2022年1月13日 (木)

罰当たり

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村のはずれのお地蔵さんは 

     いつもにこにこ見て御座る

 

石地蔵の頭にとまったジョウビタキ。

泊まり心地が良いのか、何度も止まっているようで頭頂部には白く糞のあとも、、、、

人間なら罰当たりなのだろうが、仏教を信仰していないジョウビタキにはただの見張り台。

地蔵さんも心得て罰なんか当てない。

 

新聞によると豚の心臓を人間に移植したそうだ。

もしこれが成功すれば、ひっ迫している心臓はおろか内臓移植にも発展するかもしれないとのこと。

心臓移植を承諾した患者もだが、すごい時代に入ったものと思う。

 

そのむかし、聞いた話なのでどこまでが本当かは知らないが、当時鉱山の独身寮では賄いのあまりものを主にして豚を飼い、正月前に殺して食卓に供していた。

ところがある寮で、正月まで待てないと豚の尻肉を切って食べたそうだが、豚の方はその痛みがストレスになったようで、正月前には体がやせて肉もまずくなり後悔したとか、、、、

いまなら、動物虐待で大問題になりかねないことだろうが、「まったく罰当たりなことをしたものである」

 

 

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2022年1月10日 (月)

成人の日

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写真は昭和三十四年に映した成人式の集合写真である。

鉱山町の一角、栃洞地区の銀嶺会館というところに集まった二十歳の若者である。

栃洞抗関係で働くものがほとんどで大学生は一人もいない。

数えてみると四十三人であるが、鉱山高校の同級生が何人か欠けているところを見ると、実際に成人式に招待されていたのは持っといたはずである。

すべてが鉱山従業員というわけでもないが、栃洞地区だけで鉱山には同じ年の人間がいたことになり、このほかに鹿間地区、大津山地区、山の村地区などの従業員を合わせると200人近くの従業員を毎年採用するほどの企業であったわけだ。

自分たちは十七歳で鉱山の坑内勤務に入ったため、この時期になると世間並みの給料を稼いでおり、この式場には一張羅の背広を買って臨んだ。

女性もそんな時代だったこともあり、今のようなど派手な衣装はおろか振袖姿のものは一人もいないことがわかる。

 

ライオンやクマなどをはじめ野生の動物社会では、子供がある歳に達すると自分から親離れをするものやライバルとして群れから追い出されることが多い。

その後は自分の力で生活するしかないのだが、このころまでは人間もそうだったのではなかっただろうか。

とにかく親に反抗し自立することが一人前の男と思っていた。

 

ちなみに自分は、最後列左から四番目、(画像をクリックして見て)、、、、いまでは見る影もないけれど、、、、、。

 

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2021年12月28日 (火)

気あらし

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今朝の最低気温 静岡は六度だったそうで全国的に見たら多分沖縄当たりと同じだったのかもしれない。

それでも裏を流れる川からは水蒸気が立っていた。

今では北海道当たりの方言である”気あらし”という言葉の方が有名になってしまったが、気象用語としては”蒸気雲”というそうでこれの大規模なものは日本海でよく見られ、この時上がった蒸気が高い山にぶち当たって雪を降らせると聞いた。

今年は観測史上最大の雪が降ったとテレビは言っていたが、自分たちの子供のころはこんなものではなかった。

昭和三十八年、いわゆる三八豪雪と言われる年の雪は自分も小学校中学校と住んでいた神岡町大津山地区で積雪7m余という記録があり、電線が雪の表面を撫でていたという。

この地区は富山湾から急に盛り上がった飛騨高原の最初の壁になり例年積雪多いところであり、鉱山の社宅を雪廊下というもので繋いでいた場所さえあったくらいである。

その後、雪の量もすくなくなり、岐阜県で冬の国体があった昭和40年代になると、流葉スキー場のジャンプ台に雪がなく、町内会ごとに人を出してバケツリレーで雪を運んだこともあり、その前後から書き入れ時の正月にゲレンデに雪のない年が多くなった。

 

今年は、この寒波を待たず早々に雪が降ったようだが、、、、、じわじわと増え始めたオミクロンでどうなるのやら、、、、

 

 

 

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2021年12月18日 (土)

うそさむい

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ふるさとは今日あたり雪の一日になっているんだろうな。

暗い空から絶え間なく降る雪は心を暗くする。

「どちらから来ました?」と聞かれ「飛騨からです」と答えると、「何回か行きましたが良いところですね」って言われる。

ふるさとは離れt43年、知らない人ばっかりになってしまったが、育った山川には思い出もあり、お国言葉には恋しくも懐かしくもある。

しかし雪には、、、、、、、、、、

孫が福井の大学に行った年、「雪が降ったのではしゃいでいたらみんなから変な目で見られた」と言っていたが、静岡の人には雪の怖さをというものを知らない。

 

