2020年8月 3日 (月)

照ノ富士

Img_3966 

ひとっころは食べきれないほど採れたキュウリも最近では葉っぱも茶色くなってみすぼらしくなってきた。

キュウリの数も減って、曲がりくねって先端に水分が降りないのか細いままのものが多くなった。

それでも、朝日を浴びると最後のひと踏ん張りとばかり棘を光らせている。

 

大相撲は今回も幕尻力士が優勝するなどの大波乱があった。

大相撲が始まるとBSの1チャンネルで午後一時から中継が入るが、その時間にはすでに三段目上位の取り組みになっており、一時は序二段まで陥落した転落した照ノ富士が見られるようになったのは幕下にカンバックした去年の今頃で幕下の再開ではなかったろうか。

テレビに再登場したころの照ノ富士はまだ古傷を背負って完ぺきではないように見え、元幕内力士や一癖も二癖もある古豪の幕下力士を相手にしたときは確か6勝1敗だったものの完全ではないようにみえた。

それが幕下3場所ほどの間に力を取り戻して十両に昇進してしまった。

十両の取り組み時間はほかのことをしているのであまり見ず、知らなかったが近場所は幕尻ながら幕の内力士になっていた。

幕内では勝ち越しがせいぜいかと思っていたら、番数勝ち進み、今場所最高位の力士らを蹴散らして優勝!!!

見上げたもんだよ 屋根屋のふんどし 見下げて掘らせる 井戸屋のゴケさん、、、、、

| | コメント (2)

2020年7月30日 (木)

西高東低になった

P7280639

赤いカンナの花が水路の堆積土で毎年のように花開いている。

寒冷地では球根を掘り上げて冬越しさせるが、霜さえめったに降りない静岡では、ほったらかしの上年に何度も冠水する土でしぶとく生きている。

この鮮やかな色合いは遠くからでも目立つのだが、花びらが大きすぎるのか蕊の存在が目立たないうえ蝶や蜂の類も集っているのを見たことがない。

どちらかというと派手だが結婚できない(しない)人を見るようで、、、、、、

痛ましい思いで見ているのは    う~ん

 

浜松で生活している孫娘が五月の連休に立ち寄ったとき、「コロナに気をつけなよ」て言ったら、「じいじ 静岡の方がよっぽど危ないよ}という返事が返ってきた。

六月に入っても静岡県では首都圏経由の発症者が多く、熱海でクラスターが出たりして静岡市と熱海 御殿場などが多かった。

ところが、七月になると浜松の二つの店から大量に感染者が出て一気に様相が変わってきた。

まさに冬の気象条件のように西高東低である。

この二つの店に保菌者がどこから持ち込んだのか不明だそうだが、この一週間で倍増をはるかに超えて250人ちかくになってしまった。

今回重傷者は少ないようだが、感染能力は極端に強く70人を超える人が一つの店をもとに陽性となり、この人たちの家族に広がる恐れが出ている。

このほかにも、どこでうつったかわからない人が増えてきているそうだから、じわじわと包囲網が狭まってきており、昨今の梅雨空のように憂鬱な気分になる。

まえには、夏になればウイルスも死滅まではいかなくても減少すると言っていたがそれは希望的観測でしかなかったようで、これからの蒸し暑い気候の中うかつに外へ出かけられなくなりそうだ。

とにかく、予防薬 治療薬の開発まで我慢できるのか、、、、、罹ったら仕様がないとは思いつつも後遺症がないようにと、、、、、、、

| | コメント (0)

2020年7月29日 (水)

最上川

P7290644-3

五月雨を あつめてはやし 最上川

 

今日は旧暦の六月九日なので芭蕉が最上川を舟下りしたときよりは少し下っているが、この句がそのままあてはまる最上川の増水がテレビで映し出されていた。

降雨量は300㎜に満たないのにこのありさまということは、流域面積がよほど大きかったのだろう。

八年前になるが自分がこの地を訪れて最上川下りのこたつ船に乗ったときには、ゆったりと流れる川下りで、天竜下りや保津川下りなどに比べるとそんなに急だという認識がなかった。

しかし、この川 先日被害が出た球磨川と富士川を合わせて日本三急流だというそうだ。

今年はそのうち日本の川で洪水が起きたが、富士川にはそんなところがあるのだろうか、、、、、

”二度あることは三度ある”のでんを借りれば、気をつけねばなるまい

それにしても、大荒れに荒れてはいるものの人的被害はないようで良かった。

 

| | コメント (0)

