2021年10月 8日 (金)

大は兼ねない

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「大は小を兼ねる」という言葉があるが世の中そうではないことを証明するかのように二台の重機が並んで土を掘っていた。

大きなショベルはトラックに土砂を積み込むためのものだが、小さな方は防水した川に入って基礎部分の幅1,5m幅ほどの土砂と三面張りをしていたコンクリートブロックを片付けていた。

この幅では大きなショベルではできない仕事である。

この工事は我が家の裏を流れる川の下流に作られている遊水地の拡張工事で、まだ未完成ながら効力を発揮し、以前には年に二~三回は道路まで上がっていた川の水も、ここ二年ほど一回も溢れるどころかかなり降った日でも1mほどしか増水しないでいる。

 

静岡県では、参議院議員の補欠選挙が始まって、三つ巴の戦いを繰り広げている。

投開票は10月24日になるのだが、いま政府は14日に衆議院を解散して総選挙を行うことにほぼ決まっている様子。

そうなると、選挙は10月31日になるそうで、静岡県民は2週続けて国政選挙をすることになりここしばらくはこんがらがって五月蠅い状況が続くことになりそうである。

そして、何よりも選挙費用がぼう大なものになることである。

補欠選挙のもとをただせば、県知事選挙にあるのだが、衆議院選挙が始まればそれこそ霞の彼方にといった負に気になるのかもしれない。

 

今日は寒露、それこそこの暑さの中では季節外れの感が強い一日である。

 

 

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2021年10月 4日 (月)

吉田公園へ

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あまりの天気に誘われて大井川河口そばの吉田公園まで行ってきた。

このごろは花の少ない時期と承知していたが、ひょっとしてフジバカマにアサギマダラが山から下りてきていないかというのもあってのことだった。

行ってみるとやはり想像通り、花が少なくフジバカマもまだつぼみが膨らんだという状態でみすぼらしかった。

そのため、アサギマダラはまだまだどこかで、、、、、山にいるのかも

そのかわり、そんな花でもよいとばかりにアオスジアゲハが少ない花を探していたが、この蝶は普段すばしっこくてなかなか一カ所にとまらないので写真にしにくいのだが、少ない花に夢中で人目を気にする余裕がなかったのだろうか、、、、、、、下手なカメラの注文に応じてくれていた。

 

第100代の総理大臣という区切りの良い時期になった岸田総理は総理就任前から組閣の準備に入っていた。

そして、今朝ほどの新聞にその顔触れが出ていたが、20人中初入閣が13人という近来あまりない陣容になった。

新聞では早くも党人事に安部前総理の意向に従った傀儡政権ではないかと噂されたため、主要閣僚以外に岸田色を出したのではと言われているが、生新というには難しい77歳の高齢者が二人含まれているのは入閣期待組を派閥の親分からの後押しだったのか、、、

ともあれ、この顔ぶれを見て驚いたのは新型コロナで頑張ってきた(?)前内閣の大臣がすべて交代してしまったことである。

ワクチン対策などは官僚や各自治体任せなので変わりはないというが、、、、、

とにかく新内閣の素性が知れないうちに総選挙を済ませて、自民党代議士目減りを少なくしようという戦略らしいが、安部前総理などが行った森友加計隠しなど官邸主導の強権政治をやめさせるには、自民党一党独裁をやめさせるようにしなければなるまい。

 

 

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2021年9月 7日 (火)

初冠雪

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今日は白露、露濁りて白色となればなり。という。

それに合わせるかのようにして、富士山の頂上がうっすらと雪化粧を施した。

昨年に比べれば二十一日早く、例年より二十五日早いそうだが、この速さはこの冬に何かを知らせるものなのか、どんな冬になるのだろうかと憶測を呼んでいる。

 

実際は、昨日が初冠雪だったのだが、甲府の気象台が確認しないと認められないという、いかにもお役所的感覚の都合で、今日になったそうだ。

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野次馬根性の強い自分たちはこの冠雪を見んものと富士宮に出かけてみたが、稲も実り稲刈りコンバインもすでにあちこちで稼働していて、早くも秋はここに来ていた。