昨日床屋に行って刈り上げた首筋がすうすうとうそさむい。

 

 

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2021年9月25日 (土)

金木犀

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早いもので金木犀の咲く時期がやってきたようだ。

秋の強烈な香り花として知られる花だが、この花の匂いをかぐといとこの子供の結婚式を思い出す。

名古屋で行われたその式の間中この花の香りというには強すぎるにおいに悩まされて、、、、

その他大勢の一員だったが、その後この花の香る季節になるとこの結婚式を思い出す。

 

新型コロナもどういうわけか専門家もわからないながら収束に向かっているようで、10月には静岡も含まれている緊急事態宣言が解除されそうな雰囲気になってきた。

そんななか、静岡県はこの第四波と言われる中で猛威を振るい全国的に感謝数の順位を上げ12位にまで上がっており、静岡県内では人口69万人ほどの静岡市が途中から人口79万人程の浜松市においつき、首位を奪還し5,744人とおよそ450人ほどの差をつけて感染者の首位を独走することになった。

それほど県都の意地を通したかったのだろうかと思っていたら今日の新聞によると浜松市に比べてワクチン注射の2回目終了者の割合が全人口の42%と55%となっていたことが分かった。

この13%の差が患者発生に影響を与えていた模様だ。

昨日まで、「静岡市民がだらしなので、、」と思っていたがそうではなく「市長がぐじゃっぺだったんだ」に変わった。

 

 

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2021年8月22日 (日)

露と消えた

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ここしばらく晴れた朝が続いているが、少しすると雲が出て雨を降らせる天気が続いている。

 

露と落ち 露と消えにし わが命

   難波のことも 夢のまた夢

 

百姓から天下人にまでなった豊臣秀吉の辞世の句だという。

どんな権力者でも死を免れぬことはできない。

ただ、この世に未練を残していく人と満足とまでは行かなくても従容として受け入れる人には大きな違いがあることと思う。

今日は、娘の六回目の命日である。

四十八歳でがんを患い旅立って逝ったが、子供もいなかったし、余命宣告を受けてから離婚し、元の姓に戻し自分の娘として逝く道を選んだ。

 

昨年に続いて今年も墓のある飛騨には帰ることができないので、仏壇に酒をあげ念仏を誦したが、最後に「親不孝をしやがって」と、、、、

 

夕方になって、孫がそれを知らずに来て、いつも通り線香をあげたが「おばさんの命日だよ」ってことは言わずに帰した。

 

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2021年8月 7日 (土)

さまちゃんが通よわにゃ仇の花

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ハシラサボテンの花が一か月ぶりに二度目の開花をむかえた。

夜中に人知れず咲いたため、朝新聞を取りに行って初めて気が付いた。

原産地は南アメリカとのことだが、日本ではこの花の媒介を手伝う虫がいないので、まず実を結ぶことがないそうだ。

この花を見ていたら、むかし流行った炭坑節の一節を思い出した。

#なんぼ 色よく咲いても 

さまちゃんが 通よわにゃ仇の花 とね

 

そういえば、昭和40年代海外で仕事をしていた時のことだが、仕事の区切りのひと時町に降りてディスコに行った。

まだ日本には、ディスコなるものがなかったこともあって、物珍しさから誘われるままに舞台に上がって踊ったが、いつの間にやら盆踊りになってしまっていた。

向こうの連中にしてみればその仕草がまた新鮮だったらしく、教えてくれなんて注文も受けた。

 

チョチョンガチョイ 掘って掘ってまた掘って 

   担いで担いで 後ずさり 

押して押して ひらいて チョチョン

 

まさに鉱山の仕事をそのまま振り付けた仕草はかの国では忘れ去られたことだろう。

 

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2021年6月30日 (水)

五月雨は

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五月雨は みどりいろ

 

村下孝蔵さんが歌った”初恋”という歌の歌いだしである。

どんなことから五月雨をみどりいろと結びつけたかはわからないが、この時期は一番草木の繁茂するときであることは間違いない。

その五月雨も明後日には旧暦の上からも終わることになる。

うえの写真を写してから六年たっているのでさらにもっと緑に変わっていることと思う。

こんな爺さんでも若かりし頃があって、下に移っている道路の左側に聳南寮という独身寮があり、中央上の禿げて山肌が露出している部分とその下の建物のあるところの坑口から歩いて事務所に行った場所がある。

昭和三十二年四月 配属になった栃洞坑の従業員として聳南寮を起点にして生活することになった。

まだ十七歳で見ず知らずの土地に来た不安は、前に住んで友達や馴染みもできた土地を懐かしく思い出し二度めのホームシックに入った。

しかし、この栃洞というところは美人の多いところでたちまちあたりに目が映ってしまったのは若さのせいであろう。

しかし、まだ「男女七歳にして席を同じゅぅせず」の風習が残り、バンカラが売り物の男子校だったので年頃の女性の顔さえまともに見ることができず、気づかれない遠い場所からちらっと見るのがせいぜいであった。

