2020年2月25日 (火)

不要不急

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「不要不急の外出はお控えください」というのがテレビから流れているが、流行に敏感な静岡県ではクルーズ船からの感染者が入院治療してけれど、まだ、感染者は出ていない。

感染者が出れば、暇人のわれわれも外出を控えなければならない時期が来るだろうからと、今日は用宗漁港まで行ってきた。

目当ての生シラスはなかったが、冷凍したものがあるので解凍して食べてみない?という勧めで買ってきて食べてみたが、思ったより美味だった。

この調子なら、これからも買ってみる価値がありそうである。

シラスを買った後公園によってみたが、週日ということもあってか、二~三歳くらいの子供連れが10組とはいない状態で閑散としていた。

沖には靄がかかり、沖ゆく船は背景の伊豆半島も見えない中で、停泊しているのではないかとおもわせる速さで東に向かっていた。

気温は16度、風もない中で眠気に誘われそうなお昼まえのひととき、、、、

 

午後、いくらなんでもと自動車のタイヤをスタッドレスからノーマルに交換したがかがんだ姿勢を長く続けていたら息切れした。

こんなことで息切れするなんて、、、、ウイルスが来たらいちころかな。

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2020年2月21日 (金)

ノリタケの森見物

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十八日の夕方、有東木からワサビの花茎をたくさん持ってきてくれたので、愛知県に住む弟に「いるかね」って電話したら「ほしい」という返事だったので、ハッサクを15kgともち米20kg余を持って出かけることにした。

はじめは、日帰りも予定していたのだけれど、勧め上手の乗っかって二泊三日の旅になってしまった。

二十日は前々から名古屋城の御殿を見たいと思っていたので「そこへ行こうか」ということになったのだが、久しぶりに名古屋まで行くのなら陶器で有名なノリタケチャイナーの展示館がある「ノリタケの森」も見たくなり手始めにそちらを先に見ようということになった。

案内では、最寄の駅から5分で行けるというので、地下鉄で外に出てから歩いてみたが老人の足ではちょっと無理だった。

ノリタケの森といわれる場所は110年以上前からこの地に根付いた企業のようで、西洋陶器の草分けのような存在だったとは知らなかったし、我が家のトイレもそうだがTOTOや日本碍子などもここから分離したことなども初めて知った。

ただ、製品売り場での買い物は、断捨離を始めなければならないものにとっては値段の高いものが多い中、食指を動かせるにはちょっとと首を傾げざるを得なかった。

あちこちを見て歩いて最終はミュウジアム館に年寄り料金300円を払って四階から順次下に降りてきたが一番下に降りてきたときには足が棒になってしまった。

それで、気持ちがめげてしまい、名古屋駅で昼ご飯を食べた後、名古屋城は次回にしようということになり帰途に就いてしまった。

 

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2020年2月15日 (土)

洞慶院の梅は

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静岡市羽鳥の古刹洞慶院。

むかしから梅の名所である。

久しぶりに行ってみたが、以前に比べて少し寂しくなった感じがした。

原因は、寿命が長いはずの梅の木が枯れていたり花が少なくなったことにある。

素人目には木についたコケに栄養が取られているのではないかと思う。

コケに覆われた幹はいかにも古さを見せ古木を連想させるが、樹高の高い木や幹回りの太い木は見られないので、あまり古い木はないようにも思う。

今日は土曜日だが、曇り空のせいか寒くはないのに若い人の影はまだら、、、ほとんど見ない。

梅の花は、若い人にはマッチしないのだろうか。

花見をしている人もいたが、静かな 静かな梅園であった。

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2020年2月13日 (木)

湯気が

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天気予報が言った通り朝の雨が通り過ぎると急速に青空が広がり暑くなった。

この季節に20度越えは寒さになれた身体には温度計以上に暑く感じられた。

浅間神社に立つ巨木からは、まるで汗をかいているかのように、湯気がモクモクと上がる。

上着は脱ぎ捨てて境内を歩いてみたが久しぶりに蒸し暑いという感じがして、こちらの身体からも湯気のような霧がたっているのではないかと思わせた。

 

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2020年2月 3日 (月)

何分咲き?