2020年7月28日 (火)

先が見えない

Img_0003-2_20200728210401 

昨日の天気予報では静岡市の降水確率は一日中80%ほどだったが、予想に反して青空と薄い雲がかかっただけで雨は一滴も降らなかった。

蒸し暑い日中を汗だくですごしていると梅雨も明けたかと思ってしまったが、まだまだだという。

どうにも先が見えないことおびだたしい。

大型コンピューターの導入で天気予報確率は格段に上がったそうだが、線状降水帯などを含めてまだまだ自然に対する人間の知恵は未熟の段階を抜け切れていない。

国道1号沿いの水路から見る夕焼けはひさしぶりの景色であった。

 

京のテレビを見ていたら、またもや評判の悪かった通称アベノマスクを八千万枚も注文して施設などに配るそうで、そのためまた多額のムダ金が使われるそうだ。

世間の人が一様に首をかしげるゴートゥートラブルを強行したりなんだかちぐはぐした対応がつづいている。

いっぽう、いまだに保健所が高熱を出し味覚障害があるという人にクラスターで無い、若いからとか言ってPCRの検査を拒んでいたそうで、本来 保健所が推進しなければならない業務がかえって邪魔をしているとしか見られない行動をしている。

アベノマスクの不評は、政府関係者 特に国会義委の間でも認識されているようで、国会中継を見てもアベノマスクをつけている人は自分が目にする限り見られない。

ガーゼのようなマスクは予防としては何の効果もないそうだが、そのマスクを意固地になっているのかつけ続けている首相はいまだ感染している気配がない。

厚労省は、このマスクの再配達に「かならずしもマスクが行きわたっているとは言えないので、、、」というが一昨日いったところでは50枚入りの箱が山にして積んであったほか、デザインマスクも何種類となくぶら下がっているのを知らないのか、、、いや見てみないふりをしているようだ。

 

話しは違うかもしれないが、静岡市の清水区で病院を津波浸水地区に移転するなどの案に反対する人たちが、既定の五倍ほどになる5万人以上の署名を集めて住民投票にかけるようしんせいしたが、市長はこれに反対する意見をつけて市議会に出すそうだ。

もともと市長選挙の時の公約では住民の意見を十分に聞いてということであったが、ろくな審議もなく自民党の支持であっさりと通過させて経緯がある。

政府もそうだが静岡市も国民や市民の声と相当に乖離しているのだが、、、、、

中国のように全体主義の国ならいざ知らず、民主主義とはこの国においてなんなんだろうとつくづく思ってしまう。

そういえば、日本がお手本にしてきたアメリカやイギリスも、、、、、、、、

| | コメント (2)

2020年7月26日 (日)

気性の激しい

Img_0001_20200726211201

”気性の激しい女性のような雨”という言葉は今のご時世では許されるのか、削除せよって言われるのかわからないが、隙間のないような激しい雨が降ったかと思うと、一転その五分後には青空が見えたりするなど変転極まりない降り方をする一日だった。

自動車がタイヤの隠れるほど冠水した道路を走るのをみて、「なんでそこまでして自動車を走らせるの?」なんてテレビの画面に毒づいていたが、今日雨が止んだのを見て清水のショッピングセンターに行った帰り、この猛烈な雨に遭遇した。

静岡の旧国道1号の南側を走る通称南幹線はJR東海道本線より一段高い位置を走るのだが、草薙付近で道路が20センチ以上冠水し、そのためノロノロ運転になっているところに追いついてしまった。

自分が載る軽自動車はその場に追いついてしまうとたちまち後ろにも車が迫り前の車同様逃げ場のない走行を強いられてしまった。

車の前は自分の車のバンパーと横の自動車から出る水しぶきというより波に囲まれ、ワイパーはフルに動かさないと車間が保てないなど、テレビの画面以上の世界になっていた。

この状況だけを切り取って「なんでこんなときに、、、」と言われてもどうしようもないとしか言いようがない。

出かけるときは「帰りにどこか食堂でも寄って、、、」なんて言っていたがこんな状態になるとそんなことは一切頭の隅にも浮かばず帰途に就いたが、そこを脱して五分後には「そんなことあったの?」と言わんばかりの空模様が頭上に現れた。

