2019年1月15日 (火)

当たりに候

Img_0067


浅間神社の大的式があるというので行ってきた。

出かける前に二十日余ぶりに一時的に小雨が降ってきたうえ、出かける前になっても空模様に自信がもてなかったが、自動車の駐車場がいっぱいだったら困ると重い濡れるを覚悟で自転車で向かった。

着いてみると予定を見間違えたようで、儀式は進んでおり三組中最後の一組しか見ることが出来なかった。

今回は、約十年ぶりになるのだが、天候のせいで人の集まりが悪く、、、、

それでも射手は古式ゆかしく烏帽子直垂の儀式をゆっくりと進め、60mはなれた的を射抜き「当たりに候」と神官に言わせていた。

.

.

以前にも問題になって、日本流では解決済みだった東京オリンピックの招致の際使われたコンサルタント料二億二千万円について、フランスの裁判所が問題にしているそうで、竹田JOC会長が事情を聞かれたそうだ。

そのことに関して、本人から説明があるとのことで30分の予定だったが、一方的に七分半「疑惑はありません」とだけ話して質問を受け付けず退席してしまったと放送されていた。

オリンピックをめぐってはこれまでいろんなことがあったが、招致が決まった際の大騒ぎはなんだったのだろうか。

どんな事情で賄賂とも見られる大金が、シンガポールのブラック何とかと言う会社に払われどんな使い方がしたのか分からないそうだ。

その年このことが問題になったが、民間の話だと言うことで不問になったのだがくすぶってはいた。日本の法律は通っても、世界の法律では、、、、、、、

むかし、日本の常識は世界の非常識なんていわれたことがあるが、そのときの謙虚な姿勢はいまほとんど見られない。

竹田会長自らやったことではないかもしれないが、天皇家の外戚と言うことで、またマスコミが萎縮したとしたらこの非常識は「百年待河清」であろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月13日 (日)

陽気がよくて大凧舞わず

Img_0074

Img_0069


空は晴れているのに風はなく、小春日和のような天気は凧揚げには不向きである。

今日は”たこたこあがれIN富士山”の日である。

昨日その話しをしたら「ぜひ行きたい」というので「晴れて天気がよかったら」と言っていた。

朝九時過ぎて外に出てみると西のほうから黒い雲が出ていたので、どうしようかななんて考えていたら、「こちらは曇っていても向こうは分からないよ」というので「一か八かで行ってみるか」と出かけることにした。

富士宮市街地から12~3kmはなれた朝霧高原の一角根原の近くまで山頂部分が見え隠れしていた富士山は会場ではほとんど邪魔にならないくらい横に去って絶好のロケーションが広がっていた。

今日で、この催しを見に来たのは四回目になるが今までで一番過ごしやすい陽気であった。

しかし、主催者はしきりにマイクで「風がなくて、、、」と嘆き節を繰り返す。

子供はいつものように蛸の付いた糸を持って走り回り、恒例のどんどやきと餅を竹の先につけて焼こうとする人はいるが、大凧は舞い上がらず、、、、、痺れを切らして5km先の道の駅まで足を伸ばしたもの、そのまま帰ってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 8日 (火)

南部の六地蔵

Img_0064


Img_0060山梨県の日帰り温泉”南部の湯”に行った帰り道、久しぶりに六地蔵公園に立ち寄ってみた。

この前行ったのはいつだったか覚えがないくらい前であり、当時は富士山を背にして建つ六地蔵ということで、かなり人気のある場所だったが、今では検索しても分からないくらい忘れ去られてしまったようだ。

ここの六地蔵は高さ1mに満たない小さな地蔵で野天に並んで立っているのだが、富士山が背景にならないと様にならない。

そんな失礼な気持ちで眺めていたら、ジョウビタキのメスが来て地蔵様の頭を渡り歩いて遊びかけた。

地獄に落ちた亡者を救い上げてくれるという地蔵様。そんなジョウビタキにも将来救ってくださいと頼むに違いない自分を含めてまったく意に介さないようす、、、、、

思わずここに来る前に三時間ほど過ごした温泉の寝湯で身体の下から吹き上げるバブルに浮揚感を感じて身をゆだね「極楽 極楽」とつぶやいたのは、この地蔵様たちが味わいさせたものだったのだろうか。

わずかばかりのお賽銭を上げて、、、、、下がってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2019年1月 3日 (木)

