2008年9月27日 (土)

小母ちゃんパワーで賑わしく

Img_0046 気温は少し高めだが、秋晴れのすがすがしい一日となった。

今日月末の土曜日は、静岡護国神社で蚤の市が開かれる日なので、家から南の方向に歩き、愛宕山を登り長沼に降る道をとった。

なんだか、鎌倉武士が"いざ鎌倉”と言うときのように途中の障害物を避けず、山を踏みしだいて歩く、時間的に山すそを廻っていくよりは早いかもしれないが身体には負担がかかることは間違いない。

しかし、身体を鍛えるための散歩ならそれは問題外。

木がうっそうと繁り陽もまばらにしか差し込まない参道の両側に、骨董品や古着などの野店が連なっており、何処から何処までがどの店か分からないうえ、店の主人が外に出ていたりして客だかなんだか雑然としている。

最近、藤枝や島田方面で仏像の盗難があるので、それに近いものでもと思ったがさすがにそんな由緒正しいようなものは見当たらなかった。もっとも、骨董には全然目利きが出ないのだから仕様がないこんだけど、、、。

しかし、こんな所でも小母ちゃんパワーのほうが男を勝っており、四~五人まとまれば小鉢の目利きをしたり、着物の裏地に感嘆の声を上げたりで賑わしく、小父さんみたいにためつすがめつの挙句黙って立ち去ると言うようなことは無い。

Img_0043 本殿のほうでは、今日は戦没者の月並み祭があるとかで、赤白の玉ぐしを持った人が数十人腰掛け神主の祝詞がスピーカを通じてかすかに聞え、片隅では一組の結婚衣裳を身につけた若者がカメラマンらしい人の指図であちこちでポーズをとっている。

今日は大安だ~   初々しい二人に幸多かれと、、、。

そうこうする内に十一時を廻りったので、今度は境内裏の山道を登って三松にくだり、中のスーパーで客寄せの味噌を買って帰る。

.

今日の花。

左、秋明菊(シュウメイギク)菊と名が付いているがキク科ではない。白い部分は花びらではなくガクであり、不ぞろいの多いのも分かる。  右、玉簾のゆりかごで眠るイチモンジセセリ、蜜が深いところにあるのかしばらく動かなかった。

Img_0060 Img_0019

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月 4日 (木)

ままごとの材料

P1010016 溝蕎麦(ミゾソバ)タデ科の植物の中では桜蓼と並んで一番可愛らしい花を咲かせる種類かと思う。

小さいながらも桜の花に似た桃色の五弁の花弁をかたまって咲かせているさまは、近寄ってみるとこれだ大きかったら放っとかないだろうにと思う。

しかし、この草が生えている場所が悪い、水気の多いところでグチャグチャとしたところが多く、足を踏み入れたくないほど汚い場所をなどを好むため印象が悪い。

顔(花)に似合わず生命力が強く、人が入らない空き地の一角などいつの間にか、溝蕎麦で一面覆い尽くすのを何度か見てきた。

そして、花が終わったあと正4面体のような小さな実を付けるが、これが”金平糖”のようだと子どもに人気があり、ままごとのご馳走にだされて食べた覚えがあるが、蕎麦のように(これが名前の由来と言う)幾分固い殻の中は味も素っ気も感じられなかったが、出した女の子の手前美味そうに食べて見せた。

「三つ子の魂百までも」と言うが、子どものころから女の子には弱かったようだ。

.

今日は、ガソリン代も幾分安くなったこともあるし、日帰り温泉を兼ねて西のほうの行って見ようと出かけてみた。

宇津谷峠少し手前でガソリンを入れてみたリッター当たり167円、ひとっころより12円ほど安くなっており満タンにと言ったら六千円をオーバーして請求されビックリした。   安くなったと錯覚していたがやっぱり高く、出鼻をくじかれた思いがした。1ガロン147ドルから113ドルまで下がっているのだから石油元売はまだまだ儲けすぎだろう。

掛川付近の雨脚も袋井では止み、以後降られることもなく「和の湯」という日帰り温泉に浸かり、帰りは海岸沿いに走って来たが、途中大須賀町の「清水邸」によってみるとこれが休館日。またまた、当てがはずれ。

御前崎の海岸は、蒸し暑い風が湿気を持って吹き渡り、二~三組残ったサーファーも帰り支度、なんだか侘しい秋を見たような一日だった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月 9日 (水)

タンカ売は何処に

Img_0056 桃はその昔中国から伝えれたと聞く。

その芳しい匂いや色合いから、神仙道とあいまって不老長寿の果物といわれ珍重されてきた。

黄桃や水蜜桃などは品種改良されて出来たものだけに歴史は浅く、「この桃は古い種類のものだよ」ってんでもらったが、なにせ、小さい上に固い、おまけに幾分渋みがあると来ては、薬だと思わなきゃ食べられないものだった。

不老長寿も、これでは大変だわ、、、、、。

.

