2021年1月20日 (水)

大寒小寒

Img_0104 

大寒小寒 山から小僧が降りてきた

  

  岩手の和尚さん寒がりで 

 

すっぽりかぶった白頭巾、、、、、

 

たしか、三橋美智也の歌だったが、軽快なメロディーで今でも時々この時期になると口ずさんでいる。

写真の山は十一月の浅間山だが、静岡から見る富士山は風で吹き飛んでしまったようで薄化粧がいいとこだし、静岡のシンボル竜爪山は標高1,000mを越しているのに先日降ったかどうかよく見ないと分らないくらいにしか白くならなかった。

なにしろ、こちらではこの山に三回雪が降ると春になると言われるくらいたまにしか降らず、その言い伝えも温暖化のせいかこの頃ではよほどのことでないと白くならない。

 

今日は大寒一年一番寒い時期という。

今年は、日本海側の平地が大雪に見舞われて、富山市など何十年ぶりとか言われるほどの積雪を記録したそうだが、平地の雪は根性なしで瞬く間に消えていく。

面白かったのは先日飛騨地方のことをテレビで放送していたが、その内容は屋根雪降しのやりかただった。

自分たちは子供のころから二から五メートル以上の雪が降るのが当たり前の暮らしをしているので屋根雪降しをはじめ雪またじは”お茶の子さいさい”で、斜面に立つ校舎の屋根雪は生徒が下すものだと思っていた。

その高さは、十メートルを優に越していたが、誰もそれを危ないなどと思っていなかった。

今年は、その雪で60人を超える死者が出たと聞くと、、、、どうして?とおもってしまう。

飛騨など雪国では屋根雪が滑り落ちないように軒近くに鉄製のアングルやそのむかしは細丸太を屋根に固定して一気に滑り落ちないようにしたものだが、暖冬続きでそんな知恵もなくなってしまったのだろうか。

 

| | コメント (0)

2021年1月18日 (月)

蒲の穂

Img_2146-2

蒲の穂に夕日が当たって幻想的風景を醸し出していた。

受精を済ませた穂は次第に膨らみ、風に乗せて種をばらまこうと膨らんだ部分が太陽光を透かしているのだが、緩い風に吹かれてゆらゆらとその光を揺らめかせているその風景は見飽きない。

因幡の白兎が大黒様に教えられてガマの穂にくるまったという昔話があるが、こんな時期だったのだろうか、羽毛布団のようにぬくぬくとしそうな綿毛が取れるのだろうか。

 

日本人の八割ほどが今年の夏オリンピックは無理だと思っているようだとテレビは言っていた。(自分はもっと前からそう思っていた)

新型コロナの流行はワクチンが出来てもおさまるとは思えないのを肌で感じているからであろう。

万が一、日本での流行が抑えられたとしても世界のパンデミックは終息しないので新しい型のウイルスで再拡大をしかねない。

先日来、ガースーや森会長をはじめ日本の関係者がオリンピックは止めないと強調し始めたのは”言いだしっぺ”になって責任や非難を受けたくないだけのようで、これはIOCを含めてすべての関係者が共通の認識であるようだ。

「国連が決めてくれ」とか「WHOが言ってくれ」とかいって、自己責任を回避するような声が聞かれるのは、もう無理だろうと誰もが認識しているからに違いない。

ただそれを認めると、言いだした団体にペナルティーという名の違約金が生じる可能性があるからだ。

「せっかく努力している選手が可哀そうだ」というが、モスクワのオリンピックのように政治圧力でボイコットしたことなどがあるように、上の人はそんなこと屁でもないことである。

ただただ、自分たちのメンツとお金(儲けか損か)だけであることを承知しなければならないだろう。

| | コメント (0)

2021年1月10日 (日)

里雪か

Img_0060-2

富山市では積雪が1mにもなる大雪だとテレビは言い、福井県や石川県など各所で雪による渋滞が起きているそうだ。

そこで、ふるさとに電話してみると「雪? 降ってはいるけどそんなに大したことないよ」とのこと、で、例によってライブカメラで確かめてみると普段なら除雪された雪が道の両側に積み重なっているのだがそんな気配はない。