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「ねえ いま何分咲きくらい?」って聞かれたので「三分か四分ってとこじゃない」と答えた。

木によっては満開に近いのもあるけれどほとんど蕾ばかりってのあった。

安倍川右岸の美和地区に植えられている河津桜、地元の人たちは地名を取って”美和さくら”なんて言っているが土手下を1,5㎞にわたって植えられているさまは年々評判になり、新聞にも載せられているがまだ今年は書かれていないところを見ると満開を待っているのかもしれない。

花期の長い桜だけに何分咲きなどと前もって言わないんだろう。

人影もまばらな花見をちと寂しいと思ったのは、花見は人でごった返すものという先入観にとらわれた碑文の気持ちか。

 

今日は今年初めての有東木へそばを食べに行った。

十時五十分くらいに”うつろぎ”に到着し、いつも通りに天ざるを注文し十一時半くらいに帰ることにした。

下り始めてすぐに救急車とパトカーが道肩に駐車していたので何事かとみたら、道下の茶畑に一台の黒い車が横倒しになっており、後ろドアから水色の服を着た救急隊員がのぞき込んでいた。

”うつろぎ”にいる間十分ほど後から来た客も何にも言っていなかったし、店の人も平常通りだったので、後から来た客が通り過ぎてからの事故だったと思われる。

そうなると、パトカーと救急車の到着が早すぎる。

自分たちがここに来るのに一時間弱かかるところだから、いくらサイレンを鳴らしたとしても山道なので電話を受けてからとすると救急車もそのくらいかかるのではないだろうか。

そうなると時間的につじつまがあわない。

また、車の前バンパーが外れているのを見ているのだが、単独では外れようがないし、衝突したのなら相手の車も何らかの損傷があるはずだが見た限りではほかの車を見なかった。

とにかく邪魔をしては悪いので通りすがりに見た限りではの話し、、、、

そのあとびっくりしたのは、現場を過ぎてからすれ違った消防車の数の多さ。

サイレンを鳴らしながら七台以上、それに警察車両と、、、、、

下に降りて、地元の知り合いに見てきた話をしたところ「上のほうで火事でもあったかと思ったが車が一台ね、よほど消防署が暇だったのか」なんて言っていた。

とにかく、どう考えてもつじつまを合わせられない事故である。

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2020年1月29日 (水)

富士山測候所も

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天気予報通りあったかく晴れあがった空を見てひさしぶりに富士宮の朝霧高原へ行ってみることにした。

富士五湖付近は昨日まで35㎝の積雪があったというので、そこまで行く気にはなれなかったが、長野へ行った折履き替えていたスタッドレスタイヤを履いたままだったし、行けるところまでという当てのないドライブでもあった。

昨日までの雨で空気も澄んでいたようで朝霧高原に近づくにしたがって富士山はすっきりくっきりと山頂を見せた。

昭和の初めから観測を続け、2,004年から無人化するまで命がけの観測をしていた富士山気象観測所も遠望することができた。

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2019年12月22日 (日)

あまりにも小さい

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今日は冬至、例年のようにカボチャを食べて柚子湯に浸ってこの冬も無病息災で過ごせそうな気がしている。

冬至の日にこんなことをするのは、昔からの風習で「中風や万病のもとである風邪をひかない」と聞いているので、これだけで安心感を得るのは気持ち的なところが大きいかと思うが、実際風ももちろんだが予防注射なしに流感にかかったことがない。

といえば、いつも連れから「そんなこと自慢してどうなるの」って叱られるのも毎年のことである。

 

藤枝の田中城に行ってきた。

ずっと前から一度見てきたいと思っていたのだが、場所がはっきりとわからないうえ、つい道を急ぎすぎて立ち寄る機会がなかったのだが、たまたま藤枝の農協関連で農作物を売っている”まんさいかん”に行ったついでに時間があったので行くことにした。

田中城は、徳川家康が鷹狩りの際此処に立ち寄って食べたてんぷらがもとで亡くなったと伝えられる城で、小さいながら幕閣の重要な人が何人もこの城の城主になったと聞いていた。

その城は明治になって民間に売り渡されて宅地化し、天守閣だけが下屋敷があったといわれる場所に移築され市の文化財として残っている。

で、前々から聞いて想像はしていたのだが、その小ささにはあらためて驚いた。

むかし、このあたり一帯は沼地であり、本丸にした一部だけが少し高かったそうでそんなに高い天守閣は必要なかったのはわかるが、高さ九尺の石垣の上に二間に三間、十二畳ほどの畳を敷いた二階建ての建物で自分が見た天守閣の中ではけた違いに小さなもので、説明がなければ、木曽三川にある高屋と変わらないものである。

