2022年6月13日 (月)

水車に思う

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小さな谷間におもちゃのような水車が回っていた。

なにかに使うわけでなく、ただ回しているだけの水車だが、かなり長く回しているようで心棒の金具なども金属色を失い水にぬれて黒々と溶け込んでいた。

 

宇治の川瀬のみずぐるま 

 なんと浮世をめぐるろう

 

無心に回る水車に人生の流転を重ねて感慨にふける古歌だと聞いた。

 

そういえば故郷飛騨には”鈴虫水車”というものがあって水車の回転で鈴の付いた紐をまわしかすかな鈴の音を響かせていたが、いまでもあるのだろうか。

元祖は、双六川の小学校の退職教員、もしかして校長先生だったかが考案して作ったもので、昭和40年代だったかに町のバスターミナルにも分家があったような気がするが、、、、、、、

 

 

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2022年6月 8日 (水)

30ドル

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黄色の四枚花弁、中央の雌しべも黄色と緑の葉を背景にして際立たせている。

草の名はクサノオウという。漢字で書くといろいろとあるそうで”草黄”とそのままの印象のほか”草王”という立派なもの、そして”瘡王”というものもある。

そのいわれは、この草はかなり強い毒を持って草汁に触れただけでかぶれたり火傷状になる人もいるそうだが、使いようによっては癌などの痛み止めなどにも使われたことがあるそうで、王の字や瘡の字が充てられるのはそのせいらしいとのこと。

「毒にも薬にもなる」という典型的な草である。

 

昭和50年ころ、ニクソンショックで一ドル360円がが終わり自分が海外で仕事をしているころは、一ドル300円前後まで高くなっていた。

それでも、海外出張手当は一日30ドルの外貨建てで受け取っていたため帰ってきてから円安の日を狙ってドル円交換を行った。

その後、静岡に来てからだったが平成のはじめだったと思うが、「ガーナに行って井戸を掘らないか」という話しがあったとき、条件を聞いたらやはり一日30ドルだった。

当時円高で一ドル100円を切る頃だったので、出張手当3,000円にならないんじゃとても半紙にならないと断ったことがあった。

そして、いまアベノミクスが失敗し経済の回復がほかの国に比べて停滞し、金利があげないため円は袋叩き状態に陥り一ドル133円まで下落してしまった。

海外派遣の公務員は今でも一日30ドルなんだろうか、、、、、、

将来のため我慢していっているとしたら、、、、、お気の毒様である。

 

 

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2022年5月14日 (土)

雪の下

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庭の片隅で雪の下が花を咲かせ始めた。

小さな花だが、下に二枚の大きな花びらを下げ、上に三枚の赤い斑点をつけた花びらをたて、大という字のような形の花を開いている。

こどものころ、おばあさんの家の裏の石垣にこの草が生えており、火傷をしたときこの葉の裏側を囲炉裏であぶって幹部に張り付けたものだった。

しかし、いま調べるとしぼり汁が中耳炎などに良いとは書いてあるが、火傷に良いとは一言も書いてない。

また、この草を山野草の仲間にしてあるが、自分の知る限り人気のない山では見たことがなく、シャガ同様人について歩く草ではないかと思う。

とにかく冬雪の下から青々とした葉っぱを掘り出して、火傷をした傷口に当てると、それだけで治ったような気がしたものだった。

名前の由来はそんなところから出たものであることは言うまでもない。

 

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2022年3月29日 (火)

カタクリ考

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自分らが子供のころカタクリなんてどこにでもあった。

春先、葉を落とした木の下の落ち葉をかき分け出てきた葉っぱを摘み取り、さっと茹でておひたしにして食べたがホウレンソウによく似た味で美味かった。

そして、この草の根を掘り出すと親指くらいの百合の根に似た根が出てきて良質のでんぷんが取れ高値で買い取ってくれた。

そのため、小遣いのない農家の嫁さんたちが自分用のへそくりにするため暇を見て掘ったが、周りの草が育つと見えなくなるため翌年まで持ち越される。

同様なものとして蕨の根も掘って澱粉にしたがこちらはワラビ粉といい、今ではジャガイモから作られる澱粉にとって代わられ、本物は幻の粉として効果で取り引きされているがカタクリそのものがこれだけ少なくなると、、、、、、、

カタクリがどうしてこれほど減ったのか、、、

 

