2025年6月30日 (月)

夏越しの祓

早いもので今年も今日で前半が終わることになった。

今日は夏越しの祓、この半年に犯した罪や汚れをはらい残りの半年の無病息災を願う神事なので浅間神社の茅の輪くぐりに行ってきた。

前にくぐったときは午後四時だと思っていたのでその時間に合わせて自転車で行ったのだが、神主たちに続いて茅の輪をくぐる行事は少し前に終わっていたようで境内の直径四メートルほどの大きな輪のある場所には紙吹雪が雪のように舞い散っていた。

おおきな茅の輪には上から祓いの形代が下がっていたのでそれに触れながら八の字周りに巡ってきたのは近年体力低下とあちこちに不調が見られるところから、困った時の神頼みとばかりに、、、、

 

“水無月の夏越しの祓えする人は 

        千載の命延ぶという”

そんな呪文を思い出しながら、七月は二日に肝臓周りの十五日には頭のMRIが予定されているので良い結果が出ることを願ってみた。

 

我が家と浅間神社は標高差が20㍍程あるのだが、自転車ではそのくらいの差がかなり感じることができ、行くときはこの暑さの中 途中で息切れし引き返すことも考えながらペダルを踏んでいたが、帰りはその分軽く三分の二くらいの時間ですいすいと帰れた。

今年の後半もこんな具合に行くといいのだが、、、、、、、、、、

 

 

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2025年5月31日 (土)

歳をとった

最近加速度的に何かがおかしくなった来ているような気がする。

今日も富士宮あたりまで出かけて道の駅や農協のファマーズマーケットなど軒並みに歩いてきたが品ぞろえをはじめ雰囲気も寂しくなってしまい買うものがほとんどなく店内を一周しただけで出てきたところが多かった。

これは、富士宮だけに限ったことでなく県内いたるところで見られたのと、昼食時に入った店も以前ほどおいしくなくなってしまったような気がする。

原因はコロナで地方力が衰退したのか、インバウンドで良いものがそちらに流れているのか、、、、、

そういえば魚類も値段が高くなったのに味が落ちったような気がするのは歳をとって味覚が落ちただけではないようなきがししているのだが、、、、、、

こんなご時世だからすべてがぜいたくを言っていられないのだが、それにしてもね~

 

夕方になって母方の同い年の従姉弟としばらく連絡を取っていなかったのを思い出して電話をしてみたのだが、携帯電話も固定電話も「現在使われていません」という。

昨年まで年賀状が来ていたのだが、、、、音もなく消え去ったことになる。

歳が歳だから施設にでも入ったのか、携帯迄止めたということは悪く考えると亡くなったのか、再気温亡くなっても連絡が入らず静かに消え去る例が多いから     寂しさひとしおの感あり。

 

 

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2025年4月23日 (水)

柳色新たなり

渭城の朝雨 軽塵を潤す 

   客舎清清 柳色新たなり

 

通りかかった麻機遊水地の柳の芽吹きを見てこの漢詩を思い出した。

昨夜から午前中に降った久しぶりの雨はまさに軽塵を流し去ったのか清々しい浅黄色の葉をゆらし、その下をまつわるように燕が飛び交っていた。

新緑の季節を迎えた野山は立つ霧のなかに幻想的な山を浮かび上がらせ、また一つ大きな季節の節目を迎えているようだ。

 

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2025年4月 5日 (土)

サイタサイタ

”サイタサイタ サクラガサイタ”と小学校一年生の読本の冒頭に書かれていたのは昭和八年から昭和十五年に小学校に入った子供たちであったが自分たちも聞いていたので印象深い言葉である。

今日は必至ぶりの晴れ間、そして明日はまた激しい雨となる予想だったので富士宮から富士の岩本山にかけて満開の桜と真っ白な富士山の取り合わせを見てきた。

富士宮の芝川ぞいの桜は道路沿いに車を止めて、、、岩本山は満車状態の駐車場に入れてスムーズに見ることができたが帰りには駐車場待ちの車が200mほど詰まっている脇を抜けて帰ってきた。

土曜日と満開情報、そして天候はみんな知っていたらしくその後はどこも渋滞に悩まされ、待つということができない自分らは早々にして帰ってきた。

多分今年の花見はこれでお終いと言ったところか、、、、、、

 

 

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2024年5月30日 (木)

濱松花博 ”24

知人が町内会の旅行で浜松フラワーパークに行ってきたが、バラがきれいだったというのででかけてみた。

入口の駐車場は10時についたがすでに満杯状態で係員に駐車は信号二つ先の右側に入ったところと言われた、そこから見る限りではどこに信号があるか分からないのでかなり先だということしか分からない。

心臓に疾患のある連れをそんなに遠くから歩かせるわけにはいかないので、そこ早めて浜名湖南部にあるガーデンパークまで行くことにした。

着いてみるとここもかなりの駐車した車で一杯だったが先へ先へと進み駐車することができたが、入場口まではかなりあるかされた。

ここは何年も前にやはり花博が開かれた会場だったが、その時より駐車場は離れた場所に移されていた、しかし、幸いというか、日差しが強いながらも海風が吹き渡って汗をかくことがなかった。

料金支払いは障碍者とその付き添いと言うことで無料となったが、広大な園内と駐車場からの距離で最近に無く歩かされた連れに疲れが出たので、早々に引き上げた。

毎日大量の人に接して疲れてもいるのだろうが、入口近くの整理員の人たちの態度も悪くただ疲れに行ってきたようで印象はあまりよくなかった。

 

 

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2024年5月19日 (日)