富山県境から10kmほど飛騨に入った飛騨市東茂住でこのくらいである。

そうなると、これは典型的な”里雪”になっているんだなって思う。

雪には里雪と山雪があって日本海で水蒸気が大量にあがると沿岸部で雪が降り、海岸部で水蒸気が上がると山のほうに大量の雪が降る。

自分たちが子供のころ、生まれ育った東茂住やその上の標高800mの大津山では普通で2~3mの積雪があり、一番多く積もったのは7mにもなり電線が雪の表面をなでていたことさえあった。

最近ではこんなに降ることもなくなって、神岡町南部の流葉スキー場では雪不足に悩まされる年が多くなっている。

まだ神岡にいた昭和30年代は雪で冬季は自動車運転がままならないため自動車税が半分ほど免除されていたり、そのあと国道41号線で雪崩にトラックが川へ押し流されたことことさえあった。

そして、スキーがブームになったとき他所の県から雪道になれない車が来てにっちもさっちもいかなくなった時など「こんなとこへ来るんじゃない!!」と言って怒ったこともあった。

ただ、その時の町長曰く「春になると自然に消えていく雪の除雪に莫大な金をかけなくてはならないのが悔しい」  と

むかしを今に戻すわけにはいかないのは百も承知だが、、、、、、

 

| | コメント (2)

2021年1月 9日 (土)

説得力も屁も

Img_0056-3 

”空襲警報発令 チャカチャカチャカ 

    空襲警報発令”(チャカチャカは走る靴の音)

昭和十九年になってからのことだったと思うが、人口わずか六百人ほどの小さな集落をメガホンをもって走り回る斜め向かいのあんちゃん(子供の目には大人に見えた)が走り回って叫んでいた。

ラジオもろくにない時代、きっと誰かの指示を受けて空襲警報を知らせていたに違いないのだが、、、しかし、子供たちはそれが面白かった。

さっそく遊びの中にそれを取り入れて、何回もそう叫びながら走り回ったのを憶えている。

その結果、叱られたかどうかのほうはおぼえていないのだが、昨日朝の新聞見出しに”緊急事態宣言再発令”という見出しを見てを見て、こんな言葉を子供のころ真似したのを思い出した。

 

日本に演説というものが入ったのは明治になってからのことで、聴衆に向かって指導者が直接話しかけるということはそれまでなかったそうだ。

そのこともあってか自己表現のヘタな国民だと言われている。

ただ、どんな話しでも相手の目を見て話さなければ熱意は伝わらない。ということはこの演説という以前の問題である。

関東圏の知事たちの要請、医師会会長など医療現場の声に抵抗しきれず緊急事態再発令しなければならなかったガースーは自分が作ったのか官僚に書かせた文章なのかはわからないが、ほとんど下を見たまま原稿を読み上げていた。

それに比べ、ドイツのメルケル首相や、イギリスのジョンソン首相の演説は格段の違いがある。

ガースーにしてみれば、たぶん何もしないでやっていきたかったのだろうが、対策の後手後手感はこの時もぬぐえず今日の感染者はうなぎのぼりの七千人台、近い将来1万人をを超えること必至である。

「日本人は世界の人と違い強制しなくても、、、、」という観念は自分たちだけはという首相をはじめ、国会議員、知事、市会町村長に各級議員という指導的立場にいる人から崩れさって、信頼感のない言葉遊びになってしまった結果、説得力も屁もなくなっている。

| | コメント (0)

2021年1月 8日 (金)

おバカさんよね

Img_0066-4 

裏の畠の脇にポツンと一株だけからし菜の花が咲いている。

一見菜の花と一緒ののような感じだが、食べてみると名前の由来である辛みが感じられる。

もともとは余所から持ち込まれた野菜でったが種が逃げ出したようで、あちこちの路傍に根を下ろし繁殖している強い草である。

十年ほど前に山菜ブームがあったときには、これらの草も根元から採取され二番 三番芽まで摘み取られていたが所詮人の心は飽きが来るようで最近は大きな株が堂々と道端に生えるようになった。

いずれにしろ、この寒さの中で”春近し”を感じさせる一株である。

 