 

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2021年8月23日 (月)

花嫁のドレスに似て

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今日は”処暑”夏の暑さも一段落するころだというが、先日来小雨の降らない日はなく、曇り空の下では蒸すものの、気温は30度を超すことも少ないようで、処暑を実感している。

それを見越してか、夏の終わりから秋にかけて咲くジンジャーの花が咲きだした。

ジンジャエールといえば生姜から作るが、この花の根はまた別であり、日本名は”花縮砂”と近頃の子供の名前のように難しくて読みにくい名前がついている。

それにしても、この白さは格別で、西洋式の花嫁の衣装を思い浮かばせるんものがある。

 

昨日、孫が突然前触れもなく半年ぐらいぶりで来た。

はじめは、「ソーシャルディスタンス」だからと言って入るのを拒んでいたが、「まぁ 久しぶりだから入っていけ」と何度も言ってからようやく上がてって来たもののそばには近寄らなかった。

「いやな時代になったもんだ」とは言ったがそれ以上強制はしなかった。

 

映画スターのアーノルドシュワルツネッカーが「自由とは義務と責任がついてまわる。コロナの予防にマスクやソーシャルディスタンスは必要ない、というのは目をそらしているだけである。」「

マスクをしない君は愚か者だ!」という発言をし、批判を浴びている。と報じていた。

山の中や畑仕事を一人でしている分にはマスクも必要ないかもしれないが、彼の言葉は当たり前のことであり、アメリカ人の自由を言う人はマスクやソーシャルディスタンスをしないで人に迷惑をかけることも自由の内と思っていることにある。

この自由の中には毎年何千人と殺される銃規制も含まれるのだが、、、、、、

 

 

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2021年8月13日 (金)

五つ子は

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近所のスーパーの出入り口そばに巣をかけて子育てをしていた。

そのすぐ横にベンチがあって腰かけていたおばあさんが「ひなはいくついます?」って声をかけてきたので「四つかな」と返事をすると「五ついるって聞いたんですけど」っていう。

見直してみるともう巣立ちまじかの雛が五羽顔をのぞかせていた。「五ついたよ」って言いなおしたが、知っているなら、、、、、、、、、、

そういえば、いつのころだったか、人間にも”五つ子ちゃん”というのがあって、小学校になるころまで頻繁に報道されていたが、いつのころからか何にも聞こえなくなった。

多分プライバシーとやらで報道しなくなったと思うのだが、五人とも無事成長したのだろうか、、、、

もう四十代の働き盛りと思うだが、、、、スーパーの子燕は来年いくつ戻ってくるのか、顔つきだけではどれがどれやら分からない。

こちらは、プライバシーが有っても無くても音沙汰なしになる。

 

天気予報が一週間すべて雲と傘マークで埋められていた。

日本海と太平洋に高気圧があってがっぷり四つになって動かないものだからその間の前線から激しい雨がもたらされ九州北部と中国地方が大雨による洪水と土砂崩れの危険と戦っている。

この調子で長引けば、相撲だったら水入りの取り直しになるのだが自然現象は神様が行司だから何とも言えない。

日本列島の今、雨の特別警報とコロナの緊急事態宣言に加えて、政治の混迷と三重苦ともいえる状態にある。

 

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2021年7月31日 (土)

かわせみ瑚

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通称”かわせみ瑚”というそうだ。

今から20年ほど前になるのだと思うが、森町を流れる太田川の上流に洪水防止や農業用水などを理由にダムが作られることになり、この一帯をボーリング調査で上ったり下りたりした場所であった。

森町郊外の道の駅のような”アクティ森”でアユを食べたいという連れの希望で行くことにしたが、あまり早く着きすぎたので、むかし仕事をした場所を見ようという気持ちになって、さらに上流のこの場所に行ってみることにした。