原因として落葉広葉樹林がなくなったことと、山の手入れがおろそかになったことにある。

今では人が手入れした観光用しかないので、摘んで食べるなんて”夢のまた夢”的存在になってしまい、この話を聞いた小さい孫から「じいじはなんでも食べるんやね~」と。

 

 

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2022年3月28日 (月)

ノマ

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春遅い”飛騨の春”は遠雷のような音から始まる。

高原川を挟んだ向かいの山の迫(サコ)を茶色く染めてノマが下っていくときの音である。

”ノマ”とは飛騨や富山などの豪雪地帯で使われる言葉で雪崩のことを言うが、降り積もった上の雪が崩れる泡(アワ)と春地面の温度が上がってすべてが崩れる”地こすり”と呼ばれるものがあり、後者の地こすりが被害を大きくする。

もちろん泡だって国道41号線でトラックを押し流したこともあるのだが、土砂や大木を巻き込んで下る土石流のような地こすりはまた格別である。

飛騨を離れて四十数年、いまでは雪の降らない静岡に住んでいるが、今でも耳の奥ではあの遠雷のような音を覚えている。

 

毎日のようにウクライナの戦争状況をテレビで見させられている。

砲撃やミサイルによってすべての建物が破壊されているのを見ると、これだけの土地を破壊し多数の人を殺した理由がプーチン個人の意思から来たとすると、その責任はどうなるのだろうか。

八十年余も前に日本が始めた戦争は、敗戦後勝利した連合国によって戦争犯罪人を処罰したが、勝利した側からは無差別爆撃などの戦争犯罪者は出ていなかった。

それでもA級戦犯は仕方なかったとしても、上官に命令されたり、間違えられて処刑されたB級戦犯はどうするのだろうか。

バイデン大統領が先日「プーチンをこのまま指導者にしておけない!!」と言ったことが問題視され、アメリカが火消しに躍起となっていると言っていたが、ソ連時代の再現を望み多数の人命を奪った男が大国の指導者でのほほんと過ごさせないためには、まるっきり間違いではないと思う。

 

 

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2022年2月15日 (火)

今日このごろ

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一時パラパラっという感じで車のフロントガラスに雨粒が当たったが、夕方になって青空が広がってきた。

それを見て散歩に出かけてみたが遠景に真白の富士、日陰になった農道で二人の男衆がたたずんでいるを見かけ、絵になると思いシャッターを切った。

どんな関係だったのか、後姿を見ながら通り過ぎたのだが、多分親子ではないかと想像してしまった。

 

自分の親は、当時としては普通だったかもしれないが64歳で亡くなり、当時26歳の自分はまだ反抗期というか親父の生活態度が許せなかった。

そんな関係なので、ほとんど話をすることもなく一方的に文句を言うだけに終始したような気がする。

亡くなってから、あれも聞いておけばよかった、これは、、、、なんてこともあったが、21歳ころから自分のところへ自分の兄弟だが小中学校の子供二人を連れて転がり込んできたという感覚から余裕をなくしてしまっていたのではなかったろうか。

あれから50年以上、、、むかしのことながら、何にも話さなくてもよい縁側で並んで座っていてたらなぁ、、、

     なんて思う今日この頃

 

 

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2022年2月 2日 (水)

五黄の寅

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昨日が旧暦の正月であり、十干十二支でいう寅年になる。

そして今年は五黄土星の寅年になることから一般に”五黄の寅”いわれ、金運に恵まれた年だというが、諸物価値上がりの上年金が下がっていく現在、金運は程遠い存在になりそうに思えるのだが、、、、

一発逆転の宝くじなどに、、、と思ってもみんなの金運が良くなるはずもない。

 

静岡に来た時の会社の社長が大正三年生まれの五黄の寅をよく口癖にしていた。

五黄の寅生まれは男性より女性の方に特徴が表れるとかで、その社長も富士子さんといったがこれまた口癖だったのが「富士山の見えるところに育った女はみんなブスだよ!」っていうのもあった。

この二つを併せ持った富士子さんは自分が行った時には旦那さんを亡くして10年ほどたっていたが、その時より格段に会社を大きくしており、「五黄の寅の女は夫の寿命を縮めたり、出戻る」顕現していた。