手もみ茶を味わう

今日は藤枝市の”玉露の里の祭り”と言うことで例年通り手もみ茶実演会場で”手摘み手もみ”の新茶を購入してきた。

早速竜爪山のふもとの湧き水を沸かし、60℃ほどに戻したお湯を注ぎ味わったが普段との違いは如実である。

普段も周りの農家や友達からいろんな産地のお茶を毎日一リットルほど飲んでいるが、熱湯を注ぐためこれほど深い味わいにはなかなかならない。

お茶の効用はいろいろと書かれているが、自分としては後味の良さはコーヒーやジュースなどと違ってすっきり感が違い、たまにコーヒーなどを飲むと口直しにあ茶というパターンになっている。

手もみ茶は40グラム千円と言うことで普段飲んでいるお茶に比べると高価ではあるが実演の言うこともあって割安ではある。

おまけに一回に使お茶は10グラム程度なので一杯500円ほどもするコーヒーに比べるとそれはまあ~   

比べ物にならない

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2024年5月17日 (金)

知か周りの観光も

今日は暑い一日になって午後からはうだって昼寝に近い状態で過ごした。

朝起きた時から掛川の加茂の庄の花しょうぶと掛川城付近のスカシユリが見られないかと出かけてみた。

結果的にはどちらもまだ早かったのだが、加茂の庄の花しょうぶは全盛期とは言えないもののまずまずだったことにしておこう。

今朝の新聞にも載っていたが、物価高に追いつかない賃金年金でGNPが2%減となり、遊びに回す金がないそうで、それを表わすかのようにどこへ行っても人手が疎らだったのは暑さばかりではないような気がした。

結局道の駅でバイキング式料理というかを食べて帰って来たのだが、二人の食費は千円ちょっとと緊縮観光になってしまった。

足元を見透かされて高止まりした円高は、インバウンドの外人や輸出でえ空前のもうけを残した自動車版業などをよそ眼に、何時になったら幸せを感じる社会になるのだろうかと、、、、、、、、

 

 

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2024年4月 7日 (日)

シラス考

イワシの稚魚であるシラスが取れているというので用宗漁港に行ってきた。

あさのうちに漁が終わったのか船着き場には一隻の漁船もいなかったが漁港そばのどの店も”生シラスあります”の幟が立っていて、いつも買いに行く店にも店頭に並べてあったがいつもに比べるとかなり大きめで2㎝j弱の大きさまで育っていた。

「少し大きめだね」って言ったら、申し訳なさそうに「そうね、、、」といったが自然界のこと仕方がない。

帰って小分けしたシラスにさわび醤油をからめ熱いまんまの上にのせて食べれば、、、、ご飯が進む。

しかし、このシラスはほかの魚の餌を横取りしているのかもしれないし、もっと大きくして食べれば資源的にもよいのではないかというなんだか後ろめたい気持ちになり、最後の一匹も見落とさないようにと眼を皿のようにして、、、、、、、、

 

 

 

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2024年4月 1日 (月)

栃沢のしだれ桜

昨日今日とあまりにもあたたかな陽気に誘われて藁科川中流のソバ屋まで蕎麦を食べに行ってきた。

早めに入った店にはほかの誰もいなかったので主人と長話しをしながらできるのを待って居るると「来る途中見たけど桜の花が急に咲きだしたね」っていうと「この辺の桜は栃沢の枝垂れ桜以外なし!」って言ったのを聞いて、そういえば新聞にも載っていたし、今日は月曜日だから見物客も少なかろうということで、食事の後桜見物にむかった。

ソバ屋から車で20分ほど、道は以前来にた時と取り付け道路が違っていたが標高500mほどと言われる山奥に佇んでいた。

樹齢は300年ほど、約800年前に聖一国師が生まれたとされる家の裏に立っている枝垂れ桜は、少しは名の数が薄くなったような気がするものの周りを圧倒する存在感を見せていた。

この桜を見ていたらまたしても百人一首の歌が思いされた。

もろともに哀れと思え山桜

     花よりほかに知る人もなし

 

花の種類は違うが、周りの杉林の中に点々とと咲いている山桜を従えるかのような巨木はいま何を思っているのだろうか。

 

 

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2024年1月18日 (木)

床屋で一致

昨年末は葬儀四回も含めて何だかんだがあって、いつも行っている床屋へ行く機会を逃していたが、伸び放題の髪の毛が始末できなくなり、今日になってようやく行くことができた。

床屋はこの寒いのにと心配してくれたが短く刈り上げてもらってすっきりと返ってくることができた。

 

今日の床屋談義、この頃テレビが面白く無くてあんまり見ることがなくなってきたということで一致した。

漫才とかコントとかいうが、審査員の人たちが大笑いしているさまを見ている自分たちはちっとも面白く無くて白けているとか、、、

歌謡番組を見ていたも最近は流行歌というものがなくなったようでどの歌手もヒット曲がない。

仕方ないのでむかしヒットした歌を新人歌手に歌わせているが、オリジナルに勝る歌は聞こえない。

石田あゆみや西田佐知子の歌に高い声が出せず喉を振るわせてコブシを効かせる歌い方は似合わない。

オリジナルの歌手が出てくると、声量と共に声の質が落ちてしまって哀れを感じさせてしまう。

日本の歌はもだけどテレビはどうなっていくのだろうか。

 

床屋談義で一致したもう一つは、男と女の違いなのか見たい番組が違うことにある。

おかげで、むかしなら一家団欒で同じ番組を見たが、今では二人暮らしなのにそれぞれ別の部屋に行き、別の番組を見ている”おひとり様テレビ”になってしまった。

 

 

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