2019年7月27日 (土)

台風の来る前に

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日の出時の立科町昨日までの暑さのせいか靄もかかって朝日も浅間山も眠そうな感じがして

台風6号が日本に上陸しその後東海地方関東へと真東方向の移動すると言うのが夕べの天気予報だった。

で、静岡はかなり激しい風雨に見舞われると言うことで、「その前に帰り着きたいなあ」と言うことから立科町を早々にたつことにした。

今日も朝からまぶしい光が差し込み台風の予兆は感じられなかった。

そのことに気を許してしまったようで、義妹の家に寄ったりのんびりと南下したが、空は急に灰色の雲に覆われ始め、野辺山の登りに入るとワイパーを中に動かさないと前方が見えなくなり、野辺山を下りかけると雨降りが止み、中部縦貫道ではトンネルを出るたび空模様が変わり、身延町で最悪の降り方になるなどコロコロ変わる天気に翻弄されてたどり着いた。

自動車には、じゃがいも80kg以上のほかトウモロコシやプルーン など荷物を満載しているためいつも以上にゆっくりと走らせてきたため三十分ほどかかってしまった。

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2019年7月23日 (火)

山百合

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暦の上では今日が大暑であり暑さも厳しい日になるという。

たしかに、蒸し暑さも加わって過ごしにくい日ではあるが、真夏日にあと一息といったところ。

杉の木に覆われて薄暗い川根路に咲く山百合の花。

そこだけがほのかに明るいと感じてしまう。

昨夜はこのあたりも豪雨だったそうだが、そんなことがあったのかと言わんばかりに大輪の花を開き虫を待つ、、、

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2019年7月 8日 (月)

是より山野村

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「是より山野村」と書いた石碑が峠の清水脇に建てられている。

飛騨市の山の村は同じ市内にありながら一種桃源郷みたいなところである。

自分が始めてこの地に行ったときは伊西トンネルが出来たばかりの昭和三十二年だった。

乗用車がすれ違えるかどうかの小さなトンネルを抜けると目の前に大きく開けた海抜1,000mの高原が開け、カッコウがなき、雪をかぶった北アルプスが見えた。

この地は自分のおばあさんの出身地であり親戚が多数いると言うことが信じられない気持ちだった。

ここまで、自分が住んでいた聳南寮から一気に登ってきたため汗をかき喉が渇いていたので、今では水のみ場として整備されている脇の沢に顔を突っ込み山清水で喉を潤した感じは今でも憶えている。

このトンネルが出来てから、それまで大富経由のぼっか道はこちらにうつり、家計を助けるため従兄弟(亡くなった従兄弟ではない)が下の本鉱山と栃洞の間を文書など運ぶ常便夫とし通ったと言うの後から聞いた。

中国の桃源郷はトンネルをくぐってたどり着き、一度帰ってから二度と再びそのトンネルに行くことが出来なかったそうだが、伊西のトンネルはその後何度も行き来した。

しかし、今回 従兄弟の三十五日忌の法事でこの場所を通ったが、この年になると「また今度」と言うことが有るのか無いのか分からない、、、、、、、

下の本からの帰り、皆は前回同様山吹林道を通ったが、自分は森茂から伊西をゆっくりと巡りトンネルを通って船津座に向かったが、あまりの懐かしさに時間を使い、次の集合場所にすこし遅れてしまい、、、心配をかけてしまった。

出かける前に言ってはいたが、時間を勝手に解釈し申し訳ないことをしてしまった。

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平成16年に拡幅してこんな立派なトンネルとなったが、当時はこの半分くらい、、、

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昭和三十二年に完成した伊西髄道、郵便屋さんも雪道をこざいてたどる。

 

 

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2019年7月 3日 (水)

地獄の門

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「ここに入る汝よ 一切の望みを捨てよ」

先日古代インカ展のついでに立ち寄ったロダン館で地獄の門という大きな作品の前の敷物に書かれてあった上田敏と森鴎外の訳詩に書かれてあった言葉である。

県立美術館に付属する形で常設されているロダン館は毎回のように立ち寄っているのでこれで何回目になるのか分からないが、この訳詩を目にしたのは初めてのような気がする。

以前からあったのかもしれないが、、、、、心ここに有らざれば 見れども見えず、、のたぐいだったのかな?

