2023年1月14日 (土)

ガッシャン

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ガッシャン、と一撃のもとに消えていった。

断捨離というわけでもなかったが台風の浸水被害からこっち、家具なんかをはじめとしていろいろなものを処分してきた。

しかし、一番邪魔なものと思っていたが捨てきれなかった皿や茶わんなどの陶器類が捨てきれなかった。

我が家は新宅のため家財道具もほとんどない状態から始めた家なので、これらのものは母親が買い集めたいわゆる形見でもあった。

むかしはなんでも家で行ったため、皿や茶わんだけでも十人前くらいを幾そろいも買いそろえていたうえ、昭和30年代に入ってから「趣味の会」などの箱入りセットなどがあちこちにあった。

最近までは「自分が死んでから好きなようにしてくれ、これらは処分しない!」と言っていたが、さすがに荷が重すぎた。

仕方ないので先日来、仕分けをしていたが出したり入れなおしたりをした結果、まず木製のリンゴ箱一杯をごみ処理場に持っていった結果、処理場の職員が一切の感情をこめず、箱ごと持ち上げて中身を一気に投入口に投げ込んだ。

がッシャンという音と共にすべてが一気に吹っ飛んだ感じがした。

 

昨夜から激しくはないが雨が降り続いた。

何日ぶりだったろう。

この雨で、地面が潤い野菜類も息を吹き返しはるをまつしんたいせいにはいるんだろうな。

 

 

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2022年12月 5日 (月)

さざんか

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山茶花の真っ赤な花が咲き出して冬の入り口が開いた。

山茶花と椿はよく似ていてその区別は咲く時期が早いもの、花びらがばらばらにおちることぐらいしか、、、と思っていたがそれも怪しくなって境い目がつかないらしい。

子どものころの唱歌にあった”さざんか”という歌、今の子供たちには意味が分からないのではないだろうか。

今頃そこらで焚火などしたらさっそく通報されて消防自動車がわんさかと集まってくるため、焚火など見たこともない子供が多いはず。

余談だが、キャンプに行っても火を使い慣れていないので火起こし道具さえあるそうだから、、、

また、歌詞の中にある”しもやけお手手がもうかゆい”なんて言葉も死語だろう。

 

そういえば、子供のころ毎年歌っていた”蛍の光”は難解だった。

まず、”蛍の光 窓の雪”は中国の古典を知らなきゃわからない。

つぎの”文読む月日”を音節通りにすると、”ふみよ むつきひ”となりこれまた分からなかった。

その後も分からない歌詞があったが、一番最後に”うとうな~り”のところでクラスに成彬という子がいたので力を込めて歌った。

”うっとい な~り”とね。

”うっとい”がわからない?  それじゃしょうがないね。

 

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2022年9月21日 (水)

フランシーヌの場合は

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ヤマジノホトトギス。鳥のホトトギスの胸模様が似ている花ということで名づけられたようだが、南方からやってくるホトトギスと入れ替わるようにして花が咲き出す。

ホトトギスには何種類かの花があるが、一番特徴的なのは花の中央に花柱というものを立て蜜はその下にある。

つまり花柱は、飲み屋の提灯みたいなもので、薄暗い藪陰で目立たせる明かりのようなものであろう。

 

きょう東京で、油をかぶって火をつけ自殺をしようとした人がいたそうだ。

幸いというか火は消し止められ、命は助かったようだが「安倍国葬絶対反対」と書いた紙があったとか、、、

このニュースを聞いて脳裏をかすめたのはベトナム戦争反対の意味を持って焼身自殺をしたベトナムのお坊さんとパリで若い娘さんがいたことである。

どちらもそんなことで戦争が終わるわけではなかったが、フランスの若い娘さんの死には日本ですぐに歌ができた。

#フランシーヌの場合は あまりにもお馬鹿さん、、、、三月三十日の日曜日パリの朝に燃えた命一つ、、

世界的にベトナム戦争反対の声が上がる中、フランシーヌはなぜ焼身自殺という方法をとったのか、、

60年安保で亡くなった樺さんの命日にレコードが発売され、折からの世相に反映してヒット曲になった。

 

 

 

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2022年8月11日 (木)

カペッサ カリエンテ

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クソ暑い空に向かってこれでもかというような勢いでヘチマの花が突き上げている。