朝から、ドカンドカンと花火が上がっている。聞けば清水さんの祭りだという。

そういえば、ここの祭りは夏祭りのさきがけとして、いつも梅雨の真っ最中に行なわれていた。と思い出し、今日はどうかなと思ってでかけてみた。

境内とその周りに沢山の香具師がテントを張り、その下で駄菓子や焼きそば、とうもろこしといった食べものをおいしそうな匂いで売っているのをはじめ、子どもたちに焦点を当てた玩具や金魚などの店も出ていてかなり賑やかだった。

それを見ながらぶらついていたが、最近では大人相手の店がすっかりなくなったのに気がついた。こんな小さな所だからというわけではないが、大きな紙を広げての運勢や蛇模様の文字を書く人、一番面白かったのは寅さんが演じていた「タンカ売」というやつ。調子のよい文句をツラツラッラッと並べ立てて、、、てのはいつの間にか無くなったね。

また聞きたいもんだが、、、、。演芸の世界に行ってしまったみたい。寂しい限り、、、。

そんなこんなでいたら、日暮れとともに雨が降り出してきたので、背中に送り花火を聞きながら早々に退散してきた。

.Img_0102_2 麦秋

小津安二郎監督の”麦秋”を見た。

「明治四十二年生まれだから四十三歳か」という台詞で昭和何年くらいの作品だかすぐ分かったのだから我ながら大したものだ。

当然のことながら、出演者の若いころに驚く、しかし、笠 智衆をはじめ、佐野修二、三宅邦子、杉村春子、東山千栄子ら全てが即座に分かり、淡島千景だけがちょっと、、、手間取った。

当時の雰囲気が画面上に良く出ていて懐かしい家具調度などがあったり、子どもが叱られての家出する場面に自分を重ねたりして、出演者より背景に目が行く場面も度々。今では禁句かもしれないが、原節子が演じる行き遅れの娘が二十八歳。

その娘が、自分で結婚先を決めたことで周囲の家族はいろいろと葛藤する。これなども今の人には理解できないことと思う。

ただ、私なりに一番感じたのは、二十八歳の娘の立ち居振る舞いをみると、今の二十八歳はなんとねんねであることか。

裏返った声でひゃ~ひゃ~言っている姿は、青い山脈の女学生よりも子どもっぽく見える。時代は進んだが人は次第に幼児化してきているのか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月30日 (月)

夏越の祓い

結局、モニターを交換することにした。

次に、買わなければならないビスターに供えて画面の大きなものにしたが、なんだか画面が荒れているようで、違和感がある。

六月三十日。今年も今日で前半が終了したことになり、あちこちのお宮さんで”夏越の祓”が行なわれた。

これから迎える蒸し暑い夏を無事乗り切りためにも、”茅の輪”を∞の字にくぐり神前で願を掛けるのだが、日ごろの御無沙汰を赦して願いを聞いてくれるかどうか、、、

Img_0104

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月24日 (火)

恋と傷 二重の傷み

Img_0073 久し振りに出かけた城北公園は雨の合間を縫って来ることにしたのか、小学生のグループと保育園のグループが来ていて賑やかだった。

紫陽花のみが目だっている昨今、片隅でツクバネウツギが独特の花を開かせて匂っている。

Img_0015 この花は、追羽根で撞く羽根の形に似て長く突き出した花びらの付根に十文字の鍔のような額があることから名付けられている。ひとつひとつの香りは薄いのかもしれないが、数が多い。

蝶も蜂も吸い寄せられるようにして集まってくるので、しばらく待ってみた。

Img_0010 また、西側にある花時計の文字盤に不審な行動をする猫がいるので、そっと近寄ってみると鼻の頭から顔面中にかけて血が出ていた。たぶん、昨夜当たり恋の争いで喧嘩になり猫パンチを受けての傷だと思う。

ここは、猫を捨てに来る人と、その猫に餌を与えている人がいて市役所が注意の札を立てても一向に効き目の無く、捨て猫の多いところ。

この猫もそのうちの一匹なのだろうが、恋に破れ、傷の痛みはいや増していることと思う。文字盤の上で片手(前足)をくるくるとまわしていたが、私に気がつくと面目なさそう(感情移入のしすぎ)?な顔をしたあとソッポを向いてしまった。

.

今日は、飛騨牛の偽装問題でワイドショーはもちっきり。

昨年のミートホープと同様。船場吉兆、谷本医院、そして丸明と全て内部告発によるもので発覚した。いずれも経営の仕方がワンマンで人の意見を聞くということをしなかったうえ、いざことが起きると責任を従業員に押し付けて逃れようとしたことまで似ている。

内部告発をする社員の気質もむかしとは違ってきたかもしれないが、お金さえ儲かればという経営者の目先しか見ない姿勢が一番問題を大きくしている。

いずれこの会社もミートホープや船場吉兆と同じ道を歩むことになると思うが、他のワンマン経営者の参考にはならなくて、この轍を踏む経営者はこれからも出てくることだろうなぁ、、、、。

今回は「飛騨牛」というブランドそのものにも疑問点がある。(大垣の生産者のコメントというのがあったが、あそこは美濃の国であり飛騨ではない)買う人もブランド頼りの買い方をしないで、もっと自分の目や舌を鋭くする必要がありそうだ。

.