ロダンの地獄の門は晩年になってダンテの神曲をもとに長年にわたって製作したとかで、中央の上のほうに有名な考える人の像もある。

ダンテの神曲がどんなものかわ知らないが、門の扉に作られている彫刻のひとつひとつをゆっくり見る気が無いのはまだこの門に対して自分のレベルが追いついていないためであろう。

ちなみに二十数年前にイタリアのフィレンツェだったと思っているが天国の門というのが有った。

こちらは、美術館の壁と言うか屋外にあって金ぴかの部分がかなりあったと言う程度しか記憶に無い。

ヨーロッパの人は死後、こんな門をくぐって天国や地獄に行くんだろうか。

自分としては、阿弥陀如来さんに迎えに来て欲しい、、、なんてね。

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2019年6月27日 (木)

古代インカ展

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台風の予兆ともいうのか朝からむしむしとする熱気が漂っていた。

こんな日はどこが良いのかと考えた末、先日来言ってみようと思っていた”古代アンデス文明展”が静岡県立美術館でやっていたのを思い出した。

行ってみると上の駐車場はすでに満杯のため連れを降ろし、一度下の駐車場まで下りて美術館までのプロムナードを急ぎ足でもどってきた段階で汗をかいてしまっていた。

いつもの例であるが、こういう催しは入り口付近が混んでいて身動きが取れないが中ほどからは疎らになりゆっくり見学ができるものである。

それで、今回の目玉にしていたのがリマで四十数年前に見た天野博物館で見た展示品と再開できるかもしれないと言うことであった。

昭和五十年だったか、、、その三年前に先の天皇が皇太子時代に訪れたことで有名になったペルーはリマ市にあった天野博物館(museo de amano)を仕事の合間に下山したとき行ってみた。

そのときの印象は、思ったより小さく土器を中心に薄暗い中に雑然とおかれていて。あまりよい感じはもてなかった。

多分収集したばかりで仕分けまでいっていなかったのか、また、今は日本人が案内してくれるそうだが、当時は受付意外には誰もいなかったようにおもう。

 

それでも、多分憶えてはいないと思うけれど昔見たものに出会えるのかと丹念に見たかったのだが、入り口の混雑でその気はうせた。

今回の展示品については、フラッシュを焚かないことミイラや頭骸骨を移さなければ写真を写してもよいとのことだったので何枚か映してみたが、、、、、、、、、

 

八時過ぎて雨脚が時折激しくなってきた。

裏に水位が上がる川がある関係上夜の台風はあまり好きではない。

寝入ったときに、大雨にならなければ良いがと思いつつ、、、、

 

 

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2019年6月23日 (日)

マタタビの半化粧

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安倍川上流で一部葉が白くなった蔓を見かけた。

マタタビである。

その葉影で小さな花が咲いているのだが、葉が白くなるのはここに花があるというのを知らせるためのようだが、白粉を半分だけしか塗れなかった半化粧とも言うべき状態か、、、、

マタタビは子供のころよく食べた果実ではあるが、同じ仲間のサルナシほど美味くなかったので、焼酎漬けなどにしたが、子供ゆえに飲ませてもらった覚えがない。

猫にマタタビというように何か刺激するものが入っていて、酔っ払ったような状態になるとも聞いたが、マタタビをとっていたころの鉱山町には今思うと猫がいなくてそんな話を聞くだけのことで、実際に見たこともなかった。

また、マタタビの意味は疲れきった旅人がこの実を食べると又元気が出て、歩き出すことからだというが、これまたそんな旅人を見たこともないし、子供のころはそんな疲れ方をしたことが無かったので、これまたわからない。

