2018年11月16日 (金)

美しい花には

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木陰の下でひっそりと咲く濃い紫の花。

その形が舞楽でかぶる兜に似ているところからトリカブトと名付けられた。

花の姿かたちから美人にもたとえられるが、その実、全草猛毒があるといわれ、古来鏃に根からとった液を塗って狩に使ったり、殺人のために使われたりで有名になった。

美しい花には毒がある。の代表的な草である。とにかくこの花は見るだけで手を出さないことが肝要である。

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2018年11月15日 (木)

おしゃれ

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十一月は七五三のお祝いで、以前より数は減っていると思うが、各地の神社では三三五五両親やおばあちゃんを従えて着飾った子供で賑わっている。

子供たちは普段着でない衣装を着せられて始めははしゃいでいるが、そのうち窮屈な着物姿に疲れてぐったりし始める。

それを騙すため貰った菓子を其処此処場所をかまわず座り込んで、、、、、、、

なにしろ、ハロゥインの延長で晴れ着の意識がないから、、、、、、、、

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家の裏にある貸し農園の畠は、保育園に隣接している。

三日にあげず立ち寄って手入れをしていると、境に金網に子供たちが来て、いろいろと話しかけてくる。「おじさん なにしてるの?」ってのが一番多い。

返事はほとんどが「遊んでいるの」って言うことにしているが、中にはませた子もいて「仕事じゃないの?」ってかぶせてくるので、「楽しみにやっているから遊んでいるんだよ」っていう。

そして、時には「おじさんの頭どうして白いの」っていわれたこともあったので、すこし考えてから「おしゃれだよ、髪の毛の茶色い母さんもいるでしょ。あれと一緒」と答えた。

もし自分が禿げて光っていたら子供はなんて聞いてきたんだろうか、、、、

保育園の子供相手にむきになって返事するんだろうか、、、、、

いろいろな頭を個性だといっても分からんだろうけんど。

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2018年11月12日 (月)

ちぐはぐ

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なんともちぐはぐな景色。

葉を落とし真っ赤な実を見せびらかしている柿の木の下で、ひまわりが大輪の花を咲かせている。

季節は冬に入っているのだが、ひまわりの夏なのか、柿の秋なのかはっきりしなよって言いたくなる。

久しぶりに行った有東木の標高は600m、平地より寒いはずなんだけれど、、、、、

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安倍第三次内閣は仕事師内閣だと首相本人は言ったが印象に残る仕事はオーム死刑囚の一掃くらいしか記憶にない。

そして、先日組閣した第四次内閣は全員野球内閣だというが、マスコミからは”期待組み一掃内閣”で本来なら資質の無い人を拾い上げた内閣だといっていた。

なにしろ、二十人の大臣のうち十二人が初入閣だというと、どうも後者の言うのが間違っていないのかなという気がしていた。

実際、国会が開かれてみると自分の身の回りの火の粉を払うのが精一杯の片山大臣、官僚から教えてもらわないと何も応対できないオリンピック担当大臣、出した法案の中身が分からない法務大臣等々で審議は進まない。

このほかの大臣はまだこの三人の影に隠れて槍玉に上がっていないが、いずれボロの出そうな人が出てきそう、、、、

首相自体はこの辺のことをどう考えてているのだろうか。

もうやる気がなくてどうにでもして、というのなら潔く辞めてもらいたいのだが、、、

夏のひまわりと秋の柿が実るように、ちぐはぐは国会には必要ないのだが。

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2018年11月 8日 (木)

年金ジジイ

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山茶花はもともと”サンチャカ”といっていたというのを聞いた。

椿の仲間のなかに、お茶が入るのは花の形を見ても分かるように、山に生えているお茶の花という意味だとするとよくわかる。

そのサンチャカがサンサカになり、サザンカと変化して行ったそうで、将棋の雪隠詰めがセッチン詰めから今ではセンチ詰めと将棋界でも言われるようになったとか、、、

時代が進むにつれ、間違い言葉が字句を飛び越して正規になってしまうのはほかにもあることだが、花にとってはどうでも良いことなのだろう。

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「はいはい、私がその年金ジジイです。若い人にたかって暮らしているんです。年々低くなっていく年金支給額に先行きの不安で気持ちが荒れ、のんべんだらりとしか見えない仕事をしているお役所が賃上げで収入が増えていくのを見ると腹が立って役所の窓口で怒鳴るんです!」

「年金を納めている世代の不安もわかるんです。しかし、われわれがこんなに長生きすることも、少子化で若い人が減っていくのもこの年金制度が出来たころは分からなかったのです。つまり、想定外ということでしょう」

