうだろうね。

ジジは四面楚歌ならぬ七面監視で気の休まることなし。

この紙が破り捨てられないのは、可愛い孫たちの意見にはなんともしがたい愛情が感じられるからだろうと思うが、「で、禁煙できたの?」って聞いたら、やめられればこんなのとっくの昔に剥がれているよだって、、、

げに恐ろしき薬物中毒なり

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2018年4月12日 (木)

水辺の艶姿

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シャガの花、水辺に咲けば艶姿。

この草は小ぶりながらアヤメの仲間だけあって、姿かたちはそっくりである。

ただ、古いむかしに日本に帰化した植物なのだが三倍体といわれるだけ有って実をつけることが無い。

そのため、日本中何処にあっても遺伝子が同じだそうだ。

そのため、自分で繁殖するということが出来ず、人の手によってあちこちに運ばれたようだが、全国あちこちで花を咲かせるということは育ちやすいということもあるが、古来好かれてきた花なのであろう。

水気の多い場所を好み、人気のない暗い杉林の縁などで見かけると、昔はこの辺でも住居があったんだという証明になりそうだ。

過疎化で集落が消滅しても、、、、、、、

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aこのごろ国会中継は見ないようにしている。

質問者にまともに答えようとしない答弁いはうんざりとするし、一連の疑惑のためどれだけ国費を浪費し、政策が進まないでいるのか。

すべてが、首相の周りからおきていることである。

これだけ不十分な説明をし与党からまでおかしいといわれながら、政権にしがみつくのはよほど何か好いことがあるのだろうか。

それに輪をかけて不思議なのは支持率が3割から下回らないことであろう。

こんなにされても見離なさいのは、トランプ大統領がどんなことしても支持する人が同じくらいいるのと同様、、、、、、、、、

冷静な判断が出来ない人が多すぎるのか、変えようとする人が出てこれないのか。

まったく もう~

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