2018年5月25日 (金)

白い睡蓮

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睡蓮の花が水辺に浮かび風に揺らされている。

赤い花はともかく、白い花はただ寂しげに見えるのは、気持ちが重なっているからであろうか。

この花、夜になって閉じるため再び花が開くのが遅く、未草とも呼ばれるのは、昔の時刻表示で午後になってようやく開くと言う意味があるそうだ。

実際にはそんなに遅くないのだが朝寝坊な花である。

ともあれ、三度開くとお仕舞いというから、まさに”花の命は短くて”といったところである。

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最近の話題はアメフトのルール違反から発した日大の対応をテレビ各社が袋叩きにしているが、一人で記者会見をしたアメフト部員に対してあまりにもお粗末な対応しかできない指導者と言われるおとなの会見。

自分の身を守ることだけに汲々しているさまは見苦しいが、これは長年にわたって実につけた知恵であろう。

今日も学長と言う人が出てきたが、見ていて何のために出て来たのか判らなかった、、、理事長と言われる人も別にいるらしいが、この人が出れば、服装と言い態度と言い世間ばなれをしているので、さらに一悶着起きること請け合いの御仁のようだ。

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2018年5月23日 (水)

Grai Skies

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杉苔の胞子がまるで気球のように空に向かって伸びている。

といっても地面から立ち上がることも無い苔なので、せいぜいが5cmもあれば高いほうである。

”一寸の虫にも五分の魂”と気張っていても、何時まで経ってもうだつの上がらない自分らの人生に重ね合わせて、、、、

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今日は空のように気持ちが GRAY SKIESである。

若いころの友達と言うか戦友みたいだった渡邉章さんが亡くなった。と言う知らせが入った。

彼と一番初めに会ったのは、中学でて高校通学のために入った美山寮という寮のそばのグラウンドで、親元を離れたばかりの自分に声をかけてくれた近所の社宅に住んでいた一級年上の仲間の一人だった。

以来二十三年間、鉱山で働いている間、労働組合の書記に就職した彼とはつかず離れずながら付き合いが続いた。

皮肉屋で毒舌家ではあった彼の言葉は時には耳が痛くなるようなときもあったが、組合運動や社会党などを通じて何かと接触があり、鉱山を離れてからも年賀状の付き合いは続いた。

最後に会ったのは十年前自分の先祖が代々住んでいた笈破のまつりである。

その後、一度ゆっくりと話したいということもあって、昨年夏に訪れてみたが留守だった。

そして、今年の年賀状には昨年ガンの手術をし、いま全身にまわったガンの抗がん剤の副作用に苦しんでいると言うのが最後になってしまった。

多分自分が訪れたときに入院でもしていたのだろうか、と思うと残念である。

しかし、なぜこの歳になって全身に転移した時点で手術をしたのだろうか、すこしでも良くなるとか、寿命が延びるとかを期待したのだろうか、、、、、

この歳になれば手術が身体に大きな負担になると思うし、抗がん剤の苦しみは大変だったと思う。

年賀状の最後に子供たちが世話してくれた北海道旅行の写真が切なく見える。

次から次へと訃報が届き、知り合い友達が減っていく。

いずれ行く道であるが、、、、、、、、、、

先立った人に月並みに”冥福を祈る”と言う言葉しかない。

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2018年5月20日 (日)

蚊には効果なし

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ドラキュラのモデルになった城

Img_0019朝テレビを見ていたらルーマニアを歩く番組をやっていた。

その中に吸血鬼ドラキュラ伯爵のモデルになった城と肖像画が出てきた。

吸血鬼と言えば、西洋ではにんにくと十字架が嫌いで、にんにくの首飾りと十字架をかざして悪魔祓いをするシーンを何度か映画などで見て来た。

悪魔祓いに十字架は判るが、にんにくはどうしてなのかと疑問を持っていたが、にんにくの殺菌作用とともに臭いを嫌うと言う意味もあったのかもしれないそうだ。

西洋に限らず日本でもやっとこの間まで、にんにくの臭いは一般家庭では嫌われてきた。

ただ、肉料理には不可欠なもので、肉を良く食べるようになってきてからずいぶんとにんにくの地位もあがり、すこしくらいの残り香は苦にされないようになってきた。

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いま、わが家はドラキュラから完全に守られている。
いわゆる、ドラキュラバスターってとこなんだろうな。