十年ぶりの白糸の滝

Img_0043


Img_0051


「巷で評判の箱根駅伝も見たくないし、食っちゃ寝 食っちゃ寝 では牛になっちゃうよ」とさすがに心配になってきた。

そして、あまりの天気のよさもあって「何処行こう どこ行こう」と考え付かないまま家を出たが、久しぶりの”白糸の滝”というキーワードをおもいつき目標が設定できた。

家から新東名に乗り清水インターで下りたのは、すでにあちこちで渋滞が起き始めている様子があり、一区間で二度も徐行運転になったため、、、

清水インターから芝川に出て白糸の滝まで40分ほど到着。

考えてみたらここに来たのは、およそ十年ぶりくらいになるようだ。

その間、崩落事故があったりして駐車場や滝周辺が整備されたとのことだったが、音止めの滝を見下ろす手すり付近が危険なようでロープが張ってあるほか、みやげ物店はその大半が以前どうりであり、冬枯れの木越しの景色は以前と違わなかった。

川まで下りて、正面から見る滝は太陽光線の加減もあって平坦な画面みたいになってしまっていたが、滝の水しぶきで虹がきれいに出来ていた。

帰りはミルクランドまで行ったものの、それから上には食事どころがないため、芝川べり店まで下ってきた。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2018年12月14日 (金)

豪華な夢テラス

Pc140250


富士山の眺望が良いところから昭和二十五年に日本観光地百選の一位に選ばれた日本平も最近では閑散としていたが、十一月山頂に夢テラスなるものが出来て活気を呈していると聞いていた。

Pc140263


今日は穏やかに晴れ上がって、家の近所からも白く雪の積もった富士山がみえたので、ウイークデイで人も少ないだろうからと出かけてみることにした。

山頂近くの駐車場に入ろうとしたら、旗振りの人がいて、「駐車スペースなかったら、いったんこちらに出て向こうの駐車場に入れてください」という。

これまで無かった駐車場道路に入り、一番近くのスペースに入れて土産物屋のほうに歩いていくと、そちらのほうに何台ものスペース開いていた。

「こんなんなら 慌てて入れることも無かった」なんて思いながら負け惜しみに「ちょっとは身体を動かさないとね」と山頂に向けて歩き出す。

人の数はこれまでにないくらいいて、さすがだなとおもった。

この前来たときに工事中だったので見当はついていたがテレビの中継塔を丸く囲むように屋根つきの回廊が出来ており、東京オリンピックのメイン会場を設計した建築士が静岡産の木材を使った建物と言うふれこみもあってかなり高額のものになったのだろうと下司の勘繰りをしてしまった。

回廊の名前は”夢テラス”と言うそうだ、中には案内の係員もいてあれこれと説明をしてくれているが、何度もこの地に来ているものにとっては、、、、、、、、、、ともあれ、今日の山頂は風も無く暖かな日和の中富士山は雲の上に顔を出し、よそから来た人にはこれ以上ないほどのご馳走を呈していた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月27日 (火)

あま~い団子

Img_0003
水面に移った紅葉のさまは小刻みに揺れる水面おため前衛芸術かと

Img_0006_2
”小春日和”というには暑すぎる一日となった。

車載温度計は二十三度を指し、ガラス越しの体感温度は夏日を超えていた。

朝ごはんのあと「そういえば今年はまだ紅葉狩りには行っていなかったよな」「この間の長野ではカラマツの黄褐色のしか見なかったから、、、」ということで、遠州の紅葉の名所小国神社行くことにした。

午前十時過ぎに到着してみると駐車場はすでに満杯状態、、、、裏側の道路から来たのですぐに入れたが、帰りに見た袋井側の道路は延々と駐車待ちの車が列を成しており、自分がこちら側から向かっていたなら、止めて帰るところだった。

紅葉のほうは、例年なら盛りを過ぎ始めているところだが、今年はやはり異常気象だったためか、はたまた、最近の暖かさのためかまだまだという感じである。

ともあれぐるりと回った後入り口のみやげ物店を見てまわり、小腹も空いた感じだったので、みたらし団子でも食べようという気になったが、団子の周りにねっとりとした蜜が気になって店の人に「蜜をつけないで欲しいのだが」というと不思議そうな顔をして、「値段が同じでよければ出しましょう」というのでそうしてもらった。

飛騨で育った自分は”御手洗団子”といえば醤油を塗って焼き上げただけのものしか食べていなかったので、こちらのような”蜜たらし団子”は苦手であり、こんな注文になった。

しかし、焼きあがってきた団子は真っ白であり、団子自体に砂糖が入っていたようであま~い串団子であった。

「これはいけません」一本をようやく食べたが口に合わなくて、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 7日 (水)

立冬

Img_0003


今日は立冬、暦の上ではもう冬になった。

昨夜来の雨も止んで自動車には露がいっぱい付いていたが空から雲が消えて青空が広がっている。

「久しぶりに、山梨に行って見ない?」って言われたので新東名の清水インターから芝川を抜けて富士宮へ、そして、鳴沢へ行くことにした。

行く途中に見えた富士山は文字通り、#頭を雲の上に出し、、、を地で言っているような雰囲気の淡い雲を身にまとい、山頂をたなびく雲をまといつかせるなど、日ごろ見慣れているものにとっても最近にない雰囲気のある姿をしていた。