アメリカの大統領交代劇を見ていると民主主義というものはこんなにももろいものか思ってしまう。

民主主義を売り物にして世界に広めようと武力まで使って推し進めてきた国の大統領が、選挙結果を認めようとしないで、知性のかけらもない人々を煽って様々な妨害を実行している。

そして、昨日はこれらの人を国会になだれ込めさせて死者まで出している。

もしこれらの人が武器をもって入ったとしたら、死者の数もけた違いに出ていたに違いない。

 

あなた馬鹿よね おバカさんよね

 あきらめが あきらめが悪いのよ

一度離れた心は二度と 戻らないよ もとには        

      と 

| | コメント (0)

2021年1月 7日 (木)

七日正月

Img_0054-2_20210107210301 

庭のサザンカの花にメジロが頭を丸ごと突っ込んで蜜を吸っていた。

そばにみかんを二つ割りして枝に押さしているのだが、今日は見向きもしないで蜜が少ないと思われる方をえらんでいる・

今日は七日正月、あさの食事は七草粥に卵焼き、食べ終わったときには少々腹持ちが少ないのかな?と思ったが、、、、いつもほど間食もなしに過ぎた。

メジロはどうだったのだろうか。

 

最近目覚めると身体に異常がないかと気になる。

診療所の入り口には「熱のある人は来ないでください」と大きく赤いマジックで書いてある。

いま風邪をひいても診療所や病院には行きづらい雰囲気がプンプンと臭っている。

なんのための病院かわからないが、自己防衛として汗をかいたりしたらすぐに着かえるなどして、風やインフルエンザ、食中毒などにならないよう今まで以上に気をつけねばならない。

そして、今日も2,500人近くの感染者を出しているという東京もそうだが、静岡でも82人と二番目に多い数字が報道された。

今日の静岡の感染者の特徴は、富士市から東側の地域が非常に多くなて来ていることから、正月に関東圏に行った人と関東圏から近い地域に滲み出してきている傾向が強いのではというコメントがあったが、、、、、やっぱりね!という感じは否めない。

 

とにかく年寄りは  ヤバイ!!ヤバイ!! と声を大ににして若者言葉でいうしかない。

| | コメント (0)

2021年1月 5日 (火)

おせち退治

Img_0043-2 

「どんよりとした空、最高温度はかろうじて13度の寒い一日でした」

大雪で難儀している地方の人が聞いたら「何言うとんね!!」って叱られそうな言葉がテレビのアナウンサーが言っていた。

今日は”小寒” 暦の上では寒さも本格的になってきた時期を表している。

畑に置いているバケツには圧5ミリに満たない氷が張っていた。

 

1月も今日で五日目、いま一生懸命になっているのが”おせち退治”

正月に孫たちが来るのではないかと、例年通りの料理を冷蔵庫一杯に作り置きしていたのだが、この御時勢、誰あれも来なかった。

そのため、毎日毎日せっせと食べに食べている。

昨日までにカニとカズノコ、黒豆を何とか片づけたが、まだ汁粉やナマスをはじめしゃぶしゃぶ用の材料などはほとんど手付かずで残っているそうな。

「こんなことなら、もっと少なめで、、、」って恨み言を言いながら飽きの来た食べ物で三食を過ごしている。

しかし、テレビを見ると雇用を打ち切られ住むところもなくなってしまった人がたくさんいるようだし、コロナで入院し生きるかどうかの瀬戸際で呻吟している人のことを思うと、自分は幸せを通り越して贅沢の極みを尽くしていることになる。

 

我借所造諸悪業 皆由無始貪瞋痴 

従身口意之所生 一切我今皆懺悔 

 

 

 

| | コメント (0)

2021年1月 4日 (月)

宗派戦争?

Img_0032_20210104210501

麻機の沼にも冬鳥が沢山群れるようになってきた。

この時期になると全国の養鶏場では鳥インフルエンザが流行し、一つの養鶏場で何万羽もの鶏を一斉に駆除してしまう。

このインフルエンザの運び役がこれら冬鳥だというが、滅多のことではこの鳥たちが死んでいるのを見たことが無い。

そのわけは、養鶏場の鶏のように密ではないためかもしれないなどと思っているがどうなんだろう??