畑に植えていたにんにくの葉っぱが枯れて、採り入れ時になってきたため掘り起こして、軒下に吊るしているからである。

その数、六十個あまり、これだけあれば十字架は無いが、ちとやそっとのことで吸血鬼もばい菌も入ってこれまいといった感じである。

しかし、それだけ対策しているのに同じ吸血鬼である蚊には効果が無いようでにんにく干し中に今年初めてさされてしまった。

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さて、これだけの量が乾くとどう始末するかだが、さしづめしょうゆ漬け、焼きにんにくと、、、、、、、、それから、どうしよう。、

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2018年5月19日 (土)

柳に燕は

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早くも夏を思わせる蒸し暑い一日になってしまった。

池のほとりに立つ柳の木の下で涼もうかと近寄って行く道すがら不意に”胸の振り子”という大昔の歌がよぎってきた。

霧島昇のなんとも甘い歌声は子供のころ聞いたものだったが、いま思い出してもあのころの歌手の歌声は格調の高さを偲ばせてくれる。

”柳に燕は あなたと私 胸の振り子が鳴る鳴る 朝から今日も、、、”って、いま考えても自分の親父世代の人たちが書いた歌とは思えないほどロマンチックである。

そんな世代が、どうしてあんな馬鹿げた戦争に国民を導いていったのか、なんだか明治から大正の時代に生まれた人たちのなかに、馬車馬のように目隠しをされて周りを見る余裕の無い硬派の人と、軟派な人の両極端な考えを持つ人たちがいて、硬派勇ましい風潮に世間一般が引きづられていたのではないだろうか。

ともあれ、土用の丑にはまだ間があったのだが、娘から電話があって「あなごや本店」に席を予約したからうなぎをご馳走するよって、、、、、、

暑さを予感して茹だっていたじいじは、否応も無く恵比須顔の二つ返事で出かけることにした。

静岡の名だたるうなぎ店の老舗で、坂東太郎と名付けたうなぎをいただく、やわかくて、たれも薄味でうなぎそのものを引き立てたうな重、 久しぶりの美味であり、いくつまで生きるのかわからないが、寿命が三年延びた思いである。

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2018年5月16日 (水)

無駄?な花

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遠目には木の先端をうす紫に染めるほど密集して花を咲かせているセンダンの木。

花びらは十字の四弁花で中央が飛びだしている。

秋遅くまで白い実をつけているが、種が大きくて実が少ないのか、食べる鳥もいないようで、冬になると地面に落ちている。

そして、その実を食べる動物もまたいないようでいつまでもいつまでも転がったままである。

その実の発芽は稀なようで、センダンの木が何本も立ち並んでいる見たことが無い。

なんとも無駄な花なのであろうか。

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今アメフトのラフプレイというか、傷害事件といってもいいほどの後ろから関係の無い選手に後ろからタックルをして怪我をさせている画像が繰り返し流されている

「我々選手一同はスポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々と戦います」というのは高校野球ばかりでなく選手宣誓にのときか有らずといっていいほど使われる言葉である。

スポーツというものは、、、って改めて言うほどのものではないが、ルールを決めそのルールに従って競技をしないと大怪我の元になる。

しかし、勝ちにこだわるあまりそのルールを自分の都合で逸脱したり、筋肉増強剤を使用したりしては元も子もない。

この騒動で、日大の監督は「自分に責任がある」と言ったとか言わなかったとか、、、とにかく、雲隠れして姿を見せないそうだ。

選手層の厚いチームに有っては監督のご意向は絶大なものがあり、その意向次第では選手として出場できるかできないかとなると、言うことを聞かざるを得ない。

これは、日大ばかりでなく先のレスリングで伊調選手がこうむったパワハラやその前に起きた柔道界の出来事に通用するものがある。

まるで、政府の不祥事の際、「任命責任は自分にある」と言いながら、その責任を取ろうともしないのを見習っているようだ。

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2018年5月13日 (日)