結局のところ、マタタビはほかの薬草同様その効果は聞くだけで、効いたかどうかは分からないで来た。

世の中、うわさには聞いていても実際はどうなのか分からない半化粧が多いのはいつものことか、、、、、、

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2019年5月19日 (日)

手もみの実演

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一番茶も一段落した今ごろは各地でお茶祭りを行い手もみ茶の実演即売会がある。

自分たちは、この時期になるといつも旧岡部町の玉露の里に行き、何がしか買ってくることにしている。

行ってみると、一回目を終え二回目の茶もみが始まった所で、蒸し揚げてまだ青々している葉を蒸篭の上でもみ始めていたが、その手つきはちょっと真似のできない手さばきであった。

両手ですくった茶葉を両手で持ち上げ、もやもやっと散らばかしながら撚りをかけていくのだが、その前段から見せてもらい、出来立てを三袋買って兄弟に送ることにした、、、、、、

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最近世間を賑わしているのに各地の交通違反というか危険行為がある。

曰く、松本走り、名古屋走り、伊予の黄走り、山梨ルール、岡山ルールなどなどが有るそうで、それぞれの土地によって危険な走り方があるそうだ。

もともとは、その土地の道路事情や気質に由来するらしいが、ほかの人が走るから自分もということがその土地の習慣になっているようだ。

自分も故郷に帰るときはほとんど松本経由で行っているがまだそんな危険行為を目にしていないので、すべてがそうだとはいえないが、市役所の広報に載るくらいだから、街中ではかなりの頻度であるのだろう。

ただ、これらの走り方をされると他所から来たものには非常に迷惑なので、取締りをやって、少しでも減らしてもらいたいと思うのはよそ者たる由縁か。

そして、静岡はこれらの仲間になっていなかったので静岡ばかりではないのかもしれないが、静岡では方向指示器の出すタイミングが間違っていると言うことがあげられる。

右折、左折などをする前にブレーキーをかけ適度なスピードに落ちてからウインカーを点滅させる。

後ろを走っていたらなんでもない所でブレーキをかけてるので危うくて仕方がない。

ほかの人に理由を聞いたら「あまり早くから方向指示器を出すと田舎者と思われる」と言うことだった。

どうせ静岡なんて田舎ではないかと言ったが、岡山ルールもそれ以上でウインカーをつけないで右左折しないそうで恩何時理由だといっていたのには驚いた。

田舎者なぜ居直れないのか、そんなに都会人ぶってみた所で「俺って無い訛ってないべ」っていやあ、お郷が知れるよ。

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2019年5月18日 (土)

加茂荘花鳥園

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掛川加茂荘花鳥園へはこれまで何度も行っている。

一番最初は子供と母親を連れて、電車とバスを乗り継いで行ったのだからかれこれ四十年近く前のことになると思う。

当時は、観光地も少なかったためか、バスは一kmほど手前から渋滞に巻き込まれ難儀したものだったが、今回はそんなことは何時だったか?と思わせる雰囲気で、駐車場が広く感じられるほど車の数も少なかった。

もっとも広告では、”あやめの開花が盛ん”と言うふれこみだったがそれほどのことも無く場所によっては何も花の無い区域さえあるくらいだったから、すこし行くも見速すぎたのかもしれない。

Img_0052_4 そして、いまの時期はアジサイの花がメインの様子で店の人もその販売に力を入れている様子が見て取れた。

この花鳥園は、掛川の駅近くと、富士の朝霧公園のほか鳥取だったかにあるやに聞いているが、加茂荘が最初のは発祥地であり、むかし、庄屋だったときの建物が立派で見ごたえのあるものである。

しかし、一番最後に花鳥園のいわれとなったふくろうの仲間を中心にいろんな鳥を入れたことで、建物内部に鳥の糞の臭いが漂い、暑いので注文したアイスクリームの味が損なわれたのが残念だった。