 

正月になるといつも思うのは、一日に入る分厚い新聞と面白くもないテレビの連続である。

郵便ポストに収まり切れない正月版の新聞は凝ってはいるが読む気になれない記事と写真ばかり、そしてテレビのほうは出演者が喜ぶほど面白くもない娯楽番組が主体である。

そのため、一日から駅伝を延々と見る羽目になってしまう。

そんななか、箱根駅伝もそんなに見る気はないのだが、その理由はさておいて、普段運動には興味のない連れが好きで付き合うことになる。

しかし、今年の駅伝は別な意味で興味を持った。

これはある種、仏教系(?)の宗派戦争ではなかったかと、、、

学会のチームが先頭を走り曹洞宗のチームが迫っては離され、迫っては離されるを繰り返していたが、最後にどんでん返しで曹洞宗が勝利した。ということ、、、

ちなみに青山学院大学はキリスト系だとのこと、そうなると往路は学会。復路はキリスト教、総合は仏教とうまく分け合ったということになるんだが、こんな戦争ならどんだけしても   ねぇ~

 

 

| | コメント (0)

2021年1月 1日 (金)

一陽来復を念じ

Img_0016-2_20210101210601

余が白々と明け染めた街を通り毎年のようにご来光を仰ぐ場所に急ぐ。

風が幾分吹いているため体感温度はかなり低く感じられるが、その冷たさが気分をすっきりとさせてくれる。

階段を上り集合場所についたのは朝日が昇る15分ほど前であったが誰も来ていない。

一時は10数人が集まっていた場所であったが年を経るごとに次第に数を減らし、最近では常連さんの3~4人にまで減っていたのだが、今年はそれぞれに来にくくなった事情があって予想はしていたのだが、、、

結局は自分一人がみんなを代表して東のかた、谷津山、日本平とその向こうの海を隔てた伊豆半島にかかる雲の上から差し込むご来光を待つことになったが、これも”密を避けよ”というご時世のせいだけならよいのだが、、、、。

水筒にはお湯割りのウイスキーがあり、寒さしのぎに蓋代わりのコップに注ぎくちをならす。

しかし、あんなに集まってわいわいと迎えたものが一人ではわびしい、、、、

そうこうするうちに左手に見えるうす雲をまとった富士山が朱色に染まり「長らくお待たせしました」とばかりに雲を染めていた太陽が顔を出した。

最近では朝の散歩もやめていただけに、久しぶりの朝日にはおもわずてをあわせてしまった。

 

”一陽来復” 気兼ねなく人と会える年になってほしいものだ。  と

| | コメント (0)

2020年12月31日 (木)

今年も終わった

Img_0040-3 

い家の裏にあたる山の端に十六夜の月が沈もうとしていた。

立っている木が対象になるので見ていてもわかるくらいの速さで月が沈んでいくのだが、逆の見方をすれば地球の回転がそのはやであることをさしている。

機械のようにガクガクッとした振動もなく静かに動いているさまは脅威に値することなのだが、水が無くなったり健康を害して分かるように普段が当たり前ってことに一つになる。

 

今年も今日でお終いである。

ふるさと風に言うと大みそかにブリを食べると数え年で一つ歳を取ることになるのだが、その伝で行くと数え年八十三歳ということになり父親の歳を十七歳多く生きたことになり、寿命が短いと言われた鉱山の坑内で削岩機を握り発破の粉塵の中で生きた身にとって長生きしたもんだと思っている。

そんななか、なぜこの日が一年の終わりであるかわからないが、自分なりに振り返ってみた場合もう長くはない人生の中であまり良いことのなかった年として記憶されることであろう。

 

昨日株式市場はバブル以来の高値で終わったと言っていた。

実体経済は新型コロナの打撃で失業者が10万人ほどになるほど被害を受けているのに株価だけは上昇するというバカげた反応を示しているのは、政府が日銀に買い支えをしているためだと言い、この現象は20年ほど前のバブル同様いつはじけてもおかしくない状況だと言えよう。

その場しのぎの対策しかできない政府にとって、失われたうん十年を回復しないまま、再び再現しかねないのだが、、、、、、、、

 

| | コメント (0)

より以前の記事一覧