自分らの仕事は、工事が始める前の調査であり、所によっては海のものとも山のものともつかぬ状態の時に入るので、そのまま不適切で終わってしまうこともあるし、工事中や完成後の姿を見ないこともある。

というわけで、今回は久しぶりの見物であったが、さて行ってみるとあまりの変わりようで、どこでどんな仕事をしたかさえ分からなかった。

当時使った道路は湖の底に沈み、あんなに細い流れだった川も消えてしまってあの頃では想像もつかぬ大量の水を蓄えた大きな湖になっている。

湖の中に半島のように突き出た見晴台から眺めていてもどこがどうだったかは能吏の片隅にもなかった。

 

ちなみに、名前の由来となったカワセミは全然見ることができなかったが、割合と人を恐れぬウグイスがすぐそばの枝先を揺らしてケキョ ケキョとなわばりを宣言していた。

 

 

 

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2021年7月13日 (火)

ポン!とは開かない

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夜明け間もない時刻の蓮ばたけ。

眠りから覚めた蓮の花が開きだしていた。

むかし、蓮の花はポン!と音を立てて開く聞いたのだが、あいにくの山が育ち、周りには蓮の花など探しても見つからな土地柄だったのでホントかと思っていた。

静岡に来てようやくそんなことがないと分かったのだから、”百聞は一見に如かず”を地でいっているの典型か。

 

先日知事会議でオリンピックは無観客でという知事に対して宮城県知事は「東北地震の復興という意味から観客を入れたい」「観客は近隣の市民だけで首都圏からは来ないので、、、」と抗弁した。

そして今日、スタジアム所在の仙台市長が無観客で行うよう組織委員会に要請した。

宮城県は、以前クラスターをはじめ沢山の感染者を出し、一時治療に困難をきたした経験があり、市長はその再来を危惧していた。

知事と市長、それも県庁所在地の市長ともう少し話し合いができなかったものだろうか、これでは知事の個人的判断を県民の総意としたように受け取られ評価は落ちた。

静岡県も自転車競技があり室内競技は有観客で行われるそうだが、一方でロードレースは無観客にしてくれと訳の分からない対応が聞こえてくる。

伊豆の市町からは何の反応も聞こえないのは、よくいわれる西部は気性が激しく困れば強盗、中部は物乞いそして、東部は何もできないので野垂れ死すると言われているのが、、、、、、、

それを言っちゃおしまいよってとこかな。

 

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2021年6月24日 (木)

モテた??

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泰山木の花がよい香りを放って咲いていた。

立派な名前を持つこの木は古来日本のものかと思っていたら、明治になって入ってきた木だという。

花や葉の形は朴の木に似ており、きっとその仲間だと思うが、朴木よりは少し葉が小さい。

これらの花びらは傷つきやすく、小さな傷がすぐに茶色くなってなかなかつぼみの時のように真っ白な花弁は探しにくい。

 

今日は、二回目のコロナワクチンを接種した。

普段マスクをしたことがない自分がマスクを着けていないことを知ったのはバスが動き始めてしばらくたってからだった。

口元に持っていたハンカチを当ててマスク代わりにしていたが、接種会場近くにコンビニがあるかどうかわからなかったので、会場から500m以上離れた場所で下車し、マスクを購入した。

おかげで、接種会場には予定時間ギリギリに到着という事態となり少々慌ててしまった。

今日の接種者は、自分同様の75歳から84歳のグループで、看護師が待合室に検温器をもって体温測定をしてまわった。

自分の場合は、500m余を急いで歩いたため、汗をかき冷房の効いた待合室で検温したところ、気化熱もあってか36度と低めの体温だったが、周りのご老人は軒並み35度台前半が多かった。

歳を取ると、基礎体温も低下するんだね。

 

待合室でいつも通りに座っていると、両側のおばあさんが話しかけてきて三人でかなり盛り上がってしまった。

そして、ものの5~6分で接種が終わり、控室で15分の観察時間中にそばにいた看護師がしゃがみこんで話しかけてきた。

そういえば、会場の外でも整理のお姉さんが何かと話を振ってきたんだよな。

なんだか、自分としてはひどくモテているような気がして意気揚々と帰ってきてその話をしたら、連れ曰く「見ていて、周りが心配になったんではないの??」っていう。

 