アベノミクスでは大企業が儲かれば、従業員の給料が増え、その給料が一般を潤し世の中の景気が良くなっていくということだったのだが、、、、、、

なかなかそのとおりにはならず、富の分配が偏ってきた結果、貧富の差がますます大きくなっただけであり、おまけに弱者いじめの消費税が増えるとなると、ますます社会は隔たりが大きくなっていく。

そして、これが世界的傾向だとなると、年金ジジイばっかりでなく、国民の過半数が怒鳴り始めるのだと思うんだが、、、、、、そうなると恐いよ~

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2018年11月 5日 (月)

何もできない秋

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”読書の秋”は根気がなくて本を最後まで読めなくなった。

”スポーツの秋”は身体が老化現象を起こし、すぐ息切れをするためダメ。

”芸術の秋”何とか見ることが出来るがセンスが無い。

”音楽の秋”鼻歌くらいなら何とかなるが、カラオケは何時行ったのか覚えない。

”食欲の秋”は胃袋がすぐ満杯になる。

”行楽の秋”は人ごみが嫌でなかなか腰が上がらない。

秋と書いて”とき”と読ませることもあるが、以上の理由で何もしないまま秋は過ぎて行く。

ただ、何か仕残したことがあるような気がして、、、、、、師走でもないのに何か気ぜわしいだけで、何もすることが無い。

上の写真は先日鳥取に行った際、砂の美術館内で見た音符の付いた彫像のひとつ、誰をモデルにしたのかそばの説明版を見なかったので分からないが、砂と水だけで造り上げたものだそうだ。

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2018年10月30日 (火)

文化遺産みたいに

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やっとこの間まで暑い暑いの連発であったがそれが懐かしく感じることさえある昨今である。

田んぼの稲も急速に稔らせて、はや稲刈をしてしまったのがほとんどになってしまった。

以前なら、大勢の人が田んぼに入って稲刈りをし、稲架にかけて、脱穀まで田んぼの中でしたため、しばらくこの流れの仕事を眺めることが出来たが、最近ではコンバインとやらであっという間に田んぼは切り株と細切れの稲が横たわってお終いになる。

稲刈りからあとの始末はその地方ごとに違いがあり、面白いものだったが、今では建物同様全国一様になって特徴がなくなってしまった。

そうした中で時たま夕日を浴びて藁ボッチを見たが、こんな風景もあとわずかなのであろうか。

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先日、市役所からの手紙を貰って耐震検査をしてもらった。

なにしろ、建築基準法が大きく変わった昭和56年以前の建物、ということで手紙が来たのだが、我が家はその11年前の建物なので、およそ五十年も経っていることになる。

官公庁の建物や道路橋などもこのくらい立つと老朽化が激しいと立て直すようだが、文化財でもないわが家も老朽化がいたるところに出ていることは言うまでも無い。

そんな建物だから良い結果が出るはずがないと思っていたら、市から委託を受けた一級建築士が見に来て、現在の建物を1とすると、その半分の0,5という数字が出た。

原因としては地盤が軟弱であること、屋根瓦なので重いということが大きな原因であり、震度六以上では危ういとのことであった。

そして、建築したあと建て増した部分に鉄骨が含まれるということで、耐震工事に市の補助は受けられないということだった。

つまり、地震が来たら倒壊した建物の下敷きになって死ねということらしい。

そのあと、慰めのようにこれは、今現在もっとも基準おたか建物に対してのはんだんであり、土台も鉄筋が入っていないが変形はないし、、、、、などとくどくどといって帰ったが、静岡県が進めるTOUKAI ゼロも掛け声だけなんだろうな。

自分らは前から言っていたように「地震で家がつぶれ、運よく助かったら家はそのままほったらかして長野にでも逃げていこう」

つぶれた家は文化遺産みたいに手をつけさせないで朽ちるまで、、、、

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2018年10月28日 (日)

忘年会?