その後青年部の集会などでようやく何人かの女性と口を利くまでになったのは二十歳を過ぎてからであり、最近ののナンパなどと言って平気に見知らぬ女性に声をかけられる人から見るとずいぶん奥手であり、自分の方から「好きだよって」いう言葉は言った覚えがないような気がする。

 

最近気になることは、別な人と結婚していたらその後の人生はどうなっていたか。

突然、ふっと消え去った(自分を振った人)は今どんな生活をしているだろうか、、、

など、等々あるが今はだれ一人住んでいない若かりし頃過ごした場所の写真は答えてくれない。

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2021年6月28日 (月)

金山世帯

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ピーヒョロロ~ ピーヒョロロ と大きな声が聞こえたのでいつになくよく啼くなあと思って空を見上げると、國一バイパスの街灯の上にトンビが二羽じっと動かずに啼いているのが見えた。

よく見ると巣立ちしたばかりの若鳥らしいのだが、飛び出したもののこの先どうしてよいのかわからないといった風情で立ち尽くしているように見えた。

大人のトンビでもカラスに追い回されているのを見ることがあるので、あまり大きな声を出すとカラスに知られてしまうのではないかと思ったが、上空で一羽輪をかいているのるのが見受けられたのでひとまずは安心といった気持ちでその場を離れた。

30分ほど後には何事もなかったように街灯だけが立っていたので、、、、、、

 

「金山世帯」という熟語がある。

鉱山特に採掘現場など坑内勤めの人は、危険な仕事と隣り合わせもあって、ほかの人たちよりかなり良い給料を手にしていた。

そのためもあって、先のことをかまわずかなり派手な生活をしている人々を言い、昭和30年代にいち早く三種の神器と言われたテレビ、電気洗濯機 など争って買い入れ、そのあと、自動車が飛ぶように売れたものだった。

これは、なにも自分たちの鉱山ばかりでなく、軍艦島や松尾鉱山の廃墟と化した社宅群を映すときに必ずと言っていいほど言われる言葉でわかる。

自分の場合でも入社三年目、二十歳の時の給料で世間の一般的な人に相当する給料を取っていたので、両親と二人の弟妹が食べていけたものだった。

ただ自分の場合は、病気がちの父親とまだ学校に行っていた弟妹がいて、金山世帯を謳歌するわけにはいかなかった。

自分がこの会社に入ったころは、まだ戦争に負けて10年ほどのころであり、海外からの抑留者が帰ってきていたものの公職追放されたひとや戦争で心に深い傷を負った人たちも結構いて、社宅住まいの人はそうでもなかったのだが、独身寮住まいの人にはかなり破天荒な生活をしている人もいた。

そして、給料の支払い日になると今と違って手渡しで給料袋を個人ごとに事務所でもらうため、会社の門を出たところに掛け取りの人が何人もいて、逃さないように見張っているのが恒例だった。

 

あれから六十年余、国内に鉱山は数えるほどしかなくなり金山世帯もなくなったが、給料袋も同じようになくなって味気のない世の中と思うが、キャッシュレスの今の世で生活する人は「なに言ってんだよ」ってとこだろうな。

 

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2021年5月 6日 (木)

ダニバナ

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タニウツギの赤い花が咲く季節になった。

この花が咲きだすと飛騨では根曲竹の新芽が地上に顔を出す季節になる。

子供のころは、一メートルほどに伸びた若竹でチャンバラをしていたが、いつのころからかこのタケノコが非常に人気が出て人々が山に分け入って採取するようになってから山林所有者と遠くは富山県を含めたタケノコ採りとのもめ事が起き、険悪な状態になってしまったこともあった。

余談ではあるが、根曲竹とは言うが竹で花なく笹なのである。

さて、話しを元に戻すとタニウツギは谷空木と書き、谷に自生する低木で、芯がコルク状の白い充填物で充満している木ということで、太くても直径5センチほどにしかならない木で、一般に使い物にならない雑木とされている、

ただ、身近にみられるだけに各地でいろんな呼び方がされ、子供のころは”ダニバナ”と呼んでいてダニがいっぱいいるような感覚だったが、タニウツギがあやまって伝えられていたのではなかったろうか、

そして、静岡で聞いたのは”田植え花”というのはこの花が咲くころに田植えをしたのかも、、、

そのほか、ベニウツギとか火事花などがあり、死人花などと言って忌嫌うところもあるそうだ。

 

きょうは、沖縄などの南西諸島付近が梅雨入りをしたそうだが、かなり例年より早いそうで、季節までが先走りをしているようだ。

交通標語に「狭い日本 そんなに急いでどこへ行く」というのがあったが、季節の速さに合わせて老化も早まっていくような気がして、、、、、、、

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