水玉を膨らまかせて

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天気予報よりも早く雨雲が近づいてきたようで、十時過ぎから雨模様となり、いつもの暇人集会を解散して家に向かった。

庭先の南天はまだ蕾のままだが、粉糠雨を受けて水玉をあちこちに膨らませていた。

水玉はその向こうの景色をさかさまに映し出しているが、なんだかうつつの世界のような雰囲気を醸しだしていた。

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テレビによると、トランプ大統領は北朝鮮との首脳会議を前にして舞い上がってしまっているようだ。

たぶん、今までの歴代大統領がなしえなかったことが出来そうだということのみにであろう。

しかし、今まで何度も騙され続けられてきたかの国に、再び騙されるとは感じていないのだろうか。

かの国だって、自分の都合だけで長年にわたって築き上げてきた世界基準や同盟国との交渉を反古にしてしまう大統領との交渉に全幅の信頼を寄せているとは思えないからである。

そこには、従来の外交で培われた”狐と狸の化かしあい”などという高等な戦略でなくその場その場の思いつきや、一部支持者受けをする成果を誇示するための外交でしかない、と見ているのだが、、、、、、。

いずれにしろ、シンガポールでの会談はその後の世界情勢を変えるとは思えない。

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2018年5月 9日 (水)

酔っ払いのたわごと

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Img_0020池のほとりの黄菖蒲は今日みたいな曇り空には映える。

黄菖蒲は虹の花といわれるほど花の色が沢山ある花菖蒲の中のひとつであるが、なんとなく青から紫系がおおいなかで、一線を画して別種のように扱われている。

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きのう、午後になって雨のため身の置き所が無くなった、と、近所にすむ知り合いが連休中に行ってきた栃木土産を持って尋ねてきた。

そんじゃあ、家にある酒の肴にしてと酒を酌み交わすことにした。

飲み始めると、最近に無く酒量がすすみ、どうでもいい話しで盛り上がったが、その中で、おばさん批判が吹き出る吹き出る、、、、、

運転ルールの欠如、外食でのマナーやトイレ問題まで、、、、

”赤信号 みんなで渡れば怖くない”と言う標語があったが、この人栃木からの帰り、サービスエリアのトイレ入ろうとしたら、おばさん連中がどやどやと入り込んでいて男性用トイレの前で列を作っていたそうで、はじめはトイレを間違えたのかと一瞬考えてしまったそうだ。

そのとき、大をしたかったのだが、おばさんの後ろに並ぶのがはばれて戻ってしまったとのこと、、、

「これってセクハラじゃねえ???」っていう。

「そうだね~、男が間違えて女性トイレに入れば大騒ぎになり、下手すると逮捕されかねないんだけど、女性の場合は許されるんだよな、、、」

「そういえば、むかし風呂の番台におじさんが座っていることがあって両方の着替えを見ることができたんだけど、、、」

「風呂の番台どころではないよ、三助という人は平気で女風呂に入れたそうだよ」

「いまじゃ女性用トイレでも男性が掃除に入れないんだろ?」「そうなんだろうね」

そして、八時過ぎになって右に左にと道路を大きく利用しながら帰っていった。

おりしも、九時からのニュースで麻生大臣が「セクハラ罪ってものはないんだ」っていう発言が物議をかもしている。といっていたけれど、逆セクハラも含めて法律を作ったらいいんじゃないかって、、、、、、、、、、

朧とした考えが頭をよぎった。

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2018年5月 5日 (土)

空飛ぶ鯉はいない

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今日は端午の節句、空はすっきりと晴れ上がり心地よい風が吹き渡る。