次回は、いつになるのかな、、、、、、?なんて思いながら外に出た。

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最近駿河湾名物の桜海老の不漁が静岡では大きな話題になっている。

そしてその原因をこの近くに河口を持つ富士川の濁りにあるのではないかと地元静岡新聞を巻き込んでアッピールしてきた。

この一連の報道を見る中で、結論ありきで読者を誘導するようなキャンペーンを張っている様子が見て取れた。

いまの原因は、富士川支流の雨畑川にある砕石業者が砕石する過程で出来た泥水を川に放棄していることが最近分かったような書き方をしていたが、それは、かなり前から分かっていたはずのこと、、、、、、、、

そして、ここしばらく、同じようにシラスの不漁もたびたびあり、ことしもかなり少ないようで店頭には他県のシラスが並べられている。

これも、富士川の濁りだろうか。

もともと、年間何百トンも水揚げするほどの資源量があったのか、もっと科学的調査が必要なのではあるまいか。

 

 

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2019年5月17日 (金)

貸しきり状態

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遠州三山とひとつと言われながら油山寺は一番人が集まらないお寺で、今日も駐車場に一台しか自動車が入っておらず、それも、自分らと入れ替わりに出て行ったので、この広大なお寺は自分たちの貸しきり状態であった。

まず入り口にあたる山門が、むかし掛川城の大手門だったと言うこともあって、ほかの寺には無い荘厳さと言うか、異様と言う感じさえする山門である。

この寺には、およそ三十年ぶりといってよいかと思う、

母親が、飛紋症とかで目の前に蚊が飛ぶように黒い点が動く病にかかったとき、連れてきた覚えがある。

その後、その病は治らないまま他界したのだが、そのときから眼病に効験あらたかなお寺と聞いていた。

今回ここを訪れたのは、そのとき回りきれなかった場所があったのを思い出して、なんとなく、、、ただなんとなくだった。

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境内はそこここ風鈴を揺らす風とに緑の若葉を通した柔らかい日の光を浴びながらゆっくりとゆるい坂道、あるいは急な階段と歩き回り、最後は数珠玉のを鳴らして本殿の参拝を行なってきた。

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2019年5月 8日 (水)

また 観光渋滞にはまる

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連休もおわっていよいよわが世の春になったとおもっていた。

今朝方の空の青さと真っ白な富士山を見て家を出、比較的空いた国道一号を東に向かい富士宮に行った。

途中、長野から電話が来、その話しの中であちらもかなり冷え込んで、蓼科山のほうに入った田んぼに氷が張ったという。

そのせいで富士山も白くなったのかと理解できた。

あちこち立ち寄りながら、峠を越えて鳴沢村の道の駅まで行っては見るがどこもこれといったものが無いし、帰りがけに近年評判の芝桜と富士山が見える公園があるのを聞いていたのでそちらへまわって帰ろうかという話になった。

それで、本栖湖のほうを回る道を選んだが、すぐに渋滞にはまってしまった。

「えっ 今ごろなんで?」と思いながらも車を進めると西湖入り口の手前で乗用車三台を絡む事故がありそこで一車線ふさいでいたのが原因と分かった。

しかし、それを過ぎて尚精進湖の東側入り口に付近に来ても動き出す気配は無いので、痺れを切らして精進湖に路線を変更し、鰍沢方面に抜けてきた。

この渋滞何が原因だったか分からないが、芝桜公園だったとしたら、五km以上の渋滞であり、普段なら駐車場から15分ほどの距離を渋滞三十分以上かかって二kmほどしか進んでいないことになる。

連休が済んでもこんなんではどうしようもないはた迷惑と言うことになるのだが、遠方からここ目当てに来た人は見ないわけには行かないし、どうしてもここを通り抜けなければならない人は、、、、、、

ということで、写真は精進湖から見た富士山、八重桜と、、、、、、、

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