このほか、強運の持ち主であるため自分の信念を持っていて、度胸や人望がある一方独善的になりがちであるという。

これらがすべて当てはまる肝っ玉母さん的存在であったが、それゆえに自分とはよく衝突した。

もう亡くなって10年余たつが自分の人生に活を与えてくれた存在でもあり、いまは懐かしく思い出される人でもある。

 

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2022年1月13日 (木)

罰当たり

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村のはずれのお地蔵さんは 

     いつもにこにこ見て御座る

 

石地蔵の頭にとまったジョウビタキ。

泊まり心地が良いのか、何度も止まっているようで頭頂部には白く糞のあとも、、、、

人間なら罰当たりなのだろうが、仏教を信仰していないジョウビタキにはただの見張り台。

地蔵さんも心得て罰なんか当てない。

 

新聞によると豚の心臓を人間に移植したそうだ。

もしこれが成功すれば、ひっ迫している心臓はおろか内臓移植にも発展するかもしれないとのこと。

心臓移植を承諾した患者もだが、すごい時代に入ったものと思う。

 

そのむかし、聞いた話なのでどこまでが本当かは知らないが、当時鉱山の独身寮では賄いのあまりものを主にして豚を飼い、正月前に殺して食卓に供していた。

ところがある寮で、正月まで待てないと豚の尻肉を切って食べたそうだが、豚の方はその痛みがストレスになったようで、正月前には体がやせて肉もまずくなり後悔したとか、、、、

いまなら、動物虐待で大問題になりかねないことだろうが、「まったく罰当たりなことをしたものである」

 

 

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2022年1月10日 (月)

成人の日

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写真は昭和三十四年に映した成人式の集合写真である。

鉱山町の一角、栃洞地区の銀嶺会館というところに集まった二十歳の若者である。

栃洞抗関係で働くものがほとんどで大学生は一人もいない。

数えてみると四十三人であるが、鉱山高校の同級生が何人か欠けているところを見ると、実際に成人式に招待されていたのは持っといたはずである。

すべてが鉱山従業員というわけでもないが、栃洞地区だけで鉱山には同じ年の人間がいたことになり、このほかに鹿間地区、大津山地区、山の村地区などの従業員を合わせると200人近くの従業員を毎年採用するほどの企業であったわけだ。

自分たちは十七歳で鉱山の坑内勤務に入ったため、この時期になると世間並みの給料を稼いでおり、この式場には一張羅の背広を買って臨んだ。

女性もそんな時代だったこともあり、今のようなど派手な衣装はおろか振袖姿のものは一人もいないことがわかる。

 

ライオンやクマなどをはじめ野生の動物社会では、子供がある歳に達すると自分から親離れをするものやライバルとして群れから追い出されることが多い。

その後は自分の力で生活するしかないのだが、このころまでは人間もそうだったのではなかっただろうか。

とにかく親に反抗し自立することが一人前の男と思っていた。

 

ちなみに自分は、最後列左から四番目、(画像をクリックして見て)、、、、いまでは見る影もないけれど、、、、、。

 

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2021年12月28日 (火)

気あらし

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今朝の最低気温 静岡は六度だったそうで全国的に見たら多分沖縄当たりと同じだったのかもしれない。

それでも裏を流れる川からは水蒸気が立っていた。

今では北海道当たりの方言である”気あらし”という言葉の方が有名になってしまったが、気象用語としては”蒸気雲”というそうでこれの大規模なものは日本海でよく見られ、この時上がった蒸気が高い山にぶち当たって雪を降らせると聞いた。

今年は観測史上最大の雪が降ったとテレビは言っていたが、自分たちの子供のころはこんなものではなかった。

昭和三十八年、いわゆる三八豪雪と言われる年の雪は自分も小学校中学校と住んでいた神岡町大津山地区で積雪7m余という記録があり、電線が雪の表面を撫でていたという。

この地区は富山湾から急に盛り上がった飛騨高原の最初の壁になり例年積雪多いところであり、鉱山の社宅を雪廊下というもので繋いでいた場所さえあったくらいである。

その後、雪の量もすくなくなり、岐阜県で冬の国体があった昭和40年代になると、流葉スキー場のジャンプ台に雪がなく、町内会ごとに人を出してバケツリレーで雪を運んだこともあり、その前後から書き入れ時の正月にゲレンデに雪のない年が多くなった。

 

今年は、この寒波を待たず早々に雪が降ったようだが、、、、、じわじわと増え始めたオミクロンでどうなるのやら、、、、

 

 

 

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