その後も何度も激しい雨が断続的に繰り返されたあげく、テレビには静岡市三万余所帯 七万6千人に避難勧告が出されたとテロップが出ていた。

幸いにも、裏の川はブロック三段を残すほどの位置まで上がるものの路上にまで上がってくることもなく、この繰り返しは四~五度繰り返して今のところ無事に過ぎていく。

 

| | コメント (0)

2020年7月25日 (土)

雨に咲く花

P7250625-2 

#およばぬことと 諦めました、、、

この歌をふと思い出したのは、明け方の五時に新聞を取り入れるため外に出て気づいたサボテンの花を見てのことだった。

他の題名は「雨に咲く花」自分が二十代はじめと覚えているが井上ひろしが戦前の歌をリバイバルしてヒットさせた歌の出だしの文句である。

五時というのは、自分が起きだす時間なので普段と変わりないが、この時期にしては雨が降っていたせいもあるが、雲がよほど厚いのかくらい朝であった。

玄関わきの郵便ポストに隣接して植えたサボテンは背丈が三メートルくらいになった昨年から咲き出していたがまだ若木という段階らしく今年は今のところ五輪蕾しかつけていない。

どこの国が原産地なのかは知らないが、日本にはこの花の仲介をする生き物がいないようで花は咲けども実がなることはない。

幾世代かたてば日本にも花粉を仲介する生き物も出てくるのかもしれないが、いまのところかたくなに原産地の習慣を守って、夜の間に開花し一夜で花を終わらす習慣はかわらない。

外敵が居なくて異国の地で大繁殖する帰化動植物や次から次へと変化していくコロナウイルスとは全く違う生き方をは時代に対する適応能力がないのかもしれないが、サボテンの場合倒れても切られてもその場で根を張って生きながらえるというすべを持っている。

静岡に来て四十二年になろうとする自分も幾分静岡の風習を取り入れているが、盆や正月の行事などはまだ生まれ故郷の風習を捨て去ることが難しく、よく意見されているが、サボテンはもっとかたくなに自分の流儀を変えられずにいる。

#、、ままになるなら今一度 一目だけでも 逢いたいな

 

”雨に咲く花”いろんな歌手がこの歌を歌っているが、検索して驚いたのは全然違う歌がこの後というか最近できたようで、、、、、、ただ聞いてみて思ったのはむかしの方が格段に良いと思うのはやはり年のせい?

| | コメント (2)

2020年7月24日 (金)

うつせみ

P7240623-2

窓を開けたら虫よけサッシの2/3ほどの高さのところに空蝉を見つけた。

昨日見なかったことから昨夜のうちに庭の中から出てきてコンクリートのたたきを這い、そのあとどうやってここまで登ってきたのだろうか。

かなり難しい経路を歩んだようで、よくここまで登ってきたと感心するやら、なぜ近くの庭木に登らなかったのかと不思議がるやらで、、、、、

考えてみたら、蝉は卵から孵って7年間ほど土の中でくらし、脱皮したあとよくて二週間の命だと聞いた。

彼の人生から見れば、脱皮してからの期間は全人生の7%にもならない期間である。

その7%のためひたすら木の根や土から栄養を取り成長することに命を懸けてきたのであろう。

翻って、自分の場合はどうか、17歳から62歳まで働いてきた成果でいまを生かされているのだが、今になって思うのは何度か生き死にのはざまを運よく潜り抜けて、、、、、「運がよかった」の一言に尽きる。

 

今になって思えば、その時はそう思わなかったが、周りの人の優しい対応にに助けられてきた結果である。

知り合いのおばあさんは自分を見ると「あんたは前世が徳人だったからね」というが、その運もだいぶ無駄に使い果たしてきたようだ。

 

我昔所造諸悪業、、、、、、、 一切我今皆懺悔

 

 

| | コメント (0)

2020年7月22日 (水)

どこ吹く風

P7200620-3

今日は”大暑” まさに暦通りに暑くなり、裏の畠に一時間ほどいただけで汗びっしょりとなり帰ってから夕べの残り湯に水をつぎ足した風呂に浸かって体温を下げて、一息ついた。

一方、この梅雨明けを思わせる暑くて刺すような日差しのもと蓮の花がすっくと太陽を仰いでいる。

前にレンコンを掘っていたころ、春先に大量の肥料をまき、その後草むしりの傍ら肥料を何度もあげた。

レンコンづくりを指導してくれた人によると「レンコンはどんな強い肥料も回数もどんどん吸収していくのので多いほうが良い」といわれた。

その成果が、大きな草丈花の大きさに現れ、秋以降に大きな収穫となって報いてくれた。

優美な花から想像できないが、暑さ負けなどどこ吹く風、夏の花である。

 