その時から、、、、どうだったんだろうと

 

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2021年6月20日 (日)

海の気を

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生まれて潮に湯あみして 

波を子守の歌として

千里寄せ来る海の気を 

吸いて童となりにけり

 

童謡”われは海の子”の二番の歌詞である。

今日は梅雨の中休み、あまりの暑さにたまりかねて出かけた用宗海岸の公園。

行ってみると日曜ということもあって子供連れで駐車場はほぼ満車の盛況。

年寄りで病気持ちの連れを連れての散歩はあまり長歩きができないのですぐ近くの石造りのベンチに座り込んだ。

石のベンチは程よく温まり尻に心地よい、しかし何といっても海からの穏やかな風が一番のごちそうである。

海は白波の立つ気配はないが時折護岸のブロックに打ち付ける高波は、単調な海岸に響く子守歌のようで眠気がさしてくる。

 

高校生だったころ、鉱山の社宅の前が広場になっていて、子供たちの遊び場になっていた。

社宅の庭越しに外を眺めていたら、当時五年生くらいの女の子が、集まっていた子供たちに力説していた。

「私は本当の海を見てきた!、岩瀬(富山県)の海は本当の海ではないんよ}と、、、、

どうやら、飛騨の山奥の子が楽しみ連れて行ってもらえる日本海しか知らない子供達に向かって、愛知県あたりの太平洋を見てきたことが自慢だったようで、本当の海の大きさを説明していた。

 

ベンチに座ってぼ~っと座って本物の海を見ていたらそんな光景が思い出された。

あの子も今では七十代になっているはず、本人はそんなこと忘れているに違いないだろうが、、、、

海の気はそんなことまで思いださせる力を持っている

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2021年5月30日 (日)

三界萬霊

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故郷の飛騨の栃洞鉱山の社宅群がいくつかあり、お寺が二つあった。

そのひとつ、南平には禅宗の古刹光円寺というのがあって、今では栃洞坑の閉山に伴ってお寺だけがぽつんと残されている。

管理は自分の檀那寺が管理しているようだが、ここの境内には幅1mほどのどっしりと苔むした”三界萬霊”と書いた石塔が立っている。

むかし、江戸時代のころと言われているが、このお寺の上の方に大富という谷があり狸掘りと言われる小さな採掘現場がいくつもあった。

当然山奥の事なので、飯場をいくつか立てて坑夫を住まわせていたが、ある時大雨が降り山抜けが起こり飯場を押し流し、いま立っている光円寺から100mほど下まで土石流が押し出したとのことであった。

その土砂の上に建てられた光円寺はその時の犠牲者を供養するためもあって、のちの鉱業権を引き継いだ三井金属が建てた供養塔である。

後々言われたことによると、高い賃金を稼いだ坑夫の贅沢三昧を怒った神様が災害を引き起こし、つましい生活を行っていた飯炊きの女性だけが難を逃れて生き残ったとという話しと、社宅を立てる際にあちこちから人骨を含む遺品が掘り出されてお寺に収められているとも聞いたが実際には見ていない。

このようにして、たくさんの犠牲者が出た場合、後世に残すため”三界萬霊”の塔を建てたそうで、各地に立っているが、本来三界とは人間だけでなく生きとして生きたものすべてを意味するものである。

そして、ここ静岡でもまだ苔さえもついていない新しい三界萬霊の供養塔にアマガエルが一匹張り付いていた。

しばらく見ていたが、全く動く気配がないので指先でツンツンと突っついてみたがそれでも動こうとはしなかった。

それにしても、石碑の色とは全く違い、天敵に対して目立つうえ、無防備な状態でいることに、ひょっとしてこの塔を建てたものとの関係があるかもしれないと感じさせる。

それで、「じゃましたな」と言って立ち去ることにした。

 

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