2021年9月25日 (土)

金木犀

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早いもので金木犀の咲く時期がやってきたようだ。

秋の強烈な香り花として知られる花だが、この花の匂いをかぐといとこの子供の結婚式を思い出す。

名古屋で行われたその式の間中この花の香りというには強すぎるにおいに悩まされて、、、、

その他大勢の一員だったが、その後この花の香る季節になるとこの結婚式を思い出す。

 

新型コロナもどういうわけか専門家もわからないながら収束に向かっているようで、10月には静岡も含まれている緊急事態宣言が解除されそうな雰囲気になってきた。

そんななか、静岡県はこの第四波と言われる中で猛威を振るい全国的に感謝数の順位を上げ12位にまで上がっており、静岡県内では人口69万人ほどの静岡市が途中から人口79万人程の浜松市においつき、首位を奪還し5,744人とおよそ450人ほどの差をつけて感染者の首位を独走することになった。

それほど県都の意地を通したかったのだろうかと思っていたら今日の新聞によると浜松市に比べてワクチン注射の2回目終了者の割合が全人口の42%と55%となっていたことが分かった。

この13%の差が患者発生に影響を与えていた模様だ。

昨日まで、「静岡市民がだらしなので、、」と思っていたがそうではなく「市長がぐじゃっぺだったんだ」に変わった。

 

 

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2021年8月22日 (日)

露と消えた

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ここしばらく晴れた朝が続いているが、少しすると雲が出て雨を降らせる天気が続いている。

 

露と落ち 露と消えにし わが命

   難波のことも 夢のまた夢

 

百姓から天下人にまでなった豊臣秀吉の辞世の句だという。

どんな権力者でも死を免れぬことはできない。

ただ、この世に未練を残していく人と満足とまでは行かなくても従容として受け入れる人には大きな違いがあることと思う。

今日は、娘の六回目の命日である。

四十八歳でがんを患い旅立って逝ったが、子供もいなかったし、余命宣告を受けてから離婚し、元の姓に戻し自分の娘として逝く道を選んだ。

 

昨年に続いて今年も墓のある飛騨には帰ることができないので、仏壇に酒をあげ念仏を誦したが、最後に「親不孝をしやがって」と、、、、

 

夕方になって、孫がそれを知らずに来て、いつも通り線香をあげたが「おばさんの命日だよ」ってことは言わずに帰した。

 

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2021年8月 7日 (土)

さまちゃんが通よわにゃ仇の花

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ハシラサボテンの花が一か月ぶりに二度目の開花をむかえた。

夜中に人知れず咲いたため、朝新聞を取りに行って初めて気が付いた。

原産地は南アメリカとのことだが、日本ではこの花の媒介を手伝う虫がいないので、まず実を結ぶことがないそうだ。

この花を見ていたら、むかし流行った炭坑節の一節を思い出した。

#なんぼ 色よく咲いても 

さまちゃんが 通よわにゃ仇の花 とね

 

そういえば、昭和40年代海外で仕事をしていた時のことだが、仕事の区切りのひと時町に降りてディスコに行った。

まだ日本には、ディスコなるものがなかったこともあって、物珍しさから誘われるままに舞台に上がって踊ったが、いつの間にやら盆踊りになってしまっていた。

向こうの連中にしてみればその仕草がまた新鮮だったらしく、教えてくれなんて注文も受けた。

 

チョチョンガチョイ 掘って掘ってまた掘って 

   担いで担いで 後ずさり 

押して押して ひらいて チョチョン

 

まさに鉱山の仕事をそのまま振り付けた仕草はかの国では忘れ去られたことだろう。

 

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2021年6月30日 (水)

五月雨は

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五月雨は みどりいろ

 

村下孝蔵さんが歌った”初恋”という歌の歌いだしである。

どんなことから五月雨をみどりいろと結びつけたかはわからないが、この時期は一番草木の繁茂するときであることは間違いない。

その五月雨も明後日には旧暦の上からも終わることになる。

うえの写真を写してから六年たっているのでさらにもっと緑に変わっていることと思う。

こんな爺さんでも若かりし頃があって、下に移っている道路の左側に聳南寮という独身寮があり、中央上の禿げて山肌が露出している部分とその下の建物のあるところの坑口から歩いて事務所に行った場所がある。

昭和三十二年四月 配属になった栃洞坑の従業員として聳南寮を起点にして生活することになった。

まだ十七歳で見ず知らずの土地に来た不安は、前に住んで友達や馴染みもできた土地を懐かしく思い出し二度めのホームシックに入った。

しかし、この栃洞というところは美人の多いところでたちまちあたりに目が映ってしまったのは若さのせいであろう。

しかし、まだ「男女七歳にして席を同じゅぅせず」の風習が残り、バンカラが売り物の男子校だったので年頃の女性の顔さえまともに見ることができず、気づかれない遠い場所からちらっと見るのがせいぜいであった。

その後青年部の集会などでようやく何人かの女性と口を利くまでになったのは二十歳を過ぎてからであり、最近ののナンパなどと言って平気に見知らぬ女性に声をかけられる人から見るとずいぶん奥手であり、自分の方から「好きだよって」いう言葉は言った覚えがないような気がする。