その下で暑くならないうちにと朝7時から草を剥ぎ畠に鍬を入れてみたが、一時間余でダウンしそうになり家に帰って昨夜の残り風呂に入って、身体を冷やした。

しかし、一度上がった体温はなかなか下がらないようで、風呂から上がっても本調子にはならない。

そのむかし、アンデスの山中で仕事をしといたとき現地の人がうまく動いてくれないので日本語で怒鳴り声をあげてしまったことがある。

もちろん現地の人は日本など知る由もないが表情でわかったようで「インへ(ニョール)カペッサ カリエンテ」と言ったのを思い出した。

インへニョールは技師という意味で日本人をそう呼んでいた。

続く言葉は「頭が熱くなっている」という意味で、以後しばらくは言うことを聞くようになった。

 

今日は山の日で祝日だそうだ。

もともとは山の育ちだったので、家の周りの山はウサギ狩りやタケノコ採り、そして遠足は今はカミオカンデがある山、池の山と決まっていた。

そして、北アルプスは焼岳に始まり槍穂高が遊び場で、人の二日コースを一日で走り回るのを仲間内で競争していたが、双六岳四ノ沢で怪我をしてしまった。

最後は何度目かの竜爪山で打ち止めとしたが、七十代までは静岡の1,000から2000m台の山を歩き、長野へ行けば浅間山近辺や北八ヶ岳を歩いた。

打ち止めにしたのは、八十歳近いおじいさんが山で遭難したなんて新聞に載ると恥ずかしいから、、、と言われたのが効いてのことだった。

今は時折階段を含めて標高130mほどのところにある山の畑が山登りの限界だが、それでも帰りが遅くなると心配されてしまうようになってしまった。

 

 

 

 

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2022年6月13日 (月)

水車に思う

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小さな谷間におもちゃのような水車が回っていた。

なにかに使うわけでなく、ただ回しているだけの水車だが、かなり長く回しているようで心棒の金具なども金属色を失い水にぬれて黒々と溶け込んでいた。

 

宇治の川瀬のみずぐるま 

 なんと浮世をめぐるろう

 

無心に回る水車に人生の流転を重ねて感慨にふける古歌だと聞いた。

 

そういえば故郷飛騨には”鈴虫水車”というものがあって水車の回転で鈴の付いた紐をまわしかすかな鈴の音を響かせていたが、いまでもあるのだろうか。

元祖は、双六川の小学校の退職教員、もしかして校長先生だったかが考案して作ったもので、昭和40年代だったかに町のバスターミナルにも分家があったような気がするが、、、、、、、

 

 

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2022年6月 8日 (水)

30ドル

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黄色の四枚花弁、中央の雌しべも黄色と緑の葉を背景にして際立たせている。

草の名はクサノオウという。漢字で書くといろいろとあるそうで”草黄”とそのままの印象のほか”草王”という立派なもの、そして”瘡王”というものもある。

そのいわれは、この草はかなり強い毒を持って草汁に触れただけでかぶれたり火傷状になる人もいるそうだが、使いようによっては癌などの痛み止めなどにも使われたことがあるそうで、王の字や瘡の字が充てられるのはそのせいらしいとのこと。

「毒にも薬にもなる」という典型的な草である。

 

昭和50年ころ、ニクソンショックで一ドル360円がが終わり自分が海外で仕事をしているころは、一ドル300円前後まで高くなっていた。

それでも、海外出張手当は一日30ドルの外貨建てで受け取っていたため帰ってきてから円安の日を狙ってドル円交換を行った。

その後、静岡に来てからだったが平成のはじめだったと思うが、「ガーナに行って井戸を掘らないか」という話しがあったとき、条件を聞いたらやはり一日30ドルだった。

当時円高で一ドル100円を切る頃だったので、出張手当3,000円にならないんじゃとても半紙にならないと断ったことがあった。

そして、いまアベノミクスが失敗し経済の回復がほかの国に比べて停滞し、金利があげないため円は袋叩き状態に陥り一ドル133円まで下落してしまった。

海外派遣の公務員は今でも一日30ドルなんだろうか、、、、、、

将来のため我慢していっているとしたら、、、、、お気の毒様である。

 

 

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2022年5月14日 (土)

雪の下

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庭の片隅で雪の下が花を咲かせ始めた。

小さな花だが、下に二枚の大きな花びらを下げ、上に三枚の赤い斑点をつけた花びらをたて、大という字のような形の花を開いている。

こどものころ、おばあさんの家の裏の石垣にこの草が生えており、火傷をしたときこの葉の裏側を囲炉裏であぶって幹部に張り付けたものだった。

しかし、いま調べるとしぼり汁が中耳炎などに良いとは書いてあるが、火傷に良いとは一言も書いてない。

また、この草を山野草の仲間にしてあるが、自分の知る限り人気のない山では見たことがなく、シャガ同様人について歩く草ではないかと思う。

とにかく冬雪の下から青々とした葉っぱを掘り出して、火傷をした傷口に当てると、それだけで治ったような気がしたものだった。

名前の由来はそんなところから出たものであることは言うまでもない。

 