ゴート―キャンペーンが今日から始まったものの、付焼刃的な開始だったため混乱を生じていて、毎回のようにあたふたと前言を修正している公明党の国土交通大臣を見ているとこの人も大臣の資質に欠ける人なのかと思ってしまう。

昨日のテレビで自民党議員のひとりが、「この問題は前から準備していて感染者が少なくなった時に出すつもりだったが遅れていただけ、、、」というに至ってはなにおかいわんやといった感じがした。

テレビのコメンテーターたちはゴート―トラブルだと言っていたが何もはっきり決めないで見切り発車的にはじめたキャンペーンは旅行会社や旅館と利用客がもめごとを起こすこと間違いないが、そのすべてを政府が関知しないで行くように見えてしようがない。

また、巨額の援助をなぜ旅行業だけにするのか、、、、、、の説明もない。

先日も書いたように、医療関係者に中身のない感謝でなしに、この金を回せなかったのか、、、

国民の声など”どこ吹く風”で通していく政府を持つ国民は不幸である。

| | コメント (2)

2020年7月19日 (日)

希望の墓に

Img_0050_20200719210001

笹原の中にヤマユリの花。百合根はほくほくとしてうまいのだが笹の根っこが邪魔をしてとても掘れたものではない。

そのためか、すくすく育って六輪の花をつけた立派な百合に育っている。

いつのころだったか、ユリの花は毎年ひとつづつ増えていく、と聞いたことがあるが、むかごからだと何年後に花をつけるのは聞かなかった。

そうなると、このヤマユリは何年この場所に住んでいるのだろうか。

 

コロナウイルスは、第二波に入ってますます猛威をふるっていてこの先どうなるのかわからない。

治療薬、予防薬の完成はいつになるのかわからないが、このウイルスは今までの社会のの仕組みを変えていくことは間違いない。

コロナウイルスが流行してから、ソーシャルワーカーなどの言葉とともにハンコ社会から脱却など言われているが、これは今後完全に元に戻ることはないだろう。

また、最近目に付くのは新聞に載っている「お悔み」欄には葬式の際は近親者のみで、弔問は外で焼香のみという風に変わってきている。

これによって、コロナが済んだとしてもこのやり方が継続し、家族葬が今まで以上に増えていくとすると少子化社会のなかでまた変革がおき、お寺離れ、墓じまいの加速とともに将来の葬儀はずいぶんと変わっていくことになる。

自分の最後は見届けることができないが、何とか希望の墓に納めてほいいものと、、、、

| | コメント (0)

2020年7月17日 (金)

未ではない

P7130557-2

水面に浮かぶ睡蓮の花、別名をヒツジグサかと思っていたら、ヒツジグサは日本古来の小さな池などで咲く白い花を言うそうで、その茎や葉は鯉など草食性の魚に食べられてこれらがいる池では絶えてしまうとかで現在はあまり見られなくなってしまったとか、、、

ヒツジグサは漢字で書くと”未草”と書き、その意味は未の刻ころ、つまり午後の二時ころになってようやく開くという意味だそうだ。

ただこれも本当ではないようで、なんだかすべてが違う違うの塊みたいな花である。

 

子どものころ映画などで見たプロ将棋の上級者はかなり貫禄があって年寄り気であった。

野武士風の升田幸三 金持ちのおっさん風の大山康晴名人 そして実際には見ていないけれど大阪の坂田三吉などいずれも風格がにじみ出ていた。

その人たちの印象がガラッと変わったのが羽生善治名人たちが出てきてからだったのは、自分が年を取ってこれらの人よりずいぶんと年長になったためかもしれない。

それからうん十年、今度は藤井七段が快進撃を始めてからまたまた印象が変わってきた。

一時は、将棋や語の世界にAIが乗り込んできてさすがのプロもAIには太刀打ちできないことから人気が落ち目になってきていたが、今回はAIも想定しない手で勝利を収めたとあっては”万歳”と言ってあげたい雰囲気である。

碁の世界でも中村菫さんが人気のようで、どちらも怖い顔したおじさんが代替わりをするのを待っているようで、、、、、、

| | コメント (0)

より以前の記事一覧