 

最近気になることは、別な人と結婚していたらその後の人生はどうなっていたか。

突然、ふっと消え去った(自分を振った人)は今どんな生活をしているだろうか、、、

など、等々あるが今はだれ一人住んでいない若かりし頃過ごした場所の写真は答えてくれない。

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2021年6月28日 (月)

金山世帯

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ピーヒョロロ~ ピーヒョロロ と大きな声が聞こえたのでいつになくよく啼くなあと思って空を見上げると、國一バイパスの街灯の上にトンビが二羽じっと動かずに啼いているのが見えた。

よく見ると巣立ちしたばかりの若鳥らしいのだが、飛び出したもののこの先どうしてよいのかわからないといった風情で立ち尽くしているように見えた。

大人のトンビでもカラスに追い回されているのを見ることがあるので、あまり大きな声を出すとカラスに知られてしまうのではないかと思ったが、上空で一羽輪をかいているのるのが見受けられたのでひとまずは安心といった気持ちでその場を離れた。

30分ほど後には何事もなかったように街灯だけが立っていたので、、、、、、

 

「金山世帯」という熟語がある。

鉱山特に採掘現場など坑内勤めの人は、危険な仕事と隣り合わせもあって、ほかの人たちよりかなり良い給料を手にしていた。

そのためもあって、先のことをかまわずかなり派手な生活をしている人々を言い、昭和30年代にいち早く三種の神器と言われたテレビ、電気洗濯機 など争って買い入れ、そのあと、自動車が飛ぶように売れたものだった。

これは、なにも自分たちの鉱山ばかりでなく、軍艦島や松尾鉱山の廃墟と化した社宅群を映すときに必ずと言っていいほど言われる言葉でわかる。

自分の場合でも入社三年目、二十歳の時の給料で世間の一般的な人に相当する給料を取っていたので、両親と二人の弟妹が食べていけたものだった。

ただ自分の場合は、病気がちの父親とまだ学校に行っていた弟妹がいて、金山世帯を謳歌するわけにはいかなかった。

自分がこの会社に入ったころは、まだ戦争に負けて10年ほどのころであり、海外からの抑留者が帰ってきていたものの公職追放されたひとや戦争で心に深い傷を負った人たちも結構いて、社宅住まいの人はそうでもなかったのだが、独身寮住まいの人にはかなり破天荒な生活をしている人もいた。

そして、給料の支払い日になると今と違って手渡しで給料袋を個人ごとに事務所でもらうため、会社の門を出たところに掛け取りの人が何人もいて、逃さないように見張っているのが恒例だった。

 

あれから六十年余、国内に鉱山は数えるほどしかなくなり金山世帯もなくなったが、給料袋も同じようになくなって味気のない世の中と思うが、キャッシュレスの今の世で生活する人は「なに言ってんだよ」ってとこだろうな。

 

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2021年5月 6日 (木)

ダニバナ

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タニウツギの赤い花が咲く季節になった。

この花が咲きだすと飛騨では根曲竹の新芽が地上に顔を出す季節になる。

子供のころは、一メートルほどに伸びた若竹でチャンバラをしていたが、いつのころからかこのタケノコが非常に人気が出て人々が山に分け入って採取するようになってから山林所有者と遠くは富山県を含めたタケノコ採りとのもめ事が起き、険悪な状態になってしまったこともあった。

余談ではあるが、根曲竹とは言うが竹で花なく笹なのである。

さて、話しを元に戻すとタニウツギは谷空木と書き、谷に自生する低木で、芯がコルク状の白い充填物で充満している木ということで、太くても直径5センチほどにしかならない木で、一般に使い物にならない雑木とされている、

ただ、身近にみられるだけに各地でいろんな呼び方がされ、子供のころは”ダニバナ”と呼んでいてダニがいっぱいいるような感覚だったが、タニウツギがあやまって伝えられていたのではなかったろうか、

そして、静岡で聞いたのは”田植え花”というのはこの花が咲くころに田植えをしたのかも、、、

そのほか、ベニウツギとか火事花などがあり、死人花などと言って忌嫌うところもあるそうだ。

 

きょうは、沖縄などの南西諸島付近が梅雨入りをしたそうだが、かなり例年より早いそうで、季節までが先走りをしているようだ。

交通標語に「狭い日本 そんなに急いでどこへ行く」というのがあったが、季節の速さに合わせて老化も早まっていくような気がして、、、、、、、

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2021年5月 5日 (水)

この時期は

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故郷の名物”笹巻きようかん”が今年も届いた。

先日送った「八十八夜新茶」のお礼ということなのだが、最近では恒例のやり取りみたいになっている。

五月の節句なので、チマキのようにも見え縁起物として仏壇に上げた。

ちまき同様、笹の葉の香りが羊羹に染みついて羊羹の味を引き立てている。

 

そういえば、今の時期朴葉であったかいご飯を包むとその香りがおにぎり状のご飯に移り、これまたおいしかったのだが、こちらではあまり朴の木が見当たらずないうえ早くから固くなった葉はあまり香りがなかった。