今日の目的は、相変わらずしつっこく渋柿探し、、、、、、

途中は紅葉狩りもかねていたが、一本一本では丁度見ごろというのもあったが、山全体としてみると、まだ早いところと終わったところの両極端があって、その丁度真ん中、見ごろというのはなかった。

そして、渋柿もさわしたものはあるが干し柿にするようなものが見当たらず、今回も空振りといった状況で帰ってきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年11月 4日 (日)

町中祭り

Img_0008


干し柿にする材料を探すため森町に行ってきた。

森町は古来遠州の中心地だったようで、一宮が鎮座する町であったほか名刹も多く交通の要所として戦国時代には徳川と武田の戦が繰り返された場所でもあった。

ここなら、渋柿が出ているのではないかと目をつけて向かったのだが、あいにくとこの町は、岐阜県の富有柿に似た次郎柿の発祥地だけあって、車を走らせる道のあちこちには渋柿らしい柿が実をつけていても、道の駅には次郎柿以外の柿は一切無かった。

そして、この道の駅に行くすがらいくつもの祭礼幟が立っていたのとそれぞれ半被を着た人が歩いていた。

「今日は祭りなんだ」と思いながら見ていると、幟の種類がいろいろとあることに気づいた。

どうやら、各地の神社合同の祭りのようで町中が何処かのお宮さんに所属して盛り上げているのかな、、、、、

道の駅に行くすがら屋台が三台並んだお宮さんがあったのでそれを見ようとしたが、どうやら駐車場が無い様ですこしはなれた農道に駐車している車を多数見かけあきらめようとした。

しかし、気にはなったのですこし、通り過ぎた場所に車を止めて神社に向かうと神社の中では氏子の主だった人を集めて祈祷の最中だったが、よそ者の自分らにはなんだかよそよそしい感じが見られて長居は出来ない雰囲気があり早々に引き上げた。

帰る途中また別の屋台を何台か見たが最初の印象が悪く、、、、、

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月22日 (月)

海は広いな

Img_0194


海は広いなおおっきいな 月が上るし日が沈む 

海にお舟を浮かばせて 行って見たいなよその国

.

Img_0189そんな歌がふっと浮かぶような御前崎から見た富士山は、海に浮かんでいるようにも、空に溶け込もうとしているようにも見える。

先日の雪がなかなか溶けず残っているのは、その後強い風が吹かなかったを表している。

しかし、海岸には九月の台風で打ち上げられた砂が山盛りになっており、重機を入れて砂を片付けている。

いずれも、自然がなしたこと、われわれはじっと見つめていれば良い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年10月 4日 (木)

女郎蜘蛛

Img_0042


秋になると山の畑に行く道すがら顔にべっチャッと張り付く嫌な感触がたびたび襲う。

蜘蛛の巣である。一番先頭を歩くものは、木の枝を折りとった物を振り回して歩かなければならない。

巣に引っかかった虫を捕らえる仕掛けだから、目立つはずも無いがこの時期になると直径 2 mほどにもなる大きな巣をかけるのは女郎蜘蛛である。

秋も終盤になると2cmほどにもなる大きな蜘蛛だが、今は成長盛りと見えてまだ半分ほどにしかなっていないが、早くもこの蜘蛛を嫁さんにしたいとそのまた半分くらいの雄が何匹か同じ巣に住み着いている。

雌の女郎蜘蛛は、少しでも大きくなって子孫を残すという本能から、何でもかんでも手当たり次第食べてしまうそうで、同居している雄も雌から見ると餌にしか見えないようで、雄は戦々恐々として構えている。

まるで、人間同様だが人間の場合食べられないだけでも良いのか、、、と、思ったら、そうでもないようだ。

いずれにしても男は哀れである。

.

.

流行言葉とは、時期が来れば廃れるもので、後世に残る言葉はわずかである。と、思ってはいるが、今ではむかし人間になってしまった自分の耳にいやらしく付きまとう。

「千円からお預かりいたします」などの言葉は最近ではあまり耳にしなくなったが新しく「、「こちら何とかになります」というのが気になって仕様が無い。

「何とかになります」という言葉を「何とかでございます」とか「何とかです」と昔は言ったはずである。

食べ物屋などでよく耳にする「何とかと何とかでよかったでしょうか?」という言葉なども含めて一見の店だけで使っているのではないところを見ると、誰かがこんな言葉遣いを指導しているのだと思うが、、、、、、

果たして何らかの意図があるのかと考える昨今である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