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稲刈りの終わった田んぼにサギの仲間が集まっていた。コサギとチュウサギ、それにアマサギが入り混じって落穂でも拾っているかのようだ。

コサギとチュウサギは留鳥なので引き続きこの近くにいるのだろうが、アマサギは海を渡って避寒の旅に出ることになる。

なんだか見ていると別れの挨拶というか、忘年会でもしているように見えて仕方がない。

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さやけき空に架かる居待月はすこし欠けているとはいえ夏空の満月に匹敵するほどの明るさがあり、夜空の星星を隠している。

日本人は月の満ち欠けに敏感であったようで、新月から満月を経て次の新月になるまでさまざまな名前をつけて親しんできたが、満月から二日経た昨日は立待月といい、今日は居待月、明日は寝待月という。

つまり、月の出る時間が遅くなることから、立って待ち、座って待ち果ては寝て待つという順序になる。

そういえば、月の明るさのせいばかりでないが、夜空にかかる天の川を見なくなって何年たつのだろうか。

子供のころは、夜空を横断して淡い光の帯が見えたと思っている、、、いや、見えた!。

ヨーロッパではミルキーウエイというそうだが、40年余り前アンデスの山中で見たのが最後かもしれない。

そのくらい前のことで、長野でも見たことが無いということは、日本中何処でも同じかもしれない。

同じように、むかしともに働いた地上の星たちも次第に見えなくなった昨今,秋の寂しさは年毎に骨身に沁みるような気がする

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2018年10月26日 (金)

どうぞ

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「鳥さんたちどうぞ召し上がれ」と言わんばかりのクサギの実。

赤い苞を開いて、中の濃い青の実は完全に熟しきって美味しさを強調している。

若い葉っぱは虫の害を免れるために独特の臭みを漂わせているが、花と実はその虫や鳥を誘うため芳香を漂わせている。

なんだか、虫のいい話しに見えてくる。

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先日来マスコミを賑わわせているサウジアラビアのトルコ領事館での殺人事件。

本来自国民を守らなければならない公館で自国民を殺害するという異常事態が発生したようだ。

ロシアや中国などの大国も政権批判には殺害を持って口をつぐまさせるようだが、この事件の不思議さは、トルコによって完全といえるほどあけすけにされていることである。

トルコ自身もかなりの強権国花であるが、この事件を小出しに出しながら世界の反応を自分のところに有利になるように筋書きを書いている。

そこには、殺された人を哀悼する気持ちとか、報道の自由に対する配慮など一かけらも見えないことからも分かる。

”人の命は地球よりも重い”という迷言を言うつもりは無いが、もてあそぶのは如何なものか、、、、、、と

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2018年10月24日 (水)

本当に大丈夫?

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今年も山路のホトトギスが咲く季節になってきた。

この花は、かなり前に牧の原で自生していたものを移植したのだが、かなり丈夫な花で、その後長い間ほったらかしにしていても、絶えることなく毎年律儀に鼻を咲かせて居てくれる。

この花の名前の由来は、鳥の杜鵑の胸の模様に似た斑点を花びらに散らすことから名付けられたそうだが、そんなに似ているのかな?ってところが正直な感想である。

ホトトギスの仲間はいろいろとあるが、日本とその近辺のわずかな国にしかないと聞くと、なんだかありがたい花に見えてくるから不思議である。 

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台湾で、日本製の列車が高速で駅の構内を通過しようとしたとき、カーブを曲がりきれず脱線し、死者18名、負傷者を多数出してしまった。

原因は、運転手にあると報じられているが、ブレーキに不具合があったとような運転手の話などや最近日本で起きている一連のの不祥事を見ると、鉄道部門でも何か手抜きとかデーター改ざんなど不具合があったのではないかと気になってしまう。 

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2018年10月21日 (日)

物忘れ

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庭の片隅に茗荷を植えたのは何時のころだったか、、、、

今日見たら、ぽつんとひとつ狂い咲きの花を咲かせていた。

白いレースのように透き通った花びらを見なければ気がつかなかった。

親というか葉のほうは先日寒さがはいてから全て枯れ果てていたのに、、、、、

茗荷はわが家の家紋である。落語の”茗荷宿”でも知られるように、あまり食べ過ぎると物忘れをするという迷信があったが、香りといい、食べたときの歯切れの良いさくさく感といい、自分の好きな食べ物である。

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「沢田研二さん、あんたは偉いっ!」

7000人もお客が集まったのに満杯ではないと、公演の一時間前に中止にしてしまった。

「お客様は神さまです」といった歌手もいる中で、7,000人のお客様と公演関係者と準備費用を一切チャラにしてしまった度胸は大したもんだ?。

いや、案外振り上げた拳を下ろすタイミングが無くなって、”勝手にしやがれ”と居直るしかなかったのかもしれない。

とにかく誰かが”格好をつけさせてくれ”るのを待っていたのだろう。

あとは、世間に沢山茗荷を食べさせて”時の過ぎ行くままにこの身を任せ”と行くしかない、、、、、と。

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