ちなみに、飛騨の旅館に行くと必ずのようにして朴葉味噌が出てくるが、この時の葉は秋になって落葉した葉であることを知らない人がほとんどのようだ。

まえにも書いたことがるけれど、この時期坑内から出てくると若葉の匂いが吹き込む風と共に押し寄せてくるのを感じることができた。

今日は”立夏”暦の上では夏になるのだが、標高八百メートルの山の中腹は春真っ盛りであった。

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2021年4月15日 (木)

ヤナギに燕は

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日増しに濃くなる水辺のヤナギ、燕も飛び交い胸の振り子がチクタクと、、、、そんな時期もあったっけ

「七歳にして席をおなじゅうせず」の風習がまだ残っていた時代に男子校を卒業し、男ばかりの職場に就職した青春時代は胸のときめきを外に出すことができずにいた。

それが、厚顔無恥になったのはいつのころからであろうか。

 

トリチウム汚染水を薄めて海洋放棄する。と閣議決定した日に「人間に害のない程度の汚染だから飲んでもいい」といった副総理、その会見を見て「そんなら飲んでみてよ」と思ったところ、さっそくあちこちからそんな声が上がっていると言っていた。

十年前だったが風評被害で悩む野菜を食べて見せた総理大臣を冷ややかに見ていた覚えがあるが、今の副総理はそんな度胸もないらしい。

トリチゥム汚染水については、国際基準を大幅に低いレベルにまで薄めると言っていたが、この十年間にトリチウムを除去する研究が続けられてきたのだろうか。

コロナ同様何にもしてこなかったというのが実際ではなかったろうか。

そして、海洋投棄に対して一番信用できないのは原子力発電所でいろんな不祥事を起こしている東電がするということであろう。

今までも何かあるたび隠ぺい工作でを続けて会社である。

政府は何かあれば、東電が保障というが、あってから裁判だ,なんだで10年20年とかかっていては、、、、

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2021年4月14日 (水)

カンカコカン

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カンカン カンカコカン お~りゃ

飛騨の祭りは、春雪が解けて畑仕事が始まる前に行われるのが多い。

そのなかで、神輿の前に獅子舞とともに闘鶏楽が付きものであったが、文化財に指名されている上宝村の村上神社をはじめ高山などの闘鶏楽は大人がするのに対してふるさとの神岡では小学生を中心にした子供たちがすることになっていた。

小さなお盆のような鐘をみんなで打ち鳴らすさまは整然とした大人のものより可愛げあって見ごたえがあったように思っている。

一番小さい子は小学校3年生くらいから入ってくるのだが、緊張していることもあってなかなか同じようには鐘を打つ鳴らせずワンテンポ遅れてしまうのだが、、祭りもあと10日日ほどのこの時期には少しづつコツが飲み込めてくるころである。

故郷を離れて43年、以後、祭りの時期には帰ったことがないので、思い出のなかだけにあるのだがあの町も鉱山の縮小で人口も半分以下になっているうえ少子化でできない神社もあるのではないだろうか。

桜咲く神社の境内を元気に下ってきた子供たちも町内あちこちでカンカン カンカコカンと打ち鳴らすうちに暑い太陽にさらされて、、、、、

思い出は常に霞の中にうずもれてぼやけていくものである。

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2021年3月15日 (月)

おばこ こんころも~ち

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もう咲いているころだろうと草むらを分けてみたら踊子草が花を咲かせていた。

毎年のことながら時節をたがえずに真っ白な漏斗状の花を茎の周りに三層 五層と積み重ねている。

この茎の周りに花を咲かせる様子から、踊り子の花笠に見立てつけられた名前であろう。

生まれ故郷の春の祭りには小学生の女の子がこの花笠を冠り、手には二つのくるりくるりと回る花をもって踊るのが憧れで、今八十四歳になった姉が、引っ越しで踊れなかったのいまだに悔しがっている。

おばこ こんころも~ち   と謡いだししか覚えていないないのだが、、、、、

 

今国会は総務省幹部の飲食接待で連日質問攻めにあっているが官僚の上にいる大臣クラスにまで飛び火している。

中でも、現大臣である武田総務相が一番始末が悪い。

会食をやったかどうかの質問を17回もはぐらして答えようとはしない。

こんな人の下で、調査が進められるはずはないので、当然更迭ということにしなければならないと思うのだが、任命したガースーはコロナ対策と一緒のうえ、自分の息子も関係しているだけに、する気は全くないようだ。

それにしても、この問題の火付け役は例によって週刊文春というのもおかしな話である。

いぜんなら、大手の新聞記者などがすっぱ抜いたものだったがこのとこ鳴かず飛ばずで音なしの構えなのは力不足ではなく、例によって新聞社幹部の忖度で記事にしようとしないのか、もし早とちりした場合のことを考えすぎているのかもしれない。

それにしても、マスコミがこれだけ慎重になり、後れを取っているとなると今後マスコミは価値を無くし自滅していくことになるのだが、、、、、

 

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