今日の花。左、白山吹の実。四っつの実が艶々と光って並んでいたので、、、白山吹は花が似ているだけでまったくの別種  右、山吹の狂い咲き。何が原因か知らないが二つ三つと、、、。

Img_0001 Img_0014

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2008年6月14日 (土)

クワバラクワバラと

Img_0001 小さな谷川だが轟々と流れ降る音は凄ましいものがある。傾斜が急なので滝に近いところがあるためだろう。

今日は、蒸し暑い天気を避けるのを兼ねて有東木の「うつろぎ」へ行ってみた。前回下十枚山に登った時は丁度お茶摘みの時期だったので、休業の札がかかっていた。

いつもの通りの天蕎麦を食べるには時間も早かったので、集落の中をあちこち見て歩いた後立ち寄ったのだが、標高が600mほどのこの集落は平地より半月ほど季節が遅く、栴檀の花が盛りを迎え、ウツギの花もようやく矛を収めようとしている時期だった。

Img_0004 しかし、ウツギの蜜か香りか、はたまた花粉がいいのか紋白蝶をはじめ姫赤タテハ蝶、一文字蝶と何種類もの蝶が群がっていた。その少し先では、虫取りスミレに紋白蝶と黒アゲハがきていたが、アゲハチョウとタテハ蝶は一緒の花にたかることが無かった。

Img_0027 我々が自分の舌に合った特定の店に何度も通うように、蝶蝶も決まった花に向かうようで面白かった。

.

.

.

今日は、宮城県と岩手県で大きな地震あり、かなり被害が出ているようだ。

大きな地すべりで、一瞬にしてむき出しになった地肌が揺れの大きさを照明している。しかし、幸いなこと言っては悪いのかもしれないが、震度6強という激しい揺れの中、犠牲になった人が今のところ死者三人という少なさで報告されていることである。最終的にはもっと増えるだろうが、中国での地震や阪神大震災のようなことにはならないだろう。

これは、通勤、通学時間に重なっていたが、土曜休み、山間部で人が少なかったことや火事にならなかったことによる。

最近日本での地震は、こんな幸運に助けられているが、三十年来何時きてもおかしくないと言われ続けている東海地震はこんな幸運に恵まれるだろうか。少なくても人口密度はかなり大きいことだけは間違いない。

そのときは、たまたま、いる場所によって生死が決まるのだが、何処にいることやら「クワバラ クワバラ」と唱えておくしかないのだが、、、、、。

.

今日の蝶。一文字蝶、名前の由来になった一文字の白線を羽に描いているが、裏側はタテハ蝶の仲間だけにうえの蝶に似た色使いをしている。右、黒アゲハは虫取りスミレがお気に入りのようで二匹(頭)が離れれず交互に蜜吸いにきていた。

Img_0007_2

Img_0015

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 7日 (土)

梅雨の晴れ間に運動会

Img_0053 梅雨の晴れ間と言えば蒸しむしと暑い日のこというと書いてあったが、今日はまったくその通りの晴れ間であった。

グラウンドの照り返しもきつく、立っているだけでくたびれて仕舞う。孫の学校では今日が運動会。毎年恒例となっている行事だし、喜んで寄せてもらう。

この暑さで一日中日に照らされるのも大変かと思うが、父親曰く「運動会を早く終わらせてくれ」という要望があって、今年は今まで目玉だった最後の選手リレーがなくなったと嘆いていた。

どのくらいの人がそういう意見を学校に寄せたか知らないが、最近流行のモンスターピアレンツなのだろうか。「事なかれで主義」で、そうなったとしたら、いちいち言うことを聞いているとなんの行事も出来なくなってしまう。

もっと公開して、討論しなければますます学校の権威が落ちてしまうのではないだろうかと心配する。

Img_0056 また、例年のごとく万国旗はためくもとの運動会だったが、長年使用していると見え、旧ソ連の槌と草刈鎌の赤旗がぶら下がっていた。この旗、ソ連崩壊で廃止、ロシアになって新国旗を制定したものだが、それから15年になる。物持ちのよいのは分かるが国旗の識別も学習のうちだとすると少しは気を利かせる必要があるのではないだろうか。

とはいえ、孫を含めて囲む弁当の味はこれまた格別。来年と再来年が過ぎれば中学生。後 二回の楽しみかと思うとおにぎりの味も、山の頂上で食べるのとまた一味違うのを感じてしまう。

.天下為公

儒教の教えの中に「天下為公」という言葉があり、政治家などが好んで使う。

最近の解釈としては、天下は為政者、独裁者のためにあるのではなく、人民のためにある」という風に書かれているものが多い。

しかし、古来日本では、公とは国でなく法人、団体を言った言葉であり、良く時代劇などで公儀隠密という時の公儀は幕府を指すことでも分かる。決して、人民を言っているのではない。

歴史の上で、人民が主役になるのはぐっと下がって18世紀当たりが最初であろう。アテネやローマの市民といったって、ごく限られた人のことである。

日本では、戦後ようやく得られた権利であるが、まだ使い方に慣れてない。ただ語呂がよいので使っているだけでなかろうか。

そのよい例が、中央官庁の縄張り意識、国会議員の特権意識をはじめ、各県の段階、市町村のところにまで公社だ、特殊法人だのと甘い蜜を吸う利権構造を生み出している。

彼らの言う”公”は省庁であり、国会であり、県市町村であり、その公を守るため頑張っている。言いたくはないが決して、人民のためにやっているのではないことを知る必要があるだろう。

「キンチョウ」のコマーシャルに「その疑り深い目が好っき!」と言っているが、あまり性善説に囚われないで「本当かな」と疑い、監視の目を向けることが大切、、、、、。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月30日 (金)

絽の着物で

Photo 朝方の空模様と昨日の天気予報でおもわず腰が上がりかけたが、その後みるみるうちに雲が張り出してきて予定を変更、家族慰安ドライブに切り替えた。

行く先は、朝霧高原のミルクランドで野菜などの買物と田貫湖周辺で遊んで帰ろうと言う予定。

ミルクランドに着いたのが丁度昼時だったので、軽いものでも食べようかと、付属のレストランに入ってみたら、これがバイキング形式の食堂。何時から変わったのか戸惑ってみたが入ったものは仕様がない。