古来子供の日には、勇ましい人形飾りや鯉のぼりが、、、、、のはずだが。

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自分たちが子供のころ、兄弟が平均5人はいたと思う。

戦争中は男を戦地に送るため埋めよ増やせよと言う号令の下、十人以上の兄弟を持つ家さえあった。

そのため、小さな集落でも賑やかな子供の声がそこかしこで聞こえていたものだった。,

今日の新聞によると、日本ではこの三十七年間子供数が減り続けているそうで、最近では一年あたり百万人を切るほどにまでさがり、十四歳以下の子供は人口の12、3%しか居ないとのこと、、、。

自分が住んでいる町内は二十軒になるが子供と言えば小学生が一人居るだけ、あとは爺婆の二人っきりの所帯が半分となり静かなことこの上も無い。

したがって、鯉のぼりは目の届く限り見ることができない。

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せっかくの祝日、心から祝ってあげたいが、自分の周りには、、、、居ない。

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2018年5月 1日 (火)

MAYDAY

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この花、松葉雲蘭という。

名前の様子や花からは外来種には見えないが、日本に入ってきたのは1941年と言うから戦争中?らしい。ただ自分がこの花を意識したのは十年~十五年くらい前でしかない。

しかし、そのあとはあちこちで見かけるようになり今では雑草扱い、、、、さすがに外来種の底力と感心している。

細い茎の先に小さな青紫色の花をいくつもつけて風に揺られているさまは、将来ネモフィラなどを負かすかもしれない、、、、てなこたぁは無いだろうが集団で咲くさまはきれいである。

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#晴れた五月の青空を 歌声高く響かせて、、、、、、

五月一日、この歌を歌いながらデモ行進したのは今から六十年ほどむかしのこと。

当時労働運動は、むかし陸軍いま総評と言われたくらい高揚していた時期であり、戦後の回復期とともに将来が明るく見えた時代でもあった。

もっとも、デモ行進に参加した大きな理由のひとつは解散したあと、職場ごとに分かれて”山行き”と称する飲み会であり、心地よい春風の吹く中、賃上げなどを中心とする春闘や鉱山四柱神社の祭礼などの余韻を覚ます目的もあったと思っている。

そういえば、当時天皇制には比較的批判もあり、祝日にもかかわらずこの日を休まないで、メーデーを休みにしていたくらいで、郵政や林野などの組合が休んで参加していたことを不思議に思っていたくらいだった。

ともあれ、鉱山を退職した昭和五十三年を持ってメーデーに参加することが無くなったが、先年、駿府公園で見たメーデーは哀れの一言であった。

そして、賃上げさえ自力で出来なくなった連合が主催する早めのメーデーは、、、、、、MAYDAYではない

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2018年4月27日 (金)

香りが感じられない

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ムスカリの濃青。

小さな鈴をを密集させて。

ムスカリの名前の由来は麝香のような香りがするところからというが、自分の鼻には届かない。

ただ、草むらに他の草と共存しているさまが和やかでこころ和ませる。

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先月十三日に受けた内蔵のCTの結果を聞きにかかりつけ医に行った。

「どこか異常があったらすぐに知らせて欲しい」と言っておいたのだが、今日まで何の連絡も来なかったのでたいした事はない。とは思っていたが、、、、、それでも、と。

二年ぶりのCT、内臓は悪くならないと悲鳴を上げないそうなので、一抹不安はないといえばウソになる。

結果としては、前回同様肝臓 腎臓、すい臓、脾臓などに異常が認められないとのことであり、「八十近い身体にしては良好です」と太鼓判。

健康平均寿命は男性の場合七十二歳とか、、、、

まあ、最近では急激な運動をすれば息切れをし、足腰の弱さを自覚するまでになったが、この歳にしてワラビやタラの芽などの山菜取りや畑仕事、竹の子掘りなどが出来るのは幸せの極致なのだが、空気や水同様健康なうちは判らない。

とにかく、まいあさ仏壇の前でわずかばかりのお経を口ずさんで仏様への感謝のしるしとこじつけている。

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