この天守閣に家康が泊まったわけではないにしろ、大御所と言われた当時の権力者、、、、ねえ~

時期的には紅葉も終わり小さな川をめぐらしただけの小さな屋敷をすべて見るのに20分とはかからなかった。

 

 

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2019年12月 3日 (火)

紅葉見物もかねて

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先日白内障の手術をした連れの目が順調に推移したことをうけて、袋井の油山寺へ行き、その近くにある可睡斎へも参ってきた。

テレビによると今年は紅葉の時期がすこし遅れていて丁度見ごろだ。とのことだったので紅葉見物もかねてのことであった。

目の手術のあとに心臓で入院するというあまりよくないことが多すぎるなか、心臓の後遺症というか完治したとはいえないなか、寺の本堂までの石段など無理しないようにそろそろと、、、、、、、、

 

最近NHKのBS放送で1980年代に放送されたシルクロードの再放送をちょいちょい見る機会があった。

当時も良く見た番組だったので、懐かしさも手つだってテレビを見入った。

その中でよく出てくる映像にウイグル人を主にして近辺の住民が映し出されているが、編集したせいもあるのか、歌や踊りなどみんな楽しんでのびのびと過ごしているさまが映し出されている。

それから四十年ほど経った最近、この地から聞こえてくるのは中国政府による弾圧で100万人とも言われる人々が再教育という名目で収容されているという。

遊牧民だといわれるウイグル人にとって収容所生活はつらいことだろうと思うのは言をまたない。

人口からいってほんの一握りの共産党のもと国民が監視されている情況は異常であり、香港の市民が一国二制度に長い間抵抗しているのも分かる。

日本人のようにすこし騒いでいても長続きしない国民性と違って中国人の粘り強さは尊敬に値する。

ただ、六十年、七十年安保で暴れまわった日本の学生たちが卒業した途端、全てをなかったことにして知らん顔したことが思い出されて仕様のない昨今である。

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2019年11月24日 (日)

わびし気に冬桜

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藤枝を流れる瀬戸川の上流に一本の冬桜が花を満開に咲かせていた。

と、いっても春のソメイヨシノや八重桜のような派手さがない小さな花なので通りすがりの人も見落としていくようで、とまって花を愛でる人はまずいない。

 

安倍首相が春に行った「桜を見る会」は18,000人も集めそうだが、これだけ人が集まれば花見というより人見だったに違いない。

何度もこの花見に行った人もいるようだが、えらいさんとは無縁な自分はまだ声さえ掛かったことがない。

しかるに、飲み食いに5000万円も税金を使っていたとなると、、、、、、、、

せめて、1000万円もあれば被災者住宅はもとより、自分の小さな家を建て替えられるのになあ~と思ってしまう自分がいて、、、、、、、

 

人の集まらぬ花見はわびしい。

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2019年11月16日 (土)

月が出た出た

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十四日の午後六時半をすこしまわったころ、、、、、、、

浅間山の東側低くなったところから十六夜の月が昇ってきた。

暗くなった山の端は見えないが、対岸の小諸の町の明かりのすぐそばから登るさまは炭坑節を思ってしまった。

月が~出た出た 月が出た~よいよい

三池炭鉱~の 上に出た 

あまり煙突~が高いので~ 

さぞやお月さんも煙たかろ サノヨイヨイヨイ

この歌は盆踊りの歌としていまだにあちこちで歌われており、三池炭鉱がなくなっても歌は残っている。

そして、この歌につれて踊りのしぐさも簡単なのでどこに行っても同じしぐさで踊られている。

掘って掘ってまた掘って 担いで担いで後ずさり

押して押して 開いて ちょちょんがちょん    

 

そのむかし、日本にディスコ入ってきてないころ、ペルーのあるクラブに入って回転するミラーボールの下で踊ったことがあるが、初めのうちは基本で習ったとおり手足を動かしていたが、次第に盆踊りの所作が入ってきて品よく踊ってしまい、自分ながらおかしくて笑ったことがある。

しかし、向こうの人にはそれがまた奇抜で面白かったようで、教えてくれって言われたりもしたが、これがなかなおしえられないっだなぁ~

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