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2022年3月29日 (火)

カタクリ考

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自分らが子供のころカタクリなんてどこにでもあった。

春先、葉を落とした木の下の落ち葉をかき分け出てきた葉っぱを摘み取り、さっと茹でておひたしにして食べたがホウレンソウによく似た味で美味かった。

そして、この草の根を掘り出すと親指くらいの百合の根に似た根が出てきて良質のでんぷんが取れ高値で買い取ってくれた。

そのため、小遣いのない農家の嫁さんたちが自分用のへそくりにするため暇を見て掘ったが、周りの草が育つと見えなくなるため翌年まで持ち越される。

同様なものとして蕨の根も掘って澱粉にしたがこちらはワラビ粉といい、今ではジャガイモから作られる澱粉にとって代わられ、本物は幻の粉として効果で取り引きされているがカタクリそのものがこれだけ少なくなると、、、、、、、

カタクリがどうしてこれほど減ったのか、、、

 

原因として落葉広葉樹林がなくなったことと、山の手入れがおろそかになったことにある。

今では人が手入れした観光用しかないので、摘んで食べるなんて”夢のまた夢”的存在になってしまい、この話を聞いた小さい孫から「じいじはなんでも食べるんやね~」と。

 

 

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2022年3月28日 (月)

ノマ

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春遅い”飛騨の春”は遠雷のような音から始まる。

高原川を挟んだ向かいの山の迫(サコ)を茶色く染めてノマが下っていくときの音である。

”ノマ”とは飛騨や富山などの豪雪地帯で使われる言葉で雪崩のことを言うが、降り積もった上の雪が崩れる泡(アワ)と春地面の温度が上がってすべてが崩れる”地こすり”と呼ばれるものがあり、後者の地こすりが被害を大きくする。

もちろん泡だって国道41号線でトラックを押し流したこともあるのだが、土砂や大木を巻き込んで下る土石流のような地こすりはまた格別である。

飛騨を離れて四十数年、いまでは雪の降らない静岡に住んでいるが、今でも耳の奥ではあの遠雷のような音を覚えている。

 

毎日のようにウクライナの戦争状況をテレビで見させられている。

砲撃やミサイルによってすべての建物が破壊されているのを見ると、これだけの土地を破壊し多数の人を殺した理由がプーチン個人の意思から来たとすると、その責任はどうなるのだろうか。

八十年余も前に日本が始めた戦争は、敗戦後勝利した連合国によって戦争犯罪人を処罰したが、勝利した側からは無差別爆撃などの戦争犯罪者は出ていなかった。

それでもA級戦犯は仕方なかったとしても、上官に命令されたり、間違えられて処刑されたB級戦犯はどうするのだろうか。

バイデン大統領が先日「プーチンをこのまま指導者にしておけない!!」と言ったことが問題視され、アメリカが火消しに躍起となっていると言っていたが、ソ連時代の再現を望み多数の人命を奪った男が大国の指導者でのほほんと過ごさせないためには、まるっきり間違いではないと思う。

 

 

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2022年2月15日 (火)

今日このごろ

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一時パラパラっという感じで車のフロントガラスに雨粒が当たったが、夕方になって青空が広がってきた。

それを見て散歩に出かけてみたが遠景に真白の富士、日陰になった農道で二人の男衆がたたずんでいるを見かけ、絵になると思いシャッターを切った。

どんな関係だったのか、後姿を見ながら通り過ぎたのだが、多分親子ではないかと想像してしまった。

 

自分の親は、当時としては普通だったかもしれないが64歳で亡くなり、当時26歳の自分はまだ反抗期というか親父の生活態度が許せなかった。

そんな関係なので、ほとんど話をすることもなく一方的に文句を言うだけに終始したような気がする。

亡くなってから、あれも聞いておけばよかった、これは、、、、なんてこともあったが、21歳ころから自分のところへ自分の兄弟だが小中学校の子供二人を連れて転がり込んできたという感覚から余裕をなくしてしまっていたのではなかったろうか。

あれから50年以上、、、むかしのことながら、何にも話さなくてもよい縁側で並んで座っていてたらなぁ、、、

     なんて思う今日この頃

 

 

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