バイキング料理、出してあるものを好きなだけとって食べる、という方法は日本独特のもだそうだが、食べ盛りの時にはこんな有難いものは無いのだろうが、今の我々では元どころか、、、、まして、メタボなどと言われては、、、

それでも幾分余分には食べてしまったけどね。味は結構良いほうだが、肉類が多いかなといった感じ。しかし、ミルクランドときては始めっから分かっていることだもの、此方が悪い。

Photo_2 食事を済ませて田貫湖にまわり駐車場に車を入れて、周辺を散策してみたが、草花には一番悪い時期で偽アカシアと顔剃菜(コウゾリナ)くらい、それにカナダガンがアヒルのように居ついてしまっていた。

長者が岳、天子ヶ岳は若芽の時期を過ぎてかなり色濃くなっているし、雲も厚く富士山も見えない。

三時過ぎ、芝川町を抜け久し振りに富士川町の松野から由比町に抜ける道を選んでいくと、この当たりはいま、空木の花盛り。

Img_0103 途中で、空木の蜜を吸いに揚羽蝶がいたので車を停めてみると、約10羽の麝香アゲハが30m範囲に群がっている。

麝香アゲハはどれも若い固体らしく羽なども生き生きしていて気持ちがいい。まるで、暑い夏を絽の羽織で過ごそうとしているように見えなくも無い。

通りすがりに声かけたいね    「よっ! お姐さん粋だねぇ」と、、、

今日はあちこちと廻ったのに写真になるものもなく、無収穫だったのかなと思っていたが、神様は今日一番ハイライトを最後に取って置いてくれたようだ。

.

今日の花。左、桜空木、空木の中で一番上品色合いを出している。右、花がごく細かい空木のような木、名前はわからず。

Img_0095 Img_0071

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月26日 (月)

蒸し暑いですね

Img_0017 蒸し暑いですね」というのが昨日今日の挨拶。

急に湿度が増した分暑さが身に沁み、コバエ(猩猩蝿)が大量に発生した。多分食べ物の使い余しなどの塵がの腐敗が原因だろうと思われるが、文字通り「五月蝿い!」と一喝してみたが通じた気配はない。

.

静岡市のシンボルフラワーは”立ち葵”である。その謂われは徳川家の紋所が三つ葉葵にあったことにあると聞いた。

三つ葉葵は双葉葵の葉をデザインしたものだから、立ち葵とは関係のない植物だが、静岡市の徳川に対する思い入れというものは、大御所といわれる時代に住んだことによってかなりなものになっている。

何度も書いたのだが、なぜ、その前の今川氏が無視されているのか。多分「勝てば官軍」または、明治維新の際、徳川さんについてきた人の子孫が、、、、と勘ぐってしまうのだが、下司の勘ぐりか。それとも、市側の贔屓の引き倒しか。

今日は、何とはなしに駿府公園のほうに足が向いていってしまった。行く途中二組の遠足児童と前後し、その賑やかなこと、きっと何十年か後の同窓会なんかで思い出の一つとして語られることになるんだろうな。

Img_0015 先年再建された東御門の傍にも立ち葵が何本も綺麗に立ち上がっており、発掘された堀の石垣脇に咲いている真っ赤な立ち葵を写生している女性や門の脇でカメラ(私以外の人)を構えている人がいたりして、夏の雰囲気をさらに増していた。

(写真右”面壁三年”のように石垣に向かって座り込んでいた女性画家)

.

今日のテレビは、昨日の横綱対決の相撲で、朝青龍の駄目おしを批判する批評でいっぱいだった。相撲の品格がどうのこうのと声高に言う批評家にはうんざりしてしてしまう。

どうも、この手の人々は朝青龍を悪者にすればそれで飯が食えるとでも思っているかのようだ。どんな競技でも戦う以上最後の最後に逆転ということが無いわけではない。そのためには駄目押しといわれようと確認しなければならないし、試合の流れから思わずということが無いでもないはず、、。

土俵下に落ちた相手に砂を掛けるなどしたら、もってのほかなのだが、そうではなかったはず。

もうそろそろ、相撲は国技だと言う看板を外したらどんなものだろう。だって、日本人力士が優勝したのは何時のことだったか、大関と言われる人たちの不甲斐なさはあきれるばかり。まるで、ここが安住の地と決め込み、上に上がって責任の思い仕事はしたくないといい加減にお茶を濁しているようにも見てと取れる。

以前に相撲関係者の意見として「相撲はただのスポーツではない。目上の人に敬意を表すことがこの世界の誇れる所だ。若い力士が仕切りから必要以上ににらみつけたり、先輩に平気で張り手を見舞うとは、、」と言っていたが、先輩に敬意(その値打ちがある人なら)を表すことはどんな社会にもあることであり、あとの事とは関係ないはず。

にらみ合いも、張り手も、この言葉から言うと先輩ならしても良いが、、、と取れ、それがおかしいとは思っていないようである。

それより、場所中に暴行が発覚した理事をしている親方は「しごきは当然」といっていたが、先輩や親方は何をしても構わないという姿勢が世界に誇れるところなのだろうか。土俵上のにらみ合いより、感情で竹刀を振るい、殴ったほうが大きい問題であろう。

にらみ合い、駄目だし大いに結構。と豪快な朝青龍がなんとなく好きと、応援している者としては、テレビ局の何とか問題にしてやろうとする姿勢の方に反発する。

.

今日の花。左。毒溜(ドクダミ)いろいろな当て字の感じがあるが私はこの字が好き。薬効はいろいろあるが、膿んだところに生葉をつけるのが多い。久し振りに先日厄介になったが背中の腫れもこれで完治。下手な薬よりよっぽど効きまっせ。右、岡虎の尾(オカトラノオ)す~っと伸びた上体を虎の尻尾に見立てたか。これもすでに味見している。蓚酸の酢っぱみが適度で良く食べた。

Img_0050 Img_0069

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 9日 (金)

ウツギのような紫陽花

Img_0025 安倍川筋にいま額空木(ガクウツギ)があちこちで目立ってきている。

白い額をひらひらとさせて、地味な花の代わりに虫を誘っている。この花、今の時期に咲くので空木の仲間だとばかり思っていたが、空木に似た額紫陽花だとのこと。

紫陽花に似た空木と空木に似た紫陽花。似たような言葉でも中身はまるっきり違っている。

.

昨日は三波春夫と村田英雄の歌を聞き、今日は春日八郎と三橋美智也の歌を聞いた。昭和30年代に次々とヒット曲を出した人たちだが、自分の青春時代ともあいまって、全てついて歌える歌ばかり、その歌のときはどうだった、こうだったと思い出が甦り、どの曲が一番かといわれても数限りなく出てく来て定めがつかない。

「歌は世につれ 世は歌につれ」この時代の歌はヒットすると、老いも若きも歌えることから国民歌謡の時代であり、三種の神器などに象徴されるように、なにをするにも一つ方向に纏まっていた時代だったといって過言ではないだろう。

そして、時代のテンポがそうだったのかも知れないが、歌詞の部分に重きを置いているため、テンポや曲を重視し、その後に歌詞を嵌め込んで、何を言っているのか意味の分からない最近の曲のに比べると歌いやすかった。

「歌は語れ 詩は歌え」とは誰が言った言葉か知らないが、これが日本の歌の真髄ではなかっただろうか。

最近では、何百万枚のヒット曲だと言われても全然知らない。「私たちアーチストは!」と黄色い声を上げる若い歌手の名前どころか顔も知らない。

何処に線があるのか知らないが、若者とおじんのの間には深~い溝があることは間違いない。

たまに、カラオケ店に行っても歌えるのは20年以上も昔の歌しかない。古くは祭文読みなどが歌の発祥だと言われるが、語るように歌われて歌が廃れ始めたのはやはり平成と言う時代になってからとすると、年号も大きな流れの区切りになるような気がする。

.

今日の花。安倍川筋に咲いていた不思議な花。棘のある蔓から、アカシアのような葉を持つ茎が出、黄色い花を咲かせていた。

これほど大きくなるには何年か前から花を咲かせているはずなのに今年はじめて気づいたと言うのも、、、この花なんて花?気になる花。

Img_0021

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 4日 (日)

ドドンガドンとサンバが通る

Img_0003 午後になって気温もどんどんとあがり、体感温度は25度をとっくに越えてきた。

朝から山のようすを見ていたが、人ごみの山は嬉しくない、とくに小母ちゃんの団体登山とあったときには、最低のものになるので、連休明けを待っている事にした。

しかし、まるっきり家の周りの散歩だけで過ごすのもと思い、街中へ今年初めて半袖のシャツで出かけてみた。

Img_0021 街中に入って驚いたのは、呉服町周りの道路にビニール紐で立ち入り禁止にしてあり、道の両側に人が座り込んでいることだった。

紐には、サンバの行列が通るのでうんぬんと書かれており、その先は七間町のほうにつながっていた。

.

.

.

Img_0007 七間町中ほどまで来ると、ドドンガドンドンとドラムを中心に賑やかな音がし、サンバの行列がやってくる、派手な衣装でやってくる。

待つことしばし、目の保養をさせてもらった。それにしても女性はいいなぁ、男があんな格好をしても様にならない。

そして、今日の暑さに踊子たちの衣装も似合っており、いかにも南国的、ラテンアメリカ的な雰囲気が出ていた。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2008年4月12日 (土)

翁の竹(の子)取物語

P1010020 碇草(イカリソウ)が咲き出した。

花の形が碇に似ているところから付けられたというが「なるほどな」といった感じがする咲き方である。

この草、インポテンツや腰痛に良く効く薬草だと聞いたが、花言葉は「あなたを捕まえる」静岡の一部で「嫁取草」だと言うにいたっては、よほど効き目があるらしい。         

「爺も試してみるべか」

.

P1010001 (土に埋もれていたタケノコ。この後曲がり具合を確かめて掘り出す)

竹(の子)取りの翁は今日も鍬と籠を背にして瀬名の山に登る。

手伝って欲しいという地主の後について、、、、竹林に着けば足裏に神経を集中してタケノコの感触を探り、僅かに地面から顔をのぞかせたタケノコを掘り出す。

たまには金色に光った竹が無いものかとも思う。でも、もしあったら今からまた「子育てもかなんな~」と見ぬ振りをして通り過ぎようか。通り過ぎたら神さん罰当てるかな?なんて考えながら、片頬ににやっと笑ってしまう。

竹林は、傘を差して歩けるぐらいの幅で竹を切っておく。そうでないと良いのがでてこないという。ほったらかした挙句密生して足の踏み場もない所は竹薮といい、タケノコは出てこないし、もし出ていたとしても掘りにくくてたまらん。

今年に入って、今日で4回目タケノコも次第に太くなってきたが、掘っていて思うことは、これは、竹と人間の一種の戦争ではないかという気がする。

蛸壺に潜っているタケノコを無理やり掘り出し根こそぎ持ち去り、結局は5月に入ってタケノコ堀をやめた後に出てきたものがかろうじて息をつく、、、そんな感じかな。

竹。といっても孟宗竹なのだが、江戸時代になって日本に広まってきた種類で、もともとは中国から持ってきたものという。これが、管理されている間は良かったのだが、最近になって山が荒れ、繁殖力の強さから範囲をドンドンと広げて、竹害が大きな問題になってきた。

この山で今日は、170本ほど、計200kgほど採取したが、山の斜面を登ったり降ったり、背負い籠で自動車まで担ぎ出す。

お昼の握り飯を食べて一休み、元気が出るかと思ったら、逆に気が萎えてきていい加減な掘り方になる。充分にタケノコの周り掘らないうち鍬を打ち込むものだから、、、、、、爺はその後の作業はやめて座り込み、傍らの碇草を眺める。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 8日 (火)

花も嵐も

Img_0007 昨夕以来夜通しの雨風で桜が散ったことは見ないでも分かる朝だった。

三月二十三日の開花宣言から二週間だから良く持ったほうとはいえないだろうか。用事があって、近所の小学校の裏道を歩いてみると、地面に降り敷いた花びらで、少し汚れてはいるものの花の絨毯を踏みしめている感じ。

Img_0003 残っている花も風に吹かれて横向きになり、枝にしがみ付いているという感じ、さだめし”花も嵐も踏み越えて 行くが男生きる道、、”ってとこ。

昨日まで、谷津山の上を彩っていたピンクの部分は花も吹き落とされたようで、此方から見ると冬枯れのように枝ばかりの山になっている。

.

.

Img_0016 いつの頃か”amapola”(アマポーラ)という歌を聞いたことがある。映画の主題歌にもなり、フランスのボーカリスト、ティノ.ロッシの甘いささやきのような声で歌われ人気があった。

”アマポーラ” 悩ましげに歌うその曲は始めは人の名前とばかり思っていた。そうかもしれない、、、、、

しかし、”ひなげし”の花だというのをスペイン語を知るまで知らなかった。(ひょっとするとフランス語でもあるかも知れないが)

アグネスチャン歌うところの可愛いだけの”ひなっげしの花”と同じ花を歌ってもずいぶん印象が違うもんだ。

今日の花。ひなげしは条件が悪かったのかどれもひ弱そうでちいさく、花びらが透けて見えるくらいであったが、時おり強く吹く風を受けても倒れることなくゆれているさまは、羽衣のようにも見え綺麗だった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年4月 3日 (木)

やっぱり さくら

Img_0010 何処もかしこも、さくら サクラ 桜で騒がしいと思っても桜を見れば近づいてしまうのが日本人のくせか、、。

今日は、天気も良し。吉田公園へチューリップを見に出かけてみたが、途中道路右手に小山城が桜に囲まれているのを見て、寄って見ることにした。

Img_0003 (駐車場から見た城)

小山城は、武田信玄が遠州への足がかりとして、大井川の西に作った拠点で、その後、牧の原の諏訪城、藤枝の田中城、掛川の高天神城らとともに重要な城であったが、今再現されているような天守閣など無く砦規模の城だったようで、城の西側の備えが特に厳重にしてあったことが分かる造りになっている。

しかし、以前から縁が無かったか、静岡に来てからあるとき忽然として現われた城であり、観光施設としか見ていなかったので、立ち寄ることも無かった。今回が初めて見る施設である。Img_0015 Img_0004

麓の能満寺から階段状の男坂といわれる道を一気に登ると、馬場らしき平地をぐるっと囲むようにして桜が満開で迎えてくれた。

Img_0008 そこでまた絵葉書のような写真を何枚も写し、裏へ回って枝垂れ桜を、と写して周ったが、どうもこの城が作り物だという意識が抜けず違和感があり、さらに、変なところに三日月形の穴を掘って甲州流築城と言うにはオチャラケが過ぎているように感じた。(緑色の土のうがそう)

この辺が、観光と史跡の違いだろうが、吉田町は史跡に認定しているようで、看板が立っていたのと、能満寺の門前に静岡空港反対の立て看板があったのには少し驚いた。

ついで、大井川河口に近い吉田公園に、、、ここは、何年か前に園芸博覧会?を開いた場所で、その後の管理は町に任されているそうだが、10万本のチューリップと宣伝しているのを見て再度来て見た。

Img_0019 感想としては、三月末からチューリップ祭りだというのにやっとステージの組み立てをやっている所であり、富山 砺波のチューリップをはじめ、新潟や愛知の”なばなの里”を見てきているだけに、10万本とはこんなものかという感じだけが残り、帰りの通りすがり運転しながら見た、藤枝の瀬戸川沿いの桜。蓮花寺公園の桜にはちょっと敵わないなというものだった。

やっぱり、春はさくら。しかし、此方は、車の駐車場も満杯で無く遠めに見ただけ、、、、

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年4月 1日 (火)

怖いエイプリーりフール

Img_0154 春には珍しい晴れ方になった。昨日の低気圧が綺麗に空を拭ってくれたようだ。

出掛けに見たチューリップ。赤 白 黄色と歌の文句のように咲きそろって新年度の門出を祝っているかのよう。

今日は、昨夜来の露も残っている愛宕山の参道を登り、清水さんまで谷津山の尾根筋を歩き、ぐるっと廻って13kmほどの散歩。

天気も良く、気温も上がって、愛宕山の麓に着いた時はすでに下着に汗が、、、、チョッキ(今ではベストという)を着てきたのが良くなかったみたい。カメラ以外何も持っていないので、脱いでも入れるところが無く、結局はそのままで歩きとおした。

この山は、遠目にも桜の多い山であることは、その色あいを見ただけで分かる。尾根筋の各所から富士山も見え、典型的な日本風景の数々

以下は、その途中途中の写真にする。

愛宕砦から

Img_0102

Img_0106

,

ハイキング広場で

Img_0118

Img_0129_2

.

今年初見参の黄アゲハとコノマチョウ

Img_0137 Img_0124                  

.

エイプリル フール

今日は"四月馬鹿”。気の効いた嘘は無いものかと出かけてみた。谷津山のハイキング広場の東屋にはいつも私より少し上の人が集まって話しているので、なにか種でもないかと末席に座らせてもらったが、何れも今日から始まった「後期老人健康保健」の苦情に終始していた。

まず名前が良くない。この手帳を貰ったら迷惑をかけないうちに早く死ねって言ってる気がする。後期ってのはそんな気がしないかい?

いまになって、わずかばかりの年金から保険料を天引きされたんでは生活が出来なくなる。あいつら(国会議員や高級官僚のこと)自分には関係ないから平気で決められるんだ。など、、、

結局どうしようもなくなったら、刃物を振り回して誰でもいいから刺して歩き、刑務所で老後の安定した生活の面倒を見てもらおうか。とブラックジョークで終わったが、、、

ひょっとするとジョークではすまなくなりそうだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月27日 (木)

かすみか雲か

Img_0018 垣通(カキドオシ)が明るい紫花びらをひけらかすようにの綺麗に咲いていた。

この花の名前の由来は、花が終わった後蔓が急速に伸び、垣根を縫うようにして這い上がる所から付けられたと言うが、花咲くころにはそんな印象は微塵も無い。

まるで、始めは処女の如し、、、のことわざを思い浮かべさせるような草である。しかし、民間薬としてはドクダミやゲンノショウコなどに匹敵する草として知られ、胆石、腎結石、黄疸、糖尿に効くといわれていて、子どものころ陰干しにしていたのを憶えている。そして、一番の薬効は”カントリクサ”という別名があるように、幼児の癇に効くというものだった。

.

Img_0006 今日は、浅間神社から桜見物を兼ねて尾根道を歩こうと思い出かけてみた。浅間神社の桜は五分咲程度か、丁度結構な咲き具合である。

ここは四月始めの二十日会祭の準備をはじめている所、本殿脇に枝垂れ桜を見るため100円の料金所があったが無視して。麓山神社に到る百段の石段を登る。

この石段は、自分なりに一気に上れなくなったら山登りをやめようと思っている石段なので、毎回登る時は心している。上りきったところに最近植えた桜の若木があるがどれもまだ細くて花も少ない。

Img_0009 総漆塗り絢爛豪華な麓山神社の周り、そしてそれの連なるだんだん登りの山道のあちこちに桜の樹があり、静岡に来たばかりのころ花どきを遅れた来たため、舞い散る花びらが幻想的だったことを思い出したが、あれから三十年、桜も年老いたのか花の数が少なくなり青空が透けて見える場所が多くなったような気がする。

Img_0013 染井吉野は、園芸品種であるため早く沢山花を咲かせるもの、寿命が短いと聞く、頂上の平和観音は静岡空襲の犠牲者を弔う観音像で、この周りの桜もかなり花の密度も厚く咲いて、”かすみか雲か 匂いぞいずる、、、”といった雰囲気だったが、、、

そこで一休みの後、さらに賎機山に向かう。今日もこのコースは行き交う人が多い。掘り切りを渡れば、はや賎機城の郭内である。

もっとも、400年以上前の城跡であり、すでに畑として耕されていたりなどで当時の様子は分からないが、城というより砦といったところが相当だろうと思う。

安倍川を挟んだ向かい城とも言うべき安倍城ははるかに高く、見下ろされている以上、安倍川近辺の敵を見張るためのもの程度のものである。

そこを抜けて再び下りきったところで、お昼時間が近くなったので、天徳院傍の平地に下り帰途につく。

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月26日 (水)

黄砂と農薬の尾根歩き

Img_0226 午前十一時ころ雨が降り出す前に、今年最後の野蒜掘りに行ってきた。

今年最後と言うのは、野蒜がなくなるわけでなく、他の草が芽を吹き所在を隠してしまうので見つけ出すのが困難になるという意味で最後にした。

午後になって、陽が差してきたので梶原山~帆掛山を歩いてみた。目的は梶原山の山頂にある枝垂れ桜の開花状況を見たいのと、出来れば桜と富士。桜に当たる夕日なんかが撮れればいいかな。なんて思ったことにある。

Img_0209 登ってみると、黄砂の影響がつよく、周り中が靄の中のよう。先ほどの雷を伴った雨も黄砂には影響が無かったのだろうか。勿論、絶景の富士もどこへやら。

おまけにお茶畑に農薬を撒いているらしく、臭いがたちこめ健康には良くない環境下にあった。

梶原山の枝垂れ桜はまだ咲きだしたといった感じだが、満開になってもそんなに花が多くないと言う気がした。樹勢が悪くなっているのだろうか。

桜、夕日とも満足出来るものは無かった。

.

今日の花。左、榛の木の雌花。尾花は柳のネコネコオンボ(猫の尾)みたいな形をして別の場所にあり。 右、梶原山で見かけた小さなすみれタチツボスミレの仲間かと思うが名前がわからない。 Img_0214 Img_0204

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年3月18日 (火)

おぼろに霞む黄砂と花粉

Img_0016 少し前までは”おぼろに霞む春の野辺、、、”なんて今の季節をたのしんでいたが、今では”黄砂降り花粉舞い散り、、、、”マスクと眼鏡は手放せずと言うような人を多数見るようになってしまった。

今日も気温は20度を越し、四月の気候だと言っていた。久能街道から東照宮に上れば春の暖かい日差しの中、Img_0045 一見”春の海 ひねもす のたりのたりかな と言った風情があり、先日まで間近に見えていた伊豆半島どころかすぐ傍を通る貨物船まで薄らぼんやりとしているのが、霞でなく黄砂のせいだと思うと鬱陶しくなる。

Img_0038 麓の梅園は花が散ってしまい、道路わきには山桜が一本朝日を受けて疎らながら花さかせている。上の境内に咲いている緋寒桜の濃密さに比べると、これは清涼剤と言った感じがする。

Img_0006 東照宮は、昨年大修理を行なって本殿は綺麗に漆で塗り固められ、極彩色の建物は侘び寂びの世界の真反対を演出している。

前回行ったときはまだ工事中だったので、新装されてから始めてだったが、その装飾には漆塗りの高い技術が施されているのを素人目ながら感じさせられた。

ただ、歴史に現れてくる家康像から見てこの造りには、あの世からどう見ているだろうか。安土桃山時代の流れを汲む豪華絢爛、けばけばしいばかりの造りは、信長 秀吉に比べてずっと地味だったと言われる家康にとって、尻がこそばゆくなり落ち着いて座っていられない心境のような気がする。

ともあれ、死んだ者にとってはこの世のことは抗議する術がなく、生者に任せるしかない。

.

今日の花。左、紫華蔓(ムラサキケマン)左、黄華蔓(キケマン)華蔓は仏具の一種でそれに似ているところから命名されたが、独特の匂いもあり子どもの頃は避けていた。

Img_0078

Img_0043  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月 4日 (火)

亀の花見?

Img_0169 確定申告の用紙を税務署に行ってポストに放り込んできた。

この時期になると、毎年面倒くさくて嫌になるが日当分だけでも取り返してこなければと思い行っている。

次第にシンプルな生活は、難しい計算もなくなり、前年のものを参考にして簡単に作れたので、直接税務署に持っていくことにした。

間違っていれば、後でなんか行ってくるだろうし、”後は野となれ山となれ”

.

帰り道は浅間神社から城北公園周りに散歩しながらのんびりと廻って来たが、まだ花の数も少なく変わり映えしない。

なかで、ここ2~3日のことと思うが、城北公園の植木の間を掃除し、塵を除けたようで、すっきりとしていた。いつもは、池の傍に捨て猫のために小屋などを作ってあって餌もおいてあるのだが綺麗に片付けられており、猫の姿も疎らである。

本来はこうでなければならないのだが、捨てる人がいて、それを可哀そうと思う人がいるため野良猫の住処と化している。多分綺麗にしてもすぐに小屋作りをする人がでてくると思うが、それまでの、、、、

そうしたなか、気温も上がって活動を始めたのか、亀が池の中の石の上に上がって日向ぼっこをしている。

向こう岸の桃色の梅をあたかも眺めているかのように、首を高くあげて、、、

北陸地方だけかもしれないが、酒を沢山飲む人を”ガメ”と言う。何かで見たのだが海亀を放すとき酒を飲ましていたように思う。亀にしてみれば大変迷惑な話と思うが、酒好きというのはどこからでた話なんだろうか。

本当に好きだとしたら、この様子は、酒を飲んで花見をしているのかもしれない。

上空は、昨日に続いての黄砂で遠景が霞んでいる。中国で高度高原の砂漠化がさらに進んで今後黄砂がもっと増えると言う予想があるが、これも、先進国になるまでの通り道なのだろうか。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年2月29日 (金)

緋寒桜はくたびれて

Img_0096 「休みだし、天気もいいし、富士川楽座あたりにでも行ってこない」って娘から電話があった。「ああ、いいね」ってんで娘の自動車で連れて行ってもらうことにした。

途中、「富士山を見るだけなら他にもあるんだけど、、、」と言ったら「ナビしてくれるんなら、何処でもいいよ」とのことなので、「右だ左だ」と指図をして、サッタ峠の西側、峠下の駐車場に入れ歩いて登る。

Img_0088 今年は、新聞でも騒いでいなかったのでどうかなと思っていたが、峠の緋寒桜は予想通り終末期に入り、残っている花もくたびれて可哀そうな状態なので、写すには忍びない。

変わって椿の季節だが、これは数少なく、少し霞んで春らしい富士山の引き立て役には役不足の感はまぬがれないし、梅も桜ほどではないにしろ